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45話 7回目の土曜日

 よく晴れた日だった。蝉の声は、家が揺れそうなくらいよく聞こえてた。この日は母も休みで家にいた。私は、思い切って打ち明けたの。朝ごはんの片づけを終えて、祖父が部屋に戻って、2人でコーヒーを飲んでいたときに。

 この週になってまたあなたと会ったこと。あなたからあの子のピアスを受け取ったこと。あなたから聞いたあの子の話……。

 母はあなたがあの子のピアスを持ってきたと聞いて驚いてたけれど、疑ったり不思議に思ったりはなかったみたい。そんなふうに思わないか尋ねたら、

「だって歩未(あゆみ)から聞くさらちゃんって、ちょっと不思議な子だもの」

と優しく笑った。

--さらちゃん。

 母が私の忘れていたあの子の名前を呼んだ時、その声に懐かしさを感じた。それを思いながら、私はあなたに言われたことの続きと、あなたからピアスを受け取ったことを話した。

「どうするのがいいかなって考えてるけど、わからない……」

 母は、頷いてくれた。

「話すようになる前からあの子は電車に乗っていたから、そもそもほんとうにあの子は亡くなって(いなくなって)いるのかとか、たくさんいる人の中でどうして私だったのかとか、ふしぎが消えたわけでもない」

母はまた、頷いてくれた。

 張り詰めた自分の周りを切り分けるように、発した。

「でも、信じたい」

母は、私の髪を撫でてくれた。


「もしかしたら、さらちゃんはわかっていたかもね」

 母はぽつっとこぼした。

「何を?」

母はコーヒーをすすった。

「託した人が、歩未にピアスを返すこと」

「あの人も、『私がやった方がいい』って。あの人、誰なんだろう……?」

母は、またコーヒーをすすった。


 あなたのことを、私はまだ何ひとつ知らなかった。

 どうして、あの子はあなたに私の贈ったピアスを託したのか。どうして、あの子はあなたに私のことを話していたのか。どうして、あなたはあの子の話を信じたのか。どうして、あの子のために私を見つけ、私を見極め、ピアスを私に返そうと決めたのか。

“あいつのためにも、あんたのためにもなるだろうから”

このときはまだ、その言葉を落とし込むしかできなかった。


「あの人は、どうしてここまでしたんだろう……?」

 母は、目だけをゆっくり私に向けた。

「最初は、軽そうで、めんどくさがりに見えたの。たぶん、めんどくさがりなのは合ってたと思う。でも、あの子からピアスを受け取って、私を見極めて、私に渡した。そこまでしようと思った理由は、何なんだろう……」

私は、コーヒーに目を落とした。

「めんどくさくても、そうしたいと思える理由があったのね。きっと」

母の声は柔らかく響いた。

「……理由があるって、大きいね」

 ほろんと、出た言葉だった。母は少しの間黙っていたけど、

「そうね」

とだけ言ってくれた。

 母は長い間遠くを見つめて、何かを思っていたみたいだった。


 母がコーヒーを飲み終えて台所に戻ると、静かになった。あのピアスをどうするかはまだ決められてなかったけど、少しだけ頭と心に隙間ができた。また、蝉の精いっぱいの声が頭の中に流れ込んだ。


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