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第7話 ジゴバの跳ね駒 後編

 戦闘が開始された途端、ヤマブキに変化が現れた。

 体に巻き付いてあった二本ハーフトラックの履帯が解けると両腕の中で湾刀に変化したのだ。

 更に履板の一枚ずつが刀身の上で小さな刃に形を変えると、刀身の上でチェーンソーの様に回転流動を繰り返し始めた。

「何だ、あれ?!」

 突然、現れた動力付きノコギリサーベルの出現にカナセも息を飲む。 

「成程、それが嬢ちゃんの武器って事か。さっきの剣舞も伊達じゃないって事だな」

 それを見てカナセも生身の時と同じ様に突貫戟と盾のスタイルで構える。

「ふん、そんなんで私の攻撃が止められると思うなよ!」

 そうコリンが叫ぶとヤマブキが地面を蹴り、ノコギリの刃がヴァイハーンを襲った。

 左右に握られた二本のサーベルが目にも止まらぬ速さで交互に何度も繰り出される。

 その剣捌きはヴァイハーンを圧倒し、カナセの目にも数本の切っ先に錯覚させる。

「喰らえ!」

 ヤマブキが上段から斬り裂こうとした。

「早い!」

 カナセは相手の攻撃を慌てて盾で受け止める。

 だが光の盾は一瞬でノコギリの剣圧に負け砕け散った。

「チッ! 生身の時より威力が上がっている!」

 カナセが舌打ちすると壊れた盾を復活させながら右に逃げた。

 しかし逃げた先で流動し続けるノコギリの歯が鋼鉄の牙となってまた襲ってくる。

「クソッ!」

 仕方なくヴァイハーンは右の突貫戟で受け止めた。

 カナセは脈煌侃流の力で何とかサーベルの剣圧に相対したが、今度は左の斬撃が切り掛かる。

 そうやって次々と打ち込みを繰り返しながらヤマブキはヴァイハーンを追い詰めていく。

 一方、カナセは盾と剣を使って攻撃を防ぎながら後退するので手いっぱいだ。

「おらおらどうした! 逃げてばっかじゃ後が無いぞ!」

 形勢の有利に調子付いたコリンが煽って来る。

「うるさいやい! そんな事、嬢ちゃんに言われなくたって判っている!」

 カナセは思わず大人げなく言い返した。

 しかしコリンの言った事に嘘は無い。受けてばかりではその内、こちらが押し切られる。

 そしてヤマブキの剣がまた襲い掛かる。

 今度は美しい円弧を描いた水平斬りだ。

 それをカナセが身を屈めて横に逃げる。

 ノコギリの切っ先がヴァイハーンの頭の上を掠めていく。

 しかしすぐに反対側から片方のノコギリ刀が滑り込んできた。

 それをカナセは右手の剣で渾身の力を振るって跳ね除ける。

 刃は弾き返され、ヤマブキの正面が一瞬、無防備になる。

「しめた! 脈煌侃流!」

 カナセは左腕の盾も突貫戟に変えた。

「以心斬撃!」

 相手と同じ二刀流になったカナセが踏み込む! 今度はヴァイハーンがヤマブキに斬り掛かった。

「喰らえ!」

 カナセが左で突貫戟を放つ。

 しかしコリンは右手に持つサーベルを舞う様に切り返すと、突き出されたカナセの左の突貫戟を簡単に弾き返した。

 一瞬、ノコギリの歯と光の剣がぶつかり合い火花を散らす。

「くそっ!」

 カナセは吐き捨てながら一旦引く。

「思ったよりも防御も厚い……。懐に入れない!」

 こちらが押し切れない事にカナセが焦る。それは少女の剣の腕前が本物である証だ。

「これは手強い。それに本当に攻撃が剣舞の様に綺麗だ……」

 確かに彼女の攻撃は流れる様でその上、力強い。

 戦っているこちらが見惚れるほど美しい。

「正に道場でしっかり習った優等生の剣だな……」

 だが太刀筋は美しければそれだけ動きが読みやすい。

 なら狙い目はそこだ。

「だったらこっちは喧嘩殺法でいくぜ!」

 ヴァイハーンはは一旦、ヤマブキから距離を取った。

 そして両掌を前に組んで人差し指を立てると速やかに「印」を結んだ。

「何をするつもりだ?」

 ヴァイハーンの動きが変わった事にコリンが勘付く。

