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第16話 ゴディバの市(3) 赤いオープンカー

 一方、ドブ板通りから脱出したクレア達はウラ鉄警備隊の追跡を振り切った後だった。

 皆、深夜の逃亡劇のせいでヘトヘトだった。その中で果然、疲労困憊なのはクレア本人だった。

 箒も四人も乗せればコアモーターの使い過ぎでもう飛ぶ事も儘ならない。

 仕方なく、今はゴディバの最下層の廃墟の中に四人揃って身を隠していた。

「でも、何とか敵は撒いた様ね」

「それで、ここって何処なの?」

 当たりを見渡すナナミに向かってクレアが訊ねた。確かナナミの指示で南西に向かって飛べとは言われたが無我夢中の夜間飛行では上手に飛べた自信が無い。

「地図ではもう少し先にゴッペル診療所ってお医者があるんだけど……」

「あのスパイ屋さんが言ってた先生よね……」

「でもこんな所に本当に診療所なんてあるんですか? どこも廃墟以外は汚ったないゴミの山とヘドロの湿地帯ばっかじゃないですか……」

「だがこんな所でグズグズしてても仕方無ぇんだろ。行ってみようぜ、その何とかっていう医者の所によ」

 一番元気なナタルマが三人をせっつく。

「そんな事、判ってる。けどクレア、大丈夫? 四人も乗せて流石に疲れてるでしょ?」

「うん。正直、今は動きたくない……」

「でしょうね。ならみんなで暫く休みましょう。あまりいい状況じゃ無いけど、疲れたまま無理に移動して、いざという時に動けなくなるよりはマシだわ」

「じゃあ、何か食うもんは無ぇのか? 朝飯食ってねぇから腹減って仕方ねぇよ!」

「それなら私のカバンを開けてみて。中に軍用のビスケットが入ってるはずよ……」

 クレアがうつむいたまま皆の前でカバンを指差した。

「ビスケットかよ? 喉が渇くぜ」

「ならそこらへんの泥水でも啜ってなさいな。アンタ、サバイバルは得意なんでしょ?」

「ケッ! ナナミのロクデナシ!」

 ナナミはクレアのカバンから油紙に包まれた箱を取り出すと、中のビスケットを四等分に分けた。

 ナタルマは周囲の湿地帯の汚臭など全く気にする事無く、受け取ったビスケットをボリボリと音を立てながら瞬く間に食べ切った。

 その姿はとても魔女の学校で教育を受けた女の子の食べ方には見えない。

 それにナタルマの胸はサブマシンガンで撃たれ衝撃で肋骨を折っていた。その後、クレアから渡された薬を飲んで傷を癒したが痛みはまだ残っているはずだ。

 しかし彼女をそんな苦しむ素振りを一切見せない。

「アンタの逞しさが心底、羨ましいわ……」

 ナタルマを見てナナミがうんざりした様な溜息を吐く。

「トギス、もう食っちまったから手前ぇの分も寄越しやがれ。オイラが食う」

「嫌ですよ。僕だってお腹が空いているのに。食べた分で我慢してください」

「ウルサイ! オイラは育ち盛りだからあれっぽちじゃ足りないんだよ! いいから全部よこせ!」

「嫌ですってば! そんな薄っぺらい胸の何が育つって言うんですか!」

「何だと、手前ぇ! もういっぺん言ってみろ!」

「ひいいいいいいいいいい!」

「静かになさい! 食事の時くらい大人しく出来ないの?! みっともない!」

「もういいわ……。私は食べる気しないから、ナナミ、私の分をナタルマに上げて……」

 三人のやり取りを聞いてクレアがウンザリしながら言った。

「カナセ君……。こんな時にあなたが居てくれたら……」

 疲れ切ったクレアが弱音を吐く。

 今、ここにカナセが居た所で何も変わらないはずだ。

 それでもクレアはカナセにしきりに会いたいと思った。

 傍に居てさえくれれば自分を励まして元気を分けてくれるはずだ。

 そんな彼が好きでここまで追いかけて来たはずだなのに。

 しかしどれほど願ってもカナセの背中に届かない。

「カナセ君……あなた何処に居るの?」

 寂しい……。クレアの気持ちが徐々に沈んでいく。


 そんな時だった。町の方から一台の乗用車の走って来る音が聞こえて来た。

「みんな隠れて! こんな所を見つかってウラ鉄に通報でもされたら大変よ」

ナナミが皆に指示を出す。

 しかしその声を無視したナタルマが車の前に飛び出そうとした。

「ちょっと、ナタルマ!」

「行き掛けの駄賃だ! あの車を分捕ろうぜ! トギス、お前も来い!」

「ええ! 何で僕がぁ?!」

「手前ぇ、車動かすの得意だろ? こんな時くらい役に立てってんだ!」

