3.イザーク・インメルディンク宰相子息とイザベラ・イェーリス侯爵令嬢
「で、でも突き落としたのがあいつらなら、恩を着せるつもりでっ。それこそ思うつぼではっ」
「は? ヴァレンシュタインさんが駆けつけたのヴィットマン君を追いかけたからでしょ。どうやって突き落とすの」
置物のように固まったヴィルヘルムに代わるようにイザークが叫ぶが、教師から当然の指摘をされる。呆れたような声に、事態が自分たちが考えた道筋からすっかりずれてきている事を感じとり、イザークは必死に訴えた。
「実行犯ではないでしょう。……ですが、共犯者の可能性は捨てきれませんっ。タイミングよくヴィルといたのも、むしろ足止めのつもりだったのかも」
「共犯? 誰の? つか何で」
「……ヴァネッサ嬢も、恥ずかしながら私の婚約者であるイザベラ・イェーリス侯爵令嬢も、アドルフ殿下の婚約者であるアドリアーナ・アッヘンバッハ公爵令嬢の取り巻きだからです」
自分達の婚約者は校内の女子のトップだ。彼女たちが手を組めば、これ位の事は容易いはずだ、と言外に告げる。
「んー? 取り巻きって言うか、単に苦労人仲間っぽかったけどねえ。それにローゼンタールさん、そもそも誰に突き落とされたのか顔見てないって話だけど」
「でも、状況から他に考えられないじゃないですか」
「え、何で? 婚約者さん達、何かした?」
「っ、先生は、今までロッテがどれだけあいつらに苦しめられたか知らないからそんな事が言えるんですっ。淑女教育を盾に親切を装ったらしいですが、それだけだったらあんなにロッテが泣くことはないでしょうっ。どうせ忠告するフリで暴言を吐いていたに決まっていますっ」
「決まってるのか」
「そうです、決まってますっ。今まではネチネチと絡め手で嫌がらせしていましたが、ロッテの心の強さに焦れてこんな直接的な危害を加えたのでしょう。今まで我らの追及ものらりくらりと躱していましたが、今日こそちゃんとその話をするつもりでっ」
「じゃあ何で君ら学校に報告しないんだ?」
「……はい?」
「はいじゃなくて。階段から落ちたのって、2日前だよね。もし突き落とされたのが本当なら、こんなの苛めどころか傷害事件でしょ。何でその時点でちゃんと学校に報告しないの」
教師は言った。冷静な口調だった。苛めで訴えた自分達より酷いまさかの事案を示唆され、イザーク達が困惑する位に。
「それはっ……ロッテが彼女たちが可哀想だし大事にしたくないと」
「いや、そんな理由で犯罪を隠蔽するんじゃないよ。何やってんの君らは」
「わ、私は謝ってもらえたらそれで良いんです。きっと皆さんは嫉妬してしまっただけで、間違いは誰にでもあるんだしっ」
「ロッテ……君は優しすぎるよ。だがその優しさは残念ながらあいつらには通じない」
「ああ、君がそう言うから我らは本人に厳重注意だけですまそうとした。なのに、あいつらは惚けるばかりで全く反省の様子が見られないから、引導を渡すと決めたのだっ」
「ロッテ、僕らはこれ以上君の優しさが踏みにじられるのは我慢ならない」
「優しいって言うか、無責任だね」
「はぁ?!」
必死で戻そうとした空気も何のその。吸引力の変わらない教師があっさりと引き戻す。
「どういう事ですかっ、何故ロッテがっ」
「被害者に何の責任があるというんだっ」
憤るアドルフ達にランベルトは、とんとん、と机を指ではじいた。
「君らが言ってんのはアッヘンバッハさん達が犯人、動機は嫉妬って言う前提だ。しかも顔を見たわけでも彼女達の行動を探ったわけでもなく、ただ自分達の感情だけでそう決めつけてる。それで勝手に報告しなかったみたいだけど、もし違ったらどうなると思う?」
「ど、どうって……っ」
「そんなの、それこそ自分の手を汚さないよう下位の者達に命じてっ」
