33話 6回目の水曜日
「ねぇ」
母と並んで夕食の片付けをしながら、切り出した。
「ずっと前見つかった子の身元、わかったらしいね」
母はちょっとの間黙って考えてから、
「ひと月くらい前の? この前、テレビでも流れたわね」
と食器を擦りながら言った。
私はちくりとした痛みを感じながら、母を見た。
「一昨日ね、男の人に会ったの。鼻にピアスした、ちょっと年上そうな人」
母は手を動かしながら相槌をくれた。私は、この週に入ってあの子からメールすらこなくなったこと、2日前の月曜日にあなたと会った話をした。
「歩未は、何か心配なの?」
ひと通り聞き終えて、母は少し不思議そうに尋ねた。
「だから、えっと……」
私は困った。
あの子からメールがこなくなって、鼻にピアスをした初対面の男の人に、“あいつ”のことはもう忘れろって言われた。その人はニュースを知らないのかと呆れたみたいに呟いて、拾ってくれた定期について、別れ際“もう落とすなよ”って言っていた。それにこの前日、あの子のアドレスとあの子とのメールのやりとりが消えていたと気づいたことも。ーーそこまでを話したのに、母はそう私に言った。
「だって、時期が合わないじゃない」
ちょっと明るい声で母は続けた。
「先週は、連絡取れていたんでしょ? この前ニュースになった子は、ひと月くらい前に亡くなってる」
「うん……」
あの子のこれまでの言動、メールが消えたこと。ほかにも、引っかかることはいくつかあった。でも母の言う通り、時期の矛盾がある。でも何となく、きれいにすんなり納得できたわけじゃないのを心で感じた。
「それにね」
洗い物が片付いて、エプロンを外しながら思い出したみたいに母が言った。
「ちょっとタイミングよくさらちゃんに会えなくなったからと言って、この前会った男の人の言ってた“あいつ”がさらちゃんとは限らないわ」
母は、ふと口元を緩めた。
「さらちゃん……」
母があの子の名前を言ってほっとした。私も、あの子の名前を呟いてみる。やっぱりほっとしたけど、どうしてほっとするのかを、私はまだ気づかなかった。
「何にせよ、定期落としすぎじゃない? さらちゃんに初めて会ったときも、3日続けて拾ってもらってるんでしょう? 自分で買ってるとは言え安くないんだから、気をつけなさい。拾ってもらえてよかったね」
母は明るい声で言いながら、台所をあとにした。
母がこのとき、あの子のことを含めてどこまで気づいていたかはわからないけれど、私は母にここしばらくのことを聞いてもらえて、いっぱいざわざわしていた頭の中が、少し静かになれた気がした。ーーそう。私をよくわかっている母に話せて、やっぱり気持ちは軽くなったの。まだ何となく引っかかったものが、何かわかっていなくても。
私もエプロンを外して、台所の電気を消した。




