44話 7回目の金曜日
あなたからピアスを受け取って、私はどうするべきか迷ってた。
“誰にも拾われないような場所に捨てるつもりで置いてこい”。--あなたは前の日、そんなことを言っていた。
川や海に落としたって、土の中に埋めたって、意外と見つかりにくいと思う。そこにあるって知らない限り、人は探そうともしないもの。でも、逆も言える。たとえば、化石や遺物、新種生物。全然ちがう目的で調べていたのにそこからとんでもないものが出てくることは、意外とよくある。しかも私は、できるならあの子によろこんでもらえる形でしたいと思っていた。それを思うと、あなたが言うようにするのはとても難しいことだった。
「おはよ」
電車で窓側の席に座って、私は言った。
(今日も乗っているかしら)
窓の外に目を向けながら、私はあの子に訊いてみる。
(あのピアスをどうしてほしい?)
あの子が私の定期を拾って私と話すようになってくれた理由はわからない。どうして、私だったのか。
あの子は私と話すようになる前から、私と同じ電車に乗ってた。でも、3日続けて私の定期をわざわざ抜き取って、私に渡してくれたもの。どうしてかはわからないけど、あの子は最初から私を選んでたんだと思う。
(あの人の言う通り、やっぱり私が"隙だらけ"だから?)
あなたの言葉も思い出して、私は、空を見ながら訊いてみた。
しばらくあの子のことを思いながら空を見上げていたけれど、分厚い灰色の雲を見ていたら祖父のことを考えはじめた。
結局捜している紙は見つからないままだったけど、祖父はもう何を捜しているのかわからなくなっていた。ここ何日かはアルバムを開いても、剥がれた空白の場所を少し指でさするだけ。捜しものは続けているけど何を捜しているのかわからないから、ますます目は虚ろになってた。
(今更紙が見つかっても、もう何の紙か、おじいちゃんわからないかもね)
空に向かって、心の中で呟いてみた。
祖父が紙を捜しはじめて何日かは、同じことをしつこく訊かれて家族中疲れきっていた。けれど、祖父が何を捜しているのか思い出せなくなったこのころ、疲れより哀しみが私たちの心を占めた。
人当たりがよく、誰とでもすぐに打ち解けるし、面倒見もいい。良い意味でも悪い意味でも、大らかを越えてちょっといい加減な人。だから、どこでも輪の中心にいることが多い--そんな人だった。でも、今の祖父は自分からほとんど家を出ない。デイサービスは別として、家族以外と話さない。もう随分祖父の哀しい背中は見ているつもりだったけど、アルバムの紙からはじまった一連の祖父の行動は、日ごろを嫌ほど象徴していて見てられなかった。
(昔はあんなに人に親しまれて頼られてたのに、どうしてあんなに虚ろな日々に閉じこもってるの……)
今の祖父はたくさん騒動を起こすから、仕方ないのかもしれない。私たち家族がもう少し何かしてあげられるべきかもしれない。色々思った。思ってた。--今も思っているかもしれない。でも1番に思ってたのは、たぶん……。
(残酷……)
目的を失くすこと、に対してだったと思う。目的を失くしたことにも気づかずに捜し続けられているから、この表現はまちがっているかもしれない。でも私は、何を捜しているか忘れながら捜し続けることに囚われる祖父の目を見て、そう思わずにはいられなかったの。
電車が職場の最寄り駅に着いた。
荷物を持って立ち上がる前に小声で言った。
「どれもこれも、勝手な私の解釈よね」
1つ呼吸して、立ち上がった。
「行ってきます」
急ぎ足で私はホームに降り立った。




