第13話 さらば遠き日よ
深夜に行われた555號との戦闘は終了した。
だが港を覆い尽くした大火災は更なる可燃物を求め延焼を拡大させていた。
そしてその火災の影響を受けたカデルナ市内は混乱の渦中にあった。
朝になったばかりにも関わらず人々は街の中を逃げ惑っていた。
もしかしたら、今、自分達が居るこの場所にも炎が押し寄せてくるかもしれない。
その恐怖が街中に流行り病魔の様に伝染していた。
そんな中、カナセとデニスは町中の通りの移動を避け、一本の地下水路に沿った小さな通路の上を歩いていた。
暗く狭い通路の上を進みながらデニスが答える。
「この水路沿いに歩いて行けば、誰にも気付かれる事無く、後は勝手に街の外に出られる。
最も、朝っぱらからこんな所を散歩する物好きに出くわさない限りだけどな」
「地元民だけが知る穴場って奴か」
「そう言う事だ」
「それよりデニス、傷の方は大丈夫か?」
「ああ、さっき総統閣下が施してくれた雑な治癒魔法のお陰でまだ塞がってるよ」
そう言ってデニスは笑いながら傷口を押さえた。
暫くして前の方か明るくなっていった。
地下水路を抜けた証拠だ。
しかし暗い水路から抜け地上に出た途端、前を歩くデニスの足が止まった。
目の前で一人の待ち人に出くわしたのだ。
「リーナ……」
デニスから思わず声が漏れる。
待ち人の正体はリーナ・ミルデだった。
「動かないで!」
しかしデニスが話しかけようとした瞬間、リーナは手にしていた鉄塊を目の前に突き出した。
鉄塊の正体は拳銃だった。
拳銃は国民拳銃と呼ばれる青年奉仕隊一人につき一丁渡される携帯火器で非常時の持ち出しのみ許される代物だった。
「ケビン・バーネット! カナセ・コウヤ! あなた達をこの場で逮捕します!」
リーナは勇ましい口調で二人に言い放った。
しかし拳銃を握るその手は緊張で震えて居た。
カナセとデニスは立ち塞がったままのリーナと対峙した。
恐らく、あの軍港の騒ぎをデニスの仕業と勘付いた彼女が、二人がここを通る事を予測して待ち伏せていたのだ。
「俺等、地元民だけが知る穴場が逆に仇となったって訳か……」
「リーナさん、待ってくれ。俺達はただ……」
「動かないでて言ったでしょ! その場でゆっくりと手を挙げなさい! 抵抗すると本当に撃ちますから!」
カナセの声をリーナはすぐさま跳ね除けた。
もはや聞く耳持たない。
「今すぐ警察を呼びます。そして司法の裁きを受けなさい! ケビン、カナセさん……。残念だわ。こんな結末なんて……」
「リーナさん……」
落胆するリーナの声に居た堪れなくなったカナセが思わず両手を上げた。
それに倣うかの様にデニスもリーナの前で両手を挙げた。
二人の両手には何も握られてはいなかった。デニスが本気を出せばポンチョの中から拳銃でリーナを狙い撃つ事も出来たはずだった。
だがそれをしなかったデニスを見てカナセはホッと胸を撫で下ろしていた。
そんなデニスがリーナに向かって言った。
「リーナ、俺の話を聞いてくれ……」
「ファイタスのあなたが答えるのは私じゃないわ! 言いたい事があるならウラ鉄警備隊にでも白状なさい!」
「これからしゃべるのはファイタスのデニス・ワイルダーじゃ無い。リーナの幼馴染みのケビン・バーネットの言葉だよ、リーナ……」
そう言ってデニスはリーナに懇願した。
そんなデニスの言葉にリーナは答える。
「なら言ってみなさいよ。誰か人が来るまで聞いといて上げる……」
「じゃあ、頼む。ここに居る、カナセだけは見逃してくれ」
「デニス!」
思わずカナセが叫ぶ。デニスはここに来てもカナセの身代わりになろうとしていた。
