第15話 カエサリオン対アスラニーパ
しかし波動はカナセに届く事無く、何者かによって消し飛ばされた。
「何だ! また新手か?!」
体勢を立て直しながらアスラニーパが構え直した。
そしてカナセの前に立ち塞がった者を凝視する。
凄まじい闘気、先ほどの団長の駆ったグランザウエルとはまるで比べ物にならない。
シラッセルの中で緊張が走る。
しかもグランザウエルを超える圧迫感をシラッセルに与えられる者などこの世界でも数えるほどしかいない。
「カエサリオン? 貴様か、グレン・ハルバルト!」
シラッセルは立ち塞がる鉄巨人のマギアギアとその馭者に向かって叫んだ。
白銀に輝く美しい騎士の出で立ち。
その胸には勇ましき獅子仮面の彫刻!
それはウラ鉄不動のエース。第103独立遊撃大隊隊長とその乗騎だった。
カエサリオンと呼ばれたマギアギアから無線が返って来る。
「どういうつもりだ、シラッセル隊長! この少年を殺す事がどれほどの意味があるか、貴官ほどの男なら知らぬ訳では無いはずだ!」
しかしその問いにシラッセルは答える事もなく代わりに、獅子仮面のマギアギアに向かって舌打ちした。
「ちぃ! 何故、奴がここに……」
彼にとってグレンの出現は全くの予想外だった。
ゴディバシティはウラ警の管轄だ。例え相手が総帥のお気に入りでもここまで入り込んで来る事は無いはずなのだ。
故にシラッセルは自分の配下の諜報員から得た情報を使って、好き放題にカナセ・コウヤの抹殺を企てる事が出来たのだ。
だがそれでも下層界の床を落としたのはやり過ぎだった。
下層界崩壊の激震はすぐに総帥ロッゾ・カルの知る事になった。
しかし上層部から管轄のウラ警に何度、連絡しても隊長のシラッセルには繋がらない。
仕方なしに総帥は本部に待機していた第103独立遊撃大隊に命令し、シラッセルの捜索と下層界崩落の処理を当たらせたのだ。
そんなグレン・ハルバルトが市内での戦闘中の情報を入手すると、すぐさま現場に急行した。
そして路上に転がった巨竜の死体とカナセ・コウヤに切り掛かるシラッセルを発見したのだ。
今一度、カエサリオンはアスラニーパに指差すと、中のシラッセルに言い放つ。
「シラッセル隊長、貴官には聞きたい事がある! 直ちに煌装騎を捨て大人しく投降せよ! これは命令ではない、警告だ!」
グレンは既にシラッセルを味方と認識していない。
下層界の崩落にカナセ・コウヤの抹殺、更に大通りでのウラ警隊員達の虐殺現場。
そして何よりカナセ・コウヤの殺害未遂。
それ等を目撃した今となっては、シラッセルはの精神は常軌を逸しているどころではなく、狂人だと判断せざる得ない。
だが当のシラッセルはグレンに向かって猛然と吠えかかる。
「うるさい、黙れ! 私にはこの男を殺さねばならぬ理由があるのだ! 貴様と違い新生魔煌技を受け継いだこの男をな!」
アスラニーパは投降する代わりにカエサリオンに切り掛かった。
やらねばならない。
相手が例えウラ鉄最強の男であっても、跳ね除けねば失った恋人の仇は取れない。
30mの巨体から二本の邪剣が鉄巨人に向かって振るわれた。
だがグレンのカイサリオンの全高は8m。
カナセが使用したものと同じ高速追跡車を素体にしていた。
よって邪神と鉄巨人との対格差はまるで人間と人形の様な有様だ。
「おっと!」
グレンは邪神の初手を軽やかに回避した。
そこに二本の左手の剣が交互に襲い掛かる。
だがカナセなら避け切れず逃げるので精一杯だったシラッセルの剣捌きをグレンは意図も容易く避けていく。
「ちょこまかと! ならこれでどうだ!」
今度はアスラニーパが右手で空気の波動を吐き掛けた。
波動はカエサリオンが逃げるより早い。
このままではカエサリオンはヴァイハーンと同じ様に押し潰される。
しかしグレンは逃げるどころかその場に留まると鉄の拳を波動に目掛けて振るった。
「ふんっ!」
気合と煌力を込めた鉄巨人の鉄拳はアスラニーパの波動を一瞬で吹き飛ばした。
しかし衝撃はそこで留まらず、そのまま邪神の右腕に大穴まで開けた。