 そう言ってトギスを引きずると二人して走って来る車の前に立ち塞がった。

「もう、勝手になさい! どうなっても知らないから!」

 仕方なく、ナナミはクレアを庇う様に物陰に隠れる。

「やいやい、止まれ! 止まりやがれ!」

 ナタルマが道の真ん中で両手を広げると車は急ブレーキを掛けながら彼女の胸先で止まった。

 車は乗用車でド派手な真っ赤なボディに銀色のフロントグリルも眩しい大柄なオープンカーだった。

 上層界の煌びやかな夜景の中で走るのに相応しい流麗な外観だったが最下層の廃墟の中では場違いなほど異質な存在だ。

その真っ赤なボディに下からクラクションが聞こえた。

 まるで獣が発する威嚇の咆哮だ。

 だがそれ位の事ではナタルマは屈しない。それどころかオープンカーの運転手に向かって言い放つ。

「今すぐこの車を置いていけ! こいつはオイラ達が貰ってやる!」

 余りにも明快で図々しい意思表示。はっきりと車を略奪すると宣言しているのだ。

「でないとこれで車ごとぶっ飛ばすぞ!」

 ナタルマはコアを握り締めた右手を突き出す。彼女が魔煌の正拳を放てばオープンカーの一台や二台、瞬く間にスクラップに出来るはずだ。

 暫くして車のサイドドアが開き一人の男が運転席から降りた。

「ふふん、物分かりが良いじゃねぇか」

 ナタルマが鼻を鳴らす。思った以上に車が簡単に手に入る事に気分がいい。

 一方、車から降りた男はエンジ色のポンチョ姿で長身だった。頭にテンガボンハットを小粋にかぶり目元を隠していた。

 しかしその口元は追剥に愛車を奪われそうな割には笑って見える。

「さあ、鍵を渡せ! それとも車に付けたままか?」

 ナタルマは更に厚かましい要求を言い放つ。

 それを聞いた男はナタルマに言い返した。

「知りたければ自分で確かめたらどうだ?」

 男はドアが開いたままの運転席を親指で指した。

「トギス、調べてこい」

「ええ?! 僕がやるんですか?」

「他に誰がやるんだ! いいから調べてこいってんだ!」

 ナタルマがせっつくとトギスは恐る恐る男の影を避けながら開いたままのドアから運転席をのぞき込んだ。

 鍵は車の鍵穴に差し込まれたままだ。

「ありました! 鍵は付いてます!」

 トギスがはっきりとした口調で鍵の存在を報告した。

 それを聞いたナタルマは車の運転席に視線を移す。

 しかしその直後、ナタルマに隙が生まれた。

 それに気付いた男は開いたままの愛車のドアを蹴る。

「ぐえっ!」

 突然、ドアとボディに体を挟まれたトギスが潰れたカエルの様な悲鳴を上げた。

「トギス! この野郎!」

 ナタルマが拳を男に向ける。

 しかし、それよりも早くテンガボンハットの男が動いた。

 ポンチョの下から鈍色の銃口が見えると二丁の拳銃が同時に火を噴いた。

 しかしあまりの早打ちの為、銃口は狙いが定まらずデタラメな方向に飛んでいく。

 少なくともその光景を目撃していたナタルマの目にはそう映った。

 だが十二発の弾丸は撃ち放たれた途端、軌道修正を行いながら八方からナタルマに襲い掛かる。

「なにぃ!」

 それに気付いた途端、ナタルマは反射的に魔煌障壁を発動させた。

 銃弾は光の壁がはじき返しナタルマの小さな体は間一髪、凶弾の猛威から逃れる。

「クソッ! 魔煌士か!」

 難を逃れたナタルマが思わず吐き捨てた。

 しかしガンマンからの攻撃はこれからが本番だった。

 男は空になった拳銃を腰のホルスターに収めると。もう一挺、腰に下げていた別の銃を抜き狙いを定めた。

 それは銃床を切り詰めたソードオフショットガン。

「アタック!」

 掛け声と同時に男が再び早打ちで引き金を引いた。

 散弾は一点に集中し鉛塊と化す。

「ぐぁあああああ!!」

 鉛塊が命中した途端、ナタルマの体は軽く弾け飛んだ。

 幸い魔煌障壁のお陰で少女の体が傷付く事は無かったが身代わりになった光の壁は威力に負け粉々に砕け散る。

「うぐうう……」

 ナタルマの小さな体が汚れた泥の上でうずくまる。

 勝負あった。

 男は瞬時にショットガンの再装填を終えていた。

 一方で戦闘力を失い、地に伏せたナタルマに逆転の望みは見込めない。

 男が再び銃を構える。銃口の先にあるのはナタルマの頭だ。

「待って! ちょっと待って! 私達の負けよ!」

 今度はナナミが男の前に飛び出した。両手を上げ、降伏の意思を示す。

「抵抗しないわ。だから撃たないで!」

