第5話 総統就任演説
一週間後、カナセとクレアは総統就任式が行われるラッツ村へと向かった。
出発の際、二人は黒一色の魔導士と魔女の礼服に身を包んでいた。
「へぇ~。それはどういう風の吹き回しかしら?」
迎えに来たメイヴィスが薄ら笑みを浮かべながら二人の様子を伺う。
しかしメイヴィスが興味を魅かれたのは二人の礼服姿ではなく、互いに強く握り合った掌だった。
「べ、別に変じゃないわ。そういう事よ……」
年長者としてクレアが素っ気なく説明するとメイヴィスが口笛を吹く。
「ふふ、そうだよね。同じ屋根の下に男と女だもん。そうなる事もあるわよね」
「もう、だから人前は嫌だって言ったのに……」
手を握ったままクレアはカナセを睨みつける。
それを見てカナセが笑った。
「別に良いじゃないか。アツアツな所、メイヴィスに見せ付けてやろうぜ」
「それは御馳走様。ではお二人さん、ハネムーンドライブと参りましょうか」
メイヴィスがいつもの青いオープンカーのドアを開けると二人が乗り込んだ。
暫くオープンカーは道沿いを走り続けた。
来た時とは逆方向、まだ前にラッツ村を離れて一週間も経っていない。
そんな外の景色を眺めながらカナセはつぶやく。
「こんなに早く出戻りかよ。何か締まらねぇなぁ」
「いいじゃない。ある意味、出世して帰るんだしさ」
「そう言や、前にゴッペル先生が言ってたよな。ベス先生に実の息子がどうのこうのって……」
「そうかしら?」
「師匠に子供って居たのか? っていうか結婚してたのかな?」
気になったカナセがクレアとメイヴィスに訊ねる。
「いいえ、ベス先生は独身であられたはずよ」
「確かにそんな話聞いた事無いわよね」
最初にクレアが答えるとそれにメイヴィスが続く。
「だから子供は居なかったんじゃないかしら……。それにもし居たとしたらロータスを脱出する時に連れて行くはずよ。ちゃんとした母親ならね」
二人とも師匠の子供の件については揃って否定的だった。
「居たらどうなのよ?」
「いや、別に。もし居たら、弟子の分際で出しゃばって悪いかなって思っただけさ」
「へえ、殊勝な心掛けね」
「いいや、悪いと思ったからって、止める訳じゃ無いから殊勝でも何でもないよ。けど、もし本当に居たらどうなってただろうかなって……」
確かにもし師匠に子供が居たのなら自分はどうなっていただろう。
その息子と一緒に兄弟の様に育てられたか。もしくは拾われる事もなく捨て子のまま路傍で朽ち果てていたか。
それを言うとメイヴィスは笑った。
「なら今、この後部座席に座ってるのはあなたではなく、その息子になってたかもね」
やがてオープンカーは就任式会場に到着した。
会場である師匠の生家跡前は黒山の人だかりとなっていた。
壇上の前では議長たるゴッペル先生以下、66委員会やファイタスの面々以外にもラッツ村の人々や勢力圏内の住民に彼等寄りのマスコミまで、弟子の到来を今か今かと待ち構えている。
「ひやぁ~、凄い人の数だな……」
カナセは遠巻きに眺めながら声を上げる。聴衆は全て合わせると数千人に上り、人だかりも村の中からはみ出るほどだった。
「カナセ君、これからが本番よ。頑張って……」
クレアが後ろからカナセを励ます。
「おう、まかせとけ! と、言いたい所だけど……」
そう言ってカナセは突然、頭を掻きながら煮え切らない態度を示す。
「どうかしたの?」
「まさか、今更怖気づいたなんて言わないでよね」
「そうじゃないんだ。なんていうかさ、やっぱり俺らしくないんだよな。こういう畏まった奴は……。クレアだってそう思うだろ?」
