第24話 最果ての村にて
「あ、あれ?」
気を失っていたカナセが今頃になって目を覚ました。
しかし目の前は白い布で遮られ前が見えない。
「な、何だよ、これ……」
布の中でカナセはもがき続ける。
幸い坂道を転がった拍子に体を縛っていた縄は緩み、カナセは布の中から顔を出す。
しかし周囲は真っ暗闇な坂道の脇の田畑の中だった。
「何で俺、こんな所に居るんだ? 痛ててて……」
正気に戻った途端、顎と後頭部から痛みがぶり返す。
おかしい、自分は確か浴室でスズタマを目にした途端、それからの記憶が無い。
なのに目覚めたら、なぜかこんな場所に居る。
それどころか村の沖合ではここからでも幾つかの炎が見える。
「なにがどうなってるんだ?」
炎を見ながらカナセが茫然とする。
よもやそれが姉妹の仕業とは思いもしない。
そんな中、坂道の上から声が聞こえた。
「ちょっとアンタ、大丈夫かい?」
それはマーケットでタンツィーの串焼きを売っていたおばさんの声だった。
「オバサン?」
「誰かと思ったら兄さんじゃないかい。どうしてこんな所に居るのさ?」
「それが俺にも何が何やら……。あの燃えているのはオバサンがやったの?」
「ちがうよ。突然出て来た、猫だか豹だかの化け物がやっちまったんだ」
「猫の化け物?」
オバサンの言葉だけでは今一つ、状況が掴み切れない
坂道に戻ると武器を持った大人たちが村の方へと引き返していく。
「ここはもう駄目だ。撤退だよ」
「撤退って?」
「村の中まで下がるんだ。あんな化け物、私らだけじゃ相手に出来ない」
結局、カナセも為す術もなくオバサンの後に付いていくしかない。
「市街戦になるの?」
走りながらオバサンに聞く。
「仕方ないね。家が壊されるのは癪だけど。あそこで止めるしかないね」
そうなれば孤児院の退避壕も無事では済まないはずだ。
「しかし変だね? ウラ鉄がちょっかいを出しに来た事は何度があったけどこんな大掛かりなのは初めてさ」
訝しるオバサンの言葉にカナセの心が痛む。
「間違いない。敵の標的は俺自身だ……」
それにこの村全体が巻き込まれているのだ。その事実にカナセは責任を感じる。
「俺の手で何とかしなきゃあ……」
村の中に入ると壁際に隠れながらカナセがオバサンに訊ねた。
「それよりオバサン、俺も戦うから何か武器は無いか?」
「武器って、生憎、今は全部出払って、村の武器庫も……ああ、あれが残ってたか」
「あれって?」
「戦車だよ。倉庫の奥で埃をかぶってるんだ。けど兄さんひとりじゃあ、ねえ……」
オバサンは落胆の溜息を吐く。
だが戦車の聞いてカナセの胸の奥が逆に昂った。
「おばさん、俺を武器庫に連れて行ってくれ!」
「行ってどうするんだい? 戦車を使いたいってのなら止めといた方が良いよ。あれはひとりで扱えるもんじゃないんだから」
「大丈夫だよ。こう見えても、俺はマギライダーなんだ」
「マギライダー? 何だいそりゃ?」
「メイヴィスと同じ事が出来る。ひとりで戦車に乗って戦えるんだ」
「それって本当かい?!」
驚いてみせるオバサンを前にカナセが自信満々に頷いてみせる。
「判った、付いてきな」
その後、オバサンはカナセを武器庫まで連れて行った。
武器庫の前では数人の男達が身を潜めていた。
「村長!」
その中のひとりにオバサンが声を掛ける。
「何だ、エリザ」
髭面の男がオバサンの方を見る。その時、カナセは串焼き屋のオバサンの名前を初めて知った。
「この兄さんに戦車倉庫の鍵を渡して上げて」
「渡せって、何故?」
「察しが悪いねぇ! ええっと、マギラ……何だっけ?」
「マギライダー」
言葉の詰まったオバサンにカナセが答える。
「そうマギライダーだって、メイヴィスちゃんと同じ。だからここは戦車で戦って貰おうじゃないかって事!」
「判った。早速、やってもらおう」
