21話 4回目の金曜日
この数日自分のことを話してくれるようになったけど、あの子はすごくゆっくりしか話さないし、具体的なことも話さない。核心を、ぽつぽつとつなげている感じだった。凛としていながら、儚さもあって、何かを大事にしようとうとしているのも伝わってきた。
(たぶんさらちゃんは、これからも詳しいことは話さない)
もうこのころには、そう思ってた。ーーそれでも。
(ここまで話してくれたんだから、あの子の話してくれた言葉を大事したい)
ホームに入ってくる電車を見ながら、私は改めて自分の心にそれを伝えた。
「おはよ」
あの子は、扉のそばに立っていた。
「おはよ」
言ってあの子の顔を見たとき、あれ? と思った。
隣に並んで、なるべくさりげなくあの子を見る。なめらかに描かれた眉。きれいに整えられたまつ毛。うすいブルーのラインが入った大人びた目元。濃くはないけどインパクトのある、ふっくらした唇。ーーこの日もばっちり。
トップスは、白のノースリーブ。首元はタートルネックで、肩にかかる長さの髪は、うしろでおしゃれにまとめてた。黒のパンツに、足元はヒール。細くて長い脚がきれいだった。
あの子にしては、無難なファッション。でも、たまにはそういう日もあった。私の感じた違和感はそこじゃない。あの子のこの日の格好には、見覚えがあった。--それも、この日の前の日に。
それに気づくと、たしかにほかにも見えてきた。メイクはばっちりだったけど、眉やアイメイクのカラーは昨日と同じ。今まで2日連続同じだったことは1度もなかった。ピアスもしてない。ピアスはあの子と私が会って以来、同じものをつけていたことすら1度だってなかったのに。昨日下ろしていた髪はおしゃれにまとめられていたけれど、よく見るとおくれ毛や毛先のばらつきがあった。
「大丈夫?」
何かあったことはまちがいないと思って、私は尋ねた。
「え?」
あの子はきょとんとしたけれど、少しして慌てて明るい笑顔で言った。
「うん! 大丈夫!」
(あれだけ毎日見た目に凝ってるんだから、ぜったいおかしい)
私はそう思ったけれど、どこまでを言葉にしたらいいかわからなくて、そのときは口を噤んだ。
「最近、無理してない?」
しばらくお互い何も言わずにスマートホンや本を見ていたけれど、2駅目に停車したときあの子が言った。
「うん」
無理してるようにしか見えないあの子に訊かれて、なんとも言えないものを感じたけれど、それだけ答えた。このころ祖父の大騒動の頻度は高くなりつつあったけれど、自分の気持ちがそれまで以上にすごくしんどいってこともなかった。答えた私をあの子は大きな瞳で見ていたけれど、
「そっか」
って笑って、またスマートホンを触りはじめた。
「どうして、『大丈夫?』って尋ねてくれたの?」
そう時間を置かずに、スマートホンに目を向けたまま、あの子は尋ねた。
「……」
服が同じなのはあの子が1番よくわかっているだろうし、それを言うと傷つけちゃう。そう思うと私は何て言ったらいいかわからなくて、あの子と視線が合わないように下を向いた。
「……見て、すぐわかった?」
あの子が、私の方を向いている気配がした。道具さえ鞄に持ってたらメイクは直すことができるけど、あの子みたいにばっちり整えようと思ったら、ほかは家に帰らないと無理だと思う。そもそも、服が昨日と同じだなんて。--私は、何も言わずにただ頷いた。
「なーんだ! お見通しか」
あの子は清んだ声でにそれだけ言って、また身体をぴったりくっつけてきた。
あの子と触れあってる部分に意識を向けて、私はあの子の言葉を考えた。あの子がこの何日かで聞かせてくれた話のせいもあると思うけど、清んだ声が、針みたいに胸に刺さった。
(お見通しも何も……。ひと目でわかるのは、さらちゃんだってわかるでしょ……?)
目を瞑って身動き1つしないあの子に、私は心の中で尋ねてた。
私が降りる駅になっても、あの子は目を開けなかった。
「またね」
私はあの子の耳元に囁いて席を立った。私が動いても、あの子は体勢を崩さず目を瞑って座ってた。
電車を降りた私から見えなくなるまで、あの子は同じ姿勢で目を瞑ってた。




