第6話 ジゴバの跳ね駒 前編
カナセの総統就任宣言はロータス全土を騒然とさせた。
その反応を受けカナセは次の仕事に移る。
二日後、ジゴバ一家の勢力圏であるロータスの北東、ニライカ州、州都ジゴバードへと赴いた。
目的はジゴバ屋敷でゼー・ジゴバと会う為だ。
当初は護衛にデニスとメイヴィスが就く予定だったが大仰にしたくないという理由でクレアだけを伴う事にした。
到着すれば相変わらず城郭の様な屋敷だった。
大層な門構えを潜ると二人は屋敷の奥へと通された。
奥座敷の畳敷きの上ではひとり、ゼー・ジゴバが待って居た。
彼は以前の色黒の大男のままで髪の無いスキンヘッドも変わりなかった。
「久しぶりだな、親分」
「そっちも変わりないようだな、カナセ・コウヤ」
互いが挨拶を交わすと親分の興味はすぐに横に居る金髪碧眼の魔女に向く。
「そちらが例のヨシュアの魔女さんかい?」
「クレア・リエルと申します」
正座姿も様になる美しき魔女にゼー・ジゴバは高揚する。
「うへへ、こりゃ噂以上の別嬪さんだ……」
「俺の秘書をやってもらってる」
「美人の秘書さんが付きっ切りか。羨ましいねぇ~」
クレアを眺めながらジゴバが嬉しそうに笑う。
しかし再びカナセの前で胡坐を掻くと何時になく生真面目な表情を向けた。
「前にも言ったはずだ。ゴッペルのジジィには気を付けろってな。それとも、もう忘れちまったのか?」
「忘れてなんてないさ。むしろ先に親分が教えてくれたから俺にも考える時間が出来た」
「ならどうして?」
「俺の中の気持ちが変わったんだ。今はこの国の人達の為に戦いたい」
「何が遭ったんだ? そんな心変わりをするまで」
「ある日、ひょんな事から二人の女の子に会った。俺はその子達と友達になった。けどその子達はウラ鉄の兵士だった。俺はその子達と戦って二人とも殺した。終わった後、死ぬほど後悔したよ……。だから思ったんだ。こんな嫌な思いを終わらせるにはロッゾ・カルをこの手で倒さなきゃいけない」
「それで総統閣下になった訳か……。お人好しの大馬鹿だよ、お前は」
「肝に命じておくよ」
「もう手遅れだよ。総統になった音でお前はロッゾ・カルに喧嘩を売ったんだ。どちらかが死ぬまで奴と戦う事になるぞ」
「どの道そうなる。もう逃げ回っているだけじゃ駄目だって事は判ってるんだ。だったらダラダラ逃げるんじゃなくさっさと終わらせる。早けりゃ、それだけ犠牲は少なくて済むからな。その為にはこのファイタスをもっと強くする必要がある。俺が神輿になる事で強くなるなら安いもんさ」
「満更、大馬鹿って訳でもなさそうだ」
「親分にそう言って貰えて嬉しよ」
「勘違いするなよ。大馬鹿が馬鹿に変わっただけだよ」
「なら馬鹿に上がった所で言わせてもらうよ。ゼー・ジゴバ、ファイタスと一緒に戦ってくれ。俺とアンタが組めばファイタスはウラ鉄と真正面から戦える」
「お断りだ」
ジゴバは即答した。その声は厳しく表情は頑なだ。
「土地が接収されるのが嫌なら俺が一筆、書いても良い。ジゴバ領には一切手を付けないって約束の書面をな。今の俺のサインならファイタスの勢力範囲内では完全に効力を発揮するはずだ」
そうカナセが返すとクレアに目配せした。
「もう書類は用意してあるんだ」
クレアは持参したカバンから書類を取り出すと丁寧に座敷机の前に置いた。
「ご覧下さい。ジゴバ様」
「用意が良いこった……」
ジゴバが書類に目を通すと書面の下には既に総統カナセ・コウヤの直筆のサインが刻まれていた。
彼は文面を丹念に読み上げた後、カナセに訊ねた。
「この約束を66のジジィ達は?」
「知らないはずだ。ここに居る三人以外は……」
「ジジィ達が怒るぞ。そんな勝手は」
「構わないさ。大事なのはウラ鉄を倒す事、それだけだ。その為には俺はアンタをファイタスに完全に引き込みたい。逆にアンタは戦いが終わった後もファイタスからの独立を守りたい。だったらこうするのが最適解だ。もっとシンプルに行こうぜ」