するとカナセは前にゴッペル先生から貰った挨拶用の原稿を破り捨ててしまった。
「ちょっと、カナセ君!」
それを見たクレアとメイヴィスが同時に声を上げた。
しかしカナセは悪びれる様子も無くこう言った。
「メイヴィス、悪いけどひとつ頼み事を聞いてくれよ」
「何よ、頼み事って?」
「ある物を用意してもらいたいんだ。それも大至急。俺が晴れ舞台で歌舞く為にな」
式典の準備は既に完了していた。
後は壇上にカナセ・コウヤが登りゴッペル先生の書いた原稿通りの宣誓を行えばそれで終わりだ。
更に宣誓後の女の子から渡される贈呈の花束も準備済みだ。
しかし予定の時刻が過ぎてもカナセが現れる様子はない。
会場の中がざわつき始める。
式の主役であるカナセ・コウヤはどうしたのだと。
そんな周囲の喧騒は貴賓席にもたちまち伝染する。
「どうしたのかね、彼は?!」
大柄で恰幅の良い初老の男が横に座るゴッペル先生に聞こえる様につぶやく。
彼の名はオデロ・モンベル。
ファイタスの大勢力の一つモンベル兵団の団長だ。
彼の率いる兵団は強力で、その戦闘能力はジゴバ一家をも凌駕し、ナタルマとトギスが入隊した傭兵部隊とその練兵場の運営も行っている。
「全く、土壇場で逃げ出したのではないか?」
モンベル団長はゴッペル先生に向かって嫌味を言う。
彼は先生とは旧知の間柄だが、カナセ・コウヤをリーダーに押し立てる案にはジゴバと共に最後まで反対した立場だった。
だが先生はこの場に現れないカナセを擁護する。
「そんな事はない。彼はベス先生の唯一の直弟子じゃ。師匠の名誉の為、仕事を途中で投げ出す様な真似はせん!」
「ふん、またベス先生か……。どいつもこいつもこの国の魔煌士は二言目にはその名前を口にする。まるで呪いの呪文だな……」
そう団長は皮肉って見せたがゴッペル先生は何も言わない。
そんな中、法衣を纏ったクレア・リエルが貴賓席の方へとやってきた。
そして空いていた自分の席に腰掛けようとすると、先生がすぐに彼女を呼び止めた。
「リエル君、彼はどうした?」
待たされ続けたゴッペル先生が怖い顔で訊ねる。
「あ、はい。もうすぐ、準備が出来次第、壇上の方へと向かうはずです」
「今更、何の準備があると言うのだ? 時間にルーズではこれから……」
「今、来ましたわ!」
そうクレアが答えた直前に会場の外からけたたましいコアモーターの回転する音が響いた。それはバイクのアクセルを空ぶかしさせた音だった。
すると会場の最後尾から一台のバイクが走り出し、即席のジャンプ台を使って聴衆の頭の上を高く高く飛び越えていく。
運転席には法衣を脱ぎ捨てたカナセ・コウヤが一人居た。
バイクは長い跳躍の後、カナセの乗せたまま壇上に向け突っ込んでいった。
しかし衝突寸前でイクはヴァイハーンへと変形し壇上の演台を蹴り壊しながら着地した。
その前代未聞の登場を前に全ての聴衆が唖然としていた。
壇上の上に立ったカナセは鎧の様なヴァイハーンを身に着けたまま聴衆の前に立つと傍にあったマイクを握ってこう言った。
「ご清聴の皆さん! お初にお目に掛かります。俺の名はカナセ・コウヤ! 正真正銘、あのロータスの魔女と呼ばれたエリザベス・アムンヘルムの弟子だ!」
カナセの壇上での第一声に誰もが茫然とする。
「だが、実際、そんな事はこの際、どうだっていい。何故ならそのロータスの魔女は三年前に死んだからだ!」
ロータスの魔女が死んだの一言で、今度は会場がざわめく。
このロータスではその偉大なる魔女がこの地に再臨し、自分達を救ってくれると夢見ていた人々が大勢いた。
