第20話 真夜中のストレンジャー
最近のニュースを見てふと思った。ウチも下手すればこんな事件の一つになっていたかもしれないと。
昔、長屋のような古い昭和なアパートに家族で住んでいた。
まわりは仕事場兼住居としている家が多く、そこの一階も作業場として使えるよう、土間が広く設けられていた。
当時ウチもそこに作業台や二段式オーブンを置いて洋菓子製造卸の商売をしていたものである。
なので住居部分としての部屋は狭く、当時私は居間で母と一緒に寝ていた。
そこに知らない男が突然入って来たのだ。
真夜中にふと声がして目が覚めた。
右隣で寝ていた母が何か言いながら、上に手を伸ばしていた。その手が上から伸びていた別の手を払った瞬間だった。
「誰かいるっ!」
悲鳴のような大声を上げて母は布団から飛び出した。
その声で寝ぼけながらも首を上にひねると、頭のすぐ傍に擦れたジーンズにスニーカーの足が見えた。(土足っ!)
もうとんでもない事態である。本来なら驚きと恐怖で私も飛び起きるか、もしくは固まるかのどちらかだったはずだ。
だがこの時の私は酷く眠たかった。体質的に 睡眠不足に弱いABである。
眠くて頭がとにかくまわっていなかった。少し体を起こしただけで母のように飛び起きることはしなかった。
状況が今ひとつわからず、怖いとも感じなかったため、そのまま起きずに横になっていたのである。
言っておくがこれは肝っ玉が太いとか、度胸があるとかいうことではない。
どちらかと言うと私は怖がりな方だと自負している。
ただあまりに眠くて頭が働いていなかっただけなのだ。
まぁ、後から考えるとこっちの方が大問題だが。
そういえば先天的か、もしくは怪我などで扁桃体(恐怖を司る脳の部分) が壊れると恐怖を感じなくなるというが、こういう状態なのだろうか。
なんだか熊にも立ち向かえそうな気がしないでもない。少なくともメンタルだけは無敵だ。
と、当時の感覚を思い出すとそう思えてくる。
ただ恐怖感がないと反射的に体が動きづらい。反応が遅れる。
非常時にこれは本当にOUTだ。 やはり恐怖という感覚は生存するための必要悪らしい。
いや、振り返ると、我ながらなんと危ない真似をしていたかと冷や汗ものだ。
とにかく速攻で父が隣から飛び込んできた。
「なんだっ! お前は!? 出ていけ!」
「あ、あ、あ……」
「出ていけっ!」
父が怒鳴りながら力強くドンドンと手で押し出すのに対し、男は「あ、あ」というだけで、棒立ちのまま抵抗することもなく台所から外へ追い出された。
チラッと見ただけだが、キャップ帽を被った3、40代くらいだろうか。どちらかというと細身の男だったと記憶している。
「あの野郎、まだウロウロしてやがる」
裏口の鍵をかけて様子を見ていた父が気味悪そうに言った。母は動揺しておろおろしながら布団の上に立っていた。
私だけが寝ていた。
そこに警察がやって来た。その頃には男はどこかにいなくなっていたが、もちろん現場検証はする。
ここに立っていたと、父が台所の縁に立ちながら居間の私の枕元を指さして説明しているのを、警察官がバシャバシャっと写真を撮り始めた。
そう、この時でさえ私はまだ布団の中にいたのだ。だって眠いものは眠いのだよ。
(あれ、今更ながらに気が付いたが、現場写真に私完全に写ってるな……?!
ギャァァァー、どうかもう資料が削除されていることを祈る……)
「はい、ゴメンね~」
別角度から写真を撮るためにカメラを持った警察官(鑑識か?)が私を跨いで土間の方に移動した。
流石にそこにいたって何か邪魔になっていると感じた私は、もぞもぞと布団から這い出すと部屋の角っこに頭を垂れながら座った。
「ほんとごめんね~」と言いながら台所に向かって写真を撮る警察官。
事件現場で警察官に跨いで通られた、生きた人間ってあんまりいない気がする。
いや、それよりも女〇〇歳、花も恥じらう(ハズの)お年頃。少しは、いや大いに気にしろよ。
しかしそんなことよりとにかく眠たかったのだ。時刻は午前2時~3時くらい、4時を過ぎてはいなかったと思う。
明日仕事だったし。兎にも角にも花より睡眠だった。
なんでもいいから早く警察帰って、眠らせて~、その一心しかなかった。
結局事情聴取のために父が連れて行かれ、私と母はまた就寝した。母は戻って来る父のために起きていたかもしれないが、私は速攻で眠りに落ちていた。睡魔恐るべし。
次の日、寝不足でしばしばした目のまま仕事に向かうことになった私。(それは両親も一緒だ!)