「シンプルは結構だが、結局はウチは総帥の指揮下に入るって事だよな」
「俺が存在する目的はファイタスを一本化して強い塊にする事だ。入るんなら、それは覚悟してもらいたい」
「若造の総司令官の下にか?」
「若造の総司令官の下にだ」
「ふむ……」
先ほどの厳しい顔つきとは対照的に今度は思慮深い表情を浮かべる。それはカナセの説得に心を動かされている兆候だ。
しかし幾ら時が経ってもゼー・ジゴバからは答えが返って来ない。
当然だ、彼の肩には一族とその部下達、大勢の生命と財産が乗り掛かっている。
それに親分としての面子もある。
おいそれと返事が出来る訳ではない。
「爺様に相談してくる。暫く時間をくれ。もしかしたら人を集めにゃならんかもしれん」
そう答えるとゼー・ジゴバは立ち上がり座敷から出ていった。
親分が席を立ったのと入れ違いに襖の向こうから義足の美青年が現れた。
「お久しぶりです、カナセ様」
青年は二人の前で丁寧に会釈する。彼の完璧な立ち振る舞いに一瞬、クレアが息を飲む。
「久しぶり、ホルンさん。クレア、紹介するよ。ジゴバ親分の弟さんでホルン・ジゴバさんだ」
「初めまして、ホルンさん」
「以後お見知りおきを」
カナセ達はホルンによって廊下で繋がった奥の離れへと連れてかれた。
奥の離れも畳の間だった。部屋の外には縁側があり庭へと繋がっていた。
「御用の際は、こちらの内線でご連絡ください。私共が駆け付けます」
ホルンが消えると見計らってクレアが長い脚を畳みの上に放り出した。
「ああ~ん! 足が痛ぁ~い!」
流石の薬の魔女も慣れない正座がよほど堪えたのか思わず声を上げた。
そして指先でふくらはぎのマッサージを何度も繰り返す。
「こんな所で大昔のジャーパン座りをさせられるなんて思ってもいなかったわ!」
「足がビリビリするかい?」
「さっきからしっぱなしよ! 離れに来る時、何度転びそうになったか……。カナセ君は大丈夫なの?」
「ああ、俺は胡坐を掻いてたから、そんなに辛くないよ。クレアもそうすれば良かったじゃないか」
「女の子が出来る訳無いでしょ! そんな事したらスカートの中が丸見えじゃない!」
「けど、そうした方が親分との交渉は円滑に進んだかもだよ」
「ふん、カナセ君のいけず!」
カナセの冗談にクレアはむくれる。
「でも、あんな物腰の柔らかな人も居るのね」
クレアが感心したのはホルンの事だ。
「まあ、ホルンさんには俺も驚かされたよ。ジゴバ一家がそこいらのヤクザ者と一線を画す所以だな」
外を眺めると塀の内側には広大な駐車場があり数台の装甲車が止められていた。
だが駐車場の方々には植栽を撤去した後が幾つもある。
以前は庭木でも植えられていた美しい庭園だったはずだ。
「嫌だね、戦争は。ここにあった小さな憩いまで取り上げちまうんだからさ……」
カナセは出された茶菓子を摘まみながら肩を竦める。
「ところで、カナセ君。親分はどうするつもりだと思う?」
クレアが聞いて来た。
「俺の予想では折れてくれると思うよ。爺様に相談するってのは要するにそういう事だ」
「手応えあり?」
「勿論、思ってた通りさ」
「自信満々ね」
「けど就任式の日に顔を見せてくれなかった時には正直、どうしようかと思ったよ」
「それは仕方ないわ。親分さんにも面子があるでしょうし」
「それを翻すって事はゼー・ジゴバの中にもあるんだよ。このままでは先がないって思いがね。恐らく内戦が長引いてジゴバ領も苦しいはずだ。ここの領内を通った時、働いているお百姓さん達、見たろ? 皆、クタクタだった」
「確かにそれは思ったわ。まだラッツ村や森の外の町の人達の方が元気があった感じだもの」
「だから最終的にこっちの思い通りにはなるさ。時間は掛かるだろけどね」
「なら後はあちらの出方次第って事ね」
「まあ、慌てることはないさ。きっかけは作ってやれたんだ。果報は寝て待てってね。俺達はゆっくり待たせてもらおうぜ」
そう言いながらカナセは思わず欠伸をした。
