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第17話 感傷旅行

 列車に乗ったカナセは窓の外の景色を眺めていた。

「どうです? 初めて乗る列車の感想は?」

「いいよ、最高だ!」

 対面の席に座るリーナ・ミルデにカナセが素直に感想を漏らす。

 そう言えるだけ、普通列車の旅は快適だった。

 流れる様な田園の風景。頬を触る爽やかな風。

 列車の動きは滑らかで振動も田舎道を走るトラックと比べれば無いに等しい。

 ボックス・シートの座席も広く、ソファの座り心地も良い。

 開放感も相まって前に乗せられた103東征號の時とは雲泥の差だ。

 ただ気に入らない事が二つだけあった。

 まず一つが時折、見える工場の様な解放村とスローガンを掲げた看板だった。

 あれは田園の景観を損ねるだけだ。

 それともう一つ、列車に乗り込む前に切符を買う出札所の駅員の横柄な態度だ。

 駅員達はこちらが客であるにも関わらず、料金を受け取るとまるで下に見る様な目つきでこちらに切符を放り渡した。

 そして釣銭を渡す時にもめんどくさそうに舌打ちまでする。

 改札口で切符を切る駅員の無言のままで挨拶どころか返事も何も無い。

 ただ乗客たちをベルトコンベアーから流れて来る機械部品でも扱う様な態度だった。

 カナセにはそれが不愉快で一度は怒鳴り込んでやろうかと思った。

 だが傍に居るメイナを驚かすのが嫌で結局、我慢してしまった。

 それが悔しくて仕方がない。

 だが後になってその横柄な態度の理由が判った。

 ウラ鉄はここでは支配者なのだ。しかも政府より上位の存在にある。

「ウラ鉄であらずんば人にあらず」

 その思い込みが末端の職員達をも増長させ、こちらを蔑む態度で接したのだ。

 カナセはその思い上がりをいつかは反省させてやると心に誓っていた。

 列車は乗車したノルンの駅が始発だった為か客は少なく中は閑散としていた。

 疲れて眠り扱けるメイナの肩を抱きながらリーナが聞いて来た。

「カナセさんはご出身は?」

「もともとはファイタスの支配圏の生まれだったんだけど、最近、ウラ鉄に統治される事になってノルンの町に吸収合併されたんだ。要するにこの国では新米って事……」

 カナセはリーナの前で嘘を吐いた。まさか本当の事は言えまい。

「まあ、御苦労されたのですね。でも新しいウラ鉄の同志になられたのなら幸いですね」

「そうかな?」

「そうですとも。これからファイタスに支配されていた頃よりもずっと文化的な生活が送れるのですもの」

「文化的って?」

「市民登録されれば住む場所と仕事はウラ鉄から与えられ、食べるのに苦労する事はありません。それに教育と医療は無料ですし、老後は年金だって渡されます」

「本当かい、それ?」

 カナセは驚いてみせる。クレアもメイヴィスもそんな特典が付いて来る事は一言も言っていなかった。

「じゃあ、貧乏人の俺みたいなのには天国だな……」

「そうでしょ? 実は私も他国からの移住者なんです。家にあまりお金も無く兄弟が多いんですよ。でも、そんな家庭もウラ鉄は受け入れてくれたんですよ」

「へぇ、そうなんだ。リーナさんって家はどこ?」

「今は第47號カルデナ市です。東岸にある造船の町に住んでるんですよ」

 カルデナ市と聞いてもカナセにはピンと来ない。知らない町の名前だった。

 そんな中、列車が次の駅に停まった。

 古い乗客と入れ違いに新しい乗客が次々と乗り込んでくる。

 乗客は皆、一般人ばかりでウラ鉄の関係者はひとりも居ない。

制服を着た学生達や手帳や新聞を目から放せない会社員、重い荷物を床に降ろして仲間達と談笑する行商のおばさん達に孫の手を引くお婆さん。

 皆が皆、バラバラの人間の集まりだ。

 列車が再び動き出す。

 カナセとリーナは再び会話の続きを始めた。

「それで今は先生を?」

 カナセは眠ったままのメイナを眺めながら訊ねる。

「その為の勉強はしていますがまだ学生です」

「でもこの子はさっき先生って……」

「今日は第64號ノルン解放町でウラ鉄が主催する子供向けのイベントがあったんです。私はその引率のボランティアをしていただけで、この子がそう言ってくれているだけなんですよ」

 そうリーナは謙遜する。しかし答えた彼女の表情は活き活きしていた。

「ですが、この子がイベントの終了と同時に具合を悪くしてしまって。病院に連れて行ったその帰りなんです」

「そうだったんですか……。けどリーナさんなら良い先生になれるんじゃないかな。親切だし、この子も慕ってたし」

「そうだと嬉しいんですけどね」

 そうカナセが誉めるとリーナははにかみながら笑った。

 しかしその一方でカナセの心の中では別の思いが過る。

「けど、こんなにいい人なのにウラ鉄の関係者ってのは残念だな……」

 そうだ。この人は敵なのだ。学徒勤労隊という組織が如何なる集団なのか知らないがウラ鉄という名を冠している居る限り、将来どこかで彼女と血で血を洗う戦いを繰り広げる事になるかもしれない。

 しかしそんな立場の人はリーナだけではない。この列車の全ての人々がウラ鉄と関係する限り敵なのだ。

 もしかしたらあの座席に腰を降ろしている老婆の息子を自分が殺しているかもしれない。 仮にもしここで自分が正体を明かせばリッタ・ブランやクォータービューで起きた事が再び繰り返されるはずだ。自分にはこの人達に何の恨みも憎しみ無いのに……。

 そう思うと気が滅入り、悪夢を見ている様な気分になる。

 すると今度はカナセの中で一つの疑問が湧く。

「本当にこの人達は俺の敵なのか?」

 いいや違うはずだ。それどころか目の前のリーナ本人がウラ鉄の関係者であるにも関わらず親切で陽気な好人物ではないか。

 彼等はカナセの正体が知られない限り、カナセを攻撃する事はない。

 それは彼等にカナセが敵対者であるという認識が無いからだ。

 なのに自分だけが敵、味方の狭い認識に捕らわれ重圧の様な苦しみに悶えている。

 その苦しみから解放されるにはどうすればいいか?

