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アサリご飯はお茶碗を目指す

 暗闇の中、ふと目を覚ます。


 私は死んだのではなかったか?

 生まれ変わったのだろうか。もしや今流行りの異世界転生?


 トラックに轢かれたのか、過労死で倒れたのか、お風呂でおぼれたのか。どうも記憶がはっきりしないが、身体が冷えて暗い所を落ちていくような死の恐怖が体に染みついている。

 だというのに、この暖かさはなんなの? まるでサウナにいるような湿度と温度。暖かいというよりも暑い。いや、熱い! え、これは蒸されている?


 まっくらな視界に光が差し込む。

 そらが三日月に切り取られていく。空が、パカリと開く。いや、あれは空ではない。『蓋』だ。


 明るくなった視界に広がるのは一面の白い平原。お米だ。

 混濁していた意識がハッキリしてきた。


 白い平原に立っているのでは無い。お米の中にいるのでも無い。わたしが、お米だ。それも、貝の出汁をたっぷりと吸った、アサリご飯。


 わたしは、アサリご飯に生まれ変わったしまった。それを今、はっきりと自覚した。

 自分でも何を言っているかわからないが、この蓋の開かれた電気炊飯ジャーの中一杯に自分の意識がある。お米が立っているいるとかいうレベルではない。お米が生きている。嬉しい。つやっつやじゃないか。


 ……もしかして、この炊飯器、象印かな?


 最新型白物家電の火力に心を躍らせていると、木製のしゃもじがやってきた。ゆっくりと私の腹の中に差し込まれる。


「え、何こわい」

「怖くはない。炊き立てだから柔らかいぞ」


 しゃもじから声がする。


「しゃもじが喋った!」

「アサリご飯だって喋るんだ。しゃもじが喋ったっていいだろう」

「人間だった頃にはまさかアサリご飯やしゃもじが喋るとは思いもしなかった」


 そうつぶやくと、しゃもじは黙り込んだ。

 ゆっくりと私の中がかき回されていく。蒸らされていた湿気が外に出ていくので涼しくも感じるが違和感が強い。顔とか胴体とかどうなっているんだろ。


「なぁ、あんたも人間だったのか」


 私の四分の一ほどがお茶碗によそわれていく頃、しゃもじが口を開いた。いや、口はないけれど、そんなメッセージが伝わってきた。


「しゃもじさんもなんだ?」

「山村という名前だった。ずっと人に使われるばかりの人生だったよ。だから、こうして道具になったのは自分の意志で動かなかった罰なのかと思っていた」

「道具のような人生だったから、道具に生まれ変わったって? ならアサリご飯はなんなのさ」


 しゃもじを持つ手が、少し迷っている。大盛りにするか、ちょっと少なめにするか……気持ちご飯を減らした。食っちゃえよ、炊き立てがうまいんだから。


「生まれ変わった意味を考えていたんだ。それとも意味なんか無いのか。しゃもじである俺という存在に、ああ!」


 しゃもじについたご飯粒を茶碗のへりにこすりつけて、炊飯器の蓋が締められた。世界は暗闇に閉ざされる。

 あのしゃもじは変なやつだ。人生ではなくて今のしゃもじ生を全うすればいいのに。

 それにしてもだいぶ減ってしまった。なんだか体がだるい。四合炊きかと思っていたけれど、割と少ないのかもしれない。


 たくさん炊けばいいのに。どっさりの貝と、生姜も。一緒に食べているおかずはなんだろう。漬物と、お吸い物と……あとは、なんだろう。揚げ物の匂いが少ししていた。

 なんだか、眠くなってきた。


 暗闇の中で、うつらうつらと美味しい和食を思い出す。母さんの作ってくれた……

 私はアサリご飯になる前は誰だったのだろう。人間からアサリご飯に生まれ変わる? その前にアサリとしての貝生があったのでは?


