表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/50

38話 6回目の土曜日 〜微睡み〜

 この朝見た夢にはとても納得していた。だから、起きてからずっとそれを考えてるっていうほどではなかった。朝ごはんを食べて、休みだった母と一緒に洗い物をして、昼前に祖父のお風呂の準備をした。午後からお風呂に入ってもらって、夕方は母と買い物に行った。合間の時間に、すきな雑誌を読むこともできた。母も私も、久しぶりに、日常だなと思える休日。

 日常の休日ーー祖父の場合は毎日休日ねーーを過ごしているのは、祖父も同じだった。朝ごはんを食べてから居間の定位置の座椅子でテレビを眺めて、そのまま眠る。たまに目を開いたとき誰かがいると、

「今日、何曜日だったかな?」

「朝ごはんは、まだ?」

とか言って穏やかに笑んだ。

 それを繰り返して、お昼ごはんを食べてからはお風呂に入って、自分の部屋に戻ってやすんだ。

 でも私たちが買い物から帰ったとき、祖父はもう居間に戻っていていつもやっちゃう騒動を母と私に見られてしまった。

 母に叱られて、とぼとぼと部屋に戻る祖父の背中を見るのは、けっこうしんどい。


 前の職場で利用者さんが同じことをしても、怒ることはなかったし、こんな気持ちにもならなかった。でも、病気のせいってわかっていても、家族だといろんなことを思ってしまう。家族だから、かも。

--“それなら施設に入ってもらえばいいんじゃないか?”

 そう言ってくれる親戚や知人もいるけれど、私たち家族には正直それも難しい。もうすでに、平日はデイサービスに行ってもらってる。--結局、どちらのしんどさを選ぶかなの。日々の騒動への葛藤か、施設に預けてしまったあとの罪悪感か。ちがうふうに、捉えられたらいいのにね。何が何でも最期まで家にいたいという意思の残っている祖父に、私たちはこれ以上の決断を下せないでいた。



 母が庭仕事をすると言ったから、私は庭に出て花の写真を撮りはじめた。いつも手伝うつもりで外に出るけど、庭のあちこちで色とりどりの花が咲いてるのを目にすると、ついつい撮影に脱線しちゃう。スマートホンって、ほんとうに便利。本格的ではないけれど、まだ私にはこれで充分。この日は、桔梗が特にきれいだった。

 桔梗は、紫と白が6対4くらい。白が私はとてもすき。でも、紫に囲まれた白の2、3輪を撮るのが1番よかった。


 桔梗を少し撮って顔を上げると、家の中に祖父の姿が見えた。居間のテレビが正面から見える場所。だけどテレビは点いてない。座椅子に座って、閉じているように見える瞼はほんのわずかに開いていた。顔は前を向いているけど、ほんのわずかに開いたその目が、前の景色を見ているのかはわからない。

 前にも話したことがあると思うけど、祖父には騒動を起こして叱られたときのルーティーンがある。両親のいない間に私の顔を見て、決まった言葉を私と交わし、ひとりになったらテレビの下にしまわれている私の写ったアルバムを見る。ここまでが、騒動を起こしたあとの祖父のルーティーン。祖父にとっては、この順番も大切みたい。でも、このとき私が外にいたから、いつもの儀式ができないでいた。


 しばらく薄く開けた目に何かを映していたけれど、私が次に見たときには、祖父はもう目を閉じていた。




 暗くなりはじめて、水やりまで終えた母が戻ってきた。

「いい写真撮れた?」

まだしゃがんで写真を撮っていた私をのぞき込んで、母が言った。私は思わず笑って頷いてから立ち上がる。


 私と母が家に入ると、祖父は座椅子で寝息を立てていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