2.ヴィルヘルム・ヴィットマン騎士団長子息とヴァネッサ・ヴァレンシュタイン伯爵令嬢
「だ、だがあいつらはロッテにひどい暴力を振るったんだっ」
このダラケた教師にすっかり変えられてしまった空気を取り戻そう、とばかりにヴィルヘルムが声を上げた。
「暴力? あいつらって婚約者さん達が?」
「ああ、信じられない事に、ロッテを階段から突き落としたんだぞっ。これこそ身分以前の問題だろうっ」
隣で青い顔をしているロッテのために自分達の正当性を訴えねば、と強く主張するが、ランベルトは素知らぬ顔で手元の資料をめくっている。
「……ああ、これか。西館の大階段で気絶しているローゼンタールさんをヴィットマン君が発見したんだって? 君の婚約者のヴァネッサ・ヴァレンシュタイン伯爵令嬢も一緒に」
「ああそうだ、間違いないっ」
「ふうん、誰かに突き落とされた気がするとローゼンタールさんは証言、か。ヴィットマン君とヴァレンシュタインさんが第一発見者なんだね」
「ああ、俺が発見した時、ロッテは意識がなかった。急いで保健室に運んだが、ヴァネッサはあんな時までごちゃごちゃと邪魔ばかりして。無理やり振り切ったが、そうでもしないとどうなっていた事か……っ」
あの時の状況を思い出すだけでヴィルヘルムの胸の中で怒りが込み上げてくる。いつものように口うるさいヴァネッサに詰め寄られていた時に聞こえた彼女の悲鳴。気を失ったロッテを一刻も早く助けなくては、と必死な自分をこともあろうにあの婚約者は引き止めようとしたのだ。人一人が意識を失っているのにまだ体面を優先しろと言うのか、と言う憤りで腕を振り払い、ロッテを抱き上げた。その後も後ろからごちゃごちゃと何か叫んでいたが、すべて無視して、自分はただただロッテを守ったのだ。あの時の自分は誰がどう見てもロッテを守る騎士だったに違いない。
「ああ、ヴィットマン君がお姫様抱っこで爆走したんだって? ヴァレンシュタインさんが嘆いてたよ」
「はっ、当然だろう? 一刻も早く保健室に運ぼうとしたのにあんな非常時にまで醜い嫉妬で邪魔をするなど、全く何て情のない、」
「『頭打ってるかもしれないから動かすなって言ったのに全く聞かないし、せめて担架で運んでくれたらいいのにあんな勢いよく抱き上げるなんて。しかも全力疾走するなんて、頭がどれだけ揺れたかもう気が気じゃなくて』だって」
「……え」
「……うん、これ本当にさぁ。そういう時はまず保健医その場に呼ぶのが先で、絶対に動かしちゃ駄目だよ。騎士科で習わなかった? 応急処置の授業あるよね?」
「あ……」
「今回はたまたま軽症だったけど。突き落とされたとは思えない程軽症だったらしいけど。本来、あの大階段の上から突き落とされたら、下手すりゃ死ぬよ。ヴァレンシュタインさんが慌てて保健医に落ちた時の状況伝えてくれたから、すぐに頭の診察もしてもらえたから良かったけどさあ。君ローゼンタールさんの手をガッシリ握って『しっかりしろっ。俺がついてるぞっ』って病人の横で大声で叫んでたって? うるさい上にもし手も怪我してたらそれも悪化してたよね」
「い、いや、それは」
「ヴァレンシュタイン家って代々医療に携わってきた名門だよね。……ふーん、そもそも君らの婚約が、思い込んだら止まらなくて敵と味方両方にけが人を出す長男のために騎士団長が懇願したって経緯か。そりゃあヴァレンシュタインさんも頭抱えるだろうねえ」
「え、」
「『あの脳筋、何であんなに動物脳なの。ウールでできてるの。一度脳をおしゃれ着用洗剤で洗濯でもしたら、脳みそ縮まずに柔らか仕上げに出来るのかしら』……ウール素材のシャツはすぐ縮むと思ったら、そういうのあるのか」
悪女からか弱き乙女を守った騎士のつもりが、まさかの脳みそクリーニングを要求されていた。しかもおしゃれ着洗いという事はこれ以上脳みそ縮めるんじゃねえぞと言われているのか。知らなかったが自分の脳は実はウール100%なのか。呆然とするヴィルヘルムの横で、何とも言えない顔で黙り込むロッテに、ランベルトはため息を一つついた。
「ローゼンタールさん、君はとりあえず後でちゃんとヴァレンシュタインさんにお礼言いなさいね。多分本当に、命の恩人なんだから」
「…………ハイ」
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