だがそんな時、襖の向こうから引きつった女の声が聞こえた。
「待たせてもらうだと? そうは行くか!」
すると突然、襖が中央でパンと開くと腰まで届く長い黒髪の少女が現れた。
ワンピース姿の少女は腰から二本のサーベルを下げ、その浅黒い肌の中から望む眼光は豹の様に鋭い。
「アタイの名はコリン・ジゴバ! ゼー・ジゴバの妹! 大兄様を惑わすカナセ・コウヤはお前か?!」
「はい、そうですか……」
名乗りを上げた少女の問い掛けにカナセは思わず返事をする。
「ならばインドラの神に代わって成敗する!」
少女は不躾に部屋の前に現れた理由を述べると、腰に下げた二本のサーベルを同時に抜いた。
「天誅!」
そして掛け声と同時に切り掛かる。
サーベルは瞬時に魔煌の光によって青く輝いた。
「あれって、もしかして……」
最初に危険を察したのはクレアだった。
「たぁ!」
その直後、掛け声も勇ましく少女の二刀流が袈裟懸けに襲い掛かる。
「危ねぇ!」
カナセが慌てて飛びのくと、二本の真剣は畳敷きの床を土台ごと切り裂いた。
その切れ味にカナセとクレアは度肝を抜かれる。
「カナセ君、逃げて!」
「もう、逃げてるよ!」
クレアの叫び声に従うまでもなく、カナセは一目散に縁側から庭へと飛び出した。
「逃げるな! カナセ・コウヤ!」
逃げるカナセを少女も躍起になって追い掛ける。
「カナセ君! キャ!」
クレアがカナセの後を追い掛けようとする。
しかし正座をしていた足が痺れたままで立った途端、その場にすっ転んだ。
「あ痛たたた……」
クレアが倒れたままうめき声を上げる。これではカナセを助けるどころではない。
一方で、庭に逃げたカナセだったがコリンの素早い動きの前に瞬く間に追い付かれる。
そして再び二本の剣に襲われた。
「障壁!」
堪らずカナセが魔煌障壁を展開させた。
だが光の防御はサーベルが触れた途端、瞬く間に砕け散る。
「うそっ!」
「ふんっ!」
光の盾を失って唖然とするカナセを見て少女は得意げに鼻で笑う。
「でえええええええい!」
勢いに乗って少女がサーベルで切り掛かる。
仕方なくカナセは後ろに飛んで逃げる。それ以外に手立てがない。
「クソ! 何だって言うんだ!」
突然の強敵の出現にカナセが憤る。
そんな二人の攻防をクレアはただ見守るしかない。
「あの剣の切れ味、間違いなくインドラ系による魔煌剣技だわ。それもあんな小さな子が使いこなせてるなんて……」
クレアの目には目の前の少女が妹のミリアより年下に見えた。
なのにその腕前で歴戦の勇者であるはずのカナセを翻弄している。
「これがジゴバ領の戦士の実力って事?」
クレアはジゴバ領の魔煌士の奥の深さに思わず舌を巻いた。
「ふんっ! 何時までも逃げられると思うなよ。魔女の弟子!」
そんな少女はカナセに向かって高慢ちきに言い放つ。
「クソッ垂れめ……脈煌侃流!」
カナセが両腕に魔煌障壁を発動出せると右腕を突貫戟に変えた。
そして左腕に丸い盾を展開させる。先の就任式でも使った盾と剣の戦闘スタイルだ。
「ふん、ちょっとは出来るようだな。けど、そんなへっぴり腰の構えでアタイに勝てるかな?」
「コ、コリン! 貴女、何をしてるんです!」
コリンがカナセを嘲っているとクレアの背後から聞き覚えのある声が聞えた。
振り向くと義足の美青年が驚愕した表情で立ち尽くす。
「ホルンさん! これは一体!」
クレアのホルンを非難する声が響く。
「申し訳ございません! 妹がご迷惑をお掛けしまして……」
彼女がジゴバ家の息女である事は本当の様だ。
そんな妹の狼藉にホルンは平謝りするばかりだ。
「そんな事よりも、あの子を早く止めて!」
クレアが思わず少女を指差す。だがその頃には両者による斬り合いが始まっていた。
少女の変幻自在の剣捌きがカナセを襲う。
右から左、上段から振り下ろされたかと思うと今度は下段から掬い上げられる。
細く軽いサーベルによる光速で変幻自在の魔煌剣技だ!