「俺の攻撃が突貫戟だけだと思ったら大間違いだぜ!」

 そうカナセがコリンに言い放つと突然、印を結んだ両掌から火焔の渦が放たれた。

「マルケルス神技、魔炎功弾!」

 炎の渦はそのまま目の前のヤマブキに襲い掛かる。

「なっ!」

 突然現れた炎の渦を前にコリンが驚愕する。

 そして次の瞬間には立ち尽くしていたヤマブキの全身が炎に包まれた。

「うわああああああああああ!」

 炎を浴びせられたのと同時にコリンが声を上げた。

 炎はヤマブキを取り巻き、コリンから視界を奪う。

 しかし悲鳴を上げたのは妹だけではない。

「うぎゃあああああああああああああああああああ!! コ、コリン!」

 炎に包まれたヤマブキを見てそれを見守っていた親分の気も動転していた。

「たたたた、大変だぁ! コリンが焼け死んじまう!」

 ゼー・ジゴバが顔を引きつらせながらクレアに詰め寄る。

「おい、秘書さん、早くアレを辞めさせろ!」

「落ち着いて下さい、親分。あのマギアギアの装甲なら火炎放射程度では大丈夫なはずです!」

 クレアは錯乱するゼー・ジゴバを宥めた。

 実際、クレアが言った通りヤマブキの中のコリンに損傷はない。

 精々、炎によって視界を塞がれている程度だ。

 だがコリンが敵を見失った事実こそカナセにとって最大の狙い目だった。

「うりゃ!」

 火焔を放ちながらカナセが突進を開始した。

 突進は炎で相手を見失ったヤマブキに命中し、両者は激しい衝突を起こす。

 ぶつかり合いを制したのはカナセのヴァイハーンだった。

「きゃああああ!」

 金属同士が打たれた瞬間、ヤマブキはよろめき、中からコリンの悲鳴が聞こえた。

そこへカナセが次の攻撃を加える。

「超剛旋脚打!」

 左脚を軸足にしながらヴァイハーンの回し蹴りが飛んだ。

 怯んでいるヤマブキの腹に重い鉄槌が撃ち込まれると、女戦士型の美しいマギアギアは軽々と弾き飛ばされる。

 細身のヤマブキは無惨にも庭の上で転がされていった。

「よし、どうだ!」

 ヴァイハーンの中でカナセが得意げに叫んだ。

 これでヴァイハーンはヤマブキより優勢になる。

「痛たた……」

 転倒したヤマブキの中でコリンが呻く。

「何よ、あいつ……。こっちが火で前が見えないからって……」

 コリンは懸命に今も体に纏わりつく炎を払い除けようと躍起になる。

 一方、転倒したヤマブキを見てゼー・ジゴバは顔を真っ青に変えていた。

「はわわわ……」

「ちょっと、カナセ君! 子供相手にやりすぎよ!」

 泡を吹きながら卒倒寸前の親分の横でクレアがヴァイハーンに向かって叫ぶ。

 幾らマギアギア同士の戦いと言っても相手は年端の行かない少女だ。カナセの攻撃は大人げない。

 そんな中、炎を振り払ったヤマブキが健気にも起き上がろうとした。

「よ、よくもなったな……」

「ふ~ん、あれだけ受けてまだやろうってか……」

 カナセがつぶやくと、それを聞いたコリンがフラフラのヤマブキの中で吠える。

「このぉ~! 魔煌技でだまし討ちなんて卑怯だぞ!」

「戦いに卑怯もクソもあるか。それにお嬢ちゃんだっていきなり俺に切り掛かったじゃないか」

「最初にアタイはちゃんと名乗った! なのにお前はだまし討ち! やっぱり卑怯だ!」

「ああ、そうかい! 悪かったな、行儀が悪くって!」

 カナセはヴァイハーンを立ち上がったばかりのヤマブキに掴み掛かると、腰から密着させながら、くの字に曲げた左脚でヤマブキの下半身を一瞬で跳ね上げた。

 それはパンクラチオンにおける投げ技の一つで、柔道でいうところの「跳ね足」と呼ばれる技だった。

「うわっ!」

 技を掛けられたコリンが思わず叫ぶ。

 下半身を跳ね上げられたヤマブキの体は空中で反転しそのまま地面に落ちた。

「痛ててて……」

 土埃を上げながらヤマブキの中のコリンが呻く。

 しかしカナセの攻撃はこれからが本番だった。