 簡単な事だ。彼等の敵である事を止めれば良いだけだ。

 戦うのを止め、相手を慈しみ、対立に固執する事を放棄すれば良いのだ。

 しかしそれはこの列車の外の状況が許さない。

 自分の存在をロッゾ・カルが狙っている。一方でファイタスが自分を手放さない。

 そして何より自分の手は既に多くのウラ鉄の人間の血で赤く染まっている。

 もう自分は既に引き返せない所にまで来ているのだ。

「いっそ、列車でこのまま遠くに行けたら……」

 不意にカナセの口から本音が漏れる。

「ならばこの際、終点まで行ってみてはどうです?」

 カナセの独り言をリーナが別の意味で真に受ける。

「終点って?」

「第01號首都ゴディバです。本当に大きな町ですよ」

 リーナは真面目に答えたがジョークなら超一流だ。

 このまま何も考えず列車の中に居れば、黙っていてもロッゾ・カルの懐の中に飛び込む事が出来るのだ。

 それはカナセがウラ鉄と戦う宿命から決して逃れられない事を意味していた。

 しかし今だけでもここに居る人達には自分の正体を知られたくない。

 同じ血の通った普通の人間として接して居たい。

 それを願うばかりだった。


 だがそんなカナセの願い空しく、運命の試練は在らぬ方向から襲い掛かる。

 突然、列車を大きな振動が襲った。

 車内は忽ちのうちに天井と床がひっくり返り、乗客たちが壁や座席に叩き付けられる。

「ぎゃああああああああああああ!」

 回転する目の前で乗客達の悲鳴が聞こえた。

 カナセも為す術もなく、列車からもたらされる正体不明の暴力に翻弄された。

 やがて衝撃が収まった。だがカナセは激しい体の痛みで起き上がる事も儘ならない。

「リーナさん……メイナちゃん……」

 それでも傷付いたであろう彼女達を助けようと身を起こそうとした。

 振動の直前に爆発があった。

 恐らく、何かしらの攻撃を受けたのだ。

その攻撃によって車両が横転し、車内は壁と床が90度に入れ替わっていた。

「リーナ……」

 カナセはすぐ傍に居た二人を見つけた。

 二人とも衝撃による痛みの為、動こうとしない。

「外傷は……」

 リーナが額から血を流している。

 カナセは持っていたコアを取り出すとリーナの体に当て、マルケルス神技による治癒系の魔煌技を発動させた。

 自分の負傷を後回しにしての作業だった。

 正直、治癒系は得意ではない。それにマルケルス神技は治癒魔法を得意とせず、元来の呪文自体の難しさも加わって治療には難儀する。

 しかし時間は掛かっても魔煌技は効果を発し、やがてリーナが目を醒ました。

「カナセさん……一体何か……」

「動かないで、さっきまで気を失ってたんだ」

 カナセはリーナの横で今度はメイナの治療を行っていた。

 幸い二人とも思っていた以上に軽傷で手当は応急処置の範囲で完了した。

 メイナが目覚めると、彼女はすぐさま横に居たリーナの胸に飛び込む。

「大丈夫……もう大丈夫よ……」

 ふたりは涙を流しながら互いの無事を確かめ合った。

 カナセも安堵しながら今度は自分自身の治療を始めた。

 打ち身で青あざが出来ていたが骨折の様な重篤な負傷は無い。

「とにかくここから脱出を……」

「はい……」

 カナセの指示にリーナはメイナを抱き抱えながら従った。

 車内は阿鼻叫喚の酷い有様だった。車体は横転し、大勢の人が負傷し倒れたまま呻き声を上げている。

 それでも軽傷の者達は互いに協力し合いながら、重傷者を今は天井となった壁の窓から運び出そうと試みる。

 しかし動かなくなった負傷者を上げるだけでも大変な重労働で思う様に捗らない。

「駄目だ、そんなんじゃ時間が掛かりすぎる……」

 カナセは横になった天井の前に立つと突貫戟を発動させ、出来るだけ大きな穴を開けた。

 しかし古いコアを使ったせいか中の煌気の残量は尽き、穴開けは一か所が精一杯だった。

 それでも目の前に新たな開口部が生まれるとカナセも負傷者の運び出しに手を貸した。

 相手が敵国の人間である事なんて関係ない。

 それ以上にカナセは自分の力の無さに後悔する。

「こんな事なら……もっと良いコアを買っておくべきだった……」

 コアを失った魔煌士など一般人と何ら変わりないのだ。

 そんな時、外から銃声が聞こえた。

「前の車両からだ!」

 カナセは慌てて車両から身を乗り出すと二十人ほどの武装集団が前方の機関車に銃撃を加えていた。

「何だ、あいつら?」

 しかし違う危険が迫っている事だけは明らかだ。

「リーナさん!」

 カナセは外に脱出し終え、負傷者の治療に当たっていたリーナに向かって叫んだ。

「早く、メイナとここから離れるんだ! 前の方で撃ち合いをしている!」

「カナセさんは?」

「俺は前の方を確かめる! 早く今のうちに後ろに逃げて!」

 カナセは二人を置いて銃声のした方へと駆けていった。

 別れの挨拶も無い。

 感傷旅行は未だ道半ばだ。



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