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第10話 下層界へ……

 やがて一行は第01號首都ゴディバの手前にまで無事、到着した。

 だが既にここはウラ鉄本部の庭先だ。

 前にカナセが見た毒キノコの群生の様な都市の地下構造がここからでも見える。

 その毒キノコの根元に広がる廃墟も、傘状にまった上層界とその下に吊るされた下層界も以前と変わりない。

 カナセ達を乗せた車は階層へと続く幾つかあるスロープのひとつの前で止まった。

 そこには三両の乗用車が待ち構えて居た。

「兵団の関係者だな」

 車の傍に居た男がこちらの車列に声を掛ける。

「如何にも、アコンゲル・ファイタスか?」

 団長が窓を開けて問い掛けると男は頷いた。

「ここからは我々の車で移動してもらう。しかし乗って良いのは二人までだ」

「二人までだと?」

 団長が少し驚いてみせる。

 しかし男はこちらを見透かす様に話し続ける。

「そうリーダーから言われている。拒まれたらそのまま帰って来いともな」

 恐らくその二人とはカナセと団長の事だった。

「総統閣下、危険が伴うが従ってもらう」

「そんな事で大丈夫なのですか?」

「ハッパは信用出来る男だ。ただ、ゴディバに拠点を置くせいもあって用心深いのも確かだ。これは奴の何時もの手だと思ってほしい」

「まあ、仕方ないか……」

 カナセは了承すると団長と共に兵団の車を降り、先方の車に乗った。

 三両が並んで一本道を登ると下層界の入り口へと入っていった。

 鉄錆だらけの重苦しい壁の向こうには広大な市街地が広がっていた。

 しかし上層界の床に日光を閉ざされ、昼間にも関わらず町は薄暗い闇が覆われていた。

 上層界から照らされるはずの灯りもなく、それ以外の外光といえば所々崩れた隙間だらけの外壁から差し込む太陽光だけだ。

 お陰で下層界の街中は奥に進むほど暗黒に包まれ、まるで洞窟の中でも進んでいる様だった。

「陰気臭いな……。上層界とは雲泥の差だ」

「故にこのゴディバの二重構造を天国と地獄に例える者も居る……。だがこの辺りはまだ下層界でも真面な方だ。夜は歓楽街になり上層界の人間も足を延ばす。我々の目的地はもっと下層界の奥だ」

