32話 6回目の火曜日
「なぁ、ニュース知らねーの?」
前の日にあなたと別れてからも、あなたの言ったことが気になっていた。ニュースはわりとまじめに見ている方だけど、あの2、3日で急にものすごいニュースになったことはなかったと思う。でも一応、スマートホンで調べてもみた。
この何日かも、やっぱり哀しいニュースはいくつかあった。でも、私のいるところからは遠い場所のことばかり。知っている人や場所に関係してそうなニュースは、見つからなかった。
(私、すごく幸せなんだろうな。あの人、なんのニュースのこと言ってだんだろう……?)
そう思って、月曜日は寝る支度をした。
次の朝電車を待っている間も、最近のニュースを検索しながら結局あなたの言ったことを考えていた。
「あいつのこと、もう忘れろ」
あなたが言った中で、1番引っかかった言葉。これを先に言われていたから、前の晩もニュースを調べた。
(やっぱり、“あいつ”ってさらちゃんのことよね……)
私が日常で出会う人の中で、前の日にあなたの言った“もう会えない”に当てはまりそうな人は、あの子以外に浮かばなかった。あの子は唯一、最近会えなくなった身近な人。そんなことを考えながらスマートホンの上で指を動かしていたら、1つのニュースに目が留まった。
『身元判明までひと月……。DNA、10代女性と一致』
記事一覧のかなり下。すごく前のニュースの、続報だった。見出しを見て思い出した。ひと月ほど前、この人が見つかったときには、何日か続けて長い時間報道されてた。
身元の手掛かりも、遺書もなにもない。亡くなってから数日で発見されたみたいだけど、それでも暑い季節に差し掛かってた。
(それでも、こんなに時間がかかるなんて……)
そう思いながら、そのニュースを開こうと見出しをタップしたときに、電車が止まった。1度画面を閉じて、私は電車に乗り込んだ。
電車に乗って、やっぱりあの子を探してしまった。メールすら来なくなっても、くせはくせ。ただのくせだから、あの子がいなくても驚かない。今思えば、この日はメールもあまり待っていなかった。
座席に座って、ニュースを開く。身元はわかったみたいだけれど、名前とかは載ってなかった。事件か事故かも、まだはっきり書かれていない。
こういうニュースは、よく名前や住所が詳しく報道されるけど、そういうのは、ちょっとしんどい。報道された人の意思じゃないのに、名前が世間に知れ渡る。それに特にこのニュースに関しては、ここにもしあの子の名前が書かれていたら、私は間違いなく壊れてしまった。ーーだから、言い方は悪いけど、少しほっとした。
でも、ほかにあなたの言う“ニュース”にあたりそうなものは見つからなかった。ーーそれが答えなような気がして、どうしようもなく恐ろしくなった。
しばらく、何を考えてたのかわからない。ただ恐ろしかった感覚だけは、ひどくはっきりした感触を残した。
(私、あの子の苗字知らない……!)
どれくらい経っていたかわからないけど、そんな恐ろしい感覚の中で突然気づいた。
今更だけど、致命的。私は、急いでアドレス帳のアイコンを叩いた。スクロールして、あの子を探す。あの子が登録してくれた、あの子のアドレス。ーーでも、見つからなかった。
(アドレスの登録がなくても、メールの履歴でわかるかも!)
苗字どころじゃなくなった。アドレス帳に、登録されているはずのあの子の名前がなかったんだから。
もともとあの子に登録してもらったメールアドレス。たしか、登録してくれた。私のスマートホンであの子が何か設定してくれたのを、私は隣であのとき見ていた。でも、それがない。
実際私は見ていたけれど、あの子がどんな操作をしてくれたのかはわからなかったし、だから厳密に言えば登録してくれたかどうかの確証はない。だけど、実際メールでやりとりはした。
急いで、今度はメールのアイコンを叩いた。あの子と最後にやりとりしたのは、この4日前の金曜日。4日前の日付まで一気にスクロールした。だけど、あの子としたはずのやりとりは、残ってなかった。
日付で1日ずつ検索をかけても出てこなくて、次に言葉で検索をかけた。
『おはよ』
『またね』
どちらも交わさなかった日はなかったはず。少なくともどちらかは、メールの中に含まれてたはず。ーーなのに、それも出てこなかった。
(なんで?!)
とにかく無我夢中で1件ずつメールを開けた。受信ボックスも、送信ボックスも。ゴミ箱や、迷惑メールまで。あの子と会う前の頃の日付もぜんぶ。ーーどこにもなかった。
ぜんぶのメールを見終わったとき、顔を上げた。頭は何も考えられていなかったけど、窓の外が、見慣れない景色なのは感じた。
それに気づいて、はっとした。
(仕事!!)
私は次の駅で慌てて降りて、すぐ逆方向の電車に乗ったけど、社会人になって初めて遅刻した。
それに、このときはまだ、1番大事なことを忘れたなんて、気づいてなかった。




