第20話 ゴディバの市(5) 最下層害虫戦
そしてクレア達の前にも未曽有の危機が訪れようとしていた。
皆が集まっていた処置室の窓ガラスの突然、割れる音でそれは始まった。
同時に割れた窓から黒い物体が飛び込んでくる。
放り込まれた物体の正体は安全装置の外れた手りゅう弾だった。
手りゅう弾が処置室の中で転がった瞬間、一同の背筋が一瞬で凍り付く。
「チィ!」
爆発物に反応出来たのはデニス・ワイルダー唯一人だった。
デニスは胆力を総動員して転がった手りゅう弾を拾うと、そのまま割れたガラス窓に向かって投げ返した。
「皆、伏せろ!」
叫び声の直後、外で爆発が起きた。
間一髪、難を逃れた一行だったが、今度は処置室に向かって更に次々と無数の手りゅう弾を投げ込まれる。
「皆、早くここから逃げて!」
クレアの声に全員が反応する。
そして処置室から待合室へと通じる扉に向かって殺到した。
「ちょっと! 私を置いていくな!」
縛られて動けなくなっていたラーマが叫ぶ。
ラーマの体を一番傍に居たデニスと奥の椅子に座っていたゴッペル先生が掴み上げると揃って脱出した。
処置室の扉を閉じた直後に重なり合う様な爆発が起こる。
襲撃で扉は壊れ処置室の中は粉々になった。
一方、間一髪の逃走が功を奏して全員が無事だった。
だが外からの攻撃はここからが本番だ。
手りゅう弾の爆炎が残る処置室から一瞬、人影が見えた。
「窓から誰か侵入してきた!」
デニスが拳銃を抜くと銃口を処置室に向け、引き金を引いた。
二発の発砲の後、二人分の悲鳴が聞こえた。
「皆、裏口から逃げるんじゃ!」
ゴッペル先生が娘の縄を解きながら皆に指示を出す。
だが父の言葉を娘が即座に否定した。
「もう遅いわ! 建物はとっくの昔に包囲されれる!」
ラーマの言葉を証明するかの様に今度は処置室の反対側の表玄関から敵が侵入する音が聞こえた。
玄関にはナタルマが向かった。
ナタルマに次々とウラ鉄ウラ警備隊の兵士達が襲い掛かる。誰もが彼女より二回り近く大きな体躯の持ち主だ。
「でぇい!」
だがそれでナタルマが怯む事はない。
ナタルマは傍にあったモップ片手を手に取るとそのまま飛び掛かった。
そして柄の先端で、まず先頭の兵士の鳩尾を激しく突いた。
「ぐへっ!」
一撃を浴びた途端、兵士はもんどりを打って動かなくなる。
それを皮切りに狭い玄関で壮絶な乱闘が始まった。
魔煌の籠手は既に両方とも戦いで失っていた。しかし籠手の魔女の面目躍如、彼女の棒術は籠手使いに劣らぬ見事なもので、ナタルマは敵兵達の顔面に胸部に四肢を強かに打ちのめしていく。
結局、ナタルマの猛攻に堪りかねたウラ鉄兵士達は後退した。
だが玄関から脱出する間際、手りゅう弾を大量に投げ込んでいくのを忘れない。
「やべぇ!」
ナタルマはモップを捨て大急ぎで玄関から脱出した。
玄関は爆発で吹き飛び包囲網が狭まる。
中の全員が再び元の待合室に追い込まれてしまった。
その後、煙が消えたのを見計らって、クレアとデニスの二人が処置室に潜り込んだ。
処置室からの侵入者は既に撤退した後だった。爆発痕の中に血痕が幾つか残るだけで奴等の姿はない。
壊れた窓から外の様子を伺うとラーマが言った通りの事が起きていた。
診療所は一個中隊、約二百人ほどのウラ鉄ウラ警備隊隊員によって包囲されていた。
更に奴等の背後には多数の装甲車やそれ等から変形したマギアギアまで控えていた。
その光景にクレアは溜息を吐く。
「最悪ね……。完全に包囲されてるわ。それに異様に数が多い……」
「何せ、ファイタスでも古株のゴッペル議長の捕り物だからな……。それに先生の先にはカナセ・コウヤの影がチラつく。気合も入るさ」
