20・宰相様
ありがとうございます。
そんな王宮にて、王女様訪問のある日の帰り道。
廊下の反対側から、宰相様が歩いてくる。
艶やかな黒髪に、薄茶色の瞳。
四十代のダンディなイケ叔父だ。
姿勢よく歩いているが、その時事故が起こった。
ステーーーンと宰相様が転んだのだ。
バナナの皮を踏んづけたかのような見事な転びっぷり。
だけなら良かったのだが・・・・。
スルーーーーンと頭から何かが飛び去った。
黒い毛の塊だ。
宰相様の頭は、見事にてっぺんだけが剥げていた・・・・・。
運悪く、私は一部始終みてしまい、宰相様と目が合ってしまった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
気まずい。
非常に気まずい。
宰相様は慌てて立ち上がり、毛の塊を頭にのせた。
「そこのお嬢さん。
見苦しいものを見せてしまったかな?」
宰相様が私に声をかけてくる。
「いえ、特に見苦しいものなど、みておりませんが」
「なら良かった。それでは!」
と慌てて、でもできる限り普通の速さで通り過ぎようとする。
そこを私はハシッと捕まえた。
失礼極まりない行為だがしかたない、私にはできることがあるのだから。
私は宰相様に近づき、小声で話しかける。
「宰相様に大切なお話がありますので、どこか部屋を借りられないでしょうか?」
♢
宰相様が用意してくれた、応接室のような部屋で二人きり。
気まずい沈黙が流れるが、そのままではいられない。
「あー、私に話とは何かな。
できれば手短にお願いしたい。
忙しいのでな」
ずれていたカツラは、もとに戻っている。
素早いなぁ。
「私は宰相様のお力になれます。
あの、私は髪を生やすことが出来ると思うのです」
なんといってよいかわからず、変な言い方になってしまったけど、内容は正しい。
「あー、君は癒しの魔法を使えるのかな?
それだとしても失われた髪は戻ってこないのだよ。
ありがたい申し出だが、それでは」
そんなに慌てて去っていかないで
少し話を聞いて欲しい。
「癒しの魔法は、大変貴重な魔法。
そんなだいそれたものは使えませんが、髪は生やせます」
「そんな魔法は、聞いたことがない。
お嬢さん、ふざけないでいただきたいな」
少し怒っているようだ。
痛いところを探られたら、人は起こるものだからね。
本気で怒られる前に、実践してしまおう。
「五分、いえ三分でいいので宰相様のお時間をください。
それと頭に触れることをお許しください。
そしたら、どんなお叱りでも受けますし、すぐに立ち去りますので」
早口でいっきにしゃべり、素早く
ソファに座る宰相様のもとに近づき、カツラを取って、頭に手を触れる。
「なにをする!」
やっぱり怒られたけど、頭に触れてしまえばこちらのものだ、髪を生やしたことならあるのだ。
私の指が触れたところがふわりと白く輝く。
孤児院の子供の髪を生やしたときのように、指先にプツプツとした感触が伝わり、そしてフサッと髪の手触り。
光った頭に驚き、宰相様が頭に手を触れる。
ほんの一部だけ生えた髪の毛の感触に気が付いたようだ、私を振りほどこうとしていた動きがとまり、自分の頭を撫でている。
「え?」
慌てて立ち上がり、鏡の前に行く。
「これは・・・・・」
「お嬢さん、これを全部にやっていただけるか?」
一部だけ生えた毛に、気が付いたようだ。
「はい、もちろん!」
私は笑顔で答えて、残りの部分に施術する。
そんなに広い範囲ではない、河童より二回りくらい狭い範囲なのですぐに終わる。
私の魔力も日々増えているので、魔力切れの心配はもうない。
すべての髪を三センチくらい生やし、できましたと声をかける。
髪の毛は三センチ伸ばすのが精いっぱいなのだ。
宰相様は自分の頭に手を触れる。
なでなで、くしゃくしゃ、わしゃわしゃと髪があることを確かめている。
突然、大きな声がした。
「うおーーーーーーーーーー!!!!!」
吠えるイケ叔父。
走り回っているイケ叔父。
怖い。
「髪がーーーー!私の髪がーーーーー!!」
冷静な宰相様のイメージ壊れた。
「君、君、素晴らしいよ!
