第11話 男達の戦い
船はスロープの上の僅かな距離を滑走すると船底を擦りながら止まった。
「もたもたするな! さっさと降りろ!」
全員が小ボートから飛び降りると、港に積み上げられた荷物の影へと身を隠した。
一方、港では連絡を受けた港湾警備隊が早速、脱出経路の閉鎖を開始した。
続々と警備員を乗せたトラックが上陸した小舟に向かって集まって来る。
「全員、銃撃戦用意。警備隊のトラックを分捕るわよ」
負傷したデニスに代わって副班長のメイヴィスが指示を出す。
暫くして乗り上げた小舟に警備隊員が群がると荷物の陰に隠れていた解放戦線組が一斉に発砲した。
敵の姿を捕えられない警備員達は為す術もなくバタバタと倒されていく。
そして一人残らず倒し終えるとファイタスのメンバーは乗り手を失った数台の車両に分乗し港のゲートへと向かった。
ゲートを突き破った後は各自が分散して四方に逃げる手筈だ。
その中でカナセも一台の四輪駆動車に乗った。
同乗者はメイヴィスではなく怪我をしたデニスだった。
「デニス、俺が運転する」
「頼む」
しかしカナセがハンドルを握って走り出そうとした瞬間、海の方から再び555號の砲撃を受けた。
「うわわわわわぁ!」
岸壁が無惨にも直撃によって削られ、積み込み待ちの荷物が吹き飛ばされる。
その中でカナセ達の乗った四輪駆動車も着弾の余波を受け横転した。
爆発が収まるとカナセは砕け散った窓ガラス向こうを覗いた。
外では既にカナセ達を追っていた555號が破壊された岸壁の傍にまで迫っていた。
「カナセ!」
「判ってる!」
カナセはモーフィングマキナを使って横転した車体を立て直すと全速力で港の中を走らせた。
「デニス、悪いがメイヴィス達を先に逃がすぞ」
「あまり同意はしかねるが……承知した」
デニスとしては総統には誰よりも真っ先に逃げて貰いたいのだがカナセの気質からしてそれが不可能だと悟ると早速、その言葉に従った。
四輪駆動車は岸壁の上を走る。
すると新鋭戦艦が艦首をこちらに向け追い掛けて来る。
「よ~し、このまま追って来い!」
それを横目で見ながらカナセはハンドルを操る。
しかし囮に釣られたのは新鋭戦艦だけでは無かった。
不穏な動きをする四輪駆動車を見つけたウラ鉄の沿岸警備艇が岸壁に向けて並走する。
そしてカナセ達の四輪駆動車に向けて発砲した。
今度は25㎜の機銃が襲い掛かった。
「このぉ!」
カナセは蛇行させながらなんとか銃撃を潜り抜けていく。
更にその様子を伺っていた新鋭戦艦が主砲塔をこちらに旋回させると砲撃を再開した。
だが砲弾は四輪駆動車に命中する前に並走していた警備艇に着弾した。
警備艇は一瞬で爆散し闇夜の海をオレンジ色の炎で焦がす。
「馬鹿な! あいつ、味方を沈めやがった!」
しかし新鋭戦艦の見境の無い攻撃がここからが本番だった。
港には数隻の貨物船が停泊していた。
そこに向けて主砲弾と副砲弾の両方を合わせた火力が次々と降り注ぐ。
貨物船の群れは着弾と同時に数珠つなぎに大破炎上し海上を火の海に変えた。
更に砲撃の被害は港の施設や仮置きされていた荷物にまで飛び火し、延焼させる。
お陰で港全体が大火災に見舞われた。
「カナセ、こいつぁ……」
デニスも目の前の光景に唖然とする。
港はウラ鉄の勢力圏内で停泊している貨物船も客船もウラ鉄の船籍のはずだった。
なのに砲撃はそれを無視してカナセ達の車の影が見てた途端、周囲の被害を顧みず次々と砲弾を撃ち込んできた。
「奴等、俺らを本気で逃がさないつもりらしいな。船をキズモノにされた事を相当恨んでいるみたいだ」
燃え盛る貨物船や港湾設備を眺めながらデニスがつぶやく。
「けど、このままじゃ、俺達も何時かはやられちまう。それにもうそろそろメイヴィス達も逃げられたはずだ。俺達もお暇させてもらうか……」