「あなたの車はどうなってるの?」
クレアはデニスの愛車を探した。
あの真っ赤なオープンカーは診療所の駐車場に無傷のまま停まっていた。
「でもここからじゃ、とてもじゃないけど車まで無事にたどり着けないわね」
「まあ、外に出た途端、間違いなくハチの巣にされるかな」
「でも敵は何で車を壊さないのかしら」
「車を置いておく事でこちらの作戦プランを惑わせるつもりだ」
「私達に車を頼らせろうと仕向けるって事?」
「その通り。美味しいチャンスをチラつかせて、そっちに誘導させる。そしてノコノコ出て来た瞬間をズドンって寸法さ」
「セコイやり方……」
「どちらにしろ車での脱出プランもこちらは放棄しなくちゃならない」
クレアは頭を抱える。脱出が不可能なら立て籠ざる得ない。しかし相手は一個中隊、この人数と装備で持ち堪えられる訳がない。
そして敵の方も悠長にこちらが音を上げるのを待つ気配はなかった。
窓際でクレアの姿を見つけた途端、一斉に発砲して来た。
飛び込んできた銃弾が処置室の中で跳ね回り壁に穴を開ける。
「キャア!」
クレアとジーンが慌てて頭を引っ込めた。そして床を這いながら待合室へと撤退した。
二人が戻って来るとナナミが訊ねた。
「どうだった? 何とかなりそう?」
「打つ手なし……私達、袋のネズミって所ね」
「全く、昨日と今日でウラ鉄に包囲されっぱなしね」
「それだけカナセ君が重要人物って事ね」
「じゃあ、僕たちここで死ぬって事ですか?! 嫌ですよ! こんな所で殺されるなんて!」
「トギス! 手前ぇ、さっきから泣いてばっかだぞ! ちったぁは敵にぶつかってやろうって気概は無いのかよ!」
「だって本当の事でしょ! おしまいだ! 僕たちここで死ぬんだぁ!」
「だからここから早く離れろって言ったのに、アンタ達が馬鹿なのよ!」
「……」
ラーマの罵倒の言葉に一同が沈黙する。
だがデニスだけがひとり楽天的で居た。
「いや、俺達は運がいい。カッツェ姉妹の姿が見えない。これは吉兆だ」
「カッツェ姉妹?」
「ウラ鉄警備隊のダブルエースだ。マギアギアの使い手で恐ろしく強い。だが姉妹が居ないお陰で俺達が超えるべきハードルは幾らかは下がっている事は確かさ」
「けどあの人数よ。私達だけでは到底、勝ち目は無いわ」
「いいや、そうでもない。チャンスはまだ残っている」
「何か思いついた?」
「ああ、援軍を待つ」
クレアが聞くとデニスが答えた。
「援軍? そんな当てがあるの?」
「俺の帰りが遅かったら相棒が動く算段だ。そいつが来てさえくれれば必ず事態は逆転する。だがその為には皆が団結してこのアラモ砦を守り通さなきゃならない」
「持久戦って訳ね……」
「ならそこの倉庫を開けてみろ」
ゴッペル先生が待合室に隣接する扉を指差した。すると倉庫の中から数丁の自動小銃が姿を現した。
「自由に使ってくれていい。それと薬の在庫もな。もっとも処置室の奥に爆薬や焼夷弾を仕舞っておったが、もう取りに行く事も叶わん」
「何よ、クソジジィ。出し惜しみするんじゃないわよ!」
娘が銃の弾を込めながら父親に毒吐く。
「だが助かるよ。これで武器は何とかなった。後は皆の覚悟だけだが……」
「ふん! 任せてくれ! 二百人相手に大暴れしてやるぜ! なあ、トギス」
「嗚呼……また銃で戦うだなんて……」
「まあ、しょうがないわね。これも生きる為よ。撃つのは専門外だけどやってやるわ」
「全く、実の娘が人を撃つ様を見る事になるとはな。長生きはするもんじゃあ無いわい」
「みんな、武器は行き渡った? クレア、薬の方はどう?」