ウラ鉄を倒してくれるのはロータスの魔女だと信じて疑わない者は無数に居たからだ。
そんな彼等にカナセは言った。
「それと俺は師匠である魔女からこのロータスに関して何の遺志も受け継いでいない。なぜなら生前の師匠はウラ鉄打倒もロータス解放も一切、口にしなかったからだ。
要するにエリザベス・アムンヘルムは弟子に対して、この国を救えとは一言も言っていない。
そうカナセが答えた瞬間、会場から多くの野次が飛んだ。
「なんだと?! エリザベス・アムンヘルム様がお亡くなりになっただと?」
「それは本当か?! 我々はベス先生に見捨てられたのか!」
「ウソを吐くな! あの偉大なるロータスの魔女が我等を残して逝かれる訳はない!」
「だいたい、お前、本当にベス先生の弟子なのかよ?!」
「そうだ、弟子だっていう証拠を見せてみろ!」
野次は時が立つにつれ膨れ上がり村全体を包み込む。やがて騒音となった野次は暴言に代わりカナセに無形の暴力となって圧し掛かる。
「うるさい! 死人がそんな都合良く後の事を考えてくれてる訳無ぇだろ!」
だがそんな罵詈雑言に対してカナセは一度大きく息を吸うと大仰に言い返した。
「いいか、よく聞け! 師匠が俺に何も言わなかったのには理由がある! それは死んだ人間の遺志なんてもんで残された連中が振り回されちゃ駄目だっていうメッセージだ! 生きてる人間が死んだ人間なんかに頼ってちゃいけない! 生きてる奴が自分の頭で考え自分で動く。それが大事なんだ! なのにお前等、何時まで経っても二言目にはベス先生、ベス先生……情け無いと思わないか!」
そう言ってカナセが聴衆を叱咤した。
すると会場に再び沈黙が戻る。
「だがここまで言って足りないのなら一つだけ師匠の言葉をくれてやる。新しい事をしたいのなら古い物を捨てる勇気を持て! でなければ自分の道なんてものは切り開く事なんて出来ない!」
カナセは壇上でギギから教えられた師匠の言葉を最後に言い放った。
それは何かに付けエリザベス・アムンヘルムに頼ろうとするロータスの人間への当てつけだった。
そんなカナセの言葉を耳にした途端、壇上の横で聞いていたゴッペル先生が笑った。
「フフ……新しい事をしたいのなら古い物を捨てる勇気を持て、か……」
それはかつてエリザベス・アムンヘルムの下で教えを受けていた時、大勢の魔煌士と共に最初に聞かされた先生からの訓示だった。
「懐かしい響きじゃな……。本当に久方ぶりに聞いたわい……」
先生は嬉しそうだ。
だがその一方、隣の席に座るモンベル団長は不服そうな表情を浮かべていた。
「威勢だけは良いが、ただそれだけの演説だ……」
カナセの演説に対し団長の意見は辛辣だった。
「あれでは人の心は動かんぞ」
団長は不安を露わにする。
そんな団長の危惧は的確だった。
大多数の聴衆達もカナセの就任演説を前にどう反応して良いのか戸惑いばかりだ。
それどころかロータスの魔女が亡くなっていた事実を聞かされた事に強いショックを受けていた。
その為、カナセの主張など耳に入ってもほとんどが上の空だった。
更にカナセの演説は経験不足ゆえの稚拙さが伴い、何よりカナセ自身が若すぎる。
どんなに強く語り続けても説得力に欠け、言葉が上滑りするばかりで相手に気持ちが届かない。
「敵はあのロッゾ・カルだ! 瓶詰の化け物だ! そんな奴を倒すのは至難の技だ。それでも倒さなきゃならない。何故なら、この国とこの世界の未来と平和が掛かっているからだ! けどその為に必要なのはロータスの魔女なんていう亡霊なんかじゃない。今、生きている俺達の意思だ! ロータスの解放を願う皆の意思だ!」
