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2話 最初の木曜日

 3度目に定期券を落とした次の日、いつもの車両に席は空いていなかった。あの子は今日もいつもの場所に立っていて、目で、乗ってきた私を呼んだ。


「やっと話せる」

それが、あの子が私に言った最初の言葉。私が想像していたよりも、ずっと爽やかな声だった。

「やっと?」

私はあの子の言葉を繰り返す。

「だって、私はずっと待ってた。気づいてくれるの」

「ずっと?」

私の問いに、あの子は笑って頷いただけ。

「ねえ、あなた名前はなんていうの?」

 あの子は、頷いたあと私に尋ねた。私は、ちょっと急だなと思った。でも見た目が私と正反対だったから、こういう子はそう言うノリなのかも、とすぐに思った。

「あゆみ」

あの子は口の中で私の名前を小さく呼んで、また尋ねる。

「漢字は?」

「歩くに、未来の未」

あの子は私の名前をもう一度呼んで、自分も名乗った。

「さら。ひらがななの。実が成るって書いて成実(なるみ)になるかもしれなかったけど、こっちになった。私は、どっちも好き」

あの子は、照れたように笑った。

 私は、素直にものを言って笑えるあの子が、羨ましいと思った。


「ねえ、どこまで行くの? 何しに行くの? だれと一緒に住んでるの? 彼氏いる?」

 まずここまでを、あの子は一気に私に尋ねた。

「ちょっと待って。一気すぎてわかんない」

慌てる私に、あの子は穏やかに笑ってみせた。

「ゆっくりでいいから、ぜんぶ聞きたい。まずは、どこ行くか」


 15分くらいの電車の中で、私はずっとあの子の質問に順に答えた。今から県庁のある隣の市へ行き、その県庁で仕事をすること。両親と祖父と一緒に住んでいて、彼氏はいないこと。  

 私が答え終えると、あの子はさらに質問してきた。

「県庁でどんな仕事やってるの? 楽しい?」

私はどこまで言うかほんの少し考えてから、あの子に答えた。

「仕事はね、雑用係かな。やりがいはあるんだけど、ちょっといろいろ迷ってる」

「迷う?」

尋ねたあの子に曖昧な笑みで頷いて、私は続けた。

「でもお休みはしっかりあるし、残業ないし、今の私にはここが合っているのかも」

私は窓の方に視線を向けた。かすかだけれど、私の横顔を見つめるあの子の視線をそばに感じた。

「そっか」

清んだあの子の静かな声が、透き通った雫みたいに沁みてきた。


 聞こえてくる音が変わって、窓から見える景色も変わった。電車が徐々にゆっくりになる。音も景色も遅くなりながら静かに流れて、小さく揺れたあとに止まった。

私が電車から降りる間際に、

「また明日ね」

とあの子は言った。

 初めて話すのに食いついてくるなと思ったけれど嫌な感じがしなかったのは、私にないあの子の良さに、私が惹かれたからかもしれない。電車の扉が閉まるまで手を振って、電車が動き出したと同時に私は改札口へ歩いて行った。


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