 ヴァイハーンが左手でヤマブキの頭を掴むと今度は右手を大きく振りかぶって鉄拳を連続で浴びせた。

 ヤマブキが鈍い金属音を立てる度に装甲版に歪みが広がっていく。

「ふん、これだけ近いと得意の剣舞も宝の持ち腐れだな!」

 カナセが装甲を隔てながらコリンを笑った。

「こいつ!」

 形勢不利と見たコリンがヴァイハーンの左手を慌てて払い除けると距離を置こうとした。

 しかしカナセは逃がさない。直ぐに詰め寄って相手に反撃の隙を与えなかった。

「肉弾戦こそ我が本領!」

 そして再びヤマブキに詰め寄ると今度は肘打ちと短い蹴りで殴打を繰り返す。

「ふん、どうした? さっきの威勢はもう打ち止めか? そんな打たれっぱなしじゃ、ウラ鉄の奴等に勝てやしねぇぞ」

 カナセが殴りながら今度は逆にコリンを煽ってみせた。

「な、何だと? 言わせておけば!」

 ヤマブキはヴァイハーンの左腕を外そうとする。しかし左腕が離れる事はなくコリンは殴られる一方だ。

 そんなコリンにカナセは意地悪く言い放った。

「それによ、お嬢ちゃんに良い事教えてやる」

「良い事?」

「まず嬢ちゃんの剣技は綺麗過ぎる。そんなんじゃ場数を踏んだ敵と戦ったら簡単に動きを読まれちまうぞ。例えば俺みたいなんか強敵と戦った時にだ!」

 そう言いながらヴァイハーンはヤマブキの腹部を思い切り蹴った。

「ぐふっ!」

 衝撃を受けたヤマブキはヴァイハーンから離れ、勢いよく後ろへと吹き飛ばされる。

 倒れたヤマブキの背中が屋敷を囲む塀とぶつかった。

「うげっ! ごほごほ!」

 コリンの喉元で嘔吐の苦みが込み上げる。

「どうだ? 初めて味わうゲロの味って奴は?」

 蹴ったヴァイハーンからカナセの嘲る声が聞こえる。

「こんな、こんな事、勝ったと思うな……次こそは……」

 良い様に殴られた上にそんな侮蔑の言葉までコリンの瞳に涙がにじむ。

 そんなコリンを見てカナセは断言した。

「そうだ、それそれ。その「次こそは」って奴だ……。嬢ちゃん。本当は実戦で戦った事なんて無いんじゃないか?」

 ずばりカナセが言い放つとコリンは首を左右に振った。

「そんな事無い! 私だって……」

「じゃあ、勝ちが判ってる戦で、大兄様の後ろに付いて意気ってた程度か。違うかい」

 そう指摘されコリンが一瞬、言葉を失う。どうやら図星だった様だ。

「違う! 私は!」

 コリンは言葉少なげに否定する。

 しかしカナセは続けた。

「剣技だけじゃない。嬢ちゃん、今、滅多打ちにされて悔しいだろ? もう負けだと思ってるだろ? 負けたから次は勝つなんて考えてるんじゃないか? そんな事を考えるのは武道家の発想だ」

「何だと?!」

「本当の戦士ならそんな事は考えない。どんな時でも勝つ方法を探し続ける。だがそれでも敵わないって判ると今度は逆に生き残る方法を考えるもんさ。例えば逃げる事を考える。どんなにかっこ悪くてもな。それは負けを認めた瞬間、諦めた瞬間、そこで全部、終わりだって事を知っているからだ。負けて悔しいから次は勝つなんて甘い事は絶対に考えない!」

「……」

「それとだ。嬢ちゃんに大兄様が本当は何に悩んでいるか教えてやる。それはジゴバ一家がファイタスの旗の下で戦わない本当の理由だ。最初、俺はファイタスの方針と親分の考えが合わないからだと思った。けど嬢ちゃんと戦ってんそれは思い違いだったと判った。真実は何て事は無い、ジゴバの兵は兵にあらず! ここの兵隊は根本的に弱いんだ。嬢ちゃんと一緒でな。結局、ヤクザ者の寄せ集めばっかで弱い者いじめが精一杯。真面な軍隊相手には太刀打ち出来ない。それを親分が知っている。だから表立って戦わないんだ」

 カナセは不躾に断言した。

 するとコリンは顔色をみるみる真っ赤にした。

「カナセ・コウヤ!! 取り消せ! その言葉、今すぐ取り消せ! アタイの事は何を言っても構わない。けど大兄様や戦っているみんなの事は悪く言うな! 私を庇って足を無くしたホルン兄様の事は悪く言うな!」