それでもカナセは根気強く語り続けた。
自分の言葉で自分の気持ちを皆に示そうとした。
だが聴衆の反応は思ったほどの手応えは無い。
そんな聴衆の反応にカナセも焦りを覚える。
「お願いだ、皆に俺の言葉が届いてくれ……」
カナセは演説を続けながら心の中で祈り始める。
そして何度も心に迷いが生じる。
こんな事なら奇をてらわず先生の原稿を読めば良かったか。
「いいや駄目だ。自分の言葉で伝えなければ、俺は本当のお飾りの総統に成り下がる」
そこにはカナセの意地があった。
だが思う様な手応えが無いままカナセの演説は時間だけが過ぎていく。
そんな時だった。
会場の外から一発の銃声が鳴り響いた。
弾は一直線に会場の中を飛び演説中のカナセの頭部目掛けて吸い込まれていく。
「うがぁ!」
命中弾を浴びた途端、壇上のカナセの体が転倒した。
「カナセ君!」
「カナセ!」
壇上でうずくまるカナセを見てクレアとデニスが同時に叫ぶ。
「ウラ鉄の狙撃だぁ!」
聴衆の中で誰かがが叫ぶ。
「あそこだ! あそこの屋根の上だ!」
カナセが体を起こすと、兜越しに額を押さえながら上の方を指差す。
幸い、弾はヴァイハーンの兜に命中しカナセは事なきを得た。
だが額は着弾の衝撃で切れ、押さえた指の隙間から鮮血が流れる。
そしてその時には既に会場の聴衆たちはパニックに陥っていた。
会場に居た誰もが右往左往しながら逃げ惑う。
今度は自分が標的にされるかもしれない。
そんな個々の恐怖が村の中を混乱に陥れていた。
「カ、カナセ君!」
クレアが壇上のカナセに向かって駆け寄ろうとする。
しかし混乱する人込みに揉まれクレアはカナセの下に辿り着く事は出来ない。
それは式典でのカナセの護衛の担当をしていたデニスも同じだった。
「おい、通してくれ!」
デニスも混乱する聴衆を掻き分けながらカナセの下に辿り着こうとする。
本来ならば有事の際、カナセの盾になるのがデニスの役目だった。だがカナセの想定外の壇上への登場のせいでせっかくの護衛プランが御和算になっていた。
一方、外で待機していたメイヴィスが早速、動き出す。
ブルーオーシャンは変形し、狙撃者の居る屋根の上まで一瞬で跳躍した。
「このぉ!」
そして屋根の上で見つけた二人の暗殺者目掛けて蹴りを加えた。
暗殺者はその一撃だけで屋根の瓦ごとぺしゃんこにされる。
しかし戦いは始まったばっかりだ。
聴衆が逃げ惑う通りに向こうから、うさぎ跳びを繰り返しながら四騎のマギアギア侵入して来た。
マギアギアはどれも同型の小型で荒れ地用でも走れる2人乗りのバギーを変形させたものだった。
マギアギアは大きく跳躍を繰り返し、時には村の屋根の上にすら飛び乗ると、カナセの居る壇上に向かって背中にある二門の機関銃を発砲した。
「カナセ君、逃げて!」
その光景を目の当たりにしたクレアが思わす叫ぶ。
しかし優秀な秘書に言われるまでもなく、カナセは敵の銃撃が届く前にその場から大きくジャンプした。
ヴァイハーンの跳躍は周囲の家々の軒を越え、そのまま屋根の上に着地すると逃走を開始した。
それを四騎の謎のマギアギアが追跡する。
五騎の煌装騎が屋根の棟をウサギの様に飛び跳ねながら追いつ追われるを繰り返す。
しかし謎のマギアギア達は決して追跡の手を緩めない。飽くまでカナセを狙うつもりだ。
「そうかよ、そっちがその気なら!」
逃げ回っていたカナセが踵を返すと今度は迫りくる先頭のマギアギアと真正面から向き合い突っ込んでいった。
ヴァイハーンが低く構えた瞬間、鎧の様な左腕から魔煌障壁が展開される。
