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22話 4回目の土曜日

 お昼ご飯の食器を洗っていたけれど、頭も心も上の空。私はすごくもやもやしていた。前の日のあの子の様子が、頭から離れなかった。見た目、言葉、声、表情……。

 あんなに毎日身だしなみに気をつけてる子が、前の日とまったく同じ服。髪の手入れも実はおざなり。毎日会っている私ならひと目でわかるようなことを、あえて訊いてきたりして。取り繕うのも、いつものあの子ならもっと上手だったはず。思い出す1つ1つの言動に、私の心がざわついた。


 手に取ったものは、思ったよりも軽かった。それに気づいて手元を見ると、持とうとしていた小皿の半分があった。尖ったところもなく、きれいな半分。

(長く使ってるもんね……)

このお皿は、たぶん私よりこの家に住む時間が長い。シンクに残った片割れを拾って、手に持っていた半分と合わせてみると、やっぱりきれいに元の小皿の形になった。

「さらちゃん……。何があったの……?」

小皿を手にしたまま、明かり取りの窓に向かって私は尋ねた。


 ーードン、と鈍い大きな音が響いた。

 持っていた小皿を置いて居間に戻ったら、座椅子で居眠りしているはずの祖父がいなかった。

(おトイレかな……)

私は居間を出て長い廊下のトイレのある方に目を向けた。そうしたら、ちょうど居間とトイレの間くらいに、背中を向けた祖父がぺたんと座ってた。

()けた?)

 祖父はしっかり歩けているわけじゃないけど、まだ転んだことはなかった。

「大丈夫? 転けた?」

 私は祖父のそばに行ってから、なるべく穏やかに笑って言った。

 祖父はゆっくり振り返った。顔をしかめて、怒っているみたいにも困っているみたいにも見える表情。その表情(かお)で言った。

「行かないと……」

トイレの先には玄関がある。祖父は玄関の方に手を伸ばしていたけれど、その指先は震えてた。

「どこへ?」

なるべく穏やかにそう尋ねたけれど、祖父は黙って下を向いた。肩に触れた私の手を鈍い動作で鬱陶しそうに払って、それからも何も口にせず、ただ険しい表情で床を見つめた。


 しばらく祖父のそばにいたけれど、私は根負けして居間に戻った。割れた小皿をビニール袋に入れて外のゴミ箱に捨ててから、残りの食器洗ってしまった。それが終わって居間に戻っても、祖父はいない。廊下を見ると、まだ祖父は座って下を向いていた。


(認知、進んでるかも……)

 この日は、いつもみたいな騒動を起こしたわけじゃなかった。だから祖父がこんなことをする意味も、わからなかった。強いて言うなら、これが新しい騒動なのかもしれない。

 いつもの騒動は、祖父の感情が理由になってた。ーー寂しい、お腹がすいた、トイレに行くのがめんどくさい。ーー共感はできないけど、わかる理由。でもこのとき私は、祖父が何をしたかったのかわからなかった。

(わからないけど、理由はある。理由があるから、そうしたいと思う……。成し遂げたいという思いは、病状が進んでも、残る。もしかしたら、認知症になる前よりつよく……)

 ふと思った。そしたら、疑問が浮かんできた。

(どこへ、何をしに……?)

自分でも、意外だった。転職して1年以上経ったのに、まだ前の仕事のときみたいな考えが浮かぶ。それも、たぶん仕事をしていたときより的確に。それが不思議で、でもうれしかった。


何度か様子は見たけれど、この日、祖父は結局30分以上そこにいた。

 かなり経ってから、祖父は立ち上がろうとした。でも、よろめいてできなかった。何度か試したけど、鈍い音が響くだけ。やっと諦めて四つん這いで部屋に戻っていく祖父の姿は、なんとも言えない、やりきれないものを私に残した。


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