「俺はこのままウラ警に渡しても構わない。何ならその拳銃で撃ち殺してくれたって結構だ。だが頼む、ここに居るカナセだけは見逃してくれ……」
そう言って、デニスはリーナに向かってゆっくりと頭を下げた。
一方、カナセはリーナを見詰めたまま居た。
拳銃を握る手は大きく震えていた。顔じゅうから汗が吹き出し、奥歯がカタカタと音を立てる音がこちらまで聞こえる。とても引き金を引いて人に当てるどころではない。
「どうして? どうしてカナセさんを守ろうとするの?」
リーナがやっとの思いでデニスに訊ねた。
するとデニスは答える。
「それは、俺はこいつの事が好きだからだ。ひとりの仲間として尊敬している。さっきの軍港での戦いで死にに行こうとした俺の気持ちを止めるのではなく逆に受け止めてくれた。なのに今度は馬鹿みたいに命を張って死にそうな俺を助けてくれた。そんな奴だ。だから俺はこいつを殺したくない。こんな立派な奴をこんな所でこのままここで終わらせたくないんだ。リーナ、お前にだって判るだろ? こいつの事が少しくらいは……」
知らぬはずがない。カナセは列車事故の際、会ったばかりの自分とメイナを救ってくれた命の恩人だった。
それだけではない、敵であるウラ鉄の勢力圏の人々ですら懸命に救助しようとしたではないか。
何の迷いもなく!
デニスの短い話が済むと、暫く両者の間で長い沈黙が続いた。
しかしそれもリーナの深いため息を終わりを告げる。
「ズルいわよ……。そんな言い方……」
リーナは突き付けていた拳銃を下げた。
「リーナ……」
「私にだって判るわよ……。そんな事くらい……」
声を掛けたデニスにリーナは震える声で答えた。
それはデニスの気持ちがリーナに伝わった証だった。
そんなリーナを見てカナセは胸を撫で下ろす。
引き金を引かなかったからではない、デニスの思いが通じた事に安堵したのだ。
リーナの心の奥底にある強いやさしさが、ウラ鉄への忠誠心に勝ったのだ。
彼女は何時だって、初めて会った時と少しも変わらない、優しく親切なリーナ・ミルデのままだった。
その場で立ち尽くすリーナの横をデニスとカナセが通り過ぎる。
「ありがとう、リーナさん……」
カナセがリーナの横で礼を言った。
リーナは何も言わない。だが去り際に彼女の瞳には涙が浮かんでいたのだけが見えた。
そして彼女の背中が遠くなったところでデニスは振り向かないまま叫んだ。
「戦争が終わったら、必ずまた会いに来る! どんなにリーナが迷惑に思おうが俺は戻って来る! それまで……それまでは、無事でいてくれ」
それだけ言い残すと後は無言のままカルデナの町から離れていった。
ファイタスの勢力圏へと向かう旅路の中、道端で休んでいたカナセがデニスに聞きいた。
「さっき、リーナに最後に言った言葉ってプロポーズ?」
そんな野暮ったいカナセの問いにデニスは笑った。
「そんな気の利いた物じゃ無いよ。只の昔馴染みへの挨拶さ。今度、ゆっくり昔ばなしでもしようぜって、くらいの……」
「素直じゃ無いぁ。はっきり言えば気が楽なのに……」
「俺はロータスの魔女の弟子様みたいに日の当たる場所で真っ直ぐには育ってないからな。これで精一杯なのさ」
そう言ってデニスはテンガロンハットで顔を隠した。
やがて向こうから解放戦線の面々を乗せたトラックがやって来た。運転席にはメイヴィスが居る。
それを見つけた二人は軽く手を振って皆の生還を喜び合った。
後日、ファイタスは新鋭戦艦破壊の戦果を携え再び八ヶ国連合と交渉に臨み、正式な同盟関係が結ばれた。
ここで史上最大のウラ鉄包囲網が成立したのだ。