 カナセの独り言が聞こえたのか団長が補足する。

「随分とハッパ・アコンゲルに御執心なんですね」

 カナセが不躾に言った。

「団長自ら、危険を犯すなんて。何か特別な理由があるんですか?」

「アコンゲルとはファイタスが生まれる更に昔、私と奴とはウラ鉄の士官学校で同じ釜の飯を食った仲だった。だから誰が言って聞かなくとも私の声なら届くはずだ」

「成程、親友同士って奴ですか……」

 団長の昔ばなしにカナセが耳を傾ける。

「どんな男なんです? アコンゲルって人は?」

「優秀で実直な男だ。この国の戦闘魔煌士の中では一番、信頼に置ける人間だ。そしてゴディバという街を誰よりも愛していた。こんな荒れ果てた街になってもな……」

「それってゴッペル先生と似てますね」

 団長の語り口調にカナセが言う。

 先生もゴディバの下層界の人々の為に、下の廃墟で小さな診療所を開業していた。

 だがその言葉に団長は眉を歪ませる。

「前にも言ったが、ゴッペルは人として信用ならん。本心を隠し、目的の為には手段も選ばん様な奴だ」

「先生が? そんな風には見えないけど……」

「実際に私はそれをこの目で何度も見て来た。油断ならぬ男だ。総統閣下もあの男に背中を向ける時があれば、重々、気を付ける事だな」

 車が進み続けると街の暗がりが濃さを増す。

 建物の荒廃は進み廃墟の様な棟が増えていく。

 そして時折、上から雨の様に水がしたたり落ち車のフロントガラスを汚す。

 水は茶色く濁っている。

 上層界の床下に張り巡らされている下水管から漏れ出した汚水との事だ。

「さあ、貧民窟に入ったぞ」

「貧民窟?……」

「ウラ鉄本部と対を為す、ゴディバの深淵だ。他の下層界の人間も余程の用事が無い限り来る事を忌避する様な所だ」

 そう団長が説明すると突然、車の屋根を何かが叩く音がした。

 それが二度、三度と繰り返され、カナセがビクリと驚く。

「単なる投石だ。車を見ればここの住人は石を投げて来る」

 カナセの隣で団長が説明する。

「投石? 何で?」

「都会人として田舎者の往来が癪に触るのだ。そして車は金持ちの象徴だ。それだけで貧民窟の住人には憎しみ対象になりうる」

「それって僻みってやつじゃあ……」

「その通りだ。しかし理屈ではない。奥に行けば怨嗟はこんなモノではなくなるぞ……」

 その最後の一言にカナセは息を飲む。

 車は貧民窟の中を更に進んだ。

 下層界の床もコンクリートと鉄板で出来ているはずだが補修されない経年劣化と堆積したゴミでまるで泥か土の上を車が走っている様な有様だ。

 だがそれ以上に酷いのが貧民窟に広がる町の光景だ。

 日の届かない暗い鋼鉄の空の下には錆びたトタンと不揃いな木くずで出来たバラックの街並みが続いていた。

 そのバラックの家々の間を土色の顔をした住人がふらふらと練り歩く。

 皆、死んだような瞳を湛え、車が通ると胡散臭そうに睨み返す。

 中には路傍でうずくまる者や言葉にならない奇声を上げる者さえ居た。

 そんな下層界の住人の顔を見て、カナセの中にあのカッツェ姉妹の事が頭を過った。

 スズコもタマコもここの生まれだと聞かされた。

 彼女達がどんな思いをしながらこの下層界から上層界へと這い上がりウラ警の兵士になったのか?

「きっと辛かったはずだ……」

 それを思うと胸が痛む。

「総統に言っておくが……」

 団長が最初に前置きした。

「アコンゲル以外のここの住人とは関わらんように心がけてくれ給え」

「関わるなって?」

「何があってもひとりで貧民窟を出歩くなという事だ。ここの治安はロータス国内でも最悪だ。余所者を見付けた途端、首をナイフで斬られながら懐から財布を抜かれる。そんな所だ……」

 そう言って団長はカナセを脅した。

 だがカナセ達はそんなところを根城にするファイタスと交渉しようとしている。

 こんな魔窟に住む連中はどんな化け物か?

 カナセの中で不安が広がる。

 やがて車は三階建ての廃ビルの前で止まった。

 建物の周囲では武装した連中が周囲を警戒していた。

 暗い為に人数までは判らない。

「お久しぶりです、おじ様」

 ビルの玄関から声が聞こえた。

「久しぶりだな、ライカ」

 団長が挨拶を返す。

 立っていたのは黒髪と青い瞳の女だった。美人で年齢はメイヴィスと変わらない様に見えたが負傷した痕なのか左目を黒い眼帯で覆っていた。

「すぐに中へ、あまり外に居ては密告される可能性があるわ」

 女に促されるままカナセ達はビルの中へと入っていった。

 そしてそのまま会議室に通される。

 ひとつのテーブルにカナセと団長が女と向かい合わせに座った。

 女を前にカナセは困惑した表情を隠せない。

「ハッパ・アコンゲルはどこだ? って言いたいんでしょ、総統閣下」

 図星だった。

「まさか、君がアコンゲルだって言うんじゃないだろうな」

「そのまさかよ。私の名はライカ・アコンゲル。亡くなった祖父ハッパ・アコンゲルの跡を次いで二代目に就いたファイタス・アコンゲルのリーダーよ」

「孫娘……」

 女の簡潔な答えにカナセは息を飲む。

「ありがとう、おじ様。私の事を総統閣下にも秘密にされて下さっていたのね」

「お前は私にとっても孫の様な存在だ。無碍にするような事はせん」

 どうやら団長は最初から知っていた様だ。

「おおよその事情は呑み込んで貰えたかしら、総統閣下?」

「カナセで良いよ。まさかゴディバで戦ってるファイタスのリーダーが君みたいな美人だったとは予想外だった」

「ありがとう、若いのにお世辞も上手なのね。じゃあ、私の事もライカって呼んで頂戴。あなたの武勇伝は色々と聞いているわ」

 カナセの言葉にライカは微笑んだ。

「じゃあ、早速教えてくれ。ファイタスの反抗作戦に参加しないって本当か」

「そうね……。間違いじゃないわ」

「俺を総統として認めて無いのか?」

「我々の意見はそちらのモンベル団長を通してお伝えしたはずよ。団長が総統選出の賛否に関して否定的なのは私の意見も加味して頂いた結果よ」

「ジゴバの件もか?」

「そうよ」

「もう少し詳しく説明してもらえないか? 何で俺をそんなに嫌う?」

「下層界の民は貧困に喘いでいる。皆、自分の財産としての土地を欲しているの。それがここで戦うファイタスの原動力よ。なのにあなたのした事は解放された土地を分配するっていうファイタスの政策に水を差した。まあ、土地持ちの連中には歓迎されるでしょうけど、私達は大損する可能性がある。出来ればジゴバの件は撤回してもらいたいわ」

