第5話 総統閣下のご提案
暫くしてカナセとトギス、そしてラーマとコリンも隠れ家を出てナタルマ達の前に姿を表した。
「やぁ~。御苦労、憲兵隊の諸君!」
カナセは総統としての威厳を保ちつつも朗らかな態度で憲兵隊に声を掛けた。
だがその横ではトギスが脅えたネズミに様に縮こまっている。
一方、先ほど散々コケにされたナタルマは厳しい表情のままだ。
「おい、カナセ・コウヤ! 下手な真似したらぶっ飛ばすぞ!」
「口を慎み給え、教官!」
だが血気に逸るナタルマを咎める事が聞こえた。
憲兵隊の前で立ち止まったカナセの前に一人の男が前に出る。
男は森の中で見かけた顔だ。
「総統閣下とお見受けします。当官はモンベル兵団第一憲兵隊所属、パルッセ少尉であります」
「御苦労、少尉。君がここの隊長だな? で、貴官は自分に何用かな?」
カナセがワザとらしく聞くと少尉は答える。
「自分の任務はそこに居るトギス・エニール訓練生の確保です」
「確保? おや、確保というからには彼は何をしたのかね?」
「訓練期間内に置ける練兵場からの脱走及び逃避の際の民間の敷地内への不法侵入の疑いが持たれています」
カナセが訊ねると少尉はスラスラとトギスを拘束する理由を述べた。
「しかしここに居るトギス・エニールからは練兵場内では訓練と称した虐待が横行していると直訴を受けたけど……」
「自分の任務は飽くまでトギス訓練生の確保であります。現在、練兵場内の状況に置かれましては自分の預かる所ではありません」
「うむうむ、その通りだな。だったらトギスを少尉に引き渡す事に何の問題もないよな」
そう答えるとカナセはトギスの腕を引いた。
「さあ、パルッセ少尉。トギス・エニール訓練生を連れて行ってくれ給え」
カナセがそう言うと二人の警備隊員が前に出てトギスを囲んだ。
トギスの腕に冷たく思い手錠が金属音を立てて掛けられる。
一方、トギスは隊員達の前で顔を青ざめさせたままだ。
「さて、パルッセ少尉、これでトギスの引き渡しが完了した訳だが、俺に対して何か意見はあるか?」
「意見でありますか?」
「例えばだ。脱走者トギスを匿った事で俺自身から事情を聞きたいとかあるんじゃないかな?」
「いえ……。閣下にはむしろトギス訓練生の確保に御協力頂き誠に感謝しております」
「屋敷からここまでバンで移動した事は?」
「あの件に関しては……。こちら側の説明不足に依る物と心得ており、陳謝させて頂きます」
「陳謝?」
「小官もナタルマ教官があのような……行動を取るとは思ってもみなかったので」
「こちらの自衛行為だと受け取ってくれるのだな?」
「そう心得ています」
「うん、成程。要するに御協力に感謝って所だな。……了解した」
それを聞いてカナセはふふんと鼻を鳴らして笑う。
やはり少尉は審判の会とは無関係らしい。
ここで審判の会のシナリオなら、カナセがトギスの引き渡しを拒んでひと悶着起こす事になっていたはずだ。
しかしそれをカナセは素直にトギスを引き渡す事で回避した。
それに少尉もこちらとの対決は望んでない節がある。
「取り合えず、今回の件で俺自身が罠に嵌められる事は回避出来そうだな……」
カナセは密かに安堵する。
「さあ、キリキリ歩け!」
そしてその横ではトギスが二人の憲兵隊に引っ張っられていった。
だがその時、
「イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイやややややややややややっやややややややややややややややややややややややややややややややややややややっややややややややややややややややややぁ!!!!!!!!!!!」
突然、トギスが天地が引き裂けんばかりの悲鳴を上げた。
そして両隣に居た隊員の手を振り解くと、手錠を掛けられたままカナセの足元に掴み掛かる。
「練兵所に戻るの嫌ぁぁぁぁ!! ねえ、カナセ、助けてぇ! 総統閣下の力で助けてぇ! 君のコネでこの僕を助けて上げて! お願いいいいいいいいいいいいィ!」
そう叫びながら泣きついて来た。