オバサンの提案に村長は即決するとカナセを手招きした。
「こっちだ、付いてきてくれ!」
目の前の武器庫の前に立つと村長が皆と一緒に大扉を引いた。
扉の向こうで只ならぬ鉄塊の気配が漂う。
中に入ると一台の戦車が鎮座していた。
そして村長から武器庫の物とは違う鍵を渡された。
「これで戦車を動かせる。古い物だが整備は定期的に欠かさずやっているから心配しないでくれ」
「判った。ありがとう」
カナセは小山の様な戦車の車体によじ登ると天辺のハッチから車内に身を沈めた。
「型式名はモノケロス型中戦車、四速350煌力、主砲は50㎜砲か……34號?」
「先々代の村長がウラ鉄から輸送中の物を鹵獲したんだ」
「分捕ったって訳か……」
だが正直、出所はどうだっていい。戦力になる物があるだけでも有難い。
カナセは戦車の状況を確かめる。
「大丈夫、動きそうだ……」
しかし今の目で見ればいささか力不足だ。
「けど、これでやるしか無いな、その猫の化け物って奴と……」
カナセはモーフィング・マギア唱えながら34號を起動させた。
「まあ、やってやるさ!」
34號が車庫から出ると扉の隅でオバサンが叫んだ。
「頼んだよ、兄さん! 敵の数は二つ、村の中の通りのどれかから侵入して来るはずよ」
「了解。さあ、化け猫退治の始まりだ!」
戦う前からカナセはそう息巻いてみせた。
武器庫から出た34號は通りの中を走った。
村の中には大きな通りが三本ある。
そのうち干潟から通じる道は二本、中央の大通りと海側の堤防沿いの通りで、村の西側で合流し、干潟や港の方へ一本の坂道となって伸びていていた。
カナセが干潟に向かう時に使うのも脇で気を失っていたのもその道だ。
一方、村のど真ん中を通る中央通りは一番道幅も広く役場や学校、マーケットが立ち並ぶ。
それを挟む様に、干拓地からの入り口となって孤児院まで突き当たる内陸側の通りと、堤防沿いの通りが並び、それらが辻道で格子状に繋ぎ合わせられていた。
何にするにしても先ほどの上陸地点から村に入るには坂道を登って二本の通りのどれかを通らなければならない。
カナセは34號を前進させると堤防沿いの通りの辻角で身を潜めた。
「さて、俺の読みでは奴等、こっちから来るはずだが……」
カナセの予測には理由がある。
中央通りから進めば村の両脇から挟み撃ちにされる可能性がある。
それに淡海に接する堤防に登れば村の中を観測する事も可能だ。
しかし待てど暮らせど、通りの向こうから敵の姿は一向に見えない。
自慢の魔煌探信にも反応は無い。
「どうした? 引き返したか?」
そんな訳がない。優勢の中で引き返すなんてありえないはずだ。
カナセは用心深く34號を移動させた。
もう少し、堤防側へと車体を寄せる。
しかしそれが裏目に祟った。
突然、堤防の外から黒い影が飛び出し34號の側面に襲い掛かったのだ。
「なっ!」
魔煌探信に反応が無かった。その事実にカナセは愕然とする。
ガキンッ! 遅れて金属と金属とが激しくぶつかり合う音。
34號が勢いに負けて吹き飛ばされる。
「うわああああああ!」
横転する戦車の中でカナセが叫び声を上げる。
「コナクソ!」
しかしそこは歴戦の勇士! 転がりながらも34號をヴァイハーンへと変形させると、前回り受け身を取りなが体制を立て直す。
そして堤防の上を見上げると一匹の鋼鉄の黒豹が低く構えていた。
「貴様が化け猫か!」
カナセが至近距離で50㎜砲を発射した。
だが化け猫は軽々と砲撃をかわすと通りへと去っていく。
「逃がすか!」
カナセが化け猫の後を追う。
しかしそこに二匹目の黒豹が堤防から躍り出てヴァイハーンの背後から責める。
「ぐわぁ!」
見事な時間差攻撃、黒豹に背中から圧し掛かられヴァイハーンは瞬く間に窮地に陥る。
だがここですかさず上半身を腰から180度回転させると、今度は正面で向き合う事で相手と揉み合いになる。
