26話 5回目の水曜日
水曜日、あの子は来なかった。「明日」って言ったけど、来なかった。
代わりに、メールがきた。いつもの電車、あの子といつも並ぶ場所に立っているとき。
『おはよ』
あの子からきた、はじめてのメール。アドレスは交換してたけど、電車でいつも会えたから、メールでやりとりしたことは1度もなかった。メールの中身は、たった3文字。周りを見たけど、あの子は見つけられなかった。
『おはよ』
私も、3文字で返した。
しばらく待つと、返事がきた。
『今日、混んでるね』
ーー乗ってるんだ、って思って私はまた周りを見る。でも、あの子は見えなかった。
『うん』
しばらく迷ったけど、それだけ返した。前よりもう少し長く待っていると、また返事がきた。
『歩未ちゃん、今日も探してくれてありがと♡』
(近くにいる……)
私はまた辺りを見回したけど、やっぱり同じ。ーーあの子はいない。
『さらちゃん、どこ?』
こんなストレートに訊いたのは、後にも先にも、このときだけ。しかも、返事が返ってくるのにものすごく時間がかかった。
『今日もかわいいよ。いってらっしゃい』
電車を降りるころになって、やっと返ってきたあの子の返事がこうだった。ーー答えになってない。答えが返らないことは、たぶん心のどこかで予想してはいたけれど、それでもちょっと、哀しくなった。でも返事はくれたから、それにほっとした自分もいた。
『行ってきます』
〝またね〟って書こうか迷った。迷ったけど、こっちで返した。〝いってらっしゃい〟には、〝行ってきます〟が自然かなって。
電車を降りる間際に、私はもう1回だけ見回した。何回見ても、あの子はいない。
ホームに立って、電車の扉が閉まるのを見た。重く静かな音を立てながら、長い電車がゆっくり遠ざかっていくのを見た。
「またね」
もう見えなくなりかけた電車の1番うしろに、私は言った。