「大丈夫よ。死にそうになったら先生と一緒に生き返らせて上げるから。あとこれだけの薬剤があるなら一層、爆弾も作りましょう。時間が無いけど急げば何とかなるでしょうし。ガラス瓶が使えるわね。あと釘とかもあればいいんだけど……」
「クレア、ちょっと落ち着いて。そんな物騒な事、嬉しそうに言わないでよ」
「ごめんなさい……」
「だが流石は空爆の魔女って所だな」
クレアとナナミの会話を聞いてデニスが笑う。
持久戦に向けて一同の士気が高まった
絶対に生き残る。呉越同舟の即席のチームの中でひとつの目標が生まれ活気付く。
だがそんな時に限ってトギスが余計な事を口走る。
「それにしても敵の隊長ってどんな奴でしょうね? その何とか姉妹じゃなきゃ……」
「壱號隊で無ければ弐號隊でしょうね」
「それで弐號隊の隊長って誰だ?」
それをナタルマが聞き返すとラーマが銃を操作しながら答える。
「デューク・ストレイン。二つ名は髑髏魔人とか甲虫の魔煌士。もっともロータスではゴキブリ使いで通ってるわ」
ゴキブリ使い。その一言を聞いた途端、クレアとナナミの表情が引き攣る。
何故なら今、ふたりの頭の中に渦巻いていたのは、先日、上層界の広場で見たおぞましい処刑の情景だったからだ。
一方でその弐號隊に新たな動きがあった。
体勢を立て直した隊員達が診療所の制圧作戦を再開したのだ。
目的はソフィアことラーマ・パトリックとゴッペル先生の生きたままの確保。そしてカナセ・コウヤなる人物の消息を吐かせる。
その際、他の連中の命までは考慮されていない。
最も標的の二人が抵抗する様ならば殺しても構わないと最初にデュークは部下達に伝達した。
装甲車やマギアギアに見守られながら隊員達が徐々に包囲を狭めていく。
「お待ちなさい!」
しかしそれを法衣の下の骸骨が止めた。
「気が変わりました。別に皆の手を煩わせる必要もありません。私一人の力で制圧してみせましょう」
弐號隊隊長のデューク・ストレインが、そう部下達に丁寧な口調で告げると部隊の最後尾で呪文を唱え始めた。
「ああ、我が偉大なる守護神クルムハンよ! 我が声に答え、その偉大なる力を分け与え給え!」
すると診療所とウラ鉄を囲む周囲の湿地帯から黒い影がにじみ出てきた。
影の正体は今まで汚泥の片隅に隠れていたゴキブリの大群だった。
大群は大波となって集結すると八方から診療所へと押し寄せて行く。
「ガサゴソガザゴソゾロゾロポン! ブリブリゴキブリブリブリ~」
隊長の不気味な呪文詠唱が続く中、それを周囲の隊員は平然と眺めている。誰もがこの隊長の下で幾度となく見せ付けられた光景であり感覚が麻痺していた。
しかし診療所の中はそうはいかない。
「ふんぎゃああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ!!」
大のゴキブリ嫌いのナナミが割れ裂けんばかりの悲鳴を上げた。
そして間髪入れずに気を失う。
しかし先に失神した彼女はまだ幸せな方だ。
残った者はその病原菌まみれの虫の大群と戦わなければならない。
デニスとラーマ、そしてゴッペル先生が武器を取ると虫の大群に向けて発砲した。
誘導魔煌技どころか照準を付ける必要もない。ただ引き金を引きさえすれば自然に弾は当たる。
しかしショットガンやサブマシンガンでどれほど弾を打ち込んでも虫の進軍が停まる気配は無い。
瞬く間にゴキブリの大群が建物の中に押し迫って来た。
「てやぁ!てーや、てやてやてやてややてやてやてやてやてややてやてやてやてや!!」
その黒い塊に向かって今度がナタルマが拳を振るった。