「この!」
カナセが右手の50㎜砲の先端で突き入れた。
しかし砲身は難なくかわされると逆に主砲の基部を大顎で食らいつかれた。
鋭い牙が咥え込んだ主砲をヴァイハーンの右腕から剥ぎ取っていく。
「しまった!」
だが叫んだ時には手遅れだった。
主砲を奪い取られたヴァイハーンは忽ち攻撃手段を失ってしまう。
一方で、黒豹の大顎が砲身を吐き捨てると、今度はヴァイハーンの首元目掛けて牙を剥いた。
「やらせるか!」
更にヴァイハーンの下半身を180度回転させると黒豹との間の隙間に右脚を滑り込ませる。
そしてそのまま勢いよく蹴り飛ばした。
黒豹の体がヴァイハーンから弾き飛ばされる。
しかしそこに最初に現れた黒豹が再び前に出ると、背中に背負った20㎜四連装機関砲を発砲した。
銃撃の猛射が戦車の装甲板を叩き続け、中のカナセを翻弄する。
「うわわわわわぁ!」
カナセが再び呻いた。
そして堪らず戦車に装備されている煙幕を放った。
闇夜に煙が立ち込め更に視界が遮られる。
「今のうちに……」
カナセはヴァイハーンを慌てて立ち上がらせると煙に紛れながら撤退を試みる。
しかしそうは問屋が卸さない。
今度は煙の向こうから光の輪が飛んできた。
それはつい先ほど揚陸母艦の巨体を切り裂いたパンニャドラムの輪だ。
煙幕が一瞬で霧散すると、ヴァイハーン目掛けて大輪が襲い掛かる。
「!!」
言葉も無いままカナセが反射的に光の輪の前で身を翻した。
ヴァイハーンのすぐ横を光の輪が通り過ぎる。
運良く、光の輪の攻撃を避ける事に成功したカナセは残りの煙幕を発射しながら辻道へと撤退した。
「全く、掛け値なしの化け猫だ……」
逃げながらカナセが二匹の黒豹の強さに舌を巻く。
ここは地の利を使って一旦、出直すしかない。
一方でヴァイハーンを狩り損ねた光の輪は勢い余って、そのまま堤防を乗り越え淡海に落ちた。
「みぎゃあああああああああああ!」
輪の中から黒豹が悲鳴を上げた。
暫くして海面から二匹の黒豹が顔を出すと揃って堤防の上を登った。
そして体を小刻みに震わせながら水を振り落とし周囲を警戒する。
既にヴァイハーンは逃げた後て、煙幕の煙も薄くなっていた。
だが二匹の黒豹は無理に追う様な真似はしなかった。
「姉者、あのマギアギア、結構強いニャ!」
「そうニャ、ウチ等の連携攻撃を上手くかわしたニャ!」
黒豹の中から声が聞こえる。それはベールとパールの姉妹の声だ。
「流石、エリザベス・アムンヘルムの弟子って所ニャ」
グレン・ハルバルトの渡した資料の中にあった特徴的な二本の角のマギアギア。ふたりは先ほどまで戦っていたマギアギアの正体はとっくにお見通しだった。
「けど、今度は逃がさないニャ、カナセ・コウヤ!」
「逃がさないニャ! そしてウチ等で捕まえてやるニャ」
そう気持ちを揃えると再びヴァイハーンの後を追った。
だが一方のカナセは黒豹のマギライダーの正体が姉妹だとは夢にも思わない。
それどころか黒豹の神出鬼没の能力に翻弄されその事で頭がいっぱいになっていた。
「あいつら、俺の魔煌探信に引っかからなかった……」
その事実にカナセの背筋は冷たくなる。
カナセの煌力を感知できる能力は相手が3㎞以内にさえ居れば完璧に捕えられるはずだった。
だが今回に限ってはそれがまるで通用しない。
「今まで、こんな事は無かったのに……」
しかし事実ならば認めなければならない。
「一体、どんな手を使ったんだ?」
そんな中、後退したカナセは再び武器庫に戻っていた。
そしてそこにまだ居た村長に催促する。
「村長さん! 何か武器は無いか?!」
「武器と言われても、マギアギアに使えそうな大型の物なんて……」
「頼む、何でも良いんだ。急いでくれ!」
「そう言われても、ここにあるのは歩兵用の武器ばかりだ……」
「兄さん! これでどうだい?」