「いいや、カナセ。その前に隣に行ってくれ」
「隣?」
デニスの提案にカナセが首をかしげる。
「隣って確か、ウラ鉄の軍港があるはずだろ?」
「そうだ。その軍港の方に向かうんだ。そこで俺を降ろしてくれればそれでいい」
「降ろすって何をする気だ。逃げないのか?」
「悪いが俺は逃げない。武器を分捕って奴を迎え撃つ。そしてその間にお前は逃げろ」
「馬鹿言うな。あんなデカ物、ひとりで敵いっこない。それにデニスを置いて逃げろだなんて……」
「いいや、これは俺の落とし前だ……」
「落とし前?」
「俺は総統閣下の初陣にケチを付けちまった。これじゃあ、班長として示しが付かない」
「示しって、今更、そんな……」
「それにな。昔馴染みを泣かせちまった手前もある。なのに、このまま帰るのは申し訳ないやら後味が悪いやらだ」
「デニス……」
どうやらそちらの方がデニスの本音らしかった。
やはりデニスもリーナを泣かせたことを気にしていたのだ。
「だったら俺も一緒に戦う。奴をここで叩く!」
「駄目だ……。お前はこのまま脱出しろ、お前は総統……」
「いいや、止めても聞かねぇぞ! 俺はデニスをリーナにまた合わせるんだ。そして彼女の前でちゃんと謝らせる!」
「カナセ……」
「このまま突っ切る! 舌噛むなよ!」
二人の乗った四輪駆動車は軍民を隔てるフェンスを突き破るとそのまま軍港の方へとなだれ込んだ。
その後を555號が執拗に付け回すと燃え盛る貨物船を掻き分けながら真正面から岸壁に接岸した。
「馬鹿か、あいつ等。あんな風に乗り上げたら船が動かなく……うわわわわわわわっ! 何だぁ? あれ!!」
車中でカナセが叫んだ。
一方、戦艦555號は接岸すると衝突の勢いに任せ水面下の船体を岸壁の上へと乗り上げさせた。
あんな無茶な操艦をすれば航行不能になるばかりか艦首の破壊にもなりかねない。
だが最新鋭戦艦は逆に岸壁のコンクリートを砕きながら上陸すると今まで見せなかった艦首を露にする。
その艦首の先には常識では考えられない装置が取り付けられていた。
「ド、ドリル?!」
間違いない。艦首には巨大なドリルが装着されていた。
それが回転しながらコンクリートの岸壁を破壊しているのだ。
そしてそのまま巨大な船体を岸壁に乗り上げさせると穴の開いた軍港のフェンスを圧し潰していく。
更に陸に上がった事で巨艦の船底までが露になった。船底の下には船体を覆うほどの長い戦車の様な履帯が履かされていた。
履帯が動き出すと、軍港の舗装路を削りながら前進し二人の乗る四輪駆動車を追跡して来た。
それは戦艦が陸上を這いまわる異様な光景だった。
「あれが秘密の航行装置だって?!」
戦艦のドリルと履帯はあらゆる障害物を踏みつぶしながら前へと進む。
しかも履帯のある台車は前後に別れ、前方は独立して一つの軸で左右に自由に方向転換できた。蒸気機関車で言うところのマレー式に近い走行装置だ。
それは555號が洋上艦と戦車と蒸気機関車の三つの機能を合わせ持つ合体兵器である事を明確に意味した。
「嘘だ! あんな物で動けるはずがない!」
常識にそぐわない光景にカナセが吠える。
「しかしこれが現実だ。そしてあんな物こそがあの艦の秘密なんだ。カナセ、やっぱりアレはここで叩く。あんな物が量産されたら、それこそ戦いは陸も海も関係なくなる」
デニスの言葉にカナセは戦慄する。確かにこのまま放置すればファイタスにもウラ鉄の水陸艦隊に蹂躙される未来が待ち受けている。
「何とかしてここで倒さないと……」
そう心に決めた時だった。敵の第一、第二主砲塔がこちらを真正面に捕えた。
「カナセ、曲がれ!」
デニスの合図と同時にカナセが左にハンドルを切る。
その直後、二つの砲塔が同時に発砲されカナセ達の背後を掠めていく。