カエサリオンをすり潰すどころか右腕をガラクタに変えられたアスラニーパは慌てて後退する
「流石……。見事だ、グレン・ハルバルト」
シラッセルはアスラニーパを一旦引き下がらせると再び煌力の籠った鉄線で車両を吸収し右腕に再生した。
「推して参るぞ! 次は本気だ!」
アスラニーパは青竜の血で汚れたアスファルトを蹴った。
そして三本の腕を使って波動の集中砲火を放つ。
空気の波動が糊状に固まった青竜の血を吸い込み赤弾と化した。
波動の中には先ほどグランザウエルを倒した時と同じ様に鉄線が仕込まれていた。
連射が利く連装機銃の様な二本の左手の攻撃に単装でも一撃の威力の強い右腕の攻撃、二種類を使い分けながらアスラニーパがカエサリオンを攻撃する。
それをカエサリオンが横跳びで避けると、そのまま傍に立つビルの外壁に脚を掛けた。
そして機械とは思えないほどの機敏な動きで壁を駆け登っていった。
「小癪な!」
アスラニーパは下から波動を撃ち続ける。
しかしカエサリオンもビルからビルへと摩天楼の谷間を跳躍しながら巧みに攻撃をかわしていった。
攻撃を浴びせ損ねた鉄線入りの波動は、周囲のビルの壁を血で赤く染めながら空しく穴を開けていく。
それでもシラッセルは攻撃の手を緩めない。
そしてビルの下からカエサリオンを追った。
息も尽きぬ追撃戦。その様はまるで軽業師の名演技だ。
カエサリオンの動きにカナセは逃げるのも忘れ茫然とする。
「凄ぇ……。マギアギアを完璧にコントロールしてやがる……」
自分に同じ事が出来るかどうか?
そのウラ鉄最強のマギライダーの動きに思わず舌を巻いていた。
そんな中、背後で車の停まる音が聞こえた。
「カナセ・コウヤ!」
女の声が後ろから聞こえた。
振り向くと軽自動車に乗ったライカ・アコンゲルが窓から顔を出す。
「乗って! 脱出するわ」
「あ、ああ……」
カナセは身体を引きづりながら車の助手席に乗り込む。
車は二人を乗せ、その場を離れていった。
「しまった!」
それに気付いたシラッセルが走り去る追跡車に向かって右腕を向ける。
「させるか!」
それを目撃したグレンが咄嗟にビルの屋上から上層界の床に向かって飛び降りた。
カエサリオンの蹴りがアスラニーパの横っ面に命中し、邪神の巨体を弾き飛ばす。
「ぐわああああああああああ!」
転倒した拍子にシラッセルが堪らず悲鳴を上げた。
幸い、カエサリオンの一撃によってカナセは事なきを得た。
カナセはグレンに命を救われたのだ。
「おのれ、グレン・ハルバルト……」
倒れた邪神の中でシラッセルが唸る。
しかし走り去る車の中でカナセはその事実に気付かない。
「ライカ……団長が死んだ……」
カナセは開口一番、ライカに事実をありのままに伝えた。
「おじ様が……」
カナセの一言にライカが大きく片目を見開く。
「俺を助ける為にウラ警の隊長と戦ってくれたんだ……」
「そう……」
ライカのつぶやきに無念が籠る。
「もう、お爺さんなのに戦って死ぬなんて……。あの人らしいわ……」
走り続ける追跡車の中でライカの声は震えていた。
だが暫くしてその声は悲痛な嗚咽に変わっていた。
一方、シラッセルとグレンの戦いは佳境を向かえていた。
「おのれ……。おのれ、グレン・ハルバルト!」
グレンのせいでカナセを取り逃がしたシラッセルは怒りに震えていた。
新生魔煌技復活を阻止する絶好のチャンスを失ったのだ。
シラッセルはその怒りをグレンにぶつけた。
30mの邪神が地上に降りたカエサリオンに向かって鉄線入りの波動を放つ。
だがビルの谷間に降り立ったカエサリオンも遂に反撃に転じた。
表通りの中心で獅子仮面の鉄巨人が邪神に急接近する。
そして肉薄した瞬間、波動を避けたカエサリオンの回し蹴りがアスラニーパに向かって振るわれた。
「砕っ!」
グレンの回し蹴りはカナセの物より数段速い。
速さは威力に転換され、命中した途端、アスラニーパの二本の左肩が一撃で粉砕された。
しかしシラッセルも左肩を犠牲にして至近距離で右腕の鉄線入り波動を放つ。