「それは無理だ。ジゴバとは書面で契約を結んだし、あれ以降、土地問題で俺の裁量は取り上げられている」

「酷いわね。やっておいて、放りっぱなしなんて。それじゃあ、こっちの不平や不満が溜まる一方だわ」

「それはそちらで対応してもらいたい」

「本当に碌でもないわね……」

「悪いが俺の目的はロッゾ・カルを倒す事だ。その為に常に最短距離を取るつもりだ。ジゴバの土地を保障したのも手っ取り早く戦力を増強する為だ」

「それでロータスやゴディバが犠牲になっても?」

「決着を早める事で結果的にロータスは救われる。俺はそれが最善の策だと信じている」

「自信満々ね……」

 カナセの発言にライカはふふんと笑う。

「それで、どうなんだ? やっぱりアコンゲルは俺達と戦ってくれないのか?」

「その前に……」

 ライカは今度は団長の方を見る。

「おじ様にとってこの男はどうなの? 信頼できる?」

 ライカはカナセの評価を面と向かって団長に訊ねた。

 今までカナセとライカの話を黙って聞いていた団長が口を開く。

「それを本人の前で言わせるのかね?」

「是非とも」

「率直に言えば若すぎる。私から見れば子供も良い所だ。しかしあのロッゾ・カルを倒すにはそれ位の若さに任せた勢いとひたむきさが必要だ。若さは財産だよ、ライカ。お前と同じでな」

それは身内を諭す様な老人の言葉だった。

「成程ね……おじ様の仰りたい事は理解したわ」

 ライカは今一度、カナセと向き直した。

「それでどうなんだ?」

 カナセがライカに聞く。

「これから仲間と話し合うわ。結論はそれまでお預けよ」

「どれ位、掛る?」

「そんなに掛らないわ。だからその間、貴方にはひとつ、私達のお願いを聞いてもらおうと思うの。無理なら全然、断ってくれても構わないわ」

「何だよ、お願いって?」

 カナセが聞き返すとライカがパチンと指を一度だけ鳴らした。

 するとアコンゲルのメンバーの一人が一冊の薄いファイルをカナセの前に差し出した。

「中味を見て」

 ライカが言うとカナセがファイルを開いた。

 ファイルの中には薄っぺらな書類とモノクロの写真が一枚ずつ。そしてゴディバの上下層界の大雑把な地図が一枚入っていた。

 カナセは写真を眺める。写真は市街の群衆を撮った物で、その中に一人だけ赤いペンで顔に丸をされた男が映っていた。

 男はハンチング帽を被っており、カナセが初めて見る顔だ。

「誰だ、これ?」

「フィリップ・ギヒンス。コードネームはガーリック。ヨシュアから来たスパイで私達の協力者よ」

「ヨシュアの工作員だって?」

「そうよ、聞き覚えない?」

「いや……初耳だ」

 写真を見ながらカナセは息を飲む。

 フィリップ・ギヒンスはゴディバの下層界でクレア達にカナセの事を教えたあのガーリックだった。

 しかしカッツェ姉妹に包囲された際、クレア達を置いて自分だけ逃げようとしたが、それが災いし彼だけがウラ警に逮捕された。

 その話をカナセはクレアから聞かされてはいなかった為、知らなくても当然だった。

「それで、このガーリックさんが何だって?」

「ウラ警に捕まっているから助けてほしいの。でないと今日の午後三時、彼はその地図に記されてる広場で処刑されるわ」

「何だって!」

 カナセは思わず声を上げた。

「三時ってあと二時間もないじゃないか!」

「そうね」

「そうねって、助けに行かないのか?」

「それでちょっと私達の中で揉めてるの。あいつは助ける程の男でもないだろうって」

「何でだ? ヨシュアの人間だからか?」

「そうじゃないわ。本人の気質の問題ね」

「気質? もしかして嫌われ者か?」

「そうよ。よく抜け駆けするのよ。仲間を置いて逃げたり。人の手柄を横取りしたり。そうかと思ったら人にたかって奢らせたり。初めて会った人からでもお金をせびったり。普段からそんな感じの男よ。あと捕まってからが酷いわ。あの男、どうも逮捕されてからこちらの情報をベラベラ喋ってるみたいなの。それで大勢の仲間が捕まったりアジトが潰れたりしてこちらは散々だわ」