すると武器庫の奥からオバサンと数人の村人が台車に積んだ木箱を運んできた。
「こんな物だけどね、兄さんなら使えるんじゃないかい?」
オバサンが木箱の蓋を開けるとカナセが中身を見て息を飲む。
「成程……」
「昔、試しに作ったもんだけど、どうも使い勝手が悪くてね。仕舞ったままにしてたの」
「ありがとう、こいつは何とかなりそうだ。それと村長さん、猫退治を手伝ってもらえないか? 俺一人じゃ到底。太刀打ち出来そうにない」
「ああ、任せてくれ。我々に出来る事なら何だって協力する」
村長に言葉にカナセの中で希望の光が見える。
そして手早く打ち合わせを済ませると、ヴァイハーンは木箱を脇に抱えながら、再び闇夜に向けて走っていった。
「さあ、化け猫退治の第2ラウンドの始まりだ!」
人気の消えた闇夜の通りを二匹の黒豹が大胆に進む。
今の姉妹の牙と爪の前にはヴァイハーンですら太刀打ち出来ない。
爪牙の他にもロムスと名付けられたベールの黒豹には75㎜の戦車砲、レムスと名付けられたパールの黒豹には4連装の20㎜機関砲の砲塔がそれぞれ搭載されている。
それは姉妹にとってお決まりの装備だった。
更に二人のマギアギアには今回、もう一つ特別な装備が搭載されていた。
探信阻害装置。文字通りカナセの魔煌探信を妨害する為に誂えられた特別装備だ。
それは古代魔煌気文明からの発掘品のマギアルマで、現代に作られた低性能の粗悪品とは訳が違った。
それを姉妹はこの日の為に手を尽くして二つ分かき集め、カナセ・コウヤ捕獲の為に自身の空挺戦車に搭載したのだ。
お陰でカナセの無敵を誇った魔煌探信は完全に封じられ今回だけはまるで使い物にならない。
「さ~て、カナセ・コウヤはどこに居るのかにゃ~」
「けどこんな狭い村の中で隠れるなんて無駄なんだにゃ~」
姉妹は得意げに前進する。
こちらの勝ちは見えている。姉妹の息の合った連携に当のカナセは逃げるばかりだ。
そして二匹の獣の足が突然、止まった。
村の一番大きな十字路の向こうで立ち塞がるヴァイハーンの影を発見したからだ。
「うみゃ? 待って居た?」
「みたいだニャ?」
姉妹はヴァイハーンの行動を訝しがる。
「もしかして罠を張ってるニャ?」
「村の人の姿もさっきから見えにゃいし、隠れてるのかニャ?」
「でもこんな短い時間じゃ大した罠は作れないニャ」
「にゃれど、油断は禁物ニャ」
「判ってるニャ、ゆっくり慎重に近づくニャ」
そう示し合わせながら姉妹の駆る黒豹は、狭い通りで二手に別れるとジリジリとヴァイハーンとの距離を詰めていく。
そして黒豹が通りの十字路の中心に差し掛かった時、遂にヴァイハーンも動き出した。
闘神が手に持っていた黒い塊を黒豹達に向かって投げつけた。
塊は宙に舞った瞬間、羽ばたくように大きく広がっていく。
塊の正体は漁師が使う古い地引網だった。投網の要領で投げつけられた網は広がった状態でゆっくりと黒豹達の頭上へと落ちていく。
「こんにゃ子供騙しで!」
「ウチ等を捕まえられると思ったら大間違いニャ!」
二匹の黒豹は落ちて来る投網を避けようと十字路の北と南に別れて回避した。
敏捷な黒豹にしてみれば投網の動きなど止まってる様にさえみえる。
「ニャはははは、そんニャの投げてもかすりもしないニャ!」
「女の子を捕まえるならもっと良い網を使うにゃ~」
だが二人の黒豹が通りを挟んで完全に別れた時、それは起こった。
ベールのロムスが北側の辻道へと避けた瞬間、右前脚が何かを踏んだのだ。
それが道にばらまかれていた対戦車地雷だと気付いた時には前脚が吹き飛ばされた後だった。
「ふみゃああああああああ!」
爆発に巻き込まれたベールが叫ぶ。
「姉者!」
爆炎に包まれる姉を見てパールが叫んだ。
妹はロムスの方へと引き返そうとする。
しかしレムスが駆けようとした瞬間、今度は地面に広がっていた投網が突然、燃え上がった。
