37話 6回目の土曜日 ~目覚め~
この明け方も、夢を見た。いつもの夢。子ども3人だけで家に住んでて、楽しく暮らしていたけれど、ほかの子は順に家を出て行った。最後に外へ出た私が家の前に戻ると、一緒に住んでなかった女の子がいた。
視点は久しぶりに子どもの私。最近は、子どもの私とほかの子を大人の私が離れて見ている視点が多かった。
今まで遠くから見てきた夢の場面は今回、夢を見ている大人の私を中心にすすんだ。自分の意思で動けていたし、言いたいことを言えていた。それでも、大体は見てきた通りすすんでいって、そして、この場面になったの。
私が家の前に戻ったとき、3歳くらいの女の子がいた。このとき夢で動いていた私は大人だけれど、私の身体の大きさは今までの夢と同じ子どもだったみたい。目線の高さが、女の子と同じだった。
女の子は、私の家の扉をまっすぐ見ていた。久しぶりに近くでじっくり見たからか、いつもの暗い臙脂色のワンピースが、いつもよりつよく印象に残った。
女の子を目の前にすると、なんて声をかけたら良いのかわからなかった。言いたいことは、いっぱいあったはずだったけど。とにかく、いつも遠くで見ていたときみたいに女の子が去ってしまうのは、いやだった。
「……!」
あの子の名前を呼ぼうとした。あの子とこの女の子が同じ子かもっていうのは、私の推測、というか直感でしかないのだけれど、とにかく目の前の女の子を引き止めたくて、あの子の名前を呼ぼうとした。口を開けて、声に出そうとした。ーーでも、声にならなかった。
何度か口を小さく動かして、何かを、頭の中で急いで探した。
女の子が、首を横に振った。
私は、気づいた。
(私、あの子の名前、忘れてる)
目から頬へゆっくりと伝う雫の感触は、現実のように生々しかった。熱くなった肌の上を止まっているのかと思うくらいゆっくり伝って、頬の真ん中を過ぎたあたりで、音もなく突然消えた。
(ああ、そっか。忘れてたんだ)
私は頬に残った緩やかな線の感触をまだ感じながら、笑ってそっと手を伸ばした。女の子は、自分の手でもう片方の手を抑えた。
「これ以上は、だめ」
女の子はそう言って、気遣うように笑った。何がだめなのか私が女の子に訊こうとすると、女の子はまた首を振る。
「私たちは、これ以上関わっちゃいけないの」
驚きもあったかもしれないけれど、とてもすんなり納得した。ここで私と話しているこの“夢の女の子”と、“あの子”と、あなたの言っていた“あいつ”。ニュースで見た“最近身元のわかった女の子”はともかく、前の3人にこの女の子の言葉はぴったりはまった。--だから、何も言葉を返せなかった。
去ってゆく女の子の背中を見ながら、私は自分が夢から覚めはじめるのに身を任せていた。
「おはよ」
目覚めてからゆっくりと身体を起こして、私は言った。




