表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

1-1

 注文したコーヒーが来るまでは、仕事をせずに店内を眺める。癒しの時間だ。

 喫茶店よりおしゃれで、カフェというには上品なアンティークの品々。シャーロックホームズ好きの私にとって、この店は、まるで自分が物語の中に入ってしまったかのような錯覚を起こす。

 そして、それは、仕事をとても、よく捗らせるのだ。

 今日の席からは、藍色のティーカップがよく見える。夜空のような深い藍に金色で植物のような装飾が、カップとソーサーを取り巻いている。ティーカップの底は、陶器の白で藍と金の美しさをより引き立てている。ソーサーの下にもう一枚ソーサーがあるのはなんでなんだろう。分からないけど、三重になった藍と金の輪は豪華で、きっと特別な時に使うティーカップなんだろう。

 きっと、高貴な依頼者はお茶の招待を建前に、探偵へ相談を持ちかけるのだ。

 そんな想像をゆらめかせていると

「マスター、ドアが開かないよ」

 客の一人が店を出ようとしたのだろう。

 マスターがカウンターから出てきて、

「ドアノブを回しながら、押すんです。この扉もアンティークなので、ちょっとしたコツが必要で、あれ。本当に開かない」

 トラブルの予感に、聞き耳を立て始めたのは、俺だけではないだろう。

「扉が壊れたのだろうか?」

「押すと動くので、扉の問題ではないと思うのですが」

 若い頃はさぞ美人だったのだろう。その名残のある顔は、年を経て四十代に差し掛かったマスターにミステリアスな美しさを添えている。

「マスター、裏口から出で扉を確かめておいで。私はこちら側で待っているから」

「それがこの店、裏口がなくて……出入り口はここだけなんです」

「もしかして、私たち、閉じ込められてしまったのです?」

 聞き耳を立てていたマダムの声をきっかけに、不安な表情が客に広がる。

「窓は? 窓からは出れないんですか?」

 スーツの男が立ち上がって、マスターに質問する。確かに空調を利かせるために、窓は閉まっている。ハの字に眉を下げたマスターは

「ここの窓は押して斜めに開く窓なので、人が出る隙間はないかと」

 アンティークな雰囲気を損なわないために、こだわったであろう滑り出し窓に、そんな盲点があったとは。

「警察、警察を呼びましょう!」

 マダムの高い声はよく響いた。

 どんな理由か分からないのに、警察に助けを求めるのは不恰好だが、それが良案だろう。見知らぬ通行人に「閉じ込められたんで、助けてください」と言っても、不審な顔をされて逃げるように去られるのが目に見えている。

 今日も探偵は不要か、とがっかりしていたのだが

「え、ちょっと警察は……」

 顔色を変えたマスターがマダムに駆け寄る。

「本当に、警察だけは! お願いします!」

 ドナドナされる子牛のような表情で、マスターは流れるように跪いて、マダムの手を取る。瞬く間に一枚の絵画が出来上がってしまったではないか。

 迫り来る美中年の顔面の圧力に負けたのか、

「ま、マスターがそう言うのなら?」

 とあっさり折れてしまったマダム。他の客も、マスターの人徳かその美貌のためなのか、警察を呼ばないことに同意し、話は振り出しに戻ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