10話 2回目の金曜日
次の日、あの子は前の日に言っていた通り連絡先を教えてくれた。電話番号とメールアドレス。
「SNSはやってないの」
とあの子は言った。
あの子がSNSをやってないのは、ちょっと意外だった。まだ抜けていなかった先入観でしかないけれど、おしゃれにちゃんと気を使ってるこういう子は、SNSも頑張ってるんだと思ってた。
「SNS、なにかやってる?」
訊かれて私は、
「たまに見るだけ」
と言った。実際、見るのも読むのも、本がほとんど。
「だと思った」
あの子は、私が思った通りの答えを言ったことに満足したみたいに笑ってた。
私もあの子に電話番号とメールアドレスを伝えた。教えてもらったメールアドレスにメールで送ろうとしたけど、あの子は首を横に振った。笑顔であの子が手を差し伸べたから、私はスマートホンをあの子に預けた。
「こっちの方が早い」
言いながら、あの子は私に見えるようにスマートホンを操作して、自分のスマートホンに近づけたあと、すぐに私に返してくれた。
「何したの?」
目の前で見ていたけれど、あの子がどんな操作をしたのかまるでわからなかった。あの子は自分のスマートホンで顔を隠しながら、声を出さずに長い間笑ってた。
「まほうかけた」
やっと顔を上げたあの子の言い方は、いたずらっぽかった。
「まほう?」
「そ、まほう」
今度はいたずらっぽくというよりも少し誇らしげで、でも、当たり前のことを言ったみたいにさりげなかった。
「どんなまほう?」
(訊いてもよかったかな)
尋ねたものの、すごく怖かった。
自分の尋ねたことがあの子の核心に触れてしまわないことを、つよく願った。そこに触れれば、あの子はきっと、遠いあの子の世界に帰ってしまう。そんな気がした。
あの子の顔が近づいて、私の目の前で止まった。あの子の瞳に、私が映った。あの子は大きな瞳で私をずっと映したあとで、耳元で楽しそうにささやいた。
「ひみつ」
また大きな瞳で私を映し、そのあと顔を離したあの子は、声を立てずに笑ってた。スマートホンで顔を隠して。
私は、そんなあの子にほっとした。
そのあと私が降りるまでの何分間か、私たちはスマートホンを見せ合いながら次の日の買い物の作戦を練った。
「また明日ね」
私が電車を降りる時のあの子の言葉が、私はとてもうれしかった。