「おおっと!」
それをカナセが魔煌障壁の盾でいなしながら、攻撃を避けていく。
まだ突貫戟は使えない。相手に隙が生まれ懐に飛び込める瞬間まで我慢だ。
下手に手を出すと逆にこちらが斬られる。
それほどまでに少女の剣技は勢いに乗っていた。
一方、カナセはホルンと少女の顔を見比べる。肌の色が違えど確かに少女の整った顔立ちはホルン・ジゴバにそっくりだ。
「成程、親分とは全然似てないが、妹ってのは本当らしいな……」
それに前にジゴバ邸で行われた酒宴の席で親分に剣舞を踊っていた彼女を紹介された記憶も残っている。
あの剣舞は只の踊りだけでは無いという訳だ。
「久しぶりで良いんだよな、お嬢ちゃん?」
カナセが再び距離を取って少女に語り掛ける。
「お嬢ちゃんじゃない! コリン・ジゴバだ!」
コリンが剣を突き出したまま答えた。
「ああ、そうだ。コリン・ジゴバだ。それで、そのコリンちゃんが何の用だ!」
「お前、兄様を困らせる悪い奴だ! だからここから追い出してやる!」
「馬鹿な真似はよしなさい! コリン! 今すぐに剣を収めて、カナセさんに謝るんです!」
「ホルン兄様は黙ってて!」
「子供の貴女が口を出していい様な話ではありません!」
「けど、ホルン兄様!」
「黙らっしゃい! 聞き分けの無い!」
ホルンが凄まじい剣幕で妹の言い分を遮ろうとする。
彼は温厚で物静かな青年だと思っていたのに。
むしろそちらの事実の方がカナセにとって驚きだ。
「ホルンさん!」
兄妹の口論にカナセが割って入った。
「ここはひとつ、妹君の話を落ち着いて聞いてみようじゃないか」
「よして下さい。甘やかすとつけ上がります!」
「まあ、いいから。いいから」
そう言うとカナセは再びコリン・ジゴバと向き合った。
「それで何の話だっけ、コリン」
「大兄様を困らせるお前が嫌いだ!」
「そりゃ、判りやすいな。けど少し考えが足りないんじゃないか?」
「何だと?」
「コリンの大好きな大兄様は何をそんなに困ってるんだ?」
「そんな事知るか! お前が来た後、大兄様は困った顔をしていた! あんなに頭を抱えている大兄様は見た事ない。お前が詰まらん事を吹き込んだからだ!」
「確かに大兄様には頭の痛い話かもな。けど、とても大事な事だ。何ならお前さんも話を聞いて考えてみるといい」
「うるさい! そんな事、知るか! 何もかもお前が悪いんだ!」
そう答えると少女は一旦、身を引いた。
そして傍に停まっていたハーフトラックの中に潜り込んだ。
ハーフトラックが青白い光を一瞬放つと、姿かたちを巨人へと変えていく。
機械の巨人は戦女神を思わせる鎧姿の女戦士だった。
「あの子、マギライダーだったの?」
その事実にクレアが再び驚いていると美女の中から声が聞こえた。
「カナセ・コウヤ! 10秒待ってやるからここにある装甲車でお前のマギアギアを用意しろ! そしてアタイのヤマブキと勝負だ!」
「10秒とは気が利くね……」
「ちょっとカナセ君、まさか戦うつもりなの?」
「先方が引っ込みがつきそうに無い様ならやるしかないさ」
カナセが指定された装甲車に駆け寄ろうとする。
「いけません! 私が妹を必ず止めます! 暫しお時間を」
しかしカナセの前にホルンが立ち塞がる。
「いいや、もうすぐ約束の10秒だ!」
カナセがホルンの声を振り切ると傍に会った一台の四輪装甲車に飛び乗った。
「立ち上がれ、ヴァイハーン!」
装甲車が鎧を纏った古の闘神に生まれ変わる。
そして互いが敵と認め合うとファイティングポーズを構えてみせた。
「さあ、こっちも準備万端だぜ。大兄様大好き娘!」
しかし庭で起きた騒動の様子はすぐさまゼー・ジゴバの下に伝わる事となる。
慌てて庭に駆け寄って来たジゴバが大声で呼んだ。
「ホルン!」
「兄上!」
「これは一体どういう事だ!」
「コリンが勝手にカナセさんに喧嘩を売ったんです」
「な、なんだって?」
これにはゼー・ジゴバも驚きを隠せない。
すると今度はヤマブキに向かって叫ぶ。
「コリン! 手前ぇ、どういうつもりだぁ!」
「この男は大兄様を敵だ! だからやっつける!」
「生、言ってんじゃ無ぇ! 子供のお前に何が判る!」
ジゴバはコリンに向かって怒鳴った。
しかしコリンは兄の言葉を前に逆に怒りを露にする。
「大兄様もホルン兄様をアタイを子供だって馬鹿にして! アタイが出来る女だって証明してやる!」
コリンは聞く耳を持たない。
ジゴバは仕方なくもう一方のカナセの方と向き合う。
「カナセ・コウヤ! 今すぐ、こんな事は止めてくれ、貴様がコイツと戦って何になるっていうんだ!」
あのゼー・ジゴバが明らかに焦燥していた。だが……
「駄目だ、これはコリンから俺に売られた喧嘩だ! 親分には関係ない。黙ってそこで見てて貰う!」
そう言ってカナセも聞かなかった。
仕方なく、ジゴバは横に居たクレアに縋った。
「おい、秘書さんよ。アンタが言って二人を止めてくれ! コリンは俺の大事な妹なんだ。怪我でもされたら俺ぁ……」
そう言って気が気でならない。一方、クレアも困った顔をするばかりだ。
「そうは仰いますが、先に喧嘩を仕掛けて来たのは貴方の妹さんで……」
「嗚呼、始まりました!」
横でホルンが叫ぶ。
長兄の不安を他所にマギアギア同士の戦いの火蓋は既に切って落とされていた。




