7話 2回目の火曜日
次の日、席は空いていなかったからあの子はこの間まで毎日いた場所に立っていた。私が来ると
「おはよ」
とあの子は端に身体を寄せて、2人で並べるように場所を作ってくれた。
「昨日の続き、訊いてもいい?」
私が尋ねると、あの子はちょっと身をよじって、それから、
「いいよ」
と答えた。
「さらちゃん、昨日お店の人みたいに服とか見せてくれるからびっくりした。さらちゃんって、いくつなの?」
あの子は下を向いて唇を噛んでいたけれど、ほんのちょっとだけ顔をほころばせて教えてくれた。
「19」
(まだ10代なんだ)
年は私の4つ下。年下だとは思っていたけど、実際に10代の数字を言われると、若いなとすごく感じた。たった4つしか離れてないのに。
「もうちょっと上かと思ってた」
お世辞じゃなく、ほんとうにそう思った。あの子ははにかんで、
「ありがと」
とスマートホンのカバーを撫でた。
それから私はあの子に質問をはじめた。あの子と初めて並んで話した日に、あの子が私にしたような質問。あの子はどの質問にも長い間考えてから、静かな声で答えてくれた。
「どこまで行くの?」
「今日はパリ」
最初の質問の答えがこれで、私は一瞬言葉に詰まった。
「パリ?」
なるべく普段通りの声で訊き返す。あの子は長い間私の目を見ていたけれど、
「パリ」
と静かな声で言いきった。
「いつもここからパリまで行くの?」
あの子はさっきよりもだいぶ長い間私の目を見ていたあとで、
「ニューヨークに、行くこともある」
と言った。
「ここから?」
私がそう尋ねた時、電車が止まった。
あの子は、下を向いていた。
もう降りないといけなかったけれど、急に不安になってしまった。
電車の扉が開く。それを見て、
「さらちゃん」
ともう一度あの子を見た。何を言ったらいいかわからなかったけれど、何か言わなきゃいけないと思って。
下を向いたまま、あの子の肩は震えていた。
「楽しかった」
堪えきれない笑いを両手で隠しながら、あの子は顔を上げた。
「また明日ね」
あの子はそう手を振ってくれたから、
「またね」
と私も手を振った。
私が降りると、電車の扉はすぐに閉まった。
あの子がどういうつもりで言ってるかなんて、どっちでもよかった。ただ、見た目も年もぜんぜんちがう、私のことはすごい勢いで訊いてきたのに自分のことになると急に別人みたいになっちゃうあの子を、あの子の世界を聞いていたいと思ってた。
電車が見えなくなってから、私は改札の方に歩きはじめた。