撃ち放たれた砲弾はそのまま軍港の司令部棟に直撃し、四階建ての建物を爆散させた。
その一度きりの砲撃だけで軍港の中は機能不全に陥った。
燃え盛る司令部の前で統率を失ったウラ鉄の兵士達が右往左往する。
お陰で侵入者の四輪駆動車を見つけても素通りさせる様な有様だった。
基地全体が大混乱の最中、四輪駆動車は軍港の武器庫の前に停まった。
二人は車を乗り捨てるとカナセは駐車してあった一台の戦車に乗った。戦車はグリペン型主力戦車で1037號の番号が振られていた。
一方デニスが乗ったのはグリペン型の派生型対空自走砲で1038號と防盾に記されていた。
「立ち上がれ! ヴァイハーン!」
「転移、ガーネット・メイル!」
迫りくる陸上戦艦と化した555の前で二騎の巨人が並び立つ。
カナセが操るのは75㎜砲を搭載した、おなじみマルケルスの闘神。もう一騎は両腕に40㎜機関砲を一基ずつ装備した機械の巨人だった。
「脚が生えてる!」
カナセはマギアギア・ガーネット・メイルの姿を見て声を上げる。
デニスはメイヴィスと二騎一組で戦うと聞いていたので彼が単体のマギアギアを召喚させられるとは思っていなかったからだ。
そんなカナセの声を聴いてデニスは呆れる。
「当り前だ。人を何だと思ってるんだ」
「けど話に聞いた強力な魔煌砲が装備されてない……」
「あれは脚が付くと使えなくなるからな」
「それでどうする。恐らく並みの攻撃じゃ太刀打ちできない」
「なら悪いがもう一回、囮を頼む。その間に俺が奴の弱点を狙い撃つ」
「了解!」
カナセはデニスの作戦に沿って早速、動き出した。
戦車に変形を戻すと遠くの建物の陰から砲撃を加えた。
だが思った通り、戦車に搭載されている標準的な75㎜砲程度では陸を這う555號の船体に傷を付ける事すら敵わない。
それどころか敵は砲撃でこちらの位置を特定すると前方に搭載した六門の主砲を使って反撃して来た。
周囲は同じウラ鉄の施設のはずだった。しかし戦艦はそれを無視して施設や兵士ごとカナセを葬り去ろうとする。
「何だってんだ?! あいつ、敵も味方もお構いなしかよ!」
砲撃から逃げながらカナセが叫ぶ。
555號の乗組員は敵味方関係なく攻撃を仕掛けて来る。しかも完璧な統率の下で。
そんな事が出来るのはよほど血も涙も枯れた冷血集団の所業か乗員全員が正気を失っているかのどちらかだ。
「一体、どんな奴が指揮してるんだ?」
カナセが疑問に思う。しかし新鋭戦艦から答えが返って来る訳でない。
一方、基地内に乗り上げた最新鋭戦艦は攻撃を続けた。
カナセはひとり叫びながら戦車を使って逃げ惑う。
そして遂に軍港の施設の一部である乾ドックの前でカナセは追い付かれた。
1037號の背後に555號の巨大艦首ドリルが迫る。
「破っ!」
衝突寸前にカナセは一瞬だけ戦車を闘神に変形させると横に飛んで逃げ切った。
一方、的を外した巨大ドリルはそのまま目の前の乾ドックに向かって突進していく。
ドックの中には整備中の貨物船が停泊していた。
ドリルの先端が貨物船の側面外板に触れると、鋼鉄の船殻は凄まじい回転力に巻き込まれて薄紙のようにひしゃげていく。
その圧倒的な鋼鉄の暴力の前にカナセが叫んだ。
「デニス、早くしろ! こっちだって、そんなには持たないぞ!」
一方でデニスが少し離れた所で様子を伺っていた。
「よし、いい感じだ。カナセ、そのまま逃げ回れ。奴の注意をもっと引き付けるんだ」
無線からデニスの声が聞こえてくる。デニスは既に敵を確実に仕留められるポジションにまで移動していた。
「クソッ! こっちにも血も涙も無い奴が居やがる! デニス、ちゃんとやれよ!」
「判ってるさ……総統閣下の働きは無駄にはしない」
デニスのガーネット・メイルは瓦礫と化した施設の陰に身を潜めていた。
そして乾ドックを破壊し終えた555號の艦橋を真正面から目視する。
