25話 5回目の火曜日
次の日、あの子は扉のそばのいつもの場所に立っていた。
「おはよ」
あの子はほほ笑んだ。それが私をすごくほっとさせているのを感じて、私も
「おはよ」
と返した。
この日は鮮やかなオレンジ色のTシャツに、穴の開いたジーンズ。髪はいつも通りきれいに巻いて、透けのないサングラスをかけていた。耳元ではTシャツと同じようなオレンジのピアスが光ってて、見た目だけで言うなら、前の週の金曜日のような違和感はなかった。
あの子の隣に立ってすぐ、私は尋ねた。
「昨日、大丈夫だった?」
目元は見えなかったけど、あの子がきょとんとしているのがわかった。
「何が?」
あまりにも自然に、不思議そうにそう言われて、私は困った。
「……昨日いなかったから、何かあったかなって思って」
困って、言わない方がいいかもしれないと迷ったけど、正直に言った。
あの子はますます不思議そうに首を傾げて、口元を緩めた。それから、たぶん、すごく笑った。声も立ててなかったし、目元もサングラスで見えなかったけど、たぶん、笑った。ただでさえサングラスであんまり見えていない顔を両手で覆って、肩は震えて、身体は左右に揺れていた。
「いたよ、昨日」
しばらく身体を揺すったあとで、あの子は言った。
「私のこと探してた歩未ちゃん、ちょっとかわいかった」
いたずらにあの子の声が弾んだ。
「なにそれ」
私も笑った。
あの子の言ったことをすんなり信じられたかと言われれば、そうじゃなかったかもしれない。『ほんとにいたの?』って、尋ねたかった自分がどこかにはいたと思う。でも、あの子が電車に乗ってて、また話しかけてくれただけで、やっぱり私は充分だった。
久しぶりにお互いのスマートホンを見せ合いながら、ファッションや雑貨をたくさん探した。あの子は前にそうしてたころと変わらず楽しそうに色々勧めてくれていた。私はそんなあの子を見てうれしくて、だから、もう何も訊かなかった。
「また明日ね」
私が降りる直前に、あの子は言った。口元や頬の感じからして、サングラスで見えない目元も、きっと笑っていたと思う。
「また明日」
私は、手を振りながらそう返した。
私が電車を降りてもあの子は手を振ってくれていた。でも、電車が進みはじめると、あっという間に見えなくなった。