それをグレンは魔煌障壁で防いだが、波動の勢いに堪え切れず近くにあったビルの外壁まで吹き飛ばされた。
「ぐわぁ!」
吹き飛ばされたカエサリオンの背中がビルの外壁にめり込むと、流石のグレンも衝撃にうめき声を上げる。
一方でアスラニーパは今度は左腕の付け根から鉄線を吐き出すと周囲に停めてあった乗用車を吸収し二本の左腕を復活させた。
「肉を切らせて骨を断つ。流石、シラッセル隊長、中々手強い……」
アスラニーパの戦いぶりにグレンは感心する。しかも切られた肉にはすぐに再生を施す。
だがグレンは外壁に体をめり込ませながら別の事を考えていた。
それはシラッセルがカナセ・コウヤを殺そうとした理由だ。
カナセ・コウヤの殺害は総帥ロッゾ・カルにより勅命として禁止されている。
だがグレンがここに駆け付けた時にはシラッセルは明らかにカナセを殺害しようと剣を振るっていた。
それが何かの手違いならばシラッセルはグレンに一言、弁明すれば良いだけの話だ。
しかしシラッセルは弁明せず、逆にグレンを邪魔者扱いして攻撃して来た。
「一体、何があったというのだ?」
残念ながらグレンは「審判の会」の存在を知らない。
「まあ、本人が教えぬのなら考えても仕方ないか……」
一方、隣のビルの屋上に立ったシラッセルは再び三本の腕から鉄線入りの波動を放ち壁にめり込んだカエサリオンにトドメを刺そうとする。
しかしグレンは意図も容易く外壁から脱出すると波動を易々と回避した。
「さて、そろそろ決着を付けさせて貰う」
グレンは表通りを駆け巡りながら路傍に配置されていた赤く小さな物体に目を付けた。
それはどこにでもある屋外消火栓だった。
カエサリオンは左足で消火栓を破壊する。
消火栓から大量の水が空に向かって吐き出された。
突然、表通りに出来た噴水によってアスラニーパとカエサリオンは濡れていく。
だが水を浴びただけでは二騎のマギアギアはびくともしない。
「何のつもりだ、グレン・ハルバルト!」
シラッセルが不審がりながら周囲を一瞥した。
消火栓から吐き出された水はグランザウエルの流した糊状の血の一部を溶かしながら混ざり合い、アスファルトの上を水浸しにする。
「チッ! 何のまじないだ!」
アスラニーパがカエサリオンに向かって再び波動を放つ。
だがその直後、邪神の周囲が急変した。
波動が不意に血と混ざりあった消火栓からの水を呑み込むと、そのまま霧散し血の濃霧となってアスラニーパを包み込んだのだ。
「しまった!」
赤い霧によってカエサリオンを見失った事にシラッセルが焦る。
そこへ間髪入れずカエサリオンが濃霧の中へと突進した。
霧の中ではアスラニーパが用心深く待ち受けていた。
「まだだ、まだ奴の気配は感じる!」
シラッセルも歴戦の猛者だ。状況が変化した程度で焦る事はない。
そして獲物の気配を感じた瞬間、三本の腕を掲げた。
「そこだぁ!」
霧の中に向かって鉄線入りの波動を放たれた。
赤い霧の中で空気が荒ぶり、鉄線が踊る様に舞う。波動は三本の腕を合わせて錬成された渾身の一撃だった。
そんなシラッセルの勘は的中し、波動は見えないはずのカエサリオンを的確に捕らえていた。
最強を誇る空気と鉄線の乱舞がカイサリオンに襲い掛かる。
だがカエサリオンは軽々と波動を避けると足裏に障壁を発動させ、空気の渦の上に鋼鉄の身体を軽やかに乗せた。
そして波動の上を滑走しながら瞬く間にアスラニーパの懐に飛び込む。
「なにぃ!」
想像を超えたカエサリオンの動きにシラッセルは茫然とする。
更に両手で渾身の一撃を放ったばかりの邪神には次の手が打てない。
「これで終わりだ!」
グレンが短く叫んだ。
そして相手の騎体が眼前に迫った瞬間、グレンは必殺の手刀を放った。
「!!」
手刀が邪神の胸板を貫き、ジブル・シラッセルは絶命した。
ヴァイハーンもグランザウエルも圧倒した邪神が、たった一撃でその身を裂かれ撃破されたのだ。
マギライダーを失った直後、巨体の邪神がばらばらに朽ちていく。
それをグレンは無言で見守った。
「……」
邪神の中に居たシラッセルに相応しい最期の言葉は無かった。




