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第1話 再会そして別れ

 夜が明け太陽が東の空へと昇ると、朝の陽ざしは戦いを終えたラッツ村の傷跡を来訪者の前に晒した。

「おいおい、何があったていうんだ……」

 最初に声を上げたのはデニスだった。

 戦場となった村の光景を前に二台のオープンカーで降り立った一行は騒然となる。

「朝一番でこんなモン見せられるとはな……」

 暴れん坊のナタルマでさえ、目の前の光景に息を飲んだ。

「先生、カナセの兄ぃさんをこんな所に置いていたの?」

 ナナミが訊ねるとゴッペル先生は首を横に振る。

「いいや、ここはウラ鉄の勢力範囲からは一番遠い場所にある。それを考えての配置だったはずだ」

「でもそれが結局裏目に出たのよ。解放戦線がそれに胡坐を掻いている間にウラ鉄の連中は着々と捜査の手を伸ばしていた。そう言って上げてたのにアンタ達って……」

 それ見た事かと、ラーマが鼻をフンッと鳴らす。

「とにかく、孤児院の方に行くわよ。カナセ君ならアソコに居るはずだから」

 そう言ってメイヴィスは青いオープンカーを孤児院の方へと向かわせようとした。

 だがそれを無視したクレアが無言のまま箒で飛び立った。

「クレア! そっちじゃないわよ!」

 ナナミが慌てて呼び止める。

 しかし箒は急激に速力を上げると村の方へとそのまま飛んでいった。

 メイヴィスはカナセは孤児院に居ると言っていた。

「そんなのありえない! 住んでいる村が戦場になって、じっとしていられる様な人じゃないの位、判り切ってるわ!」

 クレアは心の中で確信する。

 暫くして空の上から空き地になっていた一角を見つけた。空き地を凝視すると三両の戦車が折り重なるように擱座していた。

「あれは!」

 クレアが擱座したガラクタの隙間から項垂れながら腰を下ろす人影を発見した。

 箒を急降下させ地上に降りたつと人影に向かって駆け寄っていく。

 人影が近づくにつれ見覚えのある少年の姿に変わっていく。

「カナセ君!」

 クレアが声を掛けた瞬間、項垂れていたカナセ・コウヤが顔を上げた。

「あぁ……」

 疲れ切ったうめき声を放ちながらカナセが顔を上げた。

 この時をどれだけ待ち焦がれていただろうか。否、この少年に会う為に淡海を越えてここまでやってきたのだ。

 だが久方ぶりに再会したカナセの顔を見てクレアは愕然とした。

 体中が傷だらけで表情は疲労困憊し、頬には泣き尽くした涙の跡がある。だがそれ以上に酷く映ったのは生気の無い死んだような赤い瞳だった。

「……レァ」

 カナセは彼女の名をつぶやきながら、おもむろに立ち上がろうとした。

 しかし足元がおぼつかず、前のめりに倒れてしまった。

 クレアはカナセに駆け寄ると慌てて抱き起こしす。

「どうしたの? こんなに……

 クレアは思わず言葉に詰まる。今のカナセをどう表現すれば良いのか? 