艦橋は黒い偏光ガラスで全て覆われており、闇夜も手伝って中を伺い知る事は出来ない。
だが構う事はない。どうせこれから全て粉々に砕け散るのだ。
「ファイヤ!」
デニスは二門の機関砲の照準を正確に合わせるとそのまま引き金を引いた。
毎分330発の地上目標にすら使用できる40㎜徹甲榴弾が陸上戦艦に襲い掛かる。
確かに船体は比類なき防御力を誇っていた。
しかしそれが艦の全てにまで及んでいるとは限らない。
特に艦橋の窓の様な部分はどれほど分厚い防弾ガラスを装着していても魔煌技で軌道修正された40㎜弾の集中砲火を浴びればひとたまりもないはずだ。
そしてガーネット・メイルの両腕から発射された高射砲弾は予定通り全弾が命中した。
音速を超えて飛ぶ徹甲榴弾が爆発の閃光を放ちながら艨艟の楼閣を煙に包んでいく。
「やったか!」
司令塔を失った戦艦は只の鉄の塊に変わるはずだ。
だが煙が晴れた途端、デニスは思いも依らぬ物を目撃した。
「何だって?! 一体、どういう事だ!」
その光景にデニスが驚愕するとすぐに戦艦からの反撃が始まった。
メイルの潜んでいた建物が左右の副砲の一声砲火を浴び吹き飛ばされると、余波を頭から被ったメイルが大量の土砂の中へと埋まっていく。
「うおぉぉぉぉ!!」
ヴァイハーンの無線機からデニスの悲鳴が聞こえた。
「デニス、どうした?! デニス!」
彼の身に不安を感じたカナセが必死にデニスに呼び掛ける。
「カ、カナセ……気を付けろ……野郎……」
そこで無線が途切れた。しかしそれだけではデニスが何を伝えたかったのか判らない。
「クソッ、一旦後退だ!」
カナセはデニスを置いてヴァイハーンを一気に下がらせた。
デニスの事は心配だが今は逃げ回るしか手立てがない。
カナセは建物から建物に移りながら逃走した。
しかしその後を大戦艦が執拗に追い回す。
仕方なく迫り来る敵に砲撃を加えた。しかし大戦艦の装甲はこちらの砲撃を事も無く跳ね返す。
「こんな豆鉄砲じゃ駄目だ。もっと強力な火力を……」
だがそれは無い物ねだりだ。今は手元にある75㎜砲で何とかするしかない。
「何か……何か弱点は無いのか……」
カナセが必死に頭を捻る。どれほど圧倒的な力を誇ろうとも何か手立てがあるはずだ。
しかし焦るばかりで何も頭に浮かばない。
「どうすりゃ良いんだぁ!」
カナセは逃げながら途方に暮れる。
そんなカナセを注視する「眼」があった。
目はデニスによって破壊された艦橋の更に天辺にある水上探信器で、そこから観察者に情報としてもたらされた。
観察者はこの555號の正規の船員では無く、司令塔たる艦橋にも最初から乗組員が居なかった。
デニスが驚かされたのは破壊された艦橋の中に人が居なかったその事実だ。
ならばこの艦の舵取りは誰がやっているのか。
答えは船体中央の機関室にあった。
そこには四基のコア・モーターが最大出力で稼働していた。
その中央ではひとりの男が大の字になって倒れていた。
男の右肩には血の滲んだ布が巻かれていた。
男の正体はメグレ・タータ大尉だった。
タータはモンベル兵団長の参謀であり魔煌士でもあった。
だが何よりも魔煌文明の破滅を願うカルト集団『審判の会』の信奉者だった。
タータは傷付きながら機関室に辿り着くと、モーフィングマギアを発動させ四基のコア・モーターと共にこの555號の支配権すら掌握した。
そして中に居た作業員や警備兵達は忽ち淡海に投げ捨てると、艦を起動させ逃走者の追跡に入ったのだ。
今、この最新鋭戦艦は一人の手によって自在に動かされている。
タータ一人で操縦しているのだから破壊された艦橋に人が居ないのも当然だった。
そして目の前で逃げ惑う標的を執拗に追い回す。
狙いは唯一人、新生魔煌技の秘密を握るカナセ・コウヤだけだ!
