1-5 試験
「アスカ、明日の入学だけど。」
ヴィオラはマーガレットお手製のビーフシチューに舌鼓を打ちつつ、口を開いた。
「王女とコンタクトを取れるようなら取ってほしい。動きは早いに越したことはない。」
「分かった。頑張ってみる。」
今年、王立魔術学院に王女メルトリスが入学するというのは、アルモンド王国の全国民が知ることであった。
王女メルトリスは才に恵まれ、その豊富なマナ量と技術はもはや学院生徒の域を超えているとの噂も目立つ。
そんな人物に接触するのは困難を極めるが、アスカは二つ返事で了承してみせた。
「なんなら、お家に連れてきてもいいのよ。媚薬入りの特性料理でお出迎えしてあげるわ。」
「母さん、それは任務の範疇を超えてるよ。」
マーガレットはちぇっ、とつまらなさそうに舌打ちをした。
「復習だけど、学院での行動はなるべく目立たぬように。今回の目的は?」
「アスカ、ダフナ、マユラという表の顔の獲得と、王族かそれに近しい人脈とのコネクションづくり、情報の獲得。」
「その通り。難しい任務だけど、まあアスカなら問題ないだろう。」
ヴィオラはにこりと笑って大きくうなづいた。
「ダフナはしばらく家の仕事をしてもらうけど、僕は付術師としての仕事がある。
僕の方からも王族への接触は試みるけど、まあ時間がかかるだろう。」
「あら、随分と弱気ね。私なら1週間もあれば潜り込めるわよ。」
「君の場合はどんな手段をとるかわからないからね、それを見越しての主婦役なんだろうさ。」
「何よそれ、失礼な話ね。」
マーガレットは魔術を使えないが、その美貌を活かしたスパイ任務を任されることが多かった。
薬の知識も豊富で、潜入先で毒物入りの珈琲をターゲットにお見舞いすることも多々あった。
もっとも、ダフナという表の顔を手に入れる以上、そういった任務を行うのは難しくなるだろう。
「まあ、仕事の話はこれくらいにしておくか。
それにしても、君のビーフシチューは相変わらず絶品だね、ダフナ。」
「今さら機嫌を取ろうとしたって無駄よ。おかわりよそいであげなーい。」
マーガレットはぷいっとそっぽを向いた。
「母さん、おかわり。」
「あらアスカ、いいわよ!沢山食べてね!」
「この対応の差はなんとかならないものかね……。」
冗談を交えながら笑顔で食卓を囲む。
明るい家族団欒の姿がそこにはあった。
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王立魔術学院。
アルモンド王国で魔術を習うものであれば誰もが志す、その名の通り王立の教育機関である。
その入学ハードルはかなり高く、魔術の素養はもちろん、学力も王国内の教育機関ではトップレベルの水準が求められる。
生徒には貴族と平民が7:3ほどの割合で在籍しているが、決して貴族特有の入学ルートがあるというわけではなく、たとえ貴族であっても試験に合格しなければ容赦なく落とすことで「貴平平等」を理念に掲げる学院の品位を保っている。
ローリエたちに与えられた任務の最難関はまさしくその入学試験を突破することにあった。
ローリエは魔術の才はあるが一般教養すら怪しい部分が目立ち、クレマチスの猛指導のもと2年間で学力を身につけた。
裏入学のルートが無いわけでは無かったのだが、ローリエがそれを拒んだ。
「王女に近づくのなら、当然のハードルだと思う。」
ローリエはとことん任務に忠実だった。
あくまでも自分ではなく組織のために行動しているローリエの様子にヴィオラは少しの危うさを感じていた。
「ローリエ、君が拒むなら止めはしないが、これで任務がおじゃんになればその責任は君が追うことになるぞ。」
「構わない。頼んだよ、クレマチス。」
その後、ローリエが試験に合格したのは言うまでもないが、その努力にヴィオラは平伏するばかりだった。
ただ、どこかで物悲しさを感じていたのは事実である。
「やったな、ローリエ!」
「ありがとう。でも、任務はこれからだよ。」
合格してもローリエはあくまで冷静だった。
たしかに試験はあくまで通過点にしか過ぎない。
喜怒哀楽に溢れる発表会場で、ただ一人ローリエのみが淡々した表情を浮かべていたのだった。