だが隊員たちが慌ててトギスをカナセから引き離そうとする。
「こら! これ以上、世話を焼かすな!」
「お願い、カナセぇ! 一度で良いから! 一度で良いから! お願い、チャンスを頂戴よぉ!!」
それでもトギスはカナセから離れようとしない。
そんなトギスを見てカナセはパルッセ少尉に言った。
「待ってくれ、少尉。少しだけトギスと話をさせてくれ!」
総統の声に隊員達の動きがピタリと止まる。
「しかし、閣下……」
一方、止められた側の少尉は渋い顔だ。
「いいじゃないか、これも情けだよ。一言だけだから……。この通り頼む!」
そう言ってカナセは頭まで下げた。ファイタスの頂点たる総統閣下に頭まで下げられては少尉も無碍に断る訳にもいかない。
仕方なく、少尉はカナセの要求に折れ、トギスを放す事にした。
「それでトギス。お前の言うチャンスって何だよ?」
カナセが縋りつくトギスを引き離しながら訊ねる。
「僕がカナセの傍に居たら絶対に役に立つから! だから総統府で使ってよぉ~」
脱走兵でありながらトギスは厚かましく言い寄って来た。
しかしカナセの返答は素っ気ないものだった。
「駄目だ、トギス。ウチは縁故採用はしない事にしてるんだ」
「嘘だぁ~! クレアさんは恋人だし、コリンちゃんも可愛いから使ってるんだろ~」
「二人とも確かな実力があるから採用したんだ。そんな浮ついた理由で採用されたと思ったんならそれこそ心外だ。やっぱりトギス、お前は練兵場に帰って、その性根を鍛え直して貰った方がいい」
「そんなぁ~。僕だってちゃんとした環境さえあればそこそこ強いんだよ~」
「強い? まさか。お前、ギップフェル島では敵のマギアギアにボコボコにされたじゃないか?」
「あれは相手があのグレン・ハルバルトだったから仕方ないよ! でも他の相手なら絶対に負けないからさぁ」
「他の相手なら? へぇ~大きく出たな。じゃあ、そこに居るナタルマ・シング相手だったら何処までやれる?」
「なに?」
自分の名前が出た途端、今まで退屈そうに傍観していたナタルマがピクリと反応した。
その瞬間、皆の視線がトギスに集中する。
「さぁ、どうだ? トギス、そこに居るナタルマと戦って勝てる自信はあるか? もし勝てるっていうのなら総統府で使ってやる」
「カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!」
カナセからの問いを横で耳にした途端、ナタルマは文字通り呵々と笑った。
「この弱虫がオイラに勝てるだってぇ! 馬鹿馬鹿しい! カナセ・コウヤ、お前偉くなり過ぎて馬鹿になったのか? そんなの無理に決まって……」
「勝てるよ……」
ナタルマが横で嗤う中、トギスがボソリとつぶやいた。
「僕、隊長と戦っても勝てる自信ある!」
そして二度目ははっきりと答えた。
「だって、あの人、馬鹿だもん。力づくで自分のセンスだけで戦ってるだけで後は何にも考えて無いんだもん!」
そんなトギスの言葉に周囲は騒然となる。
「と、いう事らしいがナタルマ、お前はどうだ?」
「な! な! な! な! な! な! ななななな! トギス! 手前ぇ、誰様に物言ってるつもりだぁ!」
ナタルマの怒りが瞬発信管の様に爆発した。
しかしトギスは負けじと声を張り上げる。
「勝てます! 僕はナタルマ隊長と戦って勝てる自信があります!」
「手前ぇ!」
格下に舐められたナタルマが怒りに任せて飛び掛かった。
「ひいいいい!」
トギスがナタルマの剣幕に顔を引き吊らせる。
「待ったぁ!」
だが二人の間にカナセが割って入った。
「どけぇ、カナセ・コウヤ! このクソ馬鹿の頭を今すぐカチ割らねぇとオイラの気が済まねぇ!」
「はわわわわわ……」
「良いから待てよ、ナタルマ!」
「うるさい!」
カナセの制止を振り切ろうとナタルマの回し蹴りが飛んだ。
カナセが寸前に魔煌障壁を展開する。
しかしナタルマの蹴りは障壁を砕きカナセを体ごと吹き飛ばした。
「うぎゃ!」
地面に体を打つ総統の姿を見て憲兵隊全員の顔が蒼白になる。