障壁は敵からの銃撃を弾き返し、カナセを相手の懐にまで飛び込ませた。
「脈煌侃流!」
カナセの体内で煌気が脈動すると戦う為の力が漲っていく。
そして右腕から突貫戟を放出した。
「破煌! 突貫戟!!」
カナセはナタルマから伝授された光の剣を水平からやや上に向かって振るった。
光の軌跡は美しい弧を描きながら謎のマギアギアの胴体を二つに切り裂いていく。
斬殺された暗殺者は目的を果す事無く屋根から地表に向け転がり落ちていった。
下の方で機械の骸を見てた聴衆達の悲鳴が聞こえる。
しかしカナセはわき目も振らず次の敵騎に目標を定めた。
電光石火。鎧のヴァイハーンは目にも止まらぬ速さで屋根の上を駆けると、勢いに任せて敵のマギアギアに接近し光の剣で襲い掛かった。
「破煌突貫戟!」
光の斬撃は屋根の上で凄まじい威力を発揮した。相手が外装の薄い小型の軽車両からの変形とはいえ、意図も容易く二騎目の鋼の胴体を切り伏せていく。
それは突貫戟とパンクラチオンの組み合わせから生まれる妙技だった。
そんな華麗な技を前に聴衆の声は悲鳴から喝采に変わっていく。
「よし! いいぞ、カナセ・コウヤ! 文字通り君は我々の求めていた英雄だ!」
観衆の中に紛れていたゴッペル先生が嬉しそうに拳を握り締める。
「ふんっ、あんなものは軽業師の曲芸だ」
だがその隣に居たモンベル団長は面白くなさそうに言った。
「それに先ほどの演説も正直、誉められたものではない。やはりカナセ・コウヤにリーダーとしての資質は期待外れではないのか?」
飽くまでモンベルの評価は低いままだ。
一方、新しき英雄と暗殺者の戦況は既に逆転していた。
カナセが三騎目を斬る。敵は機銃を装備していたが魔煌障壁に防がれ効果的な攻撃が行えない。そこへ戦い慣れした小兵に懐に飛び込まれれば為す術がなかった。
屋根の上では残り一騎となった。
謎の暗殺者は銃弾を撃ち尽くすと逃げの姿勢に入る。
「逃がすか!」
カナセは逆襲の手を緩めない。このまま最後の一騎に迫る。
しかし相手と同じ屋根の上に乗った瞬間、二騎の乗っていた瓦屋根がごっそりと抜けた。
「うわっ!」
突然、足元を失ったカナセが思わず叫んだ。
その間にも鎧のヴァイハーンは敵と共に下に向かって真っ逆さまに落ちていく。
カナセが乗ったのは古い倉庫の屋根だった。老朽化で建物自体が弱っていた所に先日のウラ鉄との戦闘で流れ弾を受け補修の最中だった。
そこに来て想定外の荷重が加わったため負荷に耐え切れなくなり屋根が抜けたのだ。
「痛てっ!」
床に向かって屋根瓦と共に背中から落ちた瞬間、カナセは痛みに思わず呻いた。
周囲は立ち込める埃で視界が塞がれていた。だがカナセの魔煌探信は敵の動きを確実に捕えていた。
そのコアの反応が一気にカナセの下まで迫って来た。
「しまった!」
カナセが叫んだ瞬間、敵のマギアギアがヴァイハーンに掴み掛かった。
落下した衝撃で失った突貫戟を再び出す暇もない。
ヴァイハーンよりも大柄なマギアギアの両腕が首に食い込むと、バイクのフレームがバキバキと音を立て始めた。
「こんな所で!」
カナセも慌てて掴み掛かって来た相手の両腕を引き剥がそうとする。しかし元来のコアモーターの出力差とフレームの強度差によって容易に払い除ける事が出来ない。
まるでプレス機で挟み続けられた様な圧がカナセを襲う。
「このままじゃあ、鎧ごとペチャンコだ……」
カナセに命が危機が迫る。
そんな中、相手のマギアギアの中から声が聞こえた。
「禍つ青き光の滅却を!」
「なっ?」
その言葉にカナセが唖然とする。
禍つ青き光の滅却? 一体、何を言ってる?