「ふはははは! 無様だな、カナセ・コウヤ!」
目の前で逃げ惑うカナセの1037號の姿を探信器から眺めながらタータは嘲笑った。
「さあ、このまま履帯に踏みつぶされるか? それとも203㎜砲の直撃で粉微塵になるか? 好きな方を選べ!」
そう言って笑い転げる彼の中に会議で見た知的で生真面目そうな大尉の面影はない。
同時に自身の行為に何の罪悪感も感じていない。ただ憎むべき悪の芽を摘み取る為の正義を行使している認識しか持ち合わせていなかった。
そしてそれは全てタータの魔煌文明に対する憎悪に起因していた。
メグレ・タータはウラ鉄の勢力圏にある植物学者の家系に生まれた。
父はロータス国立大学の植物学の教授で母は幼くして亡くしていた。
実家は干拓地の中にあり、庭には植物研究の為の大型の温室まで備えられていた。
幼少のメグレはそんな多種多様の草木の中に囲まれて育った知的な少年だった。
そんな中、メグレ少年は家の本棚で一冊の本に出合った。
それは大判の植物図鑑だった。
図鑑には写真は一切なく、掲載されていた植物は全て絵画だった。
だが描かれていた植物の絵は色鮮やかな彩色が施された細密画だった。
少年は細密画の美しさに驚嘆し虜になった。
そんな感動に浸っていた息子の横で父が二つのある真実を教えてくれた。
この本は父と母の合作本であり、その細密画こそ亡くなった母によるものだった。
そしてこの図鑑は古代魔煌文明の中で滅びてしまった絶滅種を編纂したものだった。
それが図鑑に一枚も写真の無い理由であり、そして描かれている植物がどれほど望んでも二度と出来ない物ばかりな事を教えてくれていた。
同時にこの事はメグレが魔煌文明に疑問を持つ切っ掛けになった。
人間は自然無しに生きては行けない。しかし愚かな人類は魔煌文明の衰退後も自然を破壊し、周囲を巻き込んだ滅びの道に進もうとしている。
その矛盾の中で人間が滅びるのは仕方がない。
だが残された自然はそうではい。自然に罪は無いのだ。
ならば自分の使命は消えゆく自然を守る事だ。
それは父と亡くなった母と同じくする信念であり自分はその信念を受け継ぐ運命なのだ。 両親の形見である図鑑の前で幼いメグレはそう決意した。
だがそれから数年後、メグレの信念に憎悪が加わる事件が起きた。
とあるロータス近隣の湿地帯にウラ鉄の線路が敷かれる計画が持ち上がった。
それと同時に計画区域内に絶滅したかと思われた希少植物の群生地が見つかったのだ。
発見された植物は母が描き残した細密画にも存在した小さな花だった。
父は発見された希少植物の群生地を守る為、ウラ鉄に出向いて計画変更の請願書を何度も提出した。
しかしウラ鉄は一介の植物学者の意見書をことごとく無視した。
業を煮やした父は仲間の植物学者達と共に本部前で座り込みまで行った。
しかしその抗議活動が裏目に出た。
今も昔もここではウラ鉄に物申す事は神に背く事と同意だった。
父達は学界からの追放と同時に即日逮捕され、そのまま投獄された。
それ以来、メグレは父とは会っていない。
しかし失意の中で散った父の無念は子の中に着実に受け継がれた。
父の意見は正しかった。間違っているのはウラ鉄とそれを支える魔煌文明だ。