「ふんっ! 嫌なこった。それでも悔しいと思うんなら今すぐ立ち上がって戦ってみせろ! 次の事なんか考えず、本気でぶつかってみせろよ!」

「言ったな! だったらアタイの本気を見せてやる!」

 そうコリンが叫ぶとヤマブキに装備されていた発煙装置が作動した。

 カナセの目に前で煙が充満するとヤマブキは立ち上がりカナセの前から姿を消した。

「なにっ!」

 危険を察知したカナセがその場から後退する。

 一方、煙の向こうから喚き散らすゼー・ジゴバの声が聞こえる。

「止めろ、コリン! もうお前の負けだぁ~」

「違う! アタイはまだ負けてない!」

 声を上げる長兄を妹は一喝した。

「さあ、これからがアタイの本気だ!」

 ヤマブキを立ち上がらせたコリンが魔煌技を詠唱した。

「我が最大奥義で一気にケリをつけてやる!」

「奥義だって?」

「その真っ赤な目ん玉でしっかり見てな!」

 やがて煙が晴れるとヤマブキは両腕を後ろに曲げながら立ち尽くしていた。

 その際、二本のサーベルを背中に回している。

 そしてヴァイハーンを見つけると周囲を囲む様に駆け出した。

「しまった、距離を……」

 取られれば戦いはヴァイハーンの不利になるのは今までの戦いで明らかだ。

 同時にコリンの戦闘スタイルが変わった事にも気付く。

 先ほどより更に間合いが遠い。

 それどころか庭から離れ、屋敷を囲む塀の上に飛び乗った。

 直後にヤマブキの両腕が目にも止まらぬ速さで動き出すと「何か」がヴァイハーン目掛けて襲い掛かって来た。

 一瞬で構えていた光の剣と盾が砕け散る。

「なっ!」

 異変に気付いたカナセが慌てて動き出す。

 間違いない、コリンは攻撃を仕掛けて来た。

 そんな中、ヤマブキの周囲の空間で一瞬、魔煌の光が瞬くのが見えると、空中でうねうねと動く長い物体が第二波を攻撃して来た。

「うわっ!」

 衝撃を浴びた途端、カナセが叫んだ。

 長い物体がヴァイハーンへと伸びると装甲を削り始めた。

 それはまるでヤマブキの背中から生えた二本の蛇だ。

「うわあああ!」

 第三波がヴァイハーンの両肩の鎧を剥ぎ取った瞬間、コリンの声が聞こえる。

「どうだ! 思い知ったか! これこそコリン・ジゴバの最大奥義、ツインコイルショットだ!」

「ツインコイルショットだって?!」

 カナセは息を飲む。

 するとコリンはヤマブキの動き止め、堂々と自分の攻撃を明かしをした。

 確ヤマブキの両腕の先には二本の銀色の鞭が伸びていた。

 それは先ほどの履帯から出来たサーベルを魔煌技で更に変化させた鋼鉄製の鞭だった。

「さあ、種明かしはここまでだ!」

 コリンの合図と共に両腕がまた動き出す。

 両腕の凄まじい高速運動によって双竜の鞭は中空で姿を消すとヴァイハーンに四度、襲い掛かった。

鞭がしなりヴァイハーンの装甲板が自在に動く切っ先によって再び削がれていく。

 装甲車を包む鋼の鎧は脈動する双胴の竜の攻撃に脆くも崩されていった。

「どうだ! 参ったか、カナセ・コウヤ! 降参しろ! 今なら謝れば兄様達を侮辱した事を許してやる!」

 それはコリン・ジゴバからの最後通告だ。

 だがカナセはこれ以上の攻撃を受たれまいとその場から走り出す。

「逃がすか!」

 コリンも塀の上を走って追跡する。

 カナセは地面を蹴るとコリンと同じ屋敷を囲む塀の上に飛び乗った。

 コリンは同じ塀の上に乗ったヴァイハーンを執拗に鞭で責め立てる。

 屋根瓦の上は途端に二体のマギアギアの戦いの場となる。

 しかし同じ土俵に乗った事が仇となった。

 見晴らしが良くなったうえに真っ直ぐな堀の上では左右に逃げ場を無くし、動きが読まれてしまう。お陰で形勢はカナセのの方がすこぶる分が悪い。

「こりゃイカン!」

 カナセは慌ててヤマブキに背を向けると塀の上を走って逃げた。

「待てぇ! 逃げるなぁ!」

 それをコリンが剣を振るって懸命に追いかける。

 お陰で二人の戦いは余すことなく屋敷の人々の知る所となった。

「なんだ、なんだ?!」

「コリン様のヤマブキが戦ってるぞ!」

 お陰で騒ぎは拡大し、櫓の上の衛兵がヴァイハーンを侵入者と誤解し、機関銃を発砲して来た。

「うわああああああああ!」

 これにはカナセも慌てふためく。まさか、櫓に向かって反撃する訳にもいかない。

 仕方なくカナセは塀を飛び降り、屋敷の外に出てしまった。

 一方でコリンのヤマブキも屋敷の外へと飛び降りた。二騎のマギアギアが外の通りの上で対峙する。

 いつの間にか櫓からの銃撃は止んでいた。どうやらホルンが屋敷の警備部に連絡してくれた様だ。

 カナセはヤマブキを注視する。あの変幻自在な鞭の動きは今も健在だ。

「成程、確かにやっかいな攻撃だ。特に早すぎて目に見えないってのは困りものだな」

 しかし色々見定める事で判ってきた事が幾つも見つかった。

 先ほどから装甲を削るばかりて威力の方はそれほどでもない。恐らくサーベルで切った方が破壊力はあるのではなかろうか。

