2-1 王女
王立魔術学院の入学式。
例年のそれは、王国内で大々的に祝われるようなイベントでは無い。
しかし、今年は違っていた。
王女メルトリスが入学するためである。
「王女様がお見えになったぞ!」
「メルトリス様、ご入学おめでとうございます!!」
学院の正門はメルトリスの登場を今か今かと待ち続けていた民衆でごった返していた。
学院の制服を見事に着こなしたメルトリスが現れると、民衆は溢れんばかりの声援で出迎えた。
「皆様、ありがとうございます!」
メルトリスははちきれんばかりの笑顔で声援に答える。
その屈託のなさと分け隔てのなさが彼女の人気の所以である。
「さあ、メルトリス様、入学式に遅れてしまいます。」
「ありがとう、エルザ。護衛はここまでで結構です。」
「しかし!」
「結構です。」
メルトリスは横に連れていたエルザに凛とした口調で答えた。
「……かしこまりました。くれぐれもお気をつけて。」
「ええ、楽しんで参りますわ。」
エルザは肩を落とすと学院に向かうメルトリスをその場で見送った。
メルトリスは群衆に手を振りながら、時折立ち止まっては止むことのない声援に答えている。
「どうか、お気をつけて。」
エルザはその様子を黙って見送るしかなかった。
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アスカが学院に到着したのは、メルトリスより少し後だった。
未だ多くの民衆が正門前でたむろしており、学生が通れる道は確保されてはいるものの、その混沌とした様子にアスカは呆気に取られた。
「お、君も入学生か!王女様と同級生なんて羨ましいなあ!」
「これからがんばってね!」
制服を身にまとった入学生らしき生徒がぞろぞろと学院に向かう中、民衆の中には王女以外にも声をかける者もいる。
アスカは愛想笑いを浮かべながらその声に答えた。
背後から声をかけられたのはそんな最中だった。
「全く、王女殿下がご入学されるとはいえ、これではまるで祭りのようではないか。」
アスカが振り向くと、そこには、金髪をたなびかせ、いかにも貴族然とした姿の男子が歩いていた。
「失敬、申し遅れたね。僕の名はロンバルド・ディーネ。今年この学院に入学する生徒さ。」
(ディーネ……。)
ディーネ家は、その家系から大臣などの要職を多く輩出している高位の貴族である。
アスカは少し身構えた。
「僕はアスカ・エレイン。同じく入学生。これからよろしく。」
「ああ、よろしくしてくれたまえよ。ここで会ったのも何かの縁だ。学級が違っても気軽に話しかけてくれたまえ。」
ロンバルドはそう言うとアスカを追いこし、正門へと歩みを進めていった。
(偉そうな奴……。)
アスカは出そうになった言葉を心中におしとどめた。
学院の正門を通り抜けると、中央に噴水が位置する広場が入学生を出迎える。
普段は生徒の憩いの場となっているが、今日はその姿は見られず、感動とときめきに溢れる入学生たちが通るのみである。
周りには草木が植えられ、色とりどりの花が入学生を祝福している。
入学生たちはこれからの学院生活を思い描きながら、次々と広場を通り抜けていく。
アスカも一度、入学試験の際に通ったことがあるはずなのだが、そのときよりも広く美しく感じられた。
「入学生のみなさーん。クラス分けの紙を貼っているので自分のクラスを確認してくださーい!」
教員らしき人物が広場の奥で呼びかけていた。
そこには大きな掲示板があり、前で入学生たちがたむろしていた。
「クラス分けか。」
掲示板には4枚の紙が貼り出されている。
各クラス16名の5クラス。総勢80名が同級生ということになる。
(僕はBクラス。同じクラスには……。)
アスカはほっと息をついた。
王女もBクラス。どうやら成績順で振り分けられている訳では無いらしい。
「やあ、君、また会ったね。」
聞き覚えのある声に横から話しかけられた。ロンバルドである。
「君も僕もBクラス、やはり何かの縁で結ばれているらしい。」
「あはは……。さっきも言ったけどこれからよろしく。」
アスカは苦笑いをうかべながら答えた。
「それにしても、王女殿下と同じクラスとは。僕らも運がいいね。」
「ああ、うん。お近づきになれるといいけど。」
「なに、必要とあらば僕が手助けをしてやろう。一応王女殿下とは既に面識があるのでね。」
ロンバルドはふふんと鼻を高くして言った。
ディーネ家の嫡子とあらば王女と繋がりがあってもおかしくはない。嘘ではなさそうである。
「それなら、いつか頼むかもしれないな。平民の僕にはまだ話しかけるなんて恐れ多くて。」
「この学院は「貴平平等」が信念。君にもきっとチャンスはあるさ。さあ、僕らもクラスへ向かおう。」
「あ、うん。一緒に行こうか。」
態度は大きいが案外良い奴なのかもしれない。
アスカはロンバルドへの今までの評価を改めつつ、校舎へと歩を進めた。