1.ロッテ・ローゼンタール子爵令嬢
「わ、私アドリアーナ様達にずっと苛められててっ。それをアドルフ達が助けてくれていたんですっ」
「うん、そう言う発言があったのは聞いてる。アドリアーナ・アッヘンバッハ公爵令嬢達ね。全員君らの婚約者のご令嬢達か。で、その苛めの内容っていうのは?」
「はい、会う度にひどいことばかり言われて……それも、皆が見てる前でわざわざ恥をかかせるみたいに」
「ひどいこと、ね……『婚約者のいる男性にむやみに触れたりしてはいけない』『身分が上の相手に自分から気安く話しかけてはいけない』『婚約者でもない男性と二人きりで会ってはいけない』……で、あってる?」
教師の言葉に小さく頷いたロッテは、きゅ、と口を結んだ。今にも泣き出したいのを堪える様なその表情は、不条理に耐える健気なヒロインそのものだった。
「……わかってるんです。私は庶子で、お父さんの奥様が亡くなってからお母さんと一緒に子爵家に引き取られて、急に貴族になったから。そんな私が王子様達とお友達になるのはきっと気に食わないだろうって」
「ロッテ、君は悪くないっ」
「……ああ、ローゼンタールさん、入学直前に子爵家に引き取られたのか。それまでは下町で暮らしてた、と」
「っ、そうですっ。でも、学院では身分は関係ないんですよねっ。だったらあんなこと言われるのはおかしいです。平民だったら、これくらい友達として当たり前なのに。どうして貴族だってだけでお友達になる事も責められなくちゃいけないんですかっ」
「お友達?」
「……わかってます。第二王子、宰相子息、騎士団長子息と私なんかが友達どころか口を利くのもおこがましいって思われてるのは。でも、でも……っ私は身分なんか関係ない、皆だからお友達になったんですっ。だって平民だったら友達になるのに家名なんか関係ないからっ」
「ああ、我らは身分を超えた友情を大切にしているだけなのに、嫉妬にかられて醜悪なことこの上ないっ」
「慣れない環境で頑張っているロッテに対して、あれも駄目これも駄目と……あの人達には思いやりというものがないんですよ」
「身分を盾に脅すなど、全くあれでよく淑女を気取れるものだ」
「で、ローゼンタールさんは卒業したら平民になるの?」
「……は?」
我らのターン! とばかりに盛り上がったロッテ達の声が、寝起きの猫のような声でぴたり、と止まった。
「な、何を言ってるんですかっ。私は正式に子爵家に引き取られましたっ」
「いやだってさっきから、『平民だったらこうする』『平民なら当たり前』って言ってるから。てっきり将来は平民として生きてくつもりなのかなって思ったんだけど、違うの?」
「違いますっ。ずっと平民だったから慣れていないだけで、私はこれからはちゃんと子爵令嬢としてっ」
「だったら、平民のルールで行動したら駄目なんじゃないの?」
「「「「…………っっっ」」」」
教師らしい説教臭さのカケラもない、純粋に不思議そうな声で尋ねられ、ロッテは一瞬言葉に詰まった。
「……学院の中では身分は関係ないじゃないですか。編入した時にちゃんとそう言われました」
「うん、そりゃあ成績に忖度しないって事と、係や掃除や委員会の義務は全員に割り振るって意味ね。後はまぁ、上の者が下の者に理不尽な命令をしたら、教師が対応する事になってる。そういった意味では確かに学院は身分での差別は認めてません」
「なら、」
「ただ、逆に言うと身分が高い者がまっとうな注意をするのを禁止することもしないから」
「なっ……」
ロッテが絶句するが、教師は眠そうな眉一つ動かさない。身分が低い者が自由に意見が言えるのなら、逆もまたしかり。正当な指摘をしても『身分を盾に無理を強いられた』と言われるのは、逆の意味での差別となるからだ。
「弱者ってのもある意味一つの権力だからなぁ。そっちの訴えも結構多いんだよ。間違ったことをしてるから普通に注意しただけなのに『身分が下だから不当な扱いを受けた』って騒ぐの」
「そんな、私はっ」
「理不尽な内容を強いられてるなら問題だけど、聞いてる限りじゃ彼女達が言ったのはどれも淑女教育の基礎中の基礎だし。むしろ高位貴族の女性として注意するのは当たり前……っていうか親切なんじゃないの?」
「で、でもっ」
「君、卒業したら貴族として生きてくつもりなんだよね? だったらむしろ今のうちに死にものぐるいで貴族のマナー身につけておかなきゃいけないでしょ。学院卒業したのにマナーも知らないんじゃ、家ごと叩かれるよ」
「そんっ……」
ふわぁ、とあくび混じりの息を吐くと、教師はゆるりと顔色を失った王子たちに視線を投げた。
「君らも平民になるつもりもないなら、何で『平民だったら当たり前』理論を受け入れてんの」
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