グチャ、グチャと拳の向こうからゴキブリが潰れた感触が伝わってくる。
だがナタルマはまるで気にする素振りも見せず虫の大群を次々と叩き潰していった。
こんな時のナタルマの野性味あふれる気性は本当に頼りになる。しかし……。
「クソッ! やっぱ数が多すぎらぁ! 幾ら潰したってキリが無い!」
流石のナタルマのその数の多さに辟易する。
「ナタルマ、もう良いわ! こっちまで引いて!」
何とか精神的に踏み止まっていたクレアがナタルマに指示を出す。
「何だよ? オイラはまだやれるぜ」
「いいから!」
仕方なくナタルマがクレアの傍にまで下がると薬の魔女による魔煌障壁が発動された。
障壁は球体となって六人を包み込むとそこにゴキブリが群がっていく。
「これで……何とか時間が稼げるわ……」
昨日の飛行の疲労は抜け切れていないがここは踏ん張るしかない。
それにナナミほどでなくてもクレアもゴキブリは大っ嫌いな性分だった。
「殺人ゴキブリに殺されるなんて絶対に嫌!」
クレアは懸命に障壁を維持し続ける。
その甲斐あって障壁がある限りゴキブリが近寄って来る事は無い。
「それで、この障壁はどれくらい持ちそうなの?」
「三十分位は……」
ラーマの質問にクレアが答える。
「それまでにデニスの言う援軍が来てくれると良いわね」
今度はラーマがデニスの顔を見る。
「まあ、メイヴィスの奴を信じようや……」
デニスが空になった弾倉に弾を込めながら苦笑いを浮かべた。
「けど、あの魔煌士ってなに? 先日、公園で見たけどまるっきりオバケじゃない! ウラ鉄はなんであんなモノを異界から召喚したの?」
「デュークの事を言ってるのならそれは間違いだぜ。奴も列記とした人間だ」
「ウソよ! 顔を見たら骸骨だったじゃない」
「だが確かに人間だ。あの顔は魔煌技の鍛錬の最中に食われたんだ」
「喰われたってまさか……」
「そうさ、目の前のこいつらにさ」
そう言ってデニスは銃口を球体を這いまわるゴキブリに向けた。
そんな中、その障壁に群がるゴキブリ達は球体の中を見詰めていた。
ゴキブリ達の視線は煌力を通してデュークの視覚へと送り込まれていた。
今、デュークの頭の中には診療所の中の様子が手に取る様に判る。
「ほほう、獲物は全部で六人ですか。しかし、資料にあったカナセ・コウヤという少年の姿は見当たりませんね……」
一方でその中には情報通りラーマとゴッペルが居た。
「成程、やはり裏切り者は貴女でしたか、ラーマ・パトリック。これはウラ鉄に対する背信行為、許す訳にはいきません」
そうつぶやきながら舌舐めずりすると美しい面差しが不気味に歪む。
かつてデュークは自他共に認める美男子だった。
赤い髪と金色の髪、その美貌はグレン・ハルバルトと並び立ち、ゴディバの女性達を魅了していた。
その為、女性関係では浮世を流し続け、途切れた試しはない。
しかしそんな爛れた生活も長く続けば飽きが来て食傷気味になってくる。
もうその頃には、近寄って来る女共には何の興味も感じない、路傍の石と何ら変わりなかった。
だがそれでも女は寄って来る。まるで蓮花の周りに徘徊する蠅の如しだ……。
ならば寄り付く前に払いたい。正直、穏便に断るのも面倒なのだ。
そこで目を付けたのが農神クルムハンの魔煌技だった。
元々は数匹程度の昆虫を操って植物の受粉作業を行う為の魔煌技だった。
それを応用しゴキブリを操ると言い寄って来るしつこい女に嗾けたのだ。
目論見通り女はゴキブリの群れに襲われた途端、大声を上げて逃げ出した。
その時の恐怖に歪む女の顔の醜さたるや!
美しい! 瞬間的に爆発する生の嫌悪感!