「裏切り者って訳か……」

「かもね。それで今回、洗いざらい情報を聞き終えたからウラ鉄側も処刑するって寸法よ」

 それならば見放されても仕方なしと言った所か。

「でも良い仕事をするのも確かよ。前に総統閣下がゴディバタワーから救出されたとき、彼は頑張って、ウラ鉄のスパイから解放戦線のマギライダーに連絡するっていう決定的な仕事を成し遂げたの。まあ、月並みに言えば命の恩人のひとりって所かしら。貴方にとってはね……」

 ライカの言い方には含みがある。

「私達としては殺されたって自業自得ってところがあるけど、役に立つ男ではあるし、何より私達が仲間を見殺しにするってのは印象が悪いわ。密約を結んでいるヨシュアに対してもね」

「だから代わりに俺にやらせるってか?」

「勿論、無理強いはしないわ。ここで貴方が断ったところでこちらは恨む気なんて更々ない。総統閣下はここで話し合った結果だけを持って帰って頂ければそれでOKよ」

 そう言いながらライカは目の前に置かれた写真のガーリックの顔を指先で叩いた。

「チッ! アンタ、俺を試してるな?」

「さあ、どうかしらね~」

 そう言ってライカは笑った。

 様々な条件を積み上げてライカはカナセをガーリック救出へと仕向ける。

 身の安全を考えるならカナセは断るべきだ。もはや自分の身は自分だけの物ではない。己の双肩にファイタスの未来が掛かってる。

 しかしここで死ぬのが判っている人間を見捨てる訳には行かない。カナセ自身、ウラ鉄に捕まった事がある。捕らわれの身である時の心細さは痛いほど判る。

 そしてもう一つ、トギスの件で団長に特別扱いは如何なものかと釘を刺された事が頭に残っていた。

 トギスを助けた様に彼も救いを求めているのなら同じ様に助けるべきだ。

 それに彼が自分の命の恩人ならば尚更、救い出す事で恩義に答えなければならない。

「判った、俺が行こう……」

カナセはライカの手元にあった写真を抜き取った。

「さすが、総統閣下。ヒーローはそうでなくっちゃ」

 カナセの返事にライカはほくそ笑む。

「二人とも待ち給え!」

 しかし今まで話を聞いていた団長が突然、声を上げた。

「カナセ・コウヤ! 総統たる者がこの様な短慮では困る。ライカもこんな冗談は止めたまえ! ただひとりのスパイを救出されるのに総統を出してなるものか!」

「でも、おじ様。閣下はやる気みたいよ」

 そうライカが答えた時には既に、カナセは写真と地図を懐に入れて立ち上がっていた。

「許さんぞ、カナセ・コウヤ! もっと我が身を弁えろ! 君はやはり総統として放逸すぎる」

「放逸ってのは心外だな、団長。こう見えても俺自身は弁えてるつもりですよ。それに団長言いましたよね。あのロッゾ・カルを倒すにはそれ位の若さに任せた勢いとひたむきさが必要だって」

「しかしこれは無謀すぎる!」

「けど、それはそこに居るライカに言ってください。彼女は俺が行かないと決めた途端、反抗作戦に兵士を出さないつもりです。違うかい?」

「まあ、人聞きの悪い」

「要するに俺がファイタスの総統として適任かどうか見極めたいって事だろ?」

「それは深読みしすぎだわ」

「それはどうかな? まあ、何にしても、団長、俺はガーリックを助けに行くよ。後の事はよろしく。ライカ、車を一台、貸してくれ」

「欲しい物はそれだけ?」

「ああ、それだけあれば充分だ」

「馬鹿者が! 自らを弁える事も知らんとは!」

 団長は憤りながら最後までアコンゲルの要求を突っぱねようとする。

 だが団長の反対を他所に作戦は若者達の間で決定された。

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