 それにこちらから間合いを遠めに取っているのは、ヴァイハーンからの肉弾戦を恐れただけではない。鞭を振るう為の可動範囲が必要な為だ。

 ならば敵の懐に飛び込めば……。

 カナセはヴァイハーンをヤマブキに突進させた。

「ここで勝負だ! コリン・ジゴバ!」

 カナセが地面を蹴りながら叫んだ。

 その光景にコリンがニヤリと嗤う。

「望む所だ! だが懐に飛び込めば勝てると思ったか!」

 その瞬間、鞭の先端が煌気の力で急激な方向転換を行い、左右からヴァイハーンに襲い掛かる。

 それをヴァイハーンの両腕から同時に光の盾が発生し双胴の竜を受け止めようとする。

 だが空しく、双胴の竜の首が光の盾を打ち破り両前腕に食らいついた。

「掛かった!」

 叫んだのはカナセだった。突き刺さった切っ先は前腕の中で動きを止める。

 両腕のガードはまさしく二つの切っ先を止める為の術だった。

 後は攻撃手段を失ったヤマブキの懐に飛び込むだけだ。

 しかしコリンはカナセ以上に高笑いを浮かべた。

「あははははははは! そんな手は双鞭使いの間では想定内よ!」

 そうコリンが答えた瞬間、刺さったままの鞭の先端がわざと外れた。

 元がハーフトラックの履帯だった為に出来た芸当だ。

 そして首を失った双鞭は再び自由を得る。

「いくぞ、カナセ・コウヤ! 目にもの見せてやる!」

 更に双鞭は突進してくるヴァイハーンに向かって左右から円を描く様に取り囲もうとした。

 ヴァイハーンは周囲から双鞭にぐるぐる巻きに取り包まれていく。その鉄の鞭の腹には履板から生まれたノコギリ刃が青く光っていた。

「デス・コイル・スパイラル!」

 コリンの本当の奥の手が放たれる。刃の鞭に締め上げられれば例え鋼で出来た闘神でも切り刻まれるのは必至だ。

「大変! このままじゃあ!」

「うわあああああ! 止めろ、コリン! 止めるんだ!」

 その光景に追いかけて来たクレアと長兄がそろって声を上げた。

 このままではコリンがカナセを本気で殺す事になる。

 だがそんな窮地の中でもカナセは不敵に笑う。

「ああ、認めてやる。嬢ちゃんは強いよ。俺がここまで追い詰められたんだ。実力が認めてやる。けど勝つのは俺だ!」

 そう答えるとカナセはヴァイハーンを突然、四輪装甲車に変形させた。

 人型から車に形が変われば車高も変わる。

 闘神を切り刻もうとした双鞭は獲物を見失い失い輪を空しく狭めていくだけだ。

 その隙にカナセは装甲車のアクセルをいっぱいに踏んだ。

「行けええええええええええ!」

 装甲車は地を這いながらそのままヤマブキに向かって突進してく。

「なに?!」

 マギライダーなら最後までマギアギアで戦うはずだ。

 そのコリンの思い込みが挫かれた。

 それに気付いた時には既に装甲車の質量がヤマブキと衝突していた。

 装甲車からの正面衝突という単純極まるエネルギーを浴びた瞬間、ヤマブキはそのまま弾き飛ばされた。

「キャアア!」

 突然、目の前がぐらつきコリンが悲鳴を上げた。

 そこへヴァイハーンが間髪入れず変形を闘神に戻すと転倒したヤマブキに飛び掛かり馬乗りになった。

 右腕には既に突貫戟が発動していた。

 女戦士のマギアギアの首が撥ね飛ばされる。

 その素早さにコリンに反撃の暇はない。

 そしてその瞬間、カナセとコリンの戦いの勝敗は決した。

「……」

 余りにも呆気ない。

 そんな敗北した事実を前にコリンはヤマブキの中で茫然としていた。

 見上げると首の無くなったヤマブキの操縦席の頭上から青空が見える。

 その青空を覆い隠すようにカナセ・コウヤが顔を覗かせた。

「よお、大丈夫か?」

カナセが心配気に訊ねる。しかしコリンは答えられない。

 それでもカナセの行為が戦いの終わりを示す事くらいはコリンにも理解できた。

 奥の手であったはずのデス・コイル・スパイラルを外されてから、あっという間の出来事だった。

 圧倒的に優位だったのは自分だったはずだ。

 一方、相手は大技を使った訳ではない。なのに自分は最大奥義を外された挙句、いつの間にか優位は覆され、気が付いたら倒されていた。

 まるで手品にでも掛けられた様な完敗。その事実を前に言葉も出ない。

 やがてカナセの顔を眺めながらやっとの思いでコリンが答えた。

「何よ……笑いたければ笑えば良いじゃない……」

「心配してやってるのに、その言い草は無いだろ?」

 そう言いながらカナセは肩を竦める。

 首を跳ねられたヤマブキの傍にはボロボロになった4輪装甲車が停まっていた。

 正直、被害の度合いでいうならばカナセの方が酷かった。

「でも負けは負けだ……アンタの勝ちは認めるよ、総統閣下」

 操縦席から這い出たコリンがしょぼくれて肩を落とす。

 それを見てカナセが言った。

「いいや、こっちだってギリギリだったよ。このまま戦いが続いて居れば負けてたのは俺だった。それとさっき言った事は全部、取り消すよ。悪かった、ここにも正真正銘ツワモノが居る」

