1-3 会議
ベルザの主要な6つの通りの裏路地、通称「アウトサイド」は、多くの貧困層が住み着いており、お世辞にも治安が良いとは言えない場所である。
アウトサイドに住む人々のバックグラウンドは、犯罪者や浮浪者以外にも、仕事を求めて地方からやってきた労働者であったり、ベルザの学校で学びたい若者であったりと多種多様であり、決してネガティブな要因ばかりで薄暗い雰囲気が形成されている訳では無い。
王国もアウトサイドの治安改善には取り組んではいるものの、目立った成果が上がらないのはこうした複雑な土地柄ゆえかもわからない。
さて、そんなアウトサイドにも商店はいくつか存在している。
いわゆる闇取引を行うような違法な店ももちろんあるが、意外にも多くは真っ当な商売を行っている。
もちろん、そういった店は表通りの者からは「不良のたまり場」という扱いを受けており、商売繁盛といった様子になるようなことは滅多にないのだが。
サンセット。アウトサイドの一角に店を構える喫茶店である。
サンセットも他のアウトサイドの店と同様、日々閑古鳥が鳴いているのだが、その歴史は約20年、アウトサイドの店の中では一番長く続いている店である。
とはいえ、それを知る者は数える程しかおらず、大勢にとってサンセットは「不良のたまり場」の一つにしか過ぎないのだが。
そんなサンセットにも常連客はいる。
いま珈琲を啜っている髭を生やした中年がその1人、そして、テーブルを挟んで彼に向き合って座っている黒いローブを身にまとった少年もそうである。
「ハンモルフが屋敷で死んでいるところが見つかったそうだ。」
「……。」
中年は無反応の少年に向かって語りかけるように続ける。
「侵入者の形跡は無く、当時の警備員も特に異常はなかったと言っている。死因はまだ不明だが、何らかのショック死じゃないかってことでカタがつきそうらしい」
「……。」
少年は目の前に置かれたカップを手に取った。
中には黒々とした珈琲が注がれている。
少年は恐る恐る唇をカップに付けると、ゆっくりとカップを倒し、一口だけ珈琲を口に含んだ。
少年は眉間に皺を寄せてカップを置くと、テーブルの左端に置いてあった水の入ったコップを手に取り、勢いよく飲み干した。
「まあそりゃ当然だ。ハンモルフの部屋からは魔術痕は一切出てこなかった。他殺って言い出す奴がいたとしたら相当頭いかれてんな。」
「……。」
少年は無言のまま、窓の外を眺めている。
表通りの小洒落た喫茶店であれば、窓の外には華やかな商店街と笑顔の人々が見えるものだが、残念ながらサンセットの外には煤けた建物の壁面が見えるのみである。
「今回もいい仕事っぷりだった。これが報酬だ。」
中年はテーブルの上に銀貨を3枚置いた。
「で、次の仕事は?」
少年は、銀貨を回収すると、ようやく口を開いた。
あどけなさの残る声色だが、十分言い慣れたような口振りである。
「いや、しばらく休みだ。お前さんの仕事はこれからだ。分かってるだろ。」
「僕しかできない、か。まあそうなんだろうけどさ。」
少年は大きく伸びをした。
中年は少年が残した珈琲に手をつけると、ゆっくりと味わうように飲み始めた。
「ねえ、それ、僕のなんだけど。」
「代金は俺が出してるんだ。細かいこと言うなって。
それにお前、まだ砂糖もなきゃ飲めないだろ。そんな上等なもんこの店にはありゃしないがね。」
少年は少しむくれると椅子に深く腰掛けた。
「明日からお前はアスカ・エレインだ。間違ってもローリエなんて名乗るんじゃねえぞ。」
「わかってるよ、クレマチス。過度に目立たず、だろ。」
「そうだ。だが忘れるな、お前は決して「あっち」側の人間じゃない。お前の両手は既に血に塗れている。それは抗いようのない事実だ。」
「ああ、わかってるさ。上手くやるよ。で、ヴィオラとマーガレットは?」
「既に「入居」済みだよ。お前も用が終わったら見に行くといいさ。学院から徒歩5分。ずいぶんといい土地にこしらえたもんだぜ全く。」
クレマチスと呼ばれた中年は、少年の珈琲を飲み干すとおもむろに席を立ち上がった。
「なんだ、もう行くの?今日はずいぶんと忙しいんだね。」
「ガーベラのやつがまたやらかしてな。その後始末が色々とあるんだ。」
中年はコートを羽織ると、少年の肩を叩いて店を後にした。
少年は再び、変わり映えのしない殺風景な窓の外を眺め始めた。
「マスター、オレンジジュースひとつ。」
「置いてねえよ。言ってるだろ、ここは珈琲を飲む店だ。」
少年が呼びかけると、店の奥から店主らしき人物が現れた。
「じゃあせめて砂糖かミルクくらい出してよ。ここ集合場所にされるの嫌なんだけど。」
「仕方ないだろ、俺の結界がなきゃ仕事の話なんか出来ねえんだから。
それに、クレマチスも言ってただろ。「こんなボロい店には砂糖すら用意する金もねえんだ」って。」
「そこまでは言ってなかったと思うけど……。」
少年は深くため息をつくと席を立ち上がった。
「まあこの前はありがとう、ホーリー。あんたのお陰で随分とやりやすかった。」
「それはこっちのセリフさ、ローリエ。お前の仕事はいつでも完璧だ。」
店主はそう言うと、少し意地悪な表情で続けた。
「いや、アスカくん。だったかな?」
「……やっぱりこの店、来るのやめようかな。」
少年はそう吐き捨ててから店を出た。
太陽はアウトサイドにも変わらぬ光を届けている。
その眩しさが少年には少し鬱陶しかった。