 とにかくこんなカナセを見るのは初めてだった。

「クレア……俺……」

 カナセがクレアに抱きすがりながら何かを言おうとした。

「大丈夫よ、カナセ君。疲れてるんでしょ。お疲れ様、今は休みましょう……」

 そう言ってクレアはカナセを癒そうとした。

 すると今度はクレアの胸元にすがったまま嗚咽を漏らす。

 その声はまるで悪夢から覚めた子供の泣きべぞにそっくりだった。

「よほど辛い事があったのね……」

 そう言いながらクレアはカナセの体をやさしく、そして強く抱きしめた。


時間の経過と共に村の被害が明らかになり、その復興も始まった。

 破壊された家屋から修理の音が聞こえ、村に残されたウラ鉄の兵器も次々と撤去されていった。

 その中にはカッツェ姉妹の空挺戦車も含まれていた。

 村の役場や学校は仮設の救護施設となりゴッペル親子が臨時の医師として怪我人の治療に当たっていた。

 幸い、村人の中に死亡した者は一人も出る事はなかった。

 一方、カナセは孤児院の自室へと運ばれていた。

 ベッドに寝かし付けられたカナセの横ではクレアが付き添って看病をしていた。

 後になってデニスとメイヴィスがカナセの下に訪れる。

「これってどういう事よ! カナセ君は元気でやってるって言ってたじゃない!」

 寝ているカナセを指しながらクレアはファイタスの二人を非難した。

「こんな彼を見るつもりはなかったわ!」

 それでもクレアの怒りは収まらない。

 だが二人もカナセの様子を見て唖然とする。

「嘘よ、前に別れた時は普通に元気だったわ!」

 メイヴィスにとってもボロボロのカナセの姿は予想外だ。

 結局、カナセに何があったのか誰にも判らない。

 昼過ぎになってクレアが一度、カナセの下から離れると食堂に居た一同の前に姿を現わした。

 そしてテーブルに置いてあったポットからお茶を汲んで一息入れる。

「ふう……」

 お茶を飲んだクレアからため息が漏れる。

「どう? 兄ぃさんの具合は?」

 椅子に座っていたナナミが訊ねてきた。

 しかしクレアは首を横に振りながらこう言った。

「良くないわ……。起きたと思ったらぼんやりと部屋の宙を見つめるばっかりでこっちの呼びかけにも上の空って感じ……」

「反応はあるのよね?」

「一応はね……」

「食事は? さっき持って行ったでしょ?」

「食べさせようとしても一口も口にしないのよ」

「そんなんじゃ、まるで死人ね。何の為にここまで来たんだか……」

 そうつぶやいた途端、ナナミは手で口を塞いだ。ナナミの言葉にクレアの表情がいつになく暗い影が差したからだ。

「ごめん……言い過ぎた。でも本当に何があったのかしらね。あの元気印の兄ぃさんがあんな事になるって……」

 そんな中、デニスとメイヴィスが食堂に訪れると会話の中に入って来た。

「昨日の事だが、彼に何があったのか凡そ判って来た」

「それで?」

「戦闘が始まる前、カナセはある二人に会っていた。その二人ってのが……見ただろ? カナセが居た場所で擱座していた二両の戦車の乗り手だった」

「その二人の正体がウラ鉄警備隊のエース、ベール・カッツェとパール・カッツェの姉妹だったのよ」

「それって確か昨日、言ってた?」

「そうだ。とんでもない大物だ。今まで大勢のファイタスのマギライダーが姉妹の手に掛かって倒されてる」

「この前だって私達がゴディバの塔からカナセ君を救出した際、追いかけられて危うくやられそうになったわ」

「そんな事って……それって本当なの?」

「間違いない。俺とメイヴィスで死体を確認した」

 デニスが答えるとメイヴィスも確信をもって頷いた。

「でも何でそんな連中とカナセ君が会ってたの?」

「恐らく、二人でカナセを拉致しようとこの村に潜入したんだ」

「正体を偽ってね」

「ならやっぱり、カナセ君とウラ鉄の間に接触があったって訳よね?」

「ああ、それどころか、あいつらここに来て飯食って子供達を風呂にまで入れていたらしい。そうだよなオバサン!」

 そう言うとデニスは炊事場の方に向かって叫んだ。

 すると洗い物をしているオバサンが答える。

「そうだよ。二人ともいい子だったし、カナセ君も楽しそうにおしゃべりしてたわ。愛想も良かったし、普通に仲良く見えたわよ。でも怖いわよね。あんな子達がウラ鉄の戦闘員だったなんて……」