私の髪が生えている」
「はい、良かったですね」
再びにっこりとほほ笑む。
「これは、引っ張っても抜けないのかい?」
「はい。髪を洗っても大丈夫です」
私のまつ毛も、抜けないからね。
毎日洗っても大丈夫だし。
「今日一日で効き目が切れてしまうということも?」
「大丈夫です。他の場所の髪の毛が抜けてしまっても、追加で生やすこともできます」
「いや、こんな素晴らしい魔法をいままで知らなかったなんて!」
髪の毛を撫でつけながら、宰相様が喜んでいる。
「ありがとう。
えーと。
私はマルコス・シュタイン、この国の宰相を務めている。
ご令嬢のお名前を伺いたい」
「私はカレン・グレスランドと申します。父は伯爵位を賜っております」
「グレイスランド伯爵令嬢、いやカレン嬢とよばせて欲しい。
私のこともマルコスと呼んでくれてかまわない。
この度のことは、心から感謝する。
いや、髪は魔法ではどうにもならないと思っていた。
癒しの魔法も、実はひそかに試していたのだが駄目だった。
ありがとう!
なにかお礼をしたいのだが、なにか希望のものはあるだろうか?
ご兄弟がいるなら、就職の口利きなどもできる。
ドレスや宝石などがよいだろうか?
なんなら、良い縁談でも世話を出来るが、希望の男性などいるだろうか。
王家は難しいが、それ以外なら見合いくらいはすぐに設定てきるぞ。
私の息子のアレクシスの嫁でも歓迎するぞ」
就職の斡旋は職権乱用ではないだろうか?
好きな男を選ぶなんて、人身売買のようだ・・・・。
え、アレクシス?
そういえば攻略対象の一人、アレクシス様は宰相の息子設定だった。
「身に余るお言葉、ありがとうございます。
お礼でしたら、私の慈善事業に寄付をしていただけたら嬉しいです。
孤児院や学校などに力をいれておりますの」
美容魔法でお金を稼ぐのは順調なのだが、貴族の令嬢が金儲けというのは、今一つ外聞が悪い。
なので最近は慈善事業に寄付をしてもらう形にしていたのだ。
やりたいことはたくさんあるので。
「うむ、慈善事業とは立派な心掛けだな。
のちほど寄付をさせていただこう。
それとカレン嬢の素晴らしい魔法は、その、他の者に紹介してもよいのかな?
私と同じ悩みを抱えているものは、たくさんいるのだが・・・・。
いや、カレン嬢の負担にならない範囲でお願いしたい」
「喜んで、お力にならせていただきます」
お金儲けできますね。
宰相様の派閥拡大にも利用できるのかな?
「何か困ったことがあったら、いつでも相談してほしい、出来る限り力になろう」
「ありがとうございます」
宰相様はニコニコと、まだ髪を撫でつけている。
宰相様の後ろ盾を手に入れた。
ヒロインと悪役令嬢に対抗するのにも役立つだろう。
今日はいい日だ。
何日後かに、宰相様から贈り物が届いた。
立派なお花に、美しい布地、大き目の宝石箱。
宝石箱は二段になっており、上の段には見事なサファイアの耳飾りとネックレス。
下の引き出しには、ぎっしりと金貨が詰まっていました。
さすが、宰相様。
それからぽつぽつと、宰相様の紹介で育毛をしてたくさんのお礼の品をいただきました。
身分の高い男性は、お礼の金額が違います。
皆さん、ご当主だからでしょうね。
ただ今、懐は温かいです。
それにしても。
髪が生えると何故、男性は吠えるのでしょうか。
それから宰相様は王宮で会うと、親しく話しかけてくるようになり
たまに新しく、毛が抜けてしまったところの増毛を頼んで来るようになりました。