「だからそういう事じゃなくて。あのね、本当にわかんない? もしアッヘンバッハさん達が直接的にも間接的にも何の関係もなかったら、他にローゼンタールさんを突き落とした犯人が存在するかもしれないって事だよ」
「…………っっ」
静かに言われた言葉に、全員息を呑んだ。意地悪な令嬢と健気なヒロインなんて可愛らしいおとぎ話とはかけはなれた明確な犯罪行為の示唆。その言葉の重さに、騎士様ごっこに夢中になっていたらお前が振り回しているのは模擬剣ではなく真剣だと言われたように背筋が冷たくなった。
「もしそうだったら、君らの勝手な判断のせいで、女の子を階段から突き落とすような犯人が現在野放しになってるって事なんだけど。その辺本当に気が付かなかったのインメルディンク君」
「あ……」
「そうゆうわけだから。ヴィットマン君もローゼンタールさんも、そのあたりの事実関係明確にしたいんで、後で状況詳しく教えてね。ヴァレンシュタインさんからはもう聞いてるからちゃんと調査するし、場合によっては憲兵に通達もするから」
「け、憲兵っ? あ、あの私そこまでしなくても結構です。ヴィルのおかげで大した怪我もしてないですし、」
「結構も何も、君のためだけに言ってるんじゃないよ。そもそも事件性があるってんなら、その時点で生徒が勝手に判断していい訳ないでしょ。他に犠牲者が出たらどうすんの」
「で、でももしかしたら思い違いかも……事故かもしれないしっ」
「なら、再発防止のためにどっちみち確認は必要でしょうが」
「…………で、も……」
「っていうかイェーリスさんが学院内の警備システムの調査申請しておいてくれたおかげで、今頃録画魔法の確認始めてるだろうし」
「はぁっっっ!? ろ、録画魔法って、」
「え、イザベラがっ?」
ランベルトの言葉に一瞬で真っ青になるロッテに気づかず、イザークが目を丸くする。
「イェーリスさんは事務長官のご息女だよね。日頃あの宰相の無茶振りに応えてる長官の娘だけあって、段取りが素早くて的確だな」
「え……っ」
「ちなみに『あの口だけ男、毎回毎回死にかけのセミみたいに騒ぐだけ騒いで肝心な事は何もしないんだから、とっとと夏の大地に埋まれば良いのに』だそうです」
「は、」
「イェーリスさん、毎回君が事を起こすたびに裏で手続きなんか全部してくれてたのちゃんと気づいてた? 毎回、その事注意されてたんだよね? 役割分担はいいとして、せめてフォローしてくれてるの位はちゃんと気づこうね。でないと、こういうシュガーレスなコメントされちゃうからね」
「ふぉろー……?」
「『男って細かい気遣いを女に要求するくせに、気遣い自体気づかないのはどういう事なんでしょう』って聞かれて、先生久しぶりに答えにつまっちゃったよ」
「…………」
「……うん、気をつけようね、本当に」
宰相子息であるイザークは、王子の側近の中でも軍師の役割を自負していた。周囲は使えない人材ばかりだし、今は第二王子の側近だが、ゆくゆくは次期宰相として王太子に近づくため今は自分の有能さを知らしめる時だと。その中で、毎回毎回自分の革新的な企画の邪魔ばかりする婚約者に、こんなのと結婚したらどれだけ足を引っ張られるのだろうとうんざりしていたというのに、実際は婚約者からフォローされていた上に、何ともトリッキーな評価をされていたと知って、イザークの心は地中に埋まった。
「だからね、ローゼンタールさん」
「っ、」
ブツブツと小声で『違う』『そんなはずは』などつぶやき始めたイザークに見向きもせずにうつむいていたロッテに、ランベルトが不意に声をかけた。
「そんなに青くならなくても、大丈夫だよ。……ちゃーんと調べて白日の元に晒すから」
「…………っっ」
へらり、と落書きのようなゆるい笑顔に、ロッテは喉元に刃物を突きつけられた気持ちになった。
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