「それとここの子達にも何気なく聞いてみたんだけど。みんな明るくて優しいお姉さんだって感想よ」

 結局、孤児院で姉妹を悪く言う者はひとりも居なかった。

「なら、こういう事? そんな彼女達が戦死した事にカナセの兄ぃさんはショックを受けて塞ぎ込んだって事?」

「それ所じゃないわ。恐らく、二人を倒したのも彼よ。村人の証言の中に三騎のマギアギアが戦っていたっていう目撃情報が幾つもあるの」

「なら確定ね……」

「しかし驚いたね、あのカッツェ姉妹を一人で倒しちまうなんて……カナセ・コウヤは本物だな」

「そうね、私達だってあの姉妹の連携攻撃には手酷い目に何度も遭っていたもの」

 デニスとメイヴィスはカナセの戦闘力の優秀さを素直に褒め称えた。

 しかしクレアにとって大事な部分はそこではない。

「じゃあ、カナセ君はその二人と友達になった気で居た所で殺し合ったって事よね」

「恐らく、情が湧いてたんだろうな。ほんの短い間でも」

「そして姉妹を殺した事に罪悪感を覚えて、兄ぃさんはああなったて訳か……」

「ふん! だらしねぇ。たるんでいやがる!」

 ナタルマが吐き捨てた。それを見て皆がナタルマを睨みつける。

「だってそうじゃねぇか! オイラ達、それを覚悟で戦ってるんだろ? それが嫌なら止めちまえって事さ。デニスとメイヴィスだっけ? アンタ達だって元ウラ鉄だったらオイラの言っている事判るだろ?」