だがその問いに答える事もなく、暗殺者からの攻撃は最高潮を向かえた。
カナセの全身が機械のプレスよって締め上げられる。このままでは窒息の直後に首が千切れてもおかしくない。
しかし敵の攻撃はもう一歩の所で突然、終わりを迎えた。
銃声の後、一発の大型拳銃の銃弾が暗殺者が操るマキアギアの首筋の装甲の隙間を打ち抜いたのだ。
銃弾は中に居たマギライダーの後頭部に命中しそのまま動きを止める。
危うい所で命を救われたヴァイハーンは相手との間に両脚を滑り込ませると思い切り良く蹴った。
引き剥がされたマギアギアの体は大きく跳ね、背後にあった倉庫の壁を突き破ると、その向こうにあった就任式の壇上へと転がっていった。
壇上は突然、飛んできた来たマギアギアの下敷きになり押しつぶされる。
一方でカナセは埃が静まった建物の中で真上を見上げた。
穴の開いた屋根の上ではクレアの箒にぶら下がっていたデニスが大型拳銃を構えたまま真下を眺めていた。
襲撃者を撃退した後、カナセはヴァイハーンを乗り捨てた。
そして穴の開いた壁から脱すると壊れた壇上に再び登った。
壇上の周囲では戦いを見守っていた聴衆達が今も立ったままだ。
彼等はカナセの動向に注視する。
カナセの額の傷からは血が流れたままだった。
流血は体がふらつかせ、足元もおぼつかない。
しかしカナセは開いた傷を抑えながら聴衆に向かって叫んだ。
「皆、聞いてくれ。俺は……今日、ここにファイタスの総帥として立つ事を宣言する……。そしてロッゾ・カルを倒す為に最後まで戦い抜く。けど……俺だけじゃ、俺一人だけじゃあ、絶対にロッゾ・カルは倒せない……。だからお願いだ……皆、俺に力を貸してくれ……。そうすれば……」
演説の途中で立ち尽くすカナセの体が突然、崩れた。
そこにクレアが駆け込みカナセの体を支えた。
カナセはクレアに身を任せながら最後に訴えた。
「そうすれば……俺達はロータスを自分達の手に取り戻せる……必ず」
カナセは総統就任の演説を終えた途端、体の力は抜け、その場に膝間突いた。
動かなくなったカナセに向かってクレアが魔煌技による治療を始めた。
「素敵だったわ。立派よ、カナセ君……」
カナセの耳元でクレアが囁く。
やがて聴衆の中から喝采の声と惜しみない拍手が湧き上がった。
「いいぞ、カナセ・コウヤ!」
「新しい英雄に万歳!」
誰もが誕生したばかりの総帥にエールを送った。
カナセはクレアに体を預けたままつぶやいた。
「やっぱり口より体を動かす方が俺らしいや……」
一方、遠くから一部始終を眺めていたモンベル団長がつぶやく。
「ふん、乱入者のお陰で物足りない就任式が華やいだな……」
だがそれを先生が擁護する。
「いいや、あれは持って生まれたモノじゃよ。カナセ・コウヤにはピンチをチャンスに替える力を持って居る。あれはやれる。我々の出来んかった事をやる男じゃ」
そう言ってカナセを賞賛した。
そんな先生の横で団長は一言だけ付け加える。
「まあ、聴衆に向かって魔女の亡霊を断ち切れと言った事は誉めてやれるな。この国の人間は誰も彼もエリザベス・アムンヘルムに頼り過ぎとる……」
そう言って先生を皮肉った。
就任演説を終えたカナセはクレアに肩を借りながら壇上を降りていった。
壇上の下には花束を持った少女と、それを囲む様に大勢の新聞社のカメラマンが待ち構えていた。
花束の少女はあのエルマだった。
総統への献花はこの宣誓式で彼女に割り当てられた仕事だった。
だが戦闘直後の為か、その表情は緊張で強張っていた。
それでも彼女は自分の使命を果そうとカナセに向かって花束を掲げた。
そんな彼女の背中には前と変わりなく弟のトルウィンがいた。
カナセはエルマの使命感に対して敬意を払うべく片膝を突き花束を受け取った。
「ありがとう、エルマ……」
「大丈夫ですか? カナセさん」
「ああ、もうへっちゃらだよ」
花束を渡された瞬間カナセは気概を見せようと笑顔で答えた。
それを見たエルマも懸命に笑顔で返した。
そんなふたりの表情を捕える為、多くのカメラのフラッシュが一斉に焚かれた。