「カナセ・コウヤ……」

 そうカナセが賛辞を送るとコリンから溜息が漏れた。

「恐らく、きっと、たぶん……それはお世辞だ……半分くらいは」

 先ほどの戦いでそれが身に染みるほど判ったからだ。

 そんな中、二人の前にゼー・ジゴバとホルン・ジゴバが駆け寄って来た。

「コ、コリン! け、怪我は……」

 ゼー・ジゴバが心配の余り慌てふためき妹の肩を抱く。

 だがそんな長兄を尻目に次兄が妹の前に迫ると、そのままコリンの頬を引っ叩いた。

「ヒィ!」

 殴られた妹を見て長兄が引きつった悲鳴を上げる。

 一方でコリンの小さな体は紙の様に吹き飛ばされ、地面の上に転がされた。

「この恥知らず! 総統閣下に何かあったらどうするつもりだったのですか! この方は私たちの恩人でもある方なのですよ!」

 ホルンの怒りはひと通りでは無かった。

 その次兄からの叱咤にコリンは素直に答えた。

「ごめんなさい……」

 コリンに先ほどの様な元気は無い。次兄に殴られて本当に反省している様だった。

 一方、ふたりの間で長兄はおろおろするばかりだ。

 そんな兄妹達を眺めていたクレアとカナセが一瞬、唖然とした。

 そしてお互い揃ってほくそ笑む。

 妹に対して長兄の方はとことん甘く次兄の方は毅然として厳しい。

 そんな意外な三人の関係に、ふたりは家族というものは他人が思うより上手く出来ているものだと感心した。

 一方で気を取り直した三兄妹は揃ってカナセと向き合う。

「カナセ・コウヤ。本当に申し訳なかった、この通り謝る。俺の顔に免じて妹の悪さを許してやってくれ」

 ゼー・ジゴバは深々と頭を下げた。それに対してカナセはこう答えた。

「別に親分を責める気なんてないよ。さっきも言った様にこれは俺とコリンの間の事だ。親分もジゴバ領も総統も関係ないさ。最初から許すも許さないもないよ」

「しかし……それじゃあ、面目が立たねぇ」

「そんな悩む事なんて無いのに……。それよりも爺様との話はどうなんだ? 俺にとっちゃ、そっちの方がよっぽど大事な話なんだけど」

「それこそ、おいそれと決められねぇ。話がどっちかに転がるかでここの将来が決まっちまうんだ」

「ならアンタ、個人の気持ちはどうなんだ? ゼー・ジゴバ」

「俺は聞いてやっても……なに、言わせやがる! そんな事、交渉相手の前で言える訳無ぇだろ!」

 ジゴバは言いかけた言葉を飲み込むと、何も無かった様に否定した。

 しかしそれをカナセは見逃さない

「いいや、確かに聞いたぞ。親分は俺に味方してくれてるんだな?」

「知らねぇ! そんな事、俺は知らねぇ!」

 そう言ってジゴバが意地を張って誤魔化し続けた。

「まあ、良いさ。親分の本音がちょっと見えただけで収穫はあったよ。なら来週までに何か答えを出してくれ。期待しているぜ」

「判った。何とかする……。所で、ひとつ言いたいんだが」

「何だよ、改まって」

「コリンの事だ」

 ジゴバはコリンの方を見た。コリンはホルンの横で頭を垂れたままだ。

 赤くなった頬を見てクレアがハンカチを渡したが、妹は受け取りもしない。

「やはりけじめは必要だ。こうなったら煮るなり焼くなりお前の好きな様にしてくれ」

 ジゴバの言葉にカナセは少し考え込む。やはり何かここで決めなければ親分の腹の虫が収まらない様だ。

「じゃあ、判った。親分、今からコリンを追放しろ。俺の許可が出るまでこのジゴバ領の土を踏ませるな」

それは予想に反して重い判決だった。

 カナセの決断に長兄とクレアが一瞬、戸惑う。

「カナセ君、それは幾ら何でも……」

 しかしカナセの決定は覆らない。

 一方の長兄も一度、次兄に目配せして意見を伺う。

 次兄は何も言わずに頷くと長兄は再びカナセと向き合った。

「いいや、判った。カナセの言葉に従う。コリンを放逐する。いいな、コリン。これがけじめだからな……」

 ジゴバがコリンに向かって叫んだ。それを聞いたコリンは子供とは思えない低い声で答えた。