自然を滅ぼす事に躊躇しない文明の何処に正義があるというのだ。
滅びて良いのは人類であって自然ではない。
ならは自分はこの愚かな人類を、魔煌文明を滅ぼして見せる。
それは狂信的自然崇拝主義者、メグレ・タータの誕生の瞬間でもあった。
その後のメグレは親戚の家をたらい回しににされながら、いつしか大河川を渡りファイタスの勢力圏に辿り着いた。
そこでモンベル兵団の運営する練兵場に入営すると一から軍事学全般を学び、やがて秀でて兵団の参謀となった。
しかしその間も、ウラ鉄と魔煌文明への憎悪は忘れる事は無く、噂で耳にした魔煌文明の滅亡を願う秘密結社『審判の会』の会員に加わって今に至った。
そんな彼の目の前に古代魔煌文明復活のカギを握る男が逃げ回っていた。
「カナセ・コウヤ! 貴様をここで排除する!」
タータは執拗にカナセを付け狙う。
何故ならこの瞬間こそ、神が与えた自らの本懐の時に違いなかったからだ。
一方でカナセは今も555號からの追跡から逃げ回っていた。
正直、執念には恐怖よりも嫌気を感じていた。
「あのストーカー野郎、どこまで追いかけてくるつもりだ!」
「聞こえているぞ、カナセ・コウヤ!」
突然、聞き覚えのある声が555號に装備された拡声器から鳴り響いた。
「その声はタータ大尉?! もしかして戦艦を乗っ取ったのか?」
「驚いたか?」
「当たり前だ! けど一人で戦艦を動かすなんて……」
「私もマギライダーのはしくれだ。てこずりはしたがコアの近くに居れば使いこなせなくもない」
「道理で、俺ばっかり追い回される訳だ……」
「そしてこの時こそ天恵、新生魔煌技を完全に葬る為、カナセ・コウヤ。自然を愛する者として貴様に神の意思を伝える。死ね!」
「嫌なこった! 俺の命は俺のモンだ!」
自身の英雄的行為に酔いしれるタータの前でカナセが毅然と答える。
「では私、自ら引導を渡すとしよう!」
そう言うとタータは555號の全主砲塔を1037號に向けた。
「ここで朽ちよ! 全ての美しき自然の為に!」
555號に搭載された九門の203㎜砲が再び火を噴く。
1037號は同時に九発の至近弾に曝された。
「うわぁぁぁぁ!」
港の舗装に次々と大穴が開く中、その爆発力に翻弄される。
しかし直撃は何とか免れ、カナセは生きながらえた。
それでも砲撃の威力は凄まじく車体の各部をガタガタにされた。
「クソッ垂れ!」
黒煙と炎が入り混じる着弾地点から1037號は懸命に離脱する。
しかし戦艦の探信能力は逃げるカナセの影を追い続けた。
その中でタータはある事に気付く。
「おやおや、やはり出来立てという事もあって照準の調整がまだ甘い様だ。しかしそれで逃れられると思ったら大間違い。こちらにはまだ弾が何百発とあるのだ。貴様が死ぬまで撃ち続けてやる!」
タータによる執拗な攻撃が尚も繰り返される中、カナセは戦車を左右に蛇行させつつ魔煌障壁を張ってまで攻撃から逃れようとする。
しかしあの強力な203㎜砲弾の前では例え一発の直撃弾を浴びただけで戦車の装甲など魔煌障壁もろとも瞬く間に粉砕されてしまう。
「一体、どうすれば……」
夜はまだ明けない。
カナセは逃げながら自身の手詰まり感に憔悴していた。