「うみゃ!」
姉との間に立ち塞がる炎を前にパールは狼狽える。
網の正体は導爆線と呼ばれるロープ状の爆薬を編み込んだ特製のトラップだった。
本来ならば敵が干潟に上陸する際の障害物として編まれた物だったが、今回は敵の上陸速度が速すぎて使われず仕舞いのまま倉庫で放置されていたものだった。
結局、その網状の爆弾が功を奏して姉妹は通りを挟んで分断される。
更に離れ離れになった姉妹に対して村の中で身を潜めていた村人達が攻撃を開始した。
大小の銃砲火器が建物の隙間から黒豹達に向け浴びせられる。
「みゃあああ! 謀られたにゃああああ!」
片足を失ったロムスの中でベールが叫んだ。
目の前に炎に辻道の地雷原、恐らく炎の光を頼りに村人は対戦車火器で待ち構えているはずだ。
それは妹の方も変わりない。
果たして村の中でも貴重な対戦車ロケット弾が発射された。
姉の下へ行くことも儘ならないレムスの背中にロケット弾が命中する。
「うみゃあああ!」
先ほどまでウラ鉄の上陸部隊をなぎ倒してきた20㎜四連装機関砲が被弾した。
酷く損傷した機関砲はもう使い物にならない。
しかしこんな所で狼狽えている暇は無い。
早くここから脱出しなければ村人達の集中砲火で姉妹揃ってハチの巣にされる。
「あ、甘く見過ぎたニャ……」
ベールが思わず悔しがる。
既に形勢は逆転していた。こんな些末な罠で水軍を破った姉妹が翻弄される。
そんな中、燃え上がる導爆線の炎の揺らぎの中からマギアギアの影が見えた。
それを見た瞬間、妹が自分を助けに来てくれたのかと思った。
だが違った。
炎を掻き分けて現れたのは反撃に転じたヴァイハーンだった。
ヴァイハーンの右腕には魔煌障壁から転じた光の刃が輝く。
「破煌! 突貫戟!!」
そのまま雪崩れ込んだヴァイハーンの突きがロムスに炸裂した。
しかしベールも現役のウラ鉄警備隊のエースだ。
寸前の所で身を沈め致命傷を免れる。
だがその身代わりに背中の75㎜砲に突貫戟が命中した。
光の刃を受け止めた瞬間、砲塔内の弾薬が誘爆を引き起こす。
「みゃああああああ!」
「うわああああああ!」
爆発の衝撃を浴びつつロムスもヴァイハーンも炎に蒔かれながら吹き飛ばされた。
同時に役に立たなくなった75㎜砲をロムスは背中から切り離す。
「姉者ー!」
その様子を目撃した妹が二人の中に飛び込んできた。
姉の下に辿り着く為、妹も壊れた20㎜四連装砲を切り離し身軽になると、果敢にも十字路の炎を飛び越えてやってきたのだ。
「パンニャークロー!」
ヴァイハーンに向かってレムスの必殺の爪が襲い掛かる。
「ヤバい!」
危険を察したカナセが今度は左手で魔法障壁を展開させる。
しかし黒豹の爪は易々と障壁を突き破ると、そのままヴァイハーンの左手首を斬り落とした。
「わぁぁああああ!」
手首を失ったヴァイハーンが堪え切れず尻餅をつく。
一方、その横では妹が姉の下へ辿り着いていた。
「姉者! 大丈夫かニャ?!」
「にゃ、何とかニャ……」
妹の懸命な呼びかけに姉は何とかロムスを立ち上がらせた。
その姉妹のやり取りが傍に居たカナセの耳にも届く。
「え? 今の声って……」
「ここは一旦、引くニャ!」
「りょ、了解ニャ……」
間違いない。スズコとタマコの声だ。
「そんな……まさか……」
ヴァイハーンの中でカナセが茫然とする。
今まで自分はスズコとタマコの姉妹と戦っていたというのか。
「脱出ニャ!」
しかしそんなカナセの思いとは裏腹に二匹の黒豹は炎が上がったままの通りの中を西に向かって逃げていった。
「ま、待て!」
二人の後をカナセが必死に追い掛ける。
「あの声、あれは間違いなくタマコとスズコだ……」
追いながらカナセの胸の内では嫌な息苦しさに苛まれる。
聞き間違いであってくれ……。心の中で祈り続けずには居られない。