 デニスとメイヴィスは黙り込む。確かに彼等が戦っている中で目の前の敵が昔の仲間だった事は何度もあった。

 その度に二人は引き金を引き、それが苦い経験であったのも確かだ。

「そんな隊長みたいに考えられる単細胞ばっかでも無いと思うんですけど……」

 ナタルマの極論にトギスがぼやいた。だがトギスの生意気な言い方にすぐにナタルマが怒りを露にする。

「何だと、トギス。手前ぇ、誰が単細胞だ!」

「ひえ~! ご勘弁を~」

「いいや、許さねえ!」

「いい加減になさい! こんな所まで来てアンタ達、何やってるの!」

 突然、騒ぎ出した二人をナナミが一喝した。

「とにかく、兄ぃさんには立ち直って貰いたいけど……」

「でも結局、こればっかりは自分自身で乗り越えて貰わなくちゃ」

「そうだな、他人がどうこう出来る問題じゃない」

 そんな皆の結論に食堂の空気が重くなる。

 居た堪れなくなったクレアが立ち上がった。

「私、カナセ君の所に居るわ」

「傍に居て上げるの?」

「今の私に出来る事はこれ位しかないから……」

「なら欲しい物があったら言って来て。持って行って上げるから」

「ありがとう、ナナミ」

「気にしないで。どうせ当分、ここで足止めにされるって感じだからね。正直、私達も暇なのよ」

 そう言ってナナミはクレアを励ました。


 クレアが部屋に戻るとカナセは相変わらずベッドの上に居た。

 だが今はシーツを頭から被り丸くなっている。

クレアは同じベッドの上に座るとカナセの背中をシーツ越しに何度も撫でた。

 掌越しに彼の背中が震えて居るのが伝わる。

 カナセの気持ちは痛いほど判る。

 戦いに出る者が常に敵を殺す事に躊躇の無い鋼の意思の持ち主という訳ではない。

 多くの者が人が人を殺すというジレンマの壁にぶつかり悩む。

 クレア自身もそうだ。それがヨシュアを守る為でも人を殺したその後は割り切るどころかその罪悪感に何時も押しつぶされそうになる。

 そんな現実から逃れる為に魔女の世界に伝わる鎮魂の儀を奉納し自分の気持ちを落ち着かせてきた。自分ですらそんな有様だ。

 だから戦いで傷付き苦しんでいるカナセを見てもこう答えるしかない。

「あなたは悪くないわ……」

 そう言って慰めるしか無いのだ。

 しかしカナセは何も答えない。今、彼はシーツの下で死んだカッツェ姉妹に詫び、逆に自分の責め続けているはずだ。

 それを思うとクレアの気持ちも沈んでいく。

 こんな事になるなら、あと一晩早くここに辿り着ければと悔やまれる……。

 そしてカナセの様態は変化する事なく一日が過ぎていった。

 クレアは就寝前にカナセの様子を確かめに行った。

 暗い部屋の中、ベッドの上で丸くなるカナセの背中が見える。

「きちんと寝ていてくれているのかしら……」

 クレアの胸の中に不安が過る。今日一日、食事はまるで摂れてない。こんな日が続けば衰弱していくのが目に見えている。

「カナセ君……一緒に寝て上げようか?」

 クレアがカナセの傍で腰を屈めると思い切った言葉をつぶやく。

 本来の元気な時の彼ならば一緒の部屋で寝ると言えば嬉々として飛び付いて来るはずだ。

 しかし今はそんな様子はまるで見えない。

 本当に火の消えた蝋燭の様に静まり返っていた。

「お願い、元気出して……」

 そんなカナセを見てクレアは祈る様につぶやいた。

 そして日付が変わってもクレアの看病は続く。

 しかしカナセの容態に変化はない。昨日と同じ様にぼんやりと宙を見つめるかシーツに包まっているかのどちらかだ。

 食事も摂れていない。それどころか目の下に濃い隈が浮かび上がり昨日よりもやつれてみえた。

 どうも睡眠が摂れていないらしい。

「カナセ君、ちゃんと眠れてる?」

 クレアは訊ねてみた。しかしカナセは無言のまま何も答えない。

その手応えの無いやり取りにクレアは気鬱が募る。

「お願いよ……。何とか言ってみせてよ……」

 クレア堪え切れず震えながら叫びそうになった。

 そんな時、部屋の扉をノックする音がした。

「どうぞ……」

 目頭を押さえながらクレアが返すと扉が開いた。

 しかし入って来た人物の顔を見た途端、眉をひそめた。

「何しに来たのよ?」

 クレアの声には棘がある。

「カナセ君の具合が悪いからお見舞いに来たの。お加減はいかが?」

 現れたのはラーマ・パトリックことソフィア・ゴッペルだった。

「彼は疲れているわ。様子が判ったらさっさと出て行って貰えないかしら?」

 せっかく見舞いに来た相手に向かってクレアは邪険に答える。

 この紫髪の女の為にどれだけ煮え湯を飲まされてきた事か……。

 それだけに石像の魔女を見る目には憎しみと猜疑心が込められている。

 今でこそ表向きは平静を装っていられるが、クレアにとってラーマはこの世界で唯一、殺しても胸が痛まない顔見知りの人物のはずだった。

「つれないわね。せっかくこんな美人がお見舞いに来て上げたっていうのに」

 ラーマが溜息を吐きながら答える。

「生憎だけど美人なら足りているから」

「へぇ、クソ真面目なアンタにもそんな冗談が言えたんだ」

「面白かったのなら、さっさと出てって下さる? 騒がしいったらありゃしないわ」

「そう邪険にするものでもないでしょ? せっかく同じ目的の為に戦って来た者同士」

「同じ目的ですって?! よくそんな事が言えるわね! あなたのせいでどれだけヨシュアの人達が酷い目に遭ったと思ってるの?! それにカナセ君がこうなったのも元はと言えばあなたが元凶じゃない!」

「確かに傍目に見ればヨシュアには随分と酷い事をしたわ。だけどそれによって私はファイタスの為に重要な情報も手に入れ、ウラ鉄に対して大きな戦果を挙げて来た。その戦果の見返りはヨシュアも随分、受けているはずよ。私が今までやってきた事をチャラに出来る位にわね」

