17話 4回目の月曜日
雨の音で目が覚めた。私が家を出て駅についても、雨はしとしと降りつづいた。空気の匂い、肌にペったりくっつく何かの感触。梅雨が、もうすぐそこに近づいていた。
電車に乗ると、あの子はいつもの場所に立っていた。
「おはよ」
あの子は、洋服に合った柄のおしゃれな傘をまっすぐ持ってて、ほほ笑んだ。
「おはよ」
私がそばに行くと、あの子は邪魔にならないように傘を反対の手に持ち替えてくれた。
「ありがと。狭くない?」
あの子は穏やかにほほ笑みながら、首をゆっくり横に振った。そんなあの子は、雨のじめじめした感じがなくて涼やかだった。
それからしばらく、私たちは土曜日の話をした。スイーツのお店では2人とも写真もたくさん撮ってたから、それは前の土曜日とはちょっとちがった。
「これなんか、すんごくきれい! ぜったい映えるって!」
「さらちゃん、おもしろい写真多いね」
あの子の撮った写真は正面から撮ったものもあったけど、そうじゃないのもそれ以上の数あった。どれも色合いがよく、何より撮ったものがおもしろかった。ひと口だけ食べたケーキの断面、マカロンのピラミッド。たまにSNSで見ることもあるけど、私はたぶん思いつかない、そういう構図。上手に撮るのが難しそうなところなのに、あの子はきれいに撮れている。マスキングテープにしたらかわいらしいかもしれないと、そのとき思った。
「こういう変わったの撮ってるとき、すごく楽しい」
あの子は、画面を見たまま言った。
2人ともSNSはしていなかったし、他に見せるようなところはあまりない。あったとしても、私が両親に見せるくらい。それなのに、私たちはたくさん写真を撮っていた。お互いのスマートホンをくっつけて、撮った写真を見ながら楽しかった時間を頭の中でもう1度過ごす。それが、私はとてもうれしかった。
楽しかった時間を思い出すのはやっぱり楽しくて、その楽しい時間もあっという間に過ぎていった。車内放送で、私の降りる駅が流れた。
「降りなきゃ。またね」
私はスマートホンを鞄にしまいながら言って、しまってからもう1回あの子を見た。
「またね」
あの子は口元を緩めて、私の方に首を傾げてた。
とても急いでいたのに、そのときどうしてか、目に入ってしまった。というより、普段なら目に入っても気に留めていない場所だと思う。無意識に、違和感をもったのかもしれない。とにかく、このときはどうしてか気に留まった。電車の、あの子の立っていた周りの床。この降り続いた雨の日に、濡れた様子が全然なかった。
駅員さんの吹く笛が、きつく響いた。私はあわてて電車を降りて、降りてからあの子に手を振った。あの子は穏やかな表情で手を振りかえしてくれたけれど、その笑みは寂しそうでもあって、電車が動き出すとあっという間に見えなくなった。