 いつのまにか時間が立っていたのか、再び空が開かれる。

 ああ、パカリの開く感覚に覚えがある。やはり貝としても生きていたのか。


 ふと、閉ざした扉のイメージが浮かぶ。閉じこもっていた私。そうか、しゃもじの山村さんの言っていた事は当たっているのかもしれない。


 頭上から再びお茶碗と山村さんが現れて、残った私を大きくすくい上げて茶碗に盛る。お、朝から大盛りだな。美味しかったんだね。いや、それよりも。


「山村さん! あなたの転生前道具論、あたっているかも!」

「どういう事だ?」


 私の端っこと内釜の間を滑るように移動しながら山村さんが答えた。


「私は貝だった。部屋に閉じこもって、外を拒絶していた。だから、貝になって、いまアサリご飯になってる!」


 山村さんが泣いている気がした。涙が混じってしょっぱくなっては堪らない。


「そうか、やはり人として生きていたころの業なのか。ならばここは地獄なのか?」

「違うよ、過去は過去だよ」


 この人間は朝ごはんをガッツリ食べる気の様だ。もう、茶碗に軽く一杯分くらいしか残っていない。体も冷えてきて考えがまとまらない。ああ、残り少なくなってきたから考える力も減っているのかな?


「貝のように生きていた。でも今は美味しく食べてもらえるのが嬉しいよ。誰かの役に立っているんだ。それに、貝の蓋は開いたんだ、だから、だから次の人生があれば」

「俺は道具のように生きていた。そうだ、いつも他人をひっかきまわしてばかりいて」

「しゃもじだけに?」

「かき回すなよ」

「かき回しているのは貴方だよ」


 誰かとふれあい、軽口をたたくのが楽しい。人として生きていた頃はこんな関わり方をしたことがあったのだろうか。


「ねぇ、貴方は昔も今も道具なのかもしれない。それを後悔しているのかもしれないけれど、あなたはきっと昔も人をすくっているよ。私は心が軽くなった! アサリご飯としての生を全うして、もしも次に人に生まれ変われたら、今度は外に出るよ!」


 食卓に茶碗を置いた後、残った私をラップに包んでいく。お昼ご飯もアサリご飯食べるの? 三食同じもの食べても平気なタイプか……もうすこし山村さんと会話したかったな。

 お弁当の巾着に放り込まれ、それっきり山村さんに会う事はなかった。


「軽くなるどころか、無くなっちまいやがった」


 しゃもじが寂しそうに呟いた。


「俺がすくっていたって? 俺が掬ったのはご飯だけだぜ。でも……もし、道具のように誰かに使われて生きていた中でも、誰かの助けになれていたなら」





「いらっしゃいませーっ! 本日、新メニュー500円です。ワンコインのお弁当いかがですか! お味噌汁ついてます!」


 ビジネス街のランチタイムは戦争だ。

 短い時間で店に入り昼食を食べ、休憩をとったり、午後の仕事を前倒して始めたりするには時間は無駄にできない。社員証を首からぶら下げたまま、会社の正面の弁当屋に駆け込む。


 注文して直ぐに食べ物が出て来る店に入るか、弁当を持参するか、コンビニか。

 時間制限の厳しい中で栄養のバランスよく、昨日と違う物を食べようと考えると、ここのようなお弁当はとても便利だ。

 何種類もの弁当の中から、その日の気分でメニューを選びさっと食べられる。


「今日の腹はミックスフライ弁当か、それとも焼肉弁当か。ん?」


 どうしても揚げ物が多くなってしまうのだが、今日は少し珍しい弁当に目を惹かれた。

 

「今日のおすすめはコレです。私の考案したメニューなんですよ!」


 赤いバンダナで髪を縛った女性がニコニコと新商品を勧めてくる。

 その視線が、俺の顔から少し下がり、社員証に目を止める。


「あ、しゃもじさん」

「え?」

「え?」


 俺はその新商品、アサリご飯と山菜弁当を手に取った。

なんだこれ

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― 新着の感想 ―
[一言] ふたりとも次の人生で生まれ変わることができたのですね。 しゃもじさんもよかったです! あさりごはんが食べたくなる素敵な描写の数々……朝からガッツリ食べられる人が羨ましいです。好きなんだけどそ…
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