「だからなに? 自分は何も悪くなって事?」

「あなた達の犠牲は無駄じゃないって事」

「なんて図々しいの! 盗人猛々しいのにも程があるわ!」

 堪りかねたクレアが怒りを露にする。

「もうお見舞いは済んだでしょ! 用事が終わったのなら出て行って!」

「何言ってるの。アンタと話しただけでカナセ君との用が終わってないわ」

 そう言うとラーマはカナセの横に立った。

 カナセの頭の中ではラーマはウラ鉄の女スパイのままのはずだった。

 しかしカナセはラーマと目が合っても何の関心を示さない。

 そんなカナセの前にラーマは背後に隠していた物を差し出した。

 それは両手に乗るほど小さな二つの壺だった。壺に飾り気はなく同じ陶製の蓋で閉じられていた。

「ベールとパールの遺骨よ。スズコとタマコって言った方が判りやすいかしら?」

 そう答えた途端、ラーマの頬にクレアの平手が飛んだ。

 狭い部屋の中で乾いた音が響く。

「何のつもりよ! カナセ君をこれ以上苦しめる気?!」

 クレアの激情がラーマに放たれる。

 彼が殺した相手の遺骨を持ち込むなんて非常識にも程がある。カナセが苦しんでいる原因はその姉妹を殺してしまった事にあるのだ。

 しかし頬を打たれてもラーマは涼しい顔だ。

 そしてクレアを無視してカナセを見る。

「カナセ君、昼過ぎからこの村の共同墓地で一昨日の戦闘で死んだウラ鉄兵士の合同葬儀が始まるわ。そこで納骨も続けて執り行われるけど……どうする?」

 そう言ってカナセの胸元にまで二つの骨壺を突き出した。

「……」

 カナセは何も言わない。

しかし二人の遺骨と聞いた瞬間から目つきが変わったのをラーマは見逃さなかった。

「勿論、出席するもしないもあなたの自由よ。でもね、二人を殺して後悔してるならあなたは出るべきだわ。そして二人に謝るなり別れを告げるなりするべきよ。これはアナタの義務、判るわね」