ナタルマが魔煌の籠手を嵌めていれば間違いなくカナセは殺されていたはずだ。
「全員、直ちにナタルマ教官を取り押さえよ!」
少尉が慌てて声を上げると隊員達が一斉にナタルマに飛び掛かった。
しかし憲兵隊を前にナタルマの体が勝手に反応する。
後は飛び付いた順にナタルマの拳と蹴りが隊員達を襲った。
相手が憲兵隊だろうが自分に非があろうが関係ない。
ナタルマは容赦なく、相手を打ちのめす。
しかし数人掛かりで上から圧さえ付けられるとナタルマの暴威もやっと行き場を失った。
「チキショー! どきやがれ! 重いんだよ! この薄らトンカチ!」
「ナタルマ・シング教官! 練兵場からの出向という理由で同行を許したのに! 何をしてくれたんだ!」
負傷者を出しながらもナタルマを止めたパルッセ少尉は怒り心頭だ。
「うるさい! 目の前にいる馬鹿二人がオイラをコケにしやがったんだ! 殴って何が悪いってんだ!」
「言い訳は結構だ! 総統閣下への暴行と憲兵隊への公務執行妨害で逮捕する!」
そう言って少尉は腰に下げた手錠を取り出した。
「ちょっと待ってくれ、少尉……。悪いがナタルマの逮捕は無しだ。痛てて……」
しかしそれをカナセが身を起こしながら必死に止めた。
「閣下! お怪我は?」
少尉は今更ながらカナセの容態を確かめる。
「ああ、大丈夫……。そんな事より二人の事だ。逮捕は待ってくれ……」
「ですが、閣下……」
「元はと言えば俺がナタルマを煽ったのが悪いんだ。それに関しては謝る。申し訳ない」
総統閣下は痛いのを堪えて陳謝した。
だが直ぐに頭を上げると続けて言う。
「それで悪いんだがこの場は一旦、俺に仕切らせてくれないか?」
「仕切る? 閣下がでありますか?」
「ああ、総統による越権だと言われるかもしれないけどな……」
そう答えながらカナセはナタルマに先ほど蹴飛ばされた腕を痛そうに擦ってみせる。
少尉も暴れ出したナタルマからカナセを守れなかった手前、気まずさが残る。
「総統閣下がそう仰るのなら……」
「よし決まりだ」
現場の権限がカナセに移ると総統閣下は警備隊達にナタルマの上から退く様に命じた。
「手前ぇ……こんな事で貸しを作れたと思ったら大間違いだぞ!」
「心配するな。そんな事、夢にも思っちゃ居ないよ」
憎まれ口を叩くナタルマに向かってカナセが微笑む。
「そんな事よりもナタルマ。お前にひとつ聞きたい事があるんだが、さっきトギスが言った事、どう思う?」
「はぁ?!」
「戦えばトギスがナタルマより強いって話」
「馬鹿か手前ぇ! 寝言はふとんの中で言えってんだ!」
「そこまで言うなら戦った事があるのか?」
「無ぇけど、判り切ってる事だ!」
「だってよ、トギス」
ナタルマの答えを聞いたカナセが今度はトギスの方を見る。
「そ、そんな事は無いと思います。僕にだってちゃんとしたマギアギアの素体さえあれば……」
「手前ぇ、やっぱりオイラを馬鹿にしてるな!」
「ひいいいいいいいい!」
「待てよ、ナタルマ。こんな所でまた早まるなって。だったらこの際、白黒つけてみないか?」
「白黒だと?」
「そうさ、一層の事、勝負してどっちが強いのかはっきりさせるのさ」
そんな思い切った提案をカナセはナタルマに示してみた。
するとナタルマがニヤリと笑う。
「ふん、面白ぇ。あの弱虫トギスが言った事が本当かどうかオイラも確かめてやる!」
「お待ちください、閣下!」
兵団内の秩序の盾たる警備隊パルッセ少尉が思わず声を上げた。
「その様な私闘は軍の規律で禁じられています」
「いいや、少尉。俺はふたりが戦う所がみたい」
「しかし……」
「それに俺はさっき、少尉からこの件を移管された。文句はないはずだ」
そう言ってカナセは聞かない。
そんな総統閣下の態度に少尉も困惑する。
「では……せめて戦いは周囲の被害の無い所でお願いします」
「了解した。だったら早速、移動だ。ナタルマ、トギス、付いて来い。警備隊の皆もな」
そう言いながらカナセは乗って来た屋根なしバンのドアを叩いた。




