20話 4回目の木曜日
「飛び出したけど、結局、一緒だった」
私が隣に座ってからかなり長い間、前の日みたいに黙々と下を向いてたけれど、おもむろにあの子は言った。視界には前の座席があるはずだけど、前の座席よりずっとずっと先を見ているような目で。
「一緒?」
遠くを見つめるあの子の横顔に私は尋ねた。あの子は、遠くを見つめたまま長い間何も言わなかったけど、ひとり言を呟くように教えてくれた。
「生まれた場所から飛び出したら、どこも、すごくキラキラしてた」
このときのあの子の横顔が、とても穏やかだったのは今も印象に残ってる。あの子は言って、小さく息をついた。まだずっと先を見つめたまま、ほんのちょっとだけ口元を緩めて、
「キラキラしてたけど、一緒だった」
って付け足した。
やんわりと雰囲気は感じられたけど、まだ私にはよくわからなかった。何も言わないであの子の言葉を待ってたら、あの子は私の考えてることに答えるみたいに、また付け足した。穏やか、より少し冷静な感じが加わって。
「ぜんぜんちがう人の集まる、キラキラした場所に行っても、結局前にいたところにいたような人とつながっちゃう。……引き寄せちゃうのか、引き寄せられちゃうのか、どっちだろ」
あの子は、ゆっくり視線を移した。あの子の視線を、私は追った。窓の外、空は分厚い雲に覆われていた。灰色の雲が重なり合った境目は、ひときわ暗い。あの子の視線を追った先で私が見たのは、そういう景色。でもあの子が何を見ていたかなんて、私にはわからない。
あの子はそれを言ったきり、窓の方を向いたまま身体を私にぴったりつけて、目を閉じた。瞼を閉じると、アイメイクが静かに主張されていた。
(一緒……。引き寄せるか、引き寄せられるか)
目を瞑ったあの子の身体の重みを感じながら、私はぼーっと前を見て、あの子の言葉を思い返した。こんなことを言っているのに、心細さを感じさせない話し方。冷静だけど、冷めてる、諦めてるっていうのもちがう。
(わからないけど、大事なことはちゃんと見据えてるんだろうな)
あの子と触れた肩のあたたかみを感じながら、なんとなく、そんな気がした。
「ね」
しばらくして、目を閉じたままあの子は言った。
「なに」
前を向いたまま、私は応えた。
あの子は瞳を開け、また遠くを見てから、
「あっという間だね」
って言って身体を離した。
「え」
一瞬、何のことかわからなかった。でもすぐあとに車内放送が流れたから、私はすぐ立てるように準備した。それから、またあの子を見る。あの子は、電車を降りる私のために明るく笑って待っててくれた。
「また明日」
明るく笑って、手を振って。
あの子のそういうところが私を不安にさせるのを、あの子ももうわかっていたと思う。それでも、あの子は笑ってくれた。暗い顔で別れるのはもっとよくないと思うから、心細いような気がしても明るく笑ってくれている方がうれしい。ーーそんなことを思ってた。
「また明日」
この日も、明日という言葉に救われて、私は電車を降りられた。