その時刮目し、得る事の出来た絶感が女を抱く以上の悦びに変わった。
その結果、デュークの周囲から女性の影は消え、代わりに異様な噂が立つ。
彼の周りには虫が這い寄ると……。
だがそんな中、デュークに悲劇を襲う。
虫遣いの魔煌技の鍛錬の最中、術式の構成を誤って、操っていた数百匹のゴキブリに逆に襲われたのだ。
彼はその失敗により、美しかった面差しをゴキブリに食い荒らされる重症を負った。
症状は治癒魔煌技で押さえる事が出来たが、その結果の代償も大きい。
食い荒らされた顔は骨が露出し、不気味な骸骨となり果てた。
そんな彼の評価は一転、ウラ鉄女性職員の中で一番の嫌われ者になった。
しかしその事でデュークが思い悩む事はなかった。
女を抱く以上の悦楽を手に入れた彼にとって醜い嫌厭家の烙印は些細な事でしか無かった。それ所か食い荒らされた髑髏の顔も虫遣いの勲章の様に周囲に見せびらかした。
そしてゴキブリに喰われた顔も見た女達はまた悲鳴を上げる。
そんな彼が事故の後、知り合いにこう漏らしたと言われている。
「今まで見た中で一番美しかったモノ? それは虫の視線を通して見た時、食われて歪んでいく自分の顔でしょうかね……」
露悪趣味、ここに極まれり。
その後もデュークは更に虫遣いとしての能力を高めていく。
元々はウラ鉄のウラ警備隊弐號隊の隊長を務めるまでの英才、魔煌士としての能力は元から折り紙付きだった。
そして今では数万匹の虫を操るまでに至る。
全ては虫が這いまわる恐怖の前に発狂する者達をあざ笑う為。
「それこそが我が至高の快楽!」
恐怖でむき出しになった命は老いも若きも男も女も醜も美もない。
デュークのとって全てが平等で美しく尊いものだった。
「さて貴方達は恐怖の中でどんな命の輝きを見せてくれるのでしょうか? 楽しみにしてますよ」
待ち遠しい。あの魔煌障壁が破れる瞬間が……。
そして今も数万匹の虫達に指令を送る。
奴等を喰い尽くせと……。
しかしむざむざと死を待つほどクレア達も気安く無い。
クレアが展開した障壁の中でまずゴッペル先生がデニスに一発のショットガンの弾を渡した。
「嬢ちゃんの作った薬を儂が魔煌技で固めた。発射の衝撃には耐えられる様には出来とる。上手く行けば診療所のゴキブリくらいは退治出来るはずじゃ」
「退治って良いのかい? 先生の診療所が駄目になっちまうぜ」
「こんなゴキブリ塗れの診療所なんてもう使う気にもならんて。それよりも生き残る事が先決じゃ」
「判ったよ。そっちの準備はいいかい? クレア、、ナタルマ、ラーマ」
「別に良いけど本当に私は障壁だけ維持してたら良いの?」
「ああ、構わん。その代わり皆の命は嬢ちゃんの障壁に掛かって居る」
「準備はいい? じゃあ行くわよ」
合図の後、ラーマが障壁の内側に触れ魔煌技を唱えた。
すると障壁の一部が反発を起こし薄くなっていく。
「アタック!」
デニスがショットガンの引き金を続けて二度引いた。
薄くなった障壁に弾によって穴が開き、その隙間から数匹のゴキブリが飛び込んでくる。
障壁内に侵入したゴキブリに向かってデニスが三度目の引き金を引き、ナタルマが拳を振るった。
「たぁ!」
最後に銃口から吐き出された小粒の散弾とナタルマの殴撃が虫を瞬く間に叩き落とす。
その間にラーマが障壁の開いた穴を素早く塞ぎゴキブリの災厄を免れた。
一方、最初にデニスが発射した二発の弾丸は魔煌技ホーミング・ショットによって待合室を超え、処置室を超え、一番奥の特殊薬の保管庫に辿り着く。
一発目の弾丸は通常の鉄塊のスラッグショットで、保管庫の扉を貫通するとあっさりとその役目を終えた。
その後を追って二発目の弾丸が開けられた扉の中へと吸い込まれていく。
二発目の正体はクレアとゴッペル先生の共作の特殊弾で保管庫の中で炸裂した。
特殊弾には竈の神の加護が込められており凄まじい延焼効果を起こすと、積み上げられていた可燃性の薬品に燃え映った。