 そうラーマが語った直後、部屋の中は沈黙に包まれる。

 暫くしてカナセが目の前の骨壺に手を伸ばし始めた。

「受け取っちゃダメ! カナセ君!」

「黙ってなさい! 決めるのは彼よ!」

 制止しようとしたクレアをラーマが一喝した。

 カナセはラーマに向かって手を伸ばし骨壺を受け取った。

 それを見たラーマは笑った。

「いいわ、これで決まりね。時間は今日の13時よ。別に喪服の類は要らないらしいからそのまま骨壺だけ持ってきてくれればいいわ。じゃあね、カナセ君」

 そう言うとラーマはクレアの方を一瞥して後、部屋を出ていった。

 再び部屋の中で二人きりになったクレアはカナセの方を見る。

 カナセは胸の中に二つの骨壺をしっかりと抱いていた。だが壺を見るその瞳は虚ろなままに戻っていた。

「もう、どうなっても知らないから……」

 クレアは臍を噛む。

 だがカナセが自分で出ると意思を示したのならば止める訳にもいかない。ただ葬儀に出る事で、これ以上の陰鬱が悪化しないか、それだけが心配でならなかった。


 午後になってウラ鉄兵士達に対する合同葬儀が始まった。

 戦死者は百人を越えていた。小艦隊だが水上部隊が丸ごと一つ壊滅したのだから当然だ。

 そしてその中にはカッツェ姉妹も含まれていた。

 教会も寺院も無い村なので村の取り決めで村長が葬儀を取り仕切った。

 敵であるウラ鉄を葬送する事にはそれなりの理由があった。

 ただ死者に対する単純な哀れみも在るのだが最大の理由はロータスでの戦いが本質的に内戦という事実だった。

 ファイタスの戦士達がロータスの国民であるように内戦で戦うウラ鉄の兵士の大半もこのロータスの国民だった。

 別の言い方をすればどちらが死んでもロータスの国民だという事だ。

 よってファイタスによって葬られたウラ鉄兵士はロータスの国民として死ぬのだ。

 しかし執り行われる葬儀は極めて簡素な物だった。

 そして泣いている者はひとりも居ない。

 そこには同じロータスの国民でもウラ鉄は自分達にとって敵だという冷然とした事実があった。

 だが今回の参列者の中に、ただ一人だけ例外が居た。

「……」

 カナセは無言のまま意気消沈していた。悲しみに暮れた表情は陰の落ちた泥の様に暗く、二人分の骨壺を抱えた足取りもおぼつかない。

 結局、横でクレアに手を取って支えてもらう様な有様だった。

 やがて小さな納骨堂に兵士達の骨が順次、納められていった。

 そして最後にカナセが二人の骨を持って納骨堂の入り口に歩み寄った。

 カナセが二人の遺骨を納めると納骨堂が閉じられ出席者一同で静かに祈り始めた。

 村長が聖典を掲げながら祈りの言葉を捧げる。

 その厳かな空気に呑まれたカナセが納骨堂の前で崩れながらつぶやく。

「ごめん……スズコ、タマコ……俺が……俺が至らなかったばっかりに……お前等を死なせちまった……」

 カナセは地面に伏せながら大粒の涙を流し続けた。

 それを見ていたクレアがハンカチを出してカナセの涙をぬぐおうとした。しかしそれを横に居たラーマが止める。

「好きなだけ泣かせてあげなさい。今は独りで……」

 ラーマから言われたはずなのにクレアは不思議とその言葉に従う気になった。

 カナセは祈りの中で咽び泣いた。

 村長の祈りの言葉が終わり村の中で葬送の鐘が響く。

 その瞬間、カナセは感極まって天に向けて慟哭を上げた。


 葬儀が終わると今度は一転、村の戦勝祝いが始まった。

 村の広場に敷物が幾つも敷かれると村人皆が酒や料理を持ち寄った。中には楽器を持ち出して人前でその腕前を披露する者が居ればその曲に合わせて踊る者もいた。

 そんな中、カナセは大皿の上に山盛りの料理を乗せるとひたすら食べ続けた。

 その様子を目にしたクレアは唖然とする。

 今日の昼食も真面に食べようとしなかった者がどんなつもりだ。それにカナセは別段、健啖家という訳ではない。しかし大皿に盛られた量は常軌を逸していた。

「カナセ君、急に空っぽの胃に詰め込むと体の毒よ。昨日から何も食べてなかったでしょ?」

 心配になったクレアが注意した。しかしカナセは聞こうともせず、逆に傍に会った酒瓶をくわえ胃の中に流し込んだ。

 そして祭りが終わった頃には敷物の上で横になり、いびきをかきながら眠ってしまった。

「一体、何があったって言うのよ……」

 それをクレアは口を開けて見ている他なかった。カナセの奇行の意味が彼女にはさっぱり判らない。

 そんなクレアに向かってラーマが言った。

「上手い具合に気持ちが切り変わったんでしょうね」

「切り変わった? どういう意味よ?」

 クレアはラーマに問い質す。

「お葬式の効果が出て来たって事」

「だから何で?」

 葬式に出席しただけで簡単に気持ちが切り替わるものなのか?

「ならクレア、アンタに聞くけどお葬式ってなんでするって思う?」

「そんなの決まってるわ。故人の冥福を祈る為でしょ? ウチの両親が亡くなった時はそう思ったわ」

「半分正解」

「じゃあ後の半分は?」

「残された者が気持ちの整理を付ける為よ。失った人の死を乗り越える為にね」

「ならカナセ君がいっぱい食べて、そのまま寝ちゃったのはその整理がついたって事?」

「でしょうね。もう彼の中でカッツェ姉妹の存在は思い出に変わったはずよ」

「思い出に、か……」

 ラーマは気に入らない存在だ。だが彼女の言っている事は判る様な気がした。

 クレアは戦争で人を殺した後、精神のバランスを保つ為に鎮魂の儀を密かに捧げていた。

 だがそれは死者の魂を鎮めると共に許しを請う為の儀式でもあった。

「ならカナセ君が目覚めた時、彼は元通りになってるって事?」

「どうかしらね? 目覚めてみない限り判らないわ」

「ねえ、ラーマ」

「何よ?」

 ありがとう。クレアは思わず言いそうになった。

 これで本当にカナセが元通りになるならラーマに感謝すべきだった。

 だが慌てて喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。

 やはり彼女のやってきた事は今でも許せないでいた。

 だがありがとうの一言を言う事で今までのラーマの所業を許してしまいそうになった。

「いいえ、何でもないわ……早く、どっかに行って!」

「何よ、変なの」

 結局、何も言えないままのクレアを残しラーマは去って行った。

 代わりにクレアは居なくなったラーマの事を必死に忘れようとした。

 そして敷物の上で眠るカナセに寄り添った。

 カナセから穏やかな寝息が聞える。

 そんな彼の寝顔を眺めながらクレアは安堵の溜息を漏らす。

「そうよ、落ち込んでて、立ち直ってくれるならそれで良いじゃない……」

 クレアはそう心の中でつぶやきながらカナセの黒い髪をやさしく撫でた。


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