村の外れでヴァイハーンは二匹の黒豹に追いつく事が出来た。
ロムスが前脚の一本を失った為、思った様に速度が出せなかったのが原因だ。
逃げるのを飽きらめた姉妹は反転すると、妹が手負いの姉を守る様にカナセの前に立ち塞がった。
「姉者には指一本触らせないニャ!」
妹は毅然とした態度でカナセに言い放つ。
しかし一方のカナセは今も目の前の事実が信じられずに居た。
「タマコ、スズコ……本当に君達なのか?……」
カナセが息を飲みながら恐る恐る訊ねる。
すると目の前の黒豹から聞き覚えのある声が聞こえた。
「こちらはウラ鉄ウラ警備隊壱號隊ニャ! カナセ・コウヤ、無駄な抵抗は止めて大人しくウチ等に捕まるニャ!」
無線からは間違いなくタマコの声が聞こえる。
その声にカナセは愕然とした。
「な、何で……タマコの声が聞えるんだ?!」
「察しが悪いニャ。よく考えるニャ!」
今度は後ろの黒豹からスズコの声が聞こえる。しかしカナセの中では改めて考えるまでもなく一つの結論に達していた。
「もしかして二人はウラ鉄なのか?」
それでもカナセの気持ちが真実を否定したがる。
「何言ってるニャ。さっきからそう言ってるニャ!」
「俺を騙したってのか?」
「そうニャ。ここで可哀そうな難民の少女に化けて一芝居打ったのニャ」
「そんな……」
姉妹から突き付けられた現実は非情だった。
だが自分はただの女の子として彼女達に何の気兼ねもなく接してきた。
その感覚が今も胸の中に強く残る。
自分の気持ちが今になっても二人を敵と認識できない。
「止めろ、タマコ、スズコ! 俺達は……その、戦っちゃいけない!」
カナセは思わず叫んだ。
しかし二人からの回答は悲しいものだった。
「何、訳の判らない事言ってるニャ! 戦いたくないのならそっちが大人しく降参するニャ!」
「そうニャ! 降参するニャ!」
「それは……」
駄目だ。降参はロッゾ・カルの軍門に下る事だ。
「それができにゃいのなら、ウチ等はお前を捕まえるまでこの戦いを止めないニャ!」
「そうニャ、そうニャ! 止めないにゃ!」
「ここまで来ておいて何も無しにゃら、ウチ等が総裁様に大目玉ニャ!」
「そう、困るニャ! 総裁様の大目玉はとーてっも怖いニャ!」
結局、三人が話し合いで折り合う事は無かった。
姉妹にとってカナセを捕まえる事は使命だ。
ウラ鉄のダブルエースが使命を捨てる事など絶対にありえない。
ロムスが立ち上がり姉妹は再び並ぶとヴァイハーンへの挟撃に移った。
「結局、やるしか無いのか!」
カナセの表情が苦悩で濁る。
正直、二人とは戦いたくない。
「いいや、戦える訳がない! だって、あの子達は……あの子達なんだぞ!」
敵に向かってこんな気持ちになったのは初めてだった。
ほんお少し前まで仲良くしていたのだ。
姉妹は演技だとうそぶいたが二人の口から出た言葉がカナセには邪なものには思えない。
今日、初めて出会ったのに、友達になれたと思った者と命を賭けて戦う事がこんなにも辛いものなのか。
その悪夢の様な現実にカナセの心が蝕まれる。
だが悪夢は冷める事はない。それどころか、この苦しみを嘲笑うかの様に研ぎ澄まされ、カナセに迫る。
「チクショー!!」
心の痛みを胸にヴァイハーンが駆けだした。
タマコの駆るレムスが先にヴァイハーンとぶつかった。
カナセも強力な敵を前に体が勝手に反応する。
爪を振るって躍動するレムスに向かってヴァイハーンが真正面から飛び込んだ。
レムスの左の爪がヴァイハーンの右肩を打つ。
「うぐっ!」
ヴァイハーンの肩の装甲が砕ける。
「だが、まだだ!」
駆動系まで壊れた訳ではない。
ヴァイハーンはレムスと肉薄しながら相手の体の隙間に自身を滑り込ませた。
「ミャッ!」
カナセの機械の様な滑らかな動きにタマコは翻弄される。
そして気付いた時にはカナセの古代パンクラチオンの奥義が黒豹相手に炸裂していた。