薬品は一気に燃え上がり爆炎の渦となって診療所の中を駆け巡る。
更に炎は診療所の備品を焼き、這いまわるゴキブリを焼き、壁や柱までも焼き払うと、最後に湿地帯に立つ診療所の家屋を一気に全焼させた。
「何事です?!」
装甲車両の陰に隠れていたデュークが茫然とした。
彼の眼には燃え盛る診療所の姿が目に映る。
「集団自決ですって?」
診療所の連中の行為にデュークは息を飲む。
しかし驚いている暇は無い。
そこへ弐號隊に思わぬ災厄が襲い掛かってきた。
「うぎゃああああああ!」
周囲のウラ警の隊員達から泣き叫ぶような悲鳴を上がった。
彼等は診療所から充分な距離を取って居たはずなのに凄まじい炎の洗礼を浴びていた。
炎は空中をまるで生き物の様にうねっていた。
そしてデュークは生きた炎を正体を知って愕然とする。
それは炎の中から落ち延びたゴキブリの大群だった。
爆炎を真面に浴びたゴキブリ達は全身に炎を纏いながら辺り構わず逃げ惑う。
それが生きた炎の波となって隊員達に逆襲してきたのだ。
現場のウラ鉄警備隊は瞬く間に大混乱に陥った。
そして火の粉はデューク本人にも降りかかる。火が付いた数十匹のゴキブリがデュークの法衣にまとわりついたのだ。
もはや炎に焼かれたゴキブリに制御は効かない。ただ本能に赴くままに目の前の物体に飛び付くまでた。
「ア、熱ッ! アチチッチチチッ! キィイイイイイイイイイイイ! は、離れなさい、このゴミムシが!」
デュークは顔以外の残った皮膚の火傷を恐れてゴキブリ達を振り払う。
彼にとってゴキブリは拷問道具でしかなく生命に対する慈しみはない。
「撤退! 撤退しなさい! 逃げるんですよ!」
デュークが部下たちに命令した。
そして我先に装甲車の飛び乗ると運転手に発車させる。
「早く! 早くここから離れなさい!」
しかし装甲車は湿地帯に足を取られ思う様に進めないでいた。
一方でゴキブリからの窮地を脱する事の出来た診療所の一行だが、今度は炎の災厄に呑み込まれ茫然とする。
「どういう事?! ゴキブリの次は火事って!」
爆発の音で目を覚ましたナナミが声を上げる。
「だいたい燃え過ぎなのよ、この馬鹿親父!」
「儂は間違っとりゃせん。現に作戦は大成功じゃ」
「全員、焼け死にそうなのに何が大成功よ! だからさっさとここから逃げろって言ったのよ!」
この場に及んでゴッペル親子が再び喧嘩を始めた。
「ちょっと、話が違うじゃない! このままじゃあ、私達、焼け死んじゃう!」
その横ではナナミがデニスに吠え続ける。
それにクレアの魔煌障壁も限界に来ていた。
障壁が解けた瞬間、今度は炎が一行に襲い掛かって来る。
「ナナミ、ちょっと落ち着いて」
「落ち着いて居られるわけないでしょ! 騎兵隊はまだなの?」
「うん、まだだな……」
「そんな簡単に言わないでよ!」
「いいや、大丈夫。奴はきっと来る」
「その来るって保障は?」
「来た!」
「えっ? 来たって、何処?」
「真上だ!」
皆が一斉に天井を見上げた。確かに真上からコアモーターの轟く音が聞こえる。
「何なの?」
ナナミがつぶやいた瞬間、突然、焼け焦げた天井が屋根ごと崩れていった。
その崩壊した天井の間からは長い機械の足が見える。
「大丈夫?! 先生! ソフィア! デニス!」
屋根の方から声が聞こえる。
すると屋根の上にはのデニスと同型のオープンカーから変形したマギアギアが見えた。
しかしこちらのボディは鮮やかな青一色に磨き上げられている。
その運転席には黒色の髪を棚引かせた男装の美女が乗っていた。
「待ってたぜ、メイヴィス! 騎兵隊のお出ましだ。すこし遅れてきたけどな」
デニスは美女の到来を手を叩いて喜ぶ。青いオープンカーの運転手はあのメイヴィス・サンディだった。
「デニス! 早くガーネットを出して!」
そう言いながら青いマギアギアは周囲の炎を爪先で蹴散らしていく。
するとデニスとナタルマがその隙間を縫って診療所を飛び出した。
「でやあああああああ!」
