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第14話 その命と引き換えに

 だがその時、大通りの向こうからアスラニーパに向かって大きな質量の物がぶつかって来た。

 その瞬間、波動の進行方向は逸れカナセは命を救われる。

「な、何だ?!」

 二人が同時に叫ぶ。

 最初、シラッセルはそれを通行中のトラックによる衝突事故かと判断した。

 だが衝突の後、紅蓮の炎を止めどなく浴びせられアスラニーパの身体を焼く。

 火焔はこの世にはない異界の者が吐いた熱線だった。

 新たな敵の出現を察知したシラッセルが炎に向かって魔煌障壁を展開する。

そして障壁の隙間から炎の奥を凝視した。

 通りの中に立ち尽くしていたのは全長30mを超える巨大な青色のドラゴンだった。

 ドラゴンは口から炎を吐き終えると、頭部にある八つの目でアスラニーパを睨み付ける。

「グランザウエル?! モンベル団長だと?」

 ドラゴンの正体を察した途端、シラッセルは慌てて距離を取った。

 そして先ほど部下達に浴びせた空気の波動を、今度は目の前のドラゴンに浴びせた。

 しかし波動は容易く弾き飛ばされドラゴンの皮膚には傷一つ付けない。

「ふん、流石に第三階梯最強のバケモノには効かぬか……」

 相手の防御力にシラッセルは息を飲む。

 ドラゴンの正体はグランザウエル。ユピテル系の召喚魔煌技により異界より使わされた魔獣だった。

 第三階梯と呼ばれる異界の中でも最強を誇る存在で、同時に魔煌士が単独で召喚出来る、ほぼ限界の存在だった。

 そしてウラ鉄と敵対出来る勢力の中でグランザウエルを召喚出来るのは一人しか居ない。

「カナセ! カナセ・コウヤ! 応答せよ!」

 グランザウエルがカナセに向かって呼び掛けた。

 その声にカナセは唖然とする。

「モンベル……団長?」

 間違いなく聞こえて来るのは団長の声だ。

「えっ?! 本当に団長が?」

「説明は後だ! ここは私が引き受ける。その間に脱出せよ! ライカをここに呼んである!」

「脱出って……」

 カナセは目の前の状況が信じられずに居た。

 モンベル団長は審判の会の会員のはずだ。その彼が今、同じ審判の会のジブル・シラッセルとカナセを巡って対峙している。

「早くせんか! 相手がウラ警の大隊長ジブル・ラッセルなら、君などでは到底、太刀打ち出来ん!」

 しかし団長はカナセの疑問に答える事も無く、一方的に急かし続ける。

「は、はい……」

 カナセは団長に圧されたまま、その場から逃げ去ろうとした。

 だがそれをシラッセルは許さない。

「逃がすか! ここでトドメを差してやる」

 アスラニーパがカナセを踏み潰そうと前進した。

 しかし団長のグランザウエルが前に立ち塞がった。

「行かせはせんぞ! ジブル・シラッセル!」

「退いてもらうぞ、ご老体!」

 アスラニーパとグランザウエルが衝突した。

 巨竜の質量に邪神の細い体が吹き飛ばされる。

「何の!」

 しかしシラッセルは直ぐに体勢を立て直すと、怯む事なく突き進む。

 ドラゴンの向こうに亡き恋人の仇が居るのだ。

 この機会を逃せは彼女の魂は永遠に憎しみと悲しみの中を彷徨うだけだ。

「このぉ!」

「まだまだ!」

 一方、団長もカナセを守ろうと必死だ。

「あの少年にはロータスの未来が掛っておる!」

ドラゴンが再び火を吐く。

 炎熱は鉄をも溶かす超高温、だがそれを邪神が魔煌障壁で防ぎながら詰め寄ると、遂にはドラゴンと組み合いになった。

 全長30mを超えるドラゴンと全高8m程度の高速追跡車から変形したマギアギア。

 だがヴァイハーンには剛腕を誇ったアスラニーパの三本の腕も巨竜に対しては一捻りで潰された。

 やはりここは地力の差で団長のグランザウエルに分がある。

「ちぃ!」

 シラッセルは形勢不利と悟ると一旦、後退した。

 仇を討つにはどうしても先に目の前の巨竜を排除する必要がある。

「だが勝負はこれからだ!」

 シラッセルは新たな魔煌技を発動させた。

 すると今度はアスラニーパの全身からあの魔煌の鉄線が吐き出されていく。

 そして騒動で急停車していた車両を次々と絡め取ると、そのままアスラニーパに吸い寄せていった。

 車両を吸収し終えた邪神の体は目の前のドラゴンと同格の巨体に急成長した。

 更に吸収した車両の数だけコアを内包していた。

 アスラニーパの巨大な右手が再びドラゴンの左腕を掴み掛かった。

 シラッセルの言葉通り、今度は邪神と青竜の力比べが拮抗する。

「ふん、これで互角だ……」

 組み合ったままシラッセルが巨大化したアスラニーパの中でほくそ笑んだ。