一夜明けて夕べのことがやっと気になり、家を出る前に母に聞いてみた。
「ねえ、昨日の夜、変な人来なかったっけ?」
「来たよ、まったく迷惑だね」
家の前を箒で掃きながら母はぷりぷりしてそう答えた。
ああ、やはりあれは夢じゃなかったんだ。やっと実感した。
後日聞いた話だと、近く――と言っても二駅ほど離れたところにある精神病院から逃げた患者さんらしいということだった。
精●病患者と言っても普段ボーっとしている大人しい部類の人で、おそらく当てもなく彷徨いながら、戸があれば片っ端からいじっていたようだ。
そしてこの日、たまたま裏口の戸の鍵をかけ忘れていたウチに入って来たというわけだ。
いつもはしっかり掛けてるのに、この日に限って、というやつである。
いやはや、本当に外出と就寝時の確認は必要だ。
おかげでその後の母は、神経質に何度も鍵をチェックするようになった。
しかし本当に不幸中の幸いだった。流し台の下には包丁だってあったのだ。相手が少しでも攻撃性のある人だったら危なかった。
また母が気配に気付いてくれなければ、何かされるまでわからなかったかもしれない。
そうして私は寝ぼけていて助かった。
下手に怖い記憶として残らずに、トラウマもにもならなかったのだ。鈍感も時には自分を守るために役に立つものなのだ。
しかし深層意識は違っていたようだ。
それからどのくらい月日が経ったのか、何年も経った感じではないのでおそらく長くても半年以内かと思う。
こんな夢を見た。
目を開けた瞬間、知らないキャップ帽を被った男が正面から覗き込んでいた。
しかも布団どころかいつの間にかパジャマまでめくられていて、私の鳩尾に男の垂らした手の指(何故か指の背側)が当たっていた。
その指の感触がひんやりと冷たかったのを今でも覚えている。
さすがに今度はすぐさま恐怖を感じた。初っ端から「ひっ!」と声が漏れて体が固まった。私ももれなく一般ピープルだったのだ。
そんな状況だが唯一マシだったのは、こちらを見ている男が無表情だったこと。これが意味ありげに笑ってでもいたようなら、ちょっとトラウマになっていたかもしれない。
そして男は表情と同じように動かない。目はこっちを見ているがどこかぼんやりしていた。
これで抑え込まれていたのであれば別だが、すぐに体の強ばりが解けた。なのですぐに男を突き飛ばした。
夢だったので男の体重は軽かった。
「お……っ」と漏らすような小さな声を上げながら後によろめいた。
そうなると調子に乗るのが私のいけないところ。
速攻で飛び起きると、男の後ろに回ってその背中を思い切り蹴り飛ばした。
今度も男は「おぅ」と言ったまま、前によろめいただけだった。
そのまま反撃しようともせずおろおろと、裏口のある台所の方に行こうとしたので思わず後から飛び掛かっていた。
今度は余計なアドレナリンが出ていたのかもしれない。
この時、このまま逃がしてたまるかっ! という考えで一杯だったのだ。
いや、ホントにヤバいな、私。
騒ぎで目を覚まし驚いている母――今度は私が先だ――に、「警察呼んでっ、警察っ」と怒鳴りながら、私は「あぅあぅ」言っている男を背中から抱き着くように掴んでいた。
目が覚めてからなんとも複雑な気分になった。
なんで今更ながらにこんな夢を見たのだろうか?
やはり頭のどこかが危険を感じ取っていたのか? 警報がしっかりと伝わらず未処理になっていた?
あんな成功体験を覚えたらいかん、だからシミュレーションで再チャレンジ、とかなんとか脳が判断したのだろうか。
忘れかけていたのに、なんで夢のほうが生々しいんだよ。一歩間違えれば今度こそトラウマとして定着したかもしれなかったのに。
そして明後日の方向にリベンジした私。
我ながら困ったものである……(;´Д`A ```ハア…




