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第12話 大都会のライカ

 しかし蓋を開けた途端、ライカの動きが一瞬止まった。

 暫くして、ゆっくりと通路から身を乗り出すとそれにカナセも続いた。 

 幸い、蓋はビルの谷間に挟まれた狭い路地の間にありウラ警の包囲網からも外れていた。

 だがマンホールの外では穴を囲む様に数人の男達が待ち構えていた。

「よお、ライカ。久しぶりだな」

 真正面に立つリーダーらしき男がニヤニヤ笑いながら呼び掛ける。

 男は獲物をくすねるハイエナの様な眼光でこちらを眺めていた。

 体格は長身で皮のベストからむき出しになった両腕には入れ墨が丹念に施されていた。

 周囲の連中もこのリーダーと似通った風体を装う。

 カナセが反射的に男達の前で身構えた。

 何故ならヨシュアで同じ様な雰囲気の連中と対峙した記憶が蘇ったからだ。

「ボルフ……」

 ライカが思わず男の名をつぶやく。どうやら男達とは知り合いの様だ。

「こんな所で会っちまうとはな。元気だったか?」

「悪いけど、今はあなた達に構っている暇は無いわ」

 そうライカを答えると彼の横を擦り抜けようとした。

 しかしその瞬間、ボルフと呼ばれた男とその仲間がライカの前を塞ぐ。

「おいおい、久しぶりだってのに、つれない態度だな」

「悪いけど、通して頂戴!」

「いいや、それは出来ねえ。なんせ、ウラ警からマンホールから出てきた奴はここを通すなって言われたからな」

「なんですって?!」

 ボルフの言葉にライカが驚愕する。

「へへへへ……、ライカ。お前を国家反逆罪の罪で逮捕するぜ。後ろの野郎も動くな!」 

 男達は笑いながら隠し持っていたナイフや鉄パイプを取り出した。

 真正面に立つボルフは懐から回転式拳銃を取り出しライカに突き付けた。

「これで俺達も三等市民に格上げだ。汚い下層界からオサラバって寸法よ」

 ボルフはライカを見下しながらせせら笑う。

「ボルフ、あなたも見たでしょ? 奴等、下層界の床を落としたのよ!」

 男達の態度にライカは眉を歪ませる。

「ああ? そんな事ぁ知ったこっちゃ無ぇさ。ウラ鉄の奴等も大掃除につもりなんだろ? 良い事じゃねえか。掃き溜めが綺麗になって」

 ボルフの言葉にライカは愕然とする。

 彼等にとって下層界の惨事も他人事でしかない。

「あなたって人は……どうしてそんなになってしまったの!」

「まあ、恨むんなら世間って奴を恨むんだな」

 ボルフが面白半分に回転式拳銃の撃鉄を上げた。

 だがその瞬間、ライカの後ろで様子を伺っていたカナセが音もなく駆け出した。

 腰に下げていた来煌丸を手に取り、素早く踏み込む。

 ボルフの回転式拳銃の銃身と回転弾倉は斬り飛ばされ忽ち使用不能になった。

「なっ!」

 一方のボルフは驚くばかりでカナセの動きに付いて来れない。

 更にカナセの重い拳がボルフの鳩尾をえぐった。

「!!」

 内臓に食い込む様な苦痛にボルフはその場で頭から地表につんのめる。

「野郎!」

 動けなくなったリーダーの代わりに周囲の男達がいきり立つ。

 しかしカナセの振るう来煌丸は次々と鉄パイプやナイフを弾き飛ばし男達を戦闘不能に貶めていった。

「ひいいいいい……」

 光剣によって格の違いを見せ付けられた男達は戦意喪失する。

「逃げるぞ、ライカ」

 カナセの合図と共に二人は男達の前から走り出す。

「付いてきて、案内するわ」

 ライカがカナセの前を先行する。

 幸いボルフ達が追って来る気配はない。

 彼女は狭い路地を真っ直ぐに抜けると走るのを止めた。

 そして今度は灰色の建物が立ち並ぶ大通りの中を周囲の通行人達と合わせて歩いて行く。

 カナセもそれに倣った。

 通行人達は誰もがかなりの速足だ。

 街並みはどこも同じ様な建物が並び画一的で退屈な人の温かみの様なものも感じない。

 一方、人の往来は首都と呼べるだけあって大勢の人達とすれ違った。

 だが人々の無表情でまるで生気のない機械人形の様だ。

 そして真っ直ぐに前だけを見て前進する。

「まるで人形だな、この町の人達は……」

 カナセが前を走るライカに訊ねると、ライカが人差し指を口元に立てておしゃべりを制した。

「黙って付いてきて。この通りは道交法でおしゃべりは厳禁よ。歩行者が歩く速度まで決まっているわ。もしダラダラおしゃべりしている所をウラ警に見つかればそれだけの理由で逮捕されるわ」