「邪な魔煌士め……」

 一方、巨大化した邪神に向かって団長が毒吐く。

 更にここで吸収したコアの力が物を言った。

 力比べの最中、邪神の右腕から青竜の左腕に向かって空気の波動と鉄線が同時に放たれた。

 細い鉄線を巻き込みながら空気の波動の渦が荒ぶると、グランザウエルの左腕は瞬く間に骨の髄からすり潰されていった。

 突然、左腕を失った激痛にグランザウエルは大きな唸り声を上げる。

 更に青竜が怯んだ所でアスラニーパの左腕の二本の剣が連続攻撃で斬りかかる。

 異界の巨体が肉塊ごと斬り削がれ、グランザウエルは瞬く間にその戦闘力を低下させていった。

「やはり寄る年波には勝てんか……」

 流血の止まらぬドラゴンの中で団長は舌打ちする。

 そんな団長のやられる様を見てカナセは青ざめる。

「だ、団長!」

 見るに耐えられない。

 傍に車の一台も停まって居れば加勢したい気分だ。

「何をしている! 早く逃げろと言っているのに!」

 だがそれを団長が突き放す。

「しかしこのままじゃ、団長が……」

「君はファイタスの総統だ! 単なる兵団の司令官の命とどちらを優先すべきかなど論じる以前の問題だ。そして約束したはずだ……私が君の盾になって守り抜くと!」

「そんな……」

 団長の言葉にカナセは声を失う。

 それは負けると判っていても戦い続ける戦士の覚悟の言葉だった。

 全ては愛するロータスの為。

 団長は自分の命を燃やしてでもカナセとの約束を守るつもりでいた。

 そんなグランザウエルに向かって凄まじい斬撃が容赦なく繰り返された。

 肉は削がれ骨も砕かれ、斬り口からは噴水の様に血が吹き出した。

 そして美しい舗装路は血の池に代わる。

 更に巨大な右腕による殴打まで加わった。

 その拳が決め手となり奮戦空しくグランザウエルは戦闘力を失った。

「生憎、年寄りの冷や水だったな! 全盛期なら互角だったかもしれんが……」

 アスラニーパの中からシラッセルの嘲笑う声が聞こえる。

 しかしカナセは言い返す言葉か無い。

 それだけにアスラニーパの力は倒されたグランザウエルを圧倒していた。

「……いいや、まだだ小僧!」

 しかし動かなくなったグランザウエルから団長の声が聞こえた。

 団長は最後の力を振り絞ると、グランザウエルの背をアスラニーパに向けた。

 そして長大な尻尾を大振りして邪神の体に叩き付けた。

「モンベル団長!」

 カナセが思わず叫んだ。

 団長がカナセを逃がそうと最期の力を振り絞ったのだ。

 しかし次の瞬間、それが徒労に終わった事を当事者達が知らしめた。

 アスラニーパの右手から巨大な大剣が発生すると、それをシラッセルは頭上から振り下ろした。

 長大な尻尾はその一振りを空しく両断され何の意味も為さなかった。

 更にアスラニーパは大剣を翻すとその余力で青竜の胴体を突いた。

 それはアスラニーパによるトドメの一撃だった。

 鉄の折れる音がした。

 大剣が巨竜の背骨の硬度に負けて根元から折れた音。

 だがその時、既に、剣の切っ先はグランザウエルの胸板を貫き、体内に居たモンベル団長の元にまで届いていた。

「ぐふっ!」

 大剣に貫かれ団長が呻く。

 そして苦痛の中でつぶやいた。

「ロータスの…………明日……を…………」

 その直後、団長の意識は遠のき、知覚が光とも闇とも知れぬ感覚に包まれた。

 それは長きに渡りロータス解放の為に身を尽くして来た男の最期の瞬間だった。

「だ、団長!……」

 カナセは思わず叫んだ。

 団長の最期にカナセの中で悲しみが絶望に変わっていく。

 一方、巨竜の亡骸の前に立つ尽くすアスラニーパがカナセを睨んだ。

 その姿は当に慈悲の心を持たぬ異形の邪神だ。

「に、逃げないと……」

 カナセに団長の死を悼む暇はなかった。

 痛む身体を引きづりながらでもその場から逃げ去らねばならなかった。

 それが自分の為に死んだモンベル団長の遺志に答える唯一の手立てのはずだ。

 だが邪神はカナセを逃す気はない。。

 そしてふらつきながら逃げるカナセに向かってアスラニーパが再び剣を構えた。

「逃がしはしないぞ、ロータスの魔女の弟子! 貴様の命を引き換えにギシェットの魂を天に還えさせてもらう!」

 アスラニーパの巨体が跳んで来た。

「禍つ青き光の滅却を!」

 人一人殺すには過剰なまでの空気の波動が邪神の右腕に籠る。

 そして次の瞬間にはシラッセルの思いがここで成就されようとしていた。

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