後日、写真は記事となってすぐにロータスを越え、淡海の果てにまで届いた。
そしてカナセの総統としての初仕事の証となった。
宣誓式を終えたカナセは急いでラッツ村から離れる事になった。
暗殺者の次の襲撃の可能性があったからだ。
カナセとクレアの前にメイヴィスが運転する何時ものバンが止まる。
「オープンカーじゃ無いんだ」
「馬鹿言わないで。また、さっきみたいに頭を撃たれたいの?」
「さあ、話は車の中でだ。乗った、乗った」
そう言ってデニスが二人を急かす。
「全く、忙しいなぁ……」
「けど、これからはこんな事が度々起こると思うから気を付けなさい」
「へいへい……」
二人は急いで車に乗り込んだ。
そんな時、カナセは車の中に一冊の本が置いてある事に気付いた。
本は前に水に濡れてふやけた形跡があり、それを懸命に乾かした跡まである。
本はミスラ写本だった。
「この本は?」
先に車に乗り込んでいたメイヴィスに聞く。
「ああ、孤児院からよ。干潟の中で半分埋まっていたところを潮干狩りをしていた男の子達が見つけたんだって。孤児院に居た記念に持って行ってくれって」
「そうなんだ……」
そう説明されてカナセは感慨に浸る。
そうだ。あの時、自分は師匠の子守歌を歌った後に急に眩暈に襲われ海にこの魔煌書を落としたんだ。
だがそんなラッツ村で過ごした穏やかな日も今思えば夢の様な時間に思える。
「さらば、ラッツ村。また会う日まで……」
もう、何か特別な用事が無い限り、ここに来る事は無いだろう。
カナセが密かにラッツ村に別れを告げた。
三人を乗せたバンは屋敷へと急いだ。
車の後部座席でカナセはふやけたミスラ写本を確かめる。
紙は水で膨張し、インク同志が吸い付き合い、無理にページを開こうとすると、はがれる前に破けそうだ。
「ところで何でミスラ写本なの? エルマも干潟にどうとかって言ってたけど…」
「ああ、それは……」
その後、カナセは口ごもりながら孤児院にあったミスラ写本と手違いで海に落とした事を打ち明けた。
「ええっー!!」
すると中のふたりが思わず声を上げた。
しかしメイヴィスよりも大仰に反応したのはエリザベス・アムンヘルムの信者たるクレアだった。
「ベス先生の記された聖典を淡海に落としたですって! あなたって人は何を考えてるの!」
「いや、まあ……あれは事故で」
「言い訳は結構! それでよく先生の弟子なんて名乗っていられるわね! ちょっとカナセ君、聞いてる?!」
カナセの真横でクレアがキンキンした金切り声で怒りを露にした。
「ああ、うん……」
そんなクレアの剣幕にカナセはたじろぐ。彼女にしてみればベス先生の書き残した書物は全てが聖典であり、ページの隅を折る事さえ不徳の極みだった。
「それを淡海に落としてフヤフヤにするなんて恥を知りなさい!」
「そんな大丈夫だよ……。本は間違って落とした物だから師匠だって判って……」
「ベス先生がお許しになられても私が許しません!」
「そんな……」
「猛省しなさい!」
「はい……」
ここまでコテンパンに叩かれてはカナセにも立つ瀬がない。
そんなふたりのやりとりをメイヴィスはミラー越しに見て唖然としていた。
傍目ではふたりは恋人同士には見えない。まるで姉弟か親子の様にさえ見える。
「成程、流石は空爆の魔女ね。これなら総統の事は彼女に任せっきりにしておいても安心だわ」
そうつぶやきながら二人の様子を最後までおもしろそうに眺め続けていた。
ラッツ村から遠く離れたロータスの首都ゴディバでも就任式の様子はすぐにニュースとなって駆け抜けた。
その事実を耳にし、ある者は怒りに震え、またある者は歓喜した。
だが最初は一様に驚愕を持って受け入れられたのは二十年前に姿を消して以来、今でもこの国でエリザベス・アムンヘルムの影響力が高い事を示す何よりの証拠だった。
「全く、選りによってこんな日に。あなたの弟子は何てことをしてくれたのか……」
ゴディバにある市営の墓地の中にある墓の前でつぶやく者が居た。