「いいよ、ジゴバ家のけじめだ。今からアタイはこの……ジゴバ領を出てく……」

 コリンの声は最後には涙声に変わっていた。

 放逐と言う沙汰は流石にショックだった様だ。

 そして妹の横で長兄も泣きそうになる。

 可愛がっていた妹への処罰に本人も胸が張り裂けそうだ。

 そんな彼女に向かって今度はカナセが近づいた。

「おい、コリン。お前、随分とあっさり答えたけど行く当てはあるのか?」

「そんな事……。アンタには関係ない」

「本当は家から出た事なんて無いんじゃないか?」

「だったら何さ……」

「じゃあ、物は相談だ。ウチに来いよ。ここに居るクレアの内弟子になって働いてみないか?」

「ええっ!」

 カナセの言葉にそこに居た全員が声を上げて驚いた。

「丁度、ウチも人手が足りてないんだよ。お前の様な優秀な魔女が居てくれたら随分と助かる。そうだろ、クレア?」

「ちょっと、カナセ君! 本気で言ってるの?」

「本気も本気さ。後はクレアがうんと言うかどうかだ」

「それはそうでしょうけど……」

 確かに総統として動き出したカナセの周囲は少々人手不足だった。優秀な人材なら子供であっても欲しいのが本音だ。

「けど、私に弟子なんて……」

 無論、クレアは今まで弟子を取った経験はない。

 なのにいきなり弟子を取らされて一人前の魔女として育てられる自信など無かった。

 だが今、ここでクレアがNOを突き付ければコリンは行く当てを失う。

「判ったわ。この子を内弟子にします」

 クレアは内弟子の件を承諾した。覚悟を決めれば決断も早い。そしてコリンにこう言う。

「でもね……最後に決めるのはコリンさん、あなたよ。勿論、私は無理強いはしないわ。他に行く当てがあるのならそっちに行けば良いし、あなたの自由よ」

 クレアはコリンの顔色を伺う。コリンは悩んでいる様で一度だけ二人の兄の方を見た。

 次兄はゆっくりと一度だけ頷き、長兄は何度も何度も首を縦に振った。

 弟子入り先がクレアの下なら、是非そうしてもらえ。兄達の瞳がそう訴えている。

 そんな兄達の態度を見た後、コリンはクレアに訊ねた。

「アンタ、ヨシュアでは有名な魔女なんだろ?」

「どちらかに拠るけども、それなりに名が知れている自負はあるわ」

 そう言いつつクレアは心の中で祈った。どうか空爆のほうではなく薬の方で知られていて下さいと。

 しかしコリンはどちらとも答えない代わりにこう答えた。

「いいよ。アタイ、アンタの弟子になる。そうなったらアタイは今日からヨシュアの有名な魔女の弟子だ」

「なら私の手を取って。簡単だけど子弟の契りを結びます」

 そう答えるとクレアは腰を下ろしたコリンに手を差し伸べた。

 コリンはクレアの手を取り手の甲に唇を付けた。

「……そういう事だ、ゼー・ジゴバ。文句無いよな」

「ああ、コリンが自分で決めた道だ。喜んで送り出してやるよ。それに師匠が高名なヨシュアのくぅ~薬の魔女、クレア・リエル様ならこっちは大々歓迎だ」

 そう言って口元に歓迎の笑みを浮かべた。

 結局、今回のゼー・ジゴバとの会談で何かが決まる事はなかった。

 しかしその代わりにカナセは新しい仲間を得た。それはなにものにも代えがたい収穫だった。

 次の日の朝、カナセ達がジゴバ領を出る時が来た。

 それはコリン・ジゴバにとっても故郷を離れる別れの朝でもあった。

 当然、乗って来たバンの乗客は二人から三人に増えていた。しかし問題はバンの荷台に乗せられた荷物の量だ。

 荷台には隙間なく荷物が積み込まれていた。それらはカナセ達への土産ではなく、ここを離れるコリンの引っ越し荷物だった。

 それどころかコリンの出発には次兄以下、集まれるだけの親族や舎弟、使用人達が集まって、彼女の出発を見送った。

 皆、離れ離れになる彼女を思い涙を流す。

 とても追放される少女の見送りには思えない。

「コリン、これは弁当です。後でお師匠様と召し上がりなさい」

「お嬢、これ俺達で買ってきたお菓子です。口寂しい時に食べて下さい」