炎の中から飛び出したナタルマが逃げ惑うウラ鉄兵士達を背後から襲った。
敵は真面な抵抗も叶わず拳の魔女に一方的に殴られる。
一方、一緒に外に出たデニスは赤いオープンカーの前に辿り着いた瞬間、大声を上げた。
「なっ! 何だよこれ!」
麗しの愛車のボディとシートが生焼けになったゴキブリのせいで無惨にも焼け焦げていたのだ。その哀れな姿にデニスが思わず泣きそうになる。
「俺のガーネットが……奴等、なんて事しやがる!」
「いいから早く乗りなさい! 敵はすぐそこまで来てるのよ!」
「チキショー!」
メイヴィスに叱咤されながらテンガロンハットも男は愛車に乗り込んだ。
「行くぞ! デュークの野郎め! ダダじゃ済ませねぇからな!」
そして怒りも露にコアモーターを発動させた。
走り出した赤いオープンカーはブレーキターンで180度回頭しウラ鉄警備隊に向かって突っ込んでいく。
その後を追って青いマギアギアも駆けていった。
「転換! ガーネット・クラウン!」
デニスの咲び声の直後、焦げ跡だらけの赤いオープンカーがマギアギアへと変形した。
「何あれ?!」
診療所から脱出したクレアが思わず叫んだ。
赤いオープンカーは人型の上半身のみ。しかも両肩は奇怪な形の大砲らしきものに形が変わっている。
それがメイヴィスの乗って来たブルー・オーシャンの上と重なると互いが上半身と下半身となって一つに合体した。
その瞬間、二騎の異形のマギアギアは一騎の完全体へと生まれ変わったのだ。
「マグネイン! スレンダー・ストラドル!」
赤と青の流麗な機械の巨人が大地に立つ。二台分の乗用車から変形した為、思った以上に大型のマギアギアだ。
「行くわよ、デニス!」
「まかせろ!」
踵の車輪を走らせながらスレンダー・ストラドルが診療所の前を縦横に走り抜けていく。
そんな中、両肩の異形の砲から真っ赤な光弾が吐き出された。
赤弾の正体は魔煌砲と呼ばれる大砲から発射された魔煌弾だった。
魔煌砲は現在では幻に等しい古代魔煌文明時代の主力兵器だった。
その威力は絶大で、砲口から赤色の輝きを放ちながらウラ鉄のマギアギアを次々と葬り去っていく。
「ふん! 俺達を倒したいんなら戦車くらい持ってこいってんだ!」
更にデニスがホーミング・ショットを発動させている限りは外れる事は無い。
一方でウラ鉄のマギアギアも出遅れながらも搭載砲で攻撃を開始した。
しかし下半身を担当するメイヴィスの滑るような回避運動を前に至近弾すら浴びせられない。
それどころかメイヴィスは攻撃の中を肉薄し、逆に相手の脚部を蹴って足元を掬った。
目の前で敵のマギアギアが転倒した。そこへデニスが魔煌弾を浴びせ掛ける。
直撃弾は一撃で装甲に穴を開け、中のマギライダーを瞬時に屠った。
そして次の得物を求め最下層を駆け巡る。
その光景を目の当たりしていたナナミとクレアが息を飲む。
診療所に残されていた一行は既に安全な外へと脱出していた。
「凄い……ウラ鉄のマギアギアをあっという間に狩っていってる……」
「あの二人、本物だわ……」
「紛れもなく二人はファイタスのエースよ。あのグレン・ハルバルトだって追い返した事があるんだから、強くて当然よ」
ナナミとクレアがつぶやくと、それにラーマが付け加えた。
そして敵のマギアギアを全て倒し終えた後、スレンダー・ストラトスはデューク・ストレインが乗った装甲車の前に立ち塞がった。
泥に車輪を取られた車内ではデュークがガタガタと髑髏の歯を鳴らして震えだす。
「色男も台無しだな、デューク。さっさと成仏しな」
そう言い放った直後、デニスが冷然と引き金を引いた。
魔煌弾は装甲を貫通しデュークの残っていた生身を焼いていく。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
髑髏の喉の奥から断末魔の叫び声が吐き出される。
「お~た~す~け~!!」
そしてそれがウラ鉄で最も残忍な処刑法を生み出した男の最期の言葉だった。