「激! 鉤車輪陣!」
それは卍固めと呼ばれる間接技だった。
ヴァイハーンが力を込めると技を掛けられたレムスの肩から脇腹にかけて捻り込む様な急激な圧搾が掛けられる。
ミシミシと金属が軋む嫌な音が辺りに響く中、レムスの操縦席の壁が亀裂を起こしながら徐々に狭まっていく。
カナセの関節技から凄まじい締め上げを受けている証だ。
「みぎゃあああああああああああああああああああ!!」
押しつぶされそうな恐怖にタマコが悲鳴を上げた。
「降参しろ、タマコ! このまま続けると本当に押し潰しちまうぞ!」
カナセもタマコの悲鳴を聞きながら降伏を促す。
「嫌ニャ! 嫌ニャ! 嫌ニャ! 降参なんてしにゃいニャ!」
「こんなところで強情張るな! 死にたいのか!」
カナセもこれ以上の攻撃は不本意だ。
しかし姉妹が戦闘を放棄してくれない以上、止める事も出来ない。
「みゃあああああああああああああああああああああ!!」
押しつぶされていく操縦席の中でタマコの半狂乱の悲鳴が今も聞こえる。
「もう無理だ……」
根負けしたのはカナセだった。
情に流され仕方なく締め上げを緩めようとする。
だがその時、妹の窮地を目の当たりにした姉のロムスが飛び込んでいく。
「妹者をいじめるニャア!」
今度は妹を救おうと姉の黒豹の残った左腕がヴァイハーンに襲い掛かる。
「パンニャークロー!!」
しかしレムスを拘束したままのヴァイハーンは咄嗟の動きが取れない。
「しまった!」
だがその時、悲劇が起こった。
スズコの強襲を前に焦燥感に捕らわれたカナセが、誤って拘束していたレムスの体を全力で締め上げてしまったのだ。
「ぐぎゃ!」
今までにない歪な金属音がタマコの悲鳴と一緒に聞こえた。
直後にヴァイハーンの右腕は切り落とされ、レムスの体と一緒に地面に転がっていく。
その拍子に締め上げられていた妹の黒豹がヴァイハーンの手から離れていった。
解放されたレムスだったが、体は歪に押しつぶされ小刻みに震えて居た。
「い、妹者!」
姉は直ぐにレムスの下に駆け寄った。
「妹者! 妹者! 妹者! 返事をするニャ、妹者!」
姉は何度も妹に呼び掛ける。
しかし妹からは何の返事も返って来ない。
代わりにレムスのモーフィングが解かれていく。
こんな時に変形が解かれる理由は一つしかない。
そして妹の黒豹が大破した空挺戦車に戻ると、姉は妹に何が起きたのかをようやく受け入れた。
「そんなの……嫌にゃ……」
頭が判っていても言葉でそれを否定する。
「嫌にゃ、嫌にゃ……妹者……」
声を枯らしながら妹を呼ぶ度、姉の心を悲しみの闇が覆いつくす。
だがその闇の中から一つの感情が自然発火した。
それは妹を殺された姉の純粋な怒りの炎だ。
「よくも……妹者を!」
憎悪の灯火は一瞬で爆轟し、ベールの感情を包み込んだ。
「フギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
黒豹が傷だらけのヴァイハーンに再び突貫した。カナセに逃げる術はない。
「なぜ殺したニャ! 妹者はお前の事、好きだって言ったニャアアアアアアアア!」
「タ、タマコ……」
カナセは操縦席の中で愕然としていた。
だがもう四の五の言っている暇は無い。一瞬で妹を失ったスズコは間違いなくカナセを殺す気でるのだ。
その凄まじい憤怒と殺気が迫る中、二騎のマギアギアが決着をつける為に真正面からぶつかる。
ロムスが単身で突っ込んでくる。右腕を失ったヴァイハーンに逃げる場所はない。
カナセは手首のない左腕で魔煌障壁を展開させる。
しかしそこにロムスの残った右腕がヴァイハーンの左腕を魔煌障壁ごと切り飛ばす。
「しまった!」
この瞬間、ヴァイハーンは両腕を失い完全な無防備に陥った。
だが同時に戦場で僅かな時の隙間が生まれ、二人は互いの必殺技を繰り出す為に心血を注ぐ。