しかしこの墓の下に遺骨は無い。しかし今でも手向けられる花が途切れる事は無かったのは埋葬者の生前の功績と人徳による賜物だった。
就任式の終わったその日の午後から、空は雨模様に変わった。
献花も参拝者も墓石と一緒に雨に濡れていた。
墓石の名はエリザベス・アムンヘルム。刻まれていた日付は二十年前の今日と同じ日だった。
「しかし弟子としての覚悟を決めたという事は、私達は命を懸けて戦い合う事になる。
それでも良いのかい?」
参拝者は墓前に問い掛ける。しかし墓からは何も返って来ない。
「そんな光景を貴女は何処まで想像していたのか……」
埋葬者からの答えが無い事に参拝者は溜息を吐いた。
「隊長、もうすぐお時間です」
背後から声が聞こえた。
振り向くとそこにはリサ・マキーナが傘を差して立っていた。
参拝者であるグレン・ハルバルトは墓から離れると副官の差す傘の中へと入った。
「ははっ、相合傘だ」
「隊長!」
隊長からの突然の冗談に機械の少女は頬を赤らめながら戸惑う。
そんなリサを見て彼女が機械の体だと信じる者はひとりも居まい。
ロータスの魔女の墓参りを済ませるとグレンとリサは墓地の中の参道を出口へと歩いていった。
二人とも本部奇襲の際の負傷は既に完治していた。
後は装甲列車東征號を駆ってギップ・フェル島奪還作戦の発動を待つばかりなのだがなぜかウラ鉄の上層部はその命令を凍結している。
「隊長、ギップフェルへの出撃は何時頃になるのでしょうか? 部下たちからも同じ様な意見が上がってきています」
「リサ、その質問はそれで何回目だ」
「四十七回目です」
「では質問はこれで終わりだ。ここに来る前、総裁が直接、仰った。我々第103独立遊撃大隊はギップ・フェル島攻略戦の任を解かれる」
「あの戦略の要所を東征號無しで? では我々はどこに?」
「中央駅で待機、総司令部直轄でゴディバの警戒だ」
「首都防衛ですか? ですがそれはウラ警の管轄では?」
「本来ならばな。しかしそのウラ警が今、酷い有様だ。たった一日で二つの実行部隊を壊滅させられた挙句、未だにその後任も決められない状況だ。その代わりを一時、我々が当てがわれる」
「ですがその二隊が壊滅してからもう十日以上経過しています」
「外征型の我が軍にとってロータスの国内軍は二線級の部隊が多い。その中で唯一、壱號隊と弐號隊だけが一線級部隊として活動していた。それが無くなってしまった今、国内を安心して任せられる人材が存在しない訳だ。そこに来てあのカナセ・コウヤの就任演説だ。全く、本国などダラダラと長居するものではないな」
グレンは銀の獅子仮面の下で苦笑いを浮かべた。
「総裁はカナセ・コウヤの演説をどう捉えてらっしゃるのでしょう?」
「恐らく想定の範囲内とお考えだろう。しかし警戒はされてらした。強力なリーダーを手にしたファイタスの活動がこの後、激しさを増すだろうとね」
「あの少年がそれほどの人物でしょうか?」
「ここだけの話だが総裁のエリザベス・アムンヘルムへのコンプレックスは凄まじいものだ。彼女の弟子という事実だけで惑わされて居られるのかもしれん」
「なら、それに付き合わされる我が隊は……」
「皆まで言うな、リサ。お前の言いたい事を判るさ。しかしな、男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉だってある。確かに本部に閉じ込められて居た頃と変わりなければ大した脅威ではない……。が、一方で気になる情報がある」
「気になる情報?」
「カッツェ姉妹を倒したのはカナセ・コウヤだという話だ」
「あの二人を?」
「しかもたった一人ででだ」
隊長の言葉にリサは驚いた顔をする。
「信じられません……」
「だが、それが本当ならもう、彼はもう、あの頃の少年ではないという事だ……」
そう答えてグレンが空を見上げると雨は止んでいた。
グレンがリサの傘から離れると墓地の芝生に日が差し込む。
「さあ、第二幕の始まりだ。今度は楽しませてもらうぞ、カナセ・コウヤ」
そう言ってグレンは笑った。




