35話 6回目の木曜日 ~通勤~
やっぱりこの日も、あの子からのメールはなかった。もちろん会ってもいない。
朝も帰りも、いつもくらいの混み具合。いくつか席は空いていたけど、誰かの隣に座る気持ちになれなくて、あの子と2人でよく立っていた場所にいた。
朝、そこに立ったのは、とても久しぶりな気がした。窓に流れる見慣れた景色は、勝手に私の目に映る。だけどそれを見ることなく、今朝の夢を思い出しながら、私は15分間電車に揺られた。ーーあの子と一緒じゃない、15分。意外と、慣れてきていた。
帰りは、いろいろ考えた。
今朝の夢で最後に女の子の手を掴んだとき、風が吹いて私は夢から戻ってしまった。その風は、時間が経ってもまだ身体に感覚が残ってた。そんなにつよくないはずなのに、背筋の奥までざわついた風。何だか、夢の世界に拒まれたみたいな。
(ここ何日かのことで、余計にそう感じるのかも)
この何日かで、私の捉え方が変わってきていた。少し前から、気づきはじめてはいたかもしれない。でも、月曜日にあなたに声をかけられたのは、まちがいなく大きなきっかけだったと思う。
あなたが私の通勤定期を拾って声をかけた次の日に、長い間身元がわかっていなかった女の子の身元がわかったというニュースを見つけた。それから、あの子の連絡先やメールが消えているのに気がづいた。
「あいつのこと、もう忘れろ」
「なぁ、ニュース知らねーの?」
あなたに言われて、頭から離れなかったのはこの2つ。母も起こっている時期が合わないと言っていたけど、これだけの状況で、あなたの言う“あいつ”と、“最近身元のわかった女の子”と、“このごろ連絡の取れないあの子”、それに“夢の最後にいる女の子”を結びつけてしまう私は、きっと飛躍しすぎてる。そうわかっている自分もいたけど、信じたかった。
ーーあの子が、どこかに存在しているって。
もう2度と連絡を取れないかもしれない。もしかしたら、夢とまではいかなくても、あの子がこれまで私に会ってくれていたのはぜんぶ、純粋な現実じゃなかったのかもしれない。それでも、どんな形でも、元気でいてくれたらそれでいい。“元気”という言葉が正しいかはわからないけど。ついこの前まで、会えないことや連絡がつかないことを必死になって焦っていたのに、前の夜母に話を聞いてもらったおかげか、飛躍しすぎた推測のせいか、少し冷静な気持ちでそう思えていた。
「正しいことはわからなくてもね、さらちゃんのことを大事にしたいと思う歩未の気持ちがあることは、すごく大事よ」
不意に、いつかの母の言葉を思い出した。都合がよすぎるかもしれないけど、このとき、この言葉は私の心にきれいにはまった。ーーそしてそう感じたことに、私はすごくほっとした。
車内放送で家の最寄駅が案内されて、私は扉の前に移動した。ーーこのすぐあと。視界の端でだれかの手が動いた気がした。私はすぐに振り返ったけれど、男の人とすれ違っただけだったみたい。その人は、振り返ってこなかった。
私が電車を降りたとき、まだ外は昼と同じくらい明るく晴れ渡っていた。
(久しぶりに、すっきり晴れてる)
締めつけるようにぐっと、あたたかいものが胸に在った。空をしばらく眺めてから、私は家に向かって歩きはじめた。