先手を取ったのは妹の敵討ちに燃えるベールの執念だった。
ロムスは跳躍した瞬間、体の軸を中心に凄まじい回転を起こす。
「デスロール・スクリュー!」
それは今までの内戦で数多くのマギアギアを血祭りにあげて来た姉妹の必殺技だった。
「フミャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
渦巻の様な高速回転が加わった黒豹の牙がヴァイハーンの胸板に噛み付いた。
その回転力の凄まじさたるや90㎜の装甲板など容易く粉微塵にした。
ヴァイハーンの上半身は切り刻まれ、装甲板の向こうからカナセの身体がむき出しになる。
しかしカナセもまだ諦めてはいない。
秘伝の脈煌侃流で精神を統一させる。
「くおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
両腕を失ったヴァイハーンから魔煌障壁が生まれた。
しかし障壁が発動したのは闘神の額からだった。
「破煌、突貫!」
額の障壁が一瞬で突貫戟に形成させる。
それは幻獣ユニコーンを思わせる美しい一角だった。
「一点突破ぁぁぁぁ!」
ヴァイハーンが残った力を振り絞って光の角をレムスに向け突き立てた。
機械と機械がぶつかり合う鈍い音。
だがデスロール・スクリューの余波を真面に受けた頭部は切り離され、宙を舞う。
無惨、上半身のほとんどを失ったヴァイハーンはレムスの必殺技に負け吹き飛ばされてしまう。
そして村の外れで一切の力を失った。
だが一方で必殺技を撃ち終えたロムスの猛撃もそこで終わりを迎える。
勝者と思われた黒豹の右肩には根元から折れた光の角が深々と突き入れられていた。
それはカナセが額から発生させた突貫戟の残滓だった。
深手を受けたロムスは体を震わせながら地面に向け頭から崩れ落ちていった。
折れた突貫戟の切っ先の先端は黒豹の首筋を超え胸板の奥にまで達し、中に居たベール・カッツェの心臓まで貫いていた。
「そんにゃ……妹者……」
血を吐きながら姉が妹を呼ぶ。
そしてそれが彼女の最期の言葉だった。
やがて猫の目の様な美しい瞳から焦点が奪われ、ベールはロムスの中で息絶えた。
戦いを終えたマギアギアが元の機械へと姿を戻していく。
動かなくなった二両の空挺戦車からは生きた人の気配ない。
そんな中、前面の装甲版まで砕け散った34號からカナセが芋虫の様に這い出て来た。
あの激闘の中、ロムスが右前脚を失っっていた事で高速回転の中に僅かな空隙が生まれていた。
その隙をカナセが光の角で突いた訳だが、それでも勝てたのは偶然の産物に過ぎない。
だがそんな事は今のカナセにとってどうでもいい事だった。
カナセは振らつきながらも目の前で動かなくなった空挺戦車の一両にすがった。
黒豹から戦車に戻された操縦席には突貫戟による大穴が開けられていた。
「チクショー! なんで! 何でなんだよー!!」
カナセは墓標となった空挺戦車の前で叫んだ。
「スズコ……タマコ……返事してくれよ……」
カナセは懇願した。
しかし二人からは何も返って来ない。暗い闇夜の中で空しくカナセの声が響くだけだ。
そんなカナセに残された物はタマコとスズコをこの手で殺したという事実だけだった。
その事実がカナセの心に重く圧し掛かる。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ……:
耐え切れなくなったカナセは大声で泣いた。
狂わんばかりに泣いた。
泣かずには居られなかった。
泣かねば精神が壊れそうだった。
死んだ人の為にここまで悲しくなったのは師匠が死んだ時以来だった。
しかし幾ら泣いても彼女達が蘇る事はない。
一度でも無我の境地に達した人間は二度と人の世に還っては来られない。
それがこの世の不変の摂理だからだ。