「逮捕って、そんな事まで決められているのか?」

「おかしいと思うでしょうけど、これがゴディバの常識でありウラ鉄の法律よ。目的の為の、勤勉と効率化。まるで時刻表を守る列車のごとくってね。これが総裁の美学よ」

 カナセはライカの話に茫然とする。

 そしてウラ鉄による統制社会を改めて嫌悪した。


 やがて二人は市内にある公園の一つに身を潜めた。

 小さな林の中では落葉が始まっており足元は落ち葉で埋め尽くされていた。

「ふう、疲れた……」

「少し休憩しましょう……」

「賛成……」

 二人は息を吐きながら木陰に座り込む。

 だが落着き始めた後、頭の中に浮かぶ光景は下層界での凄惨な光景だった。

 しかし横に居るライカの方がカナセよりも更に酷く気落ちしていた。

「あんなの、人のする事じゃやない……」

 ライカが顔をふせたままつぶやく。

 カナセもそれには同感だ。

「ライカ、大丈夫か?」

「ごめんなさい、ちょっと無理……。少しだけ時間を頂戴」

 やはり彼女の方が衝撃的だった様だ。

 下層界は彼女の故郷のはずだ。

 故郷があんな形で一変すれば誰だって正気を失いそうになる。

 それに被害者の中にはライカの仲間達であるアコンゲル・ファイタスのメンバーも大勢、含まれているはずだ。

「辛くない訳ないよな……」

 それに下層界の中にはモンベル団長も居た。

 彼女は団長の事をおじ様と呼ぶほどの間柄だ。

「無事なら良いけど……」

 カナセが心配気につぶやく。

 だがその瞬間、そんな思考に捕らわれた自分にカナセは驚く。

「俺が団長の心配をしてるだって?」

 そんな馬鹿な。団長は俺の命を付け狙う審判の会の会員のはずだ。

 死んで安堵するならまだしも、安否を心配する様な相手ではないはずだ。

 だがカナセは彼が死んで嬉しいという気持ちは一向に起こらない。

 ならこの気持ちは何だというのだ?

「さっきはありがとう」

 そんな疑問に苛まれる中、ライカがぶしつけにカナセに礼を言った。

「私を助けてくれた。あなたがマギアギアを出してくれなかったら死んでいたわ。それにボルフ達を斬らないでいてくれたでしょ?」

「何となく訳アリに見えたからな。それに下手に斬り捨てると余計な騒ぎになっちまう」

「正しい判断ね。流石、総統閣下て所かしら」

「そんな事より気分はどうだ?」

「何とか持ち直したわ。それにこんな所で落ち込んだって何にもならないわ……」

「ライカ……」

 気丈に振舞うライカを見てカナセも胸を締め付けられる。

 そんな中、通りの方からパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

「もう少し奥に隠れましょう」

 ライカはカナセを連れ公園の奥へと進んでいく。

 すると公園の奥は小さな広場になっており背後には頑強なコンクリートで出来た大きな壁が立ち尽くしていた。

 壁は弾痕によって穴だらにされていた。そして所々に赤い血の跡がこびり付いている。

「ここもに処刑台の壁が……」

「総裁の美学に反する者が最期に行き着く先よ」

 ライカは立ち上がると目の前の壁にそっと掌を当てた。

「そいつを街の連中は面白そうに見物していた……」

「狂ってるでしょ?」

「正直、ケッタ糞悪い……」

「でしょうね……。だけど、ここの人達をその事であまり悪く言わないで上げて……」

「さっきのボルフって奴等もか?」

「そうよ」

「判らないな」

 ライカの言い方をカナセは不審がる。

「何でだ? アイツら、知り合いのアンタを売ろうとしたんだろ? それにアンタの仲間だってこの壁の前で大勢殺されたはずだ。それを街の奴等は笑って見てたんだぜ」

「ボルフ達が仕方ないわ。彼等こそ貧民窟で生れ育って、貧しいまま抜け出せない人達の典型よ。どんなに足掻いても上に這い上がれない……」

「だからウラ鉄の餌に食いついたか。だがそいつ等は百歩譲って下層界の貧乏人の事だろ? さっき公開処刑を見ていた奴等は上層界の連中に見えた」

「その通りよ」

「じゃあ、何で?」

「確かに上層界で暮らせている人達はエリートよ。恐らく、淡海のどの国の人達よりもお給料だけはいっぱい貰ってるでしょうね」

「だろうな、ヨシュアの首都だってここと比べたら古臭いだけに見える」

「けどね、代わりに失っていく分も凄いの。高額な国税に市民税、強制的に加入させられる国民年金に愛国債券、更に無理やり出させられるウラ鉄への多額の寄付金。けどそれらは自分達の福祉に還元される事はない。ほとんどがウラ鉄の武器かレールに変わるだけ。それにここの土地はウラ鉄の物だわ。だから市民は土地や家屋の賃料も払わされる。オマケに物価が高い上に60%を超える付加価値税が追い打ちを掛けるのよ。信じられる?」

