11話 2回目の土曜日
私たちはこの日、普段より1時間遅い電車のいつもの車両で待ち合わせた。目的の駅は、いつも私が降りる駅より2駅先。通勤とちがって、遊びに行く人たちで混み合っていた。
いつもの場所に2人で並んだ。どこでご飯を食べようとか、こんな店もおもしろいとか、あの子は行きの電車でもギリギリまでスマートホンで検索していた。良さそうなところを見つけるたびに私の方に身体を寄せて、画面を示して私の感想を尋ねてくれた。そうしていたら、あっという間に目的の駅まで着いた。
お店を検索している時に私が言った感想であの子はスケジュールを立ててくれた。あの子が勧めてくれたお店に行って、服や小物をたくさん見た。見るだけじゃなくて、試着や助言もあの子が店員さんにお願いしてくれた。自分だけじゃよほど迷わないと試着したりしない。でもあの子は、「とにかく試そう」とどこへ行っても店員さんに声をかけて、何でもかんでも着たり付けたりさせてくれた。そんなだから、1つ1つのお店で時間がかかった。結局最初に立ててくれていたスケジュールはあまり役に立ってなかったけど、あの子は全然気にせずいてくれたみたい。
あの子は、私が仕事帰りに乗っている電車の時間に合わせて帰る方へ向かってくれた。いろんなお店を見たけれど、自分のもので買ったのは服を2着だけ。お給料を考えたら、これくらいが妥当だった。
お店を見てまわりご飯をたべて、また見てまわり、お茶をした。あの子がいるから私1人だったら絶対に入らないようなお店も行けて、私はとても楽しかった。あの子も服やアクセサリーを熱心に見ていたけれど、結局何も買ってなかった。
「あ〜、楽しかった」
帰りの電車で席に座って、あの子は伸びをした。
「ほとんど私に時間割いてもらっちゃった。ごめんね」
謝る私に、あの子はきょとんとした。
「だって、今日のメインそれじゃん」
あの子は、それを念押しするみたいに笑った。
「あのね、これ」
私は買い物した手提げ袋の中から、小さめの手提げ袋を出した。あの子の身体が小さくはねる。
「なにこれ」
あの子は、びっくりしたのとうれしいのと困ったのが混じり合ったみたいな顔をしていた。
「さらちゃん、こういうのたくさん持ってるのは知ってるんだけど……」
私が手提げ袋を渡すと、あの子は中の小さな包みを取り出した。
「なんで……」
透明の包みの中で、白に近い淡い色の台紙に載った飾りを見て、あの子が呟いた。
「お礼したくて。好きじゃなかったらごめんね」
あの子にお礼がしたくて何がいいか考えてたけど、何がよろこんでもらえるか、最後までわからなかった。ピアスは今まで1度も被ったことがないほどたくさん持っているから、かえって迷惑だったかもしれない。でもお店であのピアスを見ていたあの子は、それをいいなと思っているように見えた。黒みがかった深い臙脂の小さな飾り。独特の形が印象的なピアス。
長く見つめていたのに1度も触れず、それを見る目はどこか切ない。
何か思うことがあったのかもしれないし、そうするのがいいかどうかはわからなかった。けれど、私はあの子にそのピアスを贈りたいとその時思った。
あの子は何も言わずに目を瞑って、ゆっくりと首を横に振った。
「うれしい」
あの子は膝の上の鞄をゆっくり開き、それから両手で鞄の奥に包みをしまった。そのあと、あの子は何も言わずに私に身体をくっつけた。
あの子は目を瞑っていたけれど、眠っていなかったと思う。でも、私が降りる駅に着くまで動かなかった。
「さらちゃん、ごめん。降りるね」
私は自分の最寄り駅で降りて、予定の時間に帰らなきゃいけなかった。私が言うと、あの子は私から身体を離して目をこすった。
「今日はほんとにありがと。またね」
あの子は寝ぼけたみたいに間を置いてから、
「こっちこそありがと。またね」
と明るい声で返してくれた。
私はいつもとちがう風景に向かって遠ざかる電車を見送ってから、改札へと歩きはじめた。




