表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/50

40話 7回目の月曜日

「おはよ」 

 朝ベッドから起き上がってあの子に言った。1週間がまたはじまった。

 カーテンを開けて、身支度をして、居間へ向かう。

「おはよう」

居間へ入ると、先に起きている両親に言った。平日の朝は祖父の次に私が遅い。でも、この日返ってきた声は3つあった。祖父が、私より先に起きていたの。

 祖父はこのころもう、特に朝が遅かった。母が朝食を作ってくれているうちに声をかけるけど、私たちのごはんが終わって父が出勤する時刻くらいまで、祖父は居間に出てこない。身支度や廊下を歩くのに、それだけ時間がかかるようになっていた。その祖父が私より先に身支度を済ませて居間にいたから、すごく驚いたの。

 でも、祖父が私より早く居間にいたのは、いつもとちがうスイッチが入っていたからだった。

歩未(あゆみ)ちゃん、ここにあった紙知らない?」

アルバムの1点に目を落としたまま祖父は言った。

「どこ?」

のぞくと、何かが貼ってあった感じの空白はあった。紙の裏が剥がれきらないでくっついている。

「何て書いた紙?」

訊いた私に、祖父は何も答えなかった。目線も、アルバムから離れない。


 アルバムを見る祖父の姿はほとんど毎日見ているけれど、私自身が中をじっくり見たのなんて、もう何年前かわからない。祖父が開いていたのは、私の写真ばかりのアルバムの最初のページ。たしか、あそこには私の名前を書いた紙が貼ってあった。

『命名 歩未(あゆみ)

 でも、毎日のようにアルバムを開いているのは祖父だけで、たぶん紙を剥がしたのも祖父だと思う。何を思って、祖父は突然紙を剥がしたんだろう。


「ずっとあんな感じ?」

 私は台所に行ってから両親に尋ねた。両親は揃って頷いた。

「今日は何のスイッチが入ったかな?」

言いながら父は居間の見える位置まで移動して、祖父の背中を静かに見つめた。

「いつ剥がしたかな……?」

おつゆをお椀に入れながら、母が呟く。

「毎日見てるのに今朝言い出したから、最近じゃない?」

父は一旦そう言ったけれど、しばらくして、

「そうとも限らんね」

とぽろっとこぼした。



 祖父は声をかけられてもなかなか朝ごはんの席につかなかった。やっと食べはじめてからも、何度も紙のことを尋ねて、ごはんを終えてすぐまたアルバムを開いた。デイサービスの迎えが来るまで、ずっと。

 父が出勤してから、母はデイサービスに電話していた。こんな状態じゃ、行かせるのも迷惑かもしれないと母は考えたんだと思う。でも、とりあえずは迎えにきてくれることになった。私はそのあとすぐ出勤したから見ていないけど、この日のデイへの出発は、やっぱりだいぶ手こずったみたい。



 電車に乗って、まわりを見渡す。もうあの子に会えないと思っていても、これはルーティーンとして染みついていた。座る場所はいくつか空いていた。座席に座って15分、私は祖父の背中を思い出してた。食らいつくみたいにアルバムを見ている、小さな背中。

 アルバムの紙のおかげでいつもの騒動にはならなかったけど、食事中1分おきに紙のことを訊いてきたのは、立派な1つの騒動だった。

(おじいちゃんはなぜ、今更紙を剝がしたんだろう? そもそも、ほんとうはいつ剥がしたんだろう? 何を書いた紙か答えなかったってことは、もう書かれた内容を覚えていなかったのかもしれない。剥がした紙は、どこに持って行ったんだろう?)

 ほんとうに、わからない騒動が増えてきた。祖父にとっては十分な理由があるにちがいないけど、私たちにはわからない動機(理由)

(私たちがわかってあげられない世界(ところ)にいるとき、おじいちゃんは、必死に何を思ってるんだろう……)

言いようのない孤独を湛えた祖父の背中は、なかなか頭を離れない。


 しばらくして降りる駅に着いたから、重い身体に力を込めて立ち上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