 ナナミは二人の間に割って入る。危険ではあるが、とにかくナタルマが殺される前に何とかしなければ。

「ナナミ……手前ぇ、何勝手してやがる……。オイラ、まだ負けちゃ……」

「うるさい! 黙ってなさい! もうボロ負けも良い所よ!」

 ナナミは足元で減らず口を叩くナタルマを叱り飛ばした。

 一方で目の前の男は銃をこちらに向けたまま静観している。

「私の名はナナミ・セリッシュ。ヨシュアの飛行艇乗りよ。人を探す為にこのロータスにやって来た。けどウラ鉄に追われてここに隠れてるの」

「君の身の上と今回の追剥と何の関係があるんだ?」

 男は落ち着いた態度で問い質す。

「ウチの馬鹿がやった事は謝るわ。私の監督責任よ。ごめんなさい。この通り許して」

 ナナミは両手を挙げながら謝意の意味を込めて瞳を閉じた。

 それを目の当たりにした男は一言、添える。

「もう一人、その辺りに隠れているだろ? 出てこいよ」

「クレア、悪いけどあなたも出てきて」

 すると廃墟の陰からクレアがおぼつかない足取りで車の前に姿を現した。

 一方で男はクレアの美しい面差しと金色の髪を見て目を見開く。

「クレア? アンタ、もしかして空爆の魔女クレア・リエルか?」

 男が訊ねるとクレアはげんなりした表情を浮かべた。

「ロータスでもその言い方で通ってるのね……」

「まあ、ヨシュア戦役ではアンタ有名人だったからな。飛んでる魔女の太ももに見惚れてたら、直後に爆弾が降って来たってな」

 そう言って男は笑った。

 だがクレアもナナミも彼の冗談で笑わない。

 クレアは訊ねる。

「貴方、ウラ鉄の戦闘魔煌士?」

「元だ。今は全く逆の立場に居る」

「じゃあ、ファイタスの戦士ね」

「だが君達の味方って訳じゃない。現にさっき襲われたんだからな」

「それは悪いと思ってるわ。名前を教えて下さる?」

「デニス・ワイルダー。人呼んで拳銃の魔煌士だ。最も空爆ちゃんみたいに有名人じゃないけどな」

 デニスは銃を構えたまま愛車の真っ赤なボンネットに腰を下ろした。そして銃口の先で車の近くでうずくまるトギスに行けと合図をした。

 トギスは痛いのを我慢しながら逃げる様にナナミの背後へと歩いていった。

「さてと、ナナミさんだっけ? さっき人を探しに来たと言っていたが……」

「カナセ・コウヤっていうマギライダーの少年よ。心当たりあるでしょ?」

「さて、どうかな?」

「惚けないで。一週間ほど前かしら、ウラ鉄本部が攻撃されたけど、あれってあなたの達仕業でしょ?」

「だが仮に、それが俺達の仕業としてそのカナセ某が関係していると限らないんじゃないか?」

「あの襲撃がカナセの兄ぃさんを強奪する為のものだって調べは付いてるわ。それと彼の居場所はこの廃墟の先にあるゴッペルってお医者様が知ってるって……」

「だから俺の車を奪おうとしたのか」

「お願いします。カナセ君はそれなりに優秀なマギライダーですがヨシュアの中では何て事ないただの男の子です。持っている情報なんてたかが知れてます」

「なら何でロータスまで来て、そのたかかが知れている男の子を探そうとする?」

「それは彼との友情の証よ」

 今度はナナミが答えた。

 それを聞いてデニスは少し考え込む。クレアの眼は真剣で悲しみを帯びていた。恐らく言っている事に嘘は無い。

「ふむ……。成程な」

 だがひとつだけ気になる事がある。

 二人の言い回しだ。

 察するにどうも彼女達はカナセ・コウヤがエリザベス・アムンヘルムの弟子である事実を知らない様に思える。

「なら純粋にカナセ・コウヤの友情に応えてここまで来たって事か?」

 それを思うと少しばかり胸を打たれた。

 デニスは銃を仕舞うと後ろに回り後部座席のサイドドアを開けた。

「さあ、お嬢さん達、乗ってくれ。ゴッペル先生の所までお送りするよ。それに俺の行き先も実は先生の所だったからな」

 一変したデニスの態度に一同は驚きを隠せない。

「許してくれるの?」

「ああ、今回の件は水に流す。今回だけな」

「本当に?」

「だがカナセ・コウヤの件に関しては俺の一存では決められない」

「判ったわ。皆、連れて行って貰いましょ」

「連れて行ってだって? 信用するのかよ? この野郎を?」

 デニスに打ちのめされたナタルマが不満を漏らす。

 しかしそれをクレアが諭す。

「ええ、彼を信じましょう。そうでなくても私達にはもうこの先の手掛かりが無いのですもの」

「ふん、どうなったって知らねぇからな!」

 ただナタルマだけがひとり納