「コリン様、これウチで摘んだお花です。向こうに着いたら花瓶に生けてあげて下さい」

「これ私が作ったぬいぐるみ。さみしかったら抱いて上げて……」

 誰もが愛するコリンの別れを惜しみやさしい声を掛ける。

 そんな見送りに対してコリンは気丈にもひとりひとりに笑顔を振りまいていった。

 まるでお祭りの様な絢爛な少女の門出。見送る人も無く住んでいた家を燃やして旅立った少年の時とは雲泥の差だった。

「もう良いのか、コリン」

「うん。いいよ、カナセ。出して」

 やがて人波が途切れるとカナセがマギモータのコアを発動させた。

 バンが走り出すとジゴバの屋敷が徐々に遠のいていく。

 そして小さな丘を一つ越えた所で見えなくなった。

「ところでお前の大兄様の姿は見なかったな……」

「そうだね。多分、追放した手前、表に出られなかったんだと思う」

 そう答えるコリンの表情が寂しそうに映る。

「でも、表立って言わなくてもあなたの旅の無事を祈ってらっしゃるはずよ」

 師匠となったクレアがコリンをやさしく慰めるとコリンも小さくうなづいた。

 そんな時だった。カナセが前方にあるものを見付けた。

「何だ、ありゃ?」

 ハンドルを握りながらカナセが思わず叫ぶ。

 それを聞いてコリンとクレアも揃って窓の外を注視した。

 そこには道端に並ぶ男達の一団があった。一人一人が幟を掲げ懸命に振っている。

 幟にはどれも「祝! コリン・ジゴバ出立!」という文字が記されている。

 一団がコリンの乗るバンを見つけた時、全員が声を合わせて力いっぱい叫んだ。

「コリン様、バンサーイ! バンサーイ! バンサーイ!」

 それは紛れもなくコリンを見送りに来たジゴバ一家の連中だった。

 その一家の中央、ひとり腕を組んでこちらを見つめる禿げ頭の大男が居た。

 ゼー・シルバ本人だった。長兄が見送りに来てくれた事実にコリンの胸の奥が熱くなる。

「大兄様!」

 バンが兄の前に差し掛かった時、車の窓から妹が叫んだ。

 そんな妹の声に、それまで黙り込んでいた兄の目から大粒の涙がぽろりぽろりと零れ落ちていった。

 そして感極まって泣き叫ぶ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! コリン~!!」

 咆哮を上げた直後、長兄が感極まって走り出した。

「コリン! コリン! コリン! うわあああああああ~」

 ゼー・ジゴバは号泣しながらバンの後ろを追いかけた。それに釣られてジゴバ一家の連中も幟を棚引かせながら親分の後を追う。

「コリン様! コリン様! コリン様! コリン様! コリン様! コリン様!」

「コリン! コリン! コリン! コリン! うあぁああああああああああああぁ……」

 むさ苦しい男達の一団が小さなバンを追い続ける。

 そして先頭の大男の足がもつれた途端、道の中で転んだ。

 転んだ男に釣られた後ろの集団も次々と転倒する。

 そんな男達に向かってコリンは何時までも手を振り続けていた。

「みんなー! きっと今より強くなって戻って来るからねー!」

 コリンが愛しい人々に最後の別れの挨拶をする。

 それをミラー越しに眺めていたカナセがアクセルを踏んだ。

 泣き叫ぶ男達の姿を前に思わず怖くなったからだ。

 やがてジゴバ達の姿も見えなくなるとカナセが安堵の溜息を吐く。

「あ、愛されていて何よりだな、コリン?」

 カナセが苦笑いを浮かべて問い掛けるとクレアも笑った。

「それは、もう。ジゴバ領のお嬢様ですもね」

 一方でコリンはいつまでも後ろを眺めていた。

 故郷の姿を忘れない様に目に焼き付けるつもりでいたのだ。

 一週間後、ジゴバ領からファイタス総統の所にゼー・ジゴバがやってきた。

 彼は一通の書簡を携えていた。それはジゴバ一家が正式にファイタスの一員とし参加する事を記した協定書だった。


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