「酷ぇなぁ……。まるで乾いた雑巾を搾るみたいだ……」

「そんなのを払ってやっと自分達の生活分を回せるの。けど残ったお金は雀の涙よ。だから皆、死に物狂いで働かざる得ない。それに綱紀粛正で街に楽しみも潤いも無いでしょ? この上層界で憩いの場と言えばここみたいな公園だけ。その公園で行われる処刑を見て、みんな憂さ晴らしをする訳。あいつは凶悪な犯罪者だから、みじめな敗北者だから死ぬところを笑ってやれば良いんだ。だが俺達は違う、善良な市民であり勝利者側の人間なんだって理屈よ。どっちも搾取される側である事には変わりないのにね」

「なのにアンタはそんな人達を救いたいんだろ?」

「私も生まれは下層界の街だったわ。そして両親のお陰で上層界に行けた」

「そうなのか? でも祖父がファイタスのリーダーだったんだろ?」

「母さんがね、家出娘だったの。だけど下層界で知り合った父さんと一生懸命働いて何とか上層界へ住める居住手続きを取る事に成功したわ。文字通り二人とも寝る間も惜しんで死に物狂いで働いた。お陰で父さんは無理が祟って、上層界に行く前に過労死したわ。その時にボルフ達とも知り合った。彼等は幼馴染で、子供の頃はあんなにやさぐれてなかった。みんな子供の頃は本当に良い子なのよ。最初から悪人なんて居ないわ」

「上層界には母親と住んでいたのか?」

「いいえ、新しいお父さんが出来たわ。その人は良い人で私にもとても良くしてくれたわ。けど私が大人になりかけた頃、お爺様の事が周囲にバレて母さんはそのまま下層界に出戻りになった。新しいお父さんは気の毒にそのままウラ警に捕まって今はどこかの刑務所に居るはずよ。そして母さんは下層界に戻った途端心労で自殺したわ。私を置いてね」

「それは……」

 気の毒としか言い様が無い。

 彼女もまさしくウラ鉄の起こした歪みの被害者だ。

「そしてお爺様に引き取られて、挙句にアコンゲル・ファイタスを継いだって訳。お爺様が亡くなった後はモンベルのおじ様が後見人になって下さったわ」

「それで良くアコンゲルを継ぐ気になったな。ハッパ・アコンゲルの事は恨まなかったのか?」

「そりゃ恨んだわ。何度もお爺様に汚い言葉を吐きかけた。アンタの孫じゃ無かったら私は幸せに暮らせたんだって。でもお爺様はその度に私に頭を下げて謝ってくれた。許してくれとは言わん。お前の母親と父親が死んだのは私の責任だって。とても真摯な態度でね」

「だからお爺様を許したのか」

「あそこまでされたら許すしか無かったわ。お爺様、母さんを止めなかった事を本当に後悔してたから。それに大人になって色々な人に会えば嫌でも判って来るわ。本当に悪いのはウラ鉄のロッゾ・カルなんだ。それをお爺様は正そうとしただけなんだって」

「詰まりは……アンタにとって上層界も下層界も自分の故郷だって事になるのか?」

「それに尽きるわ。ゴディバそのものが私にとっての故郷よ。それに町が荒んでいても良い人だっている。親しい人だって沢山いる。例え市民のほとんどが犯罪者やウラ鉄の関係者だとしても傷付けたくないと思うのは当然でしょ? そして私達の組織の中にはそんな人達が大勢いるの」

「アコンゲルが反抗作戦に参加しようとしなかった本当の理由がそれか……」

「でも無理な相談よね……」

「そうだな……。そんな話、聞かされたら何とかしたいとは思うけど……。多分、完全には無理だ。ロッゾ・カルはこの都市の最深部に居る。そこに辿り着くにはどうしても街の中を進まなきゃならない……」

「はっきり言うわね。これじゃあ、あなたもガラス瓶の総裁と一緒だわ」

「……」

 ライカが溜息を吐くとカナセは何も言えなくなる。

 これではアコンゲルに協力を取り付けそうにはない。

 それ所かこのままでは反抗作戦の際、アコンゲルがファイタスの敵になる可能性さえある。

 この状況にカナセは頭を抱える。

 どうすれば自分はライカの気持ちに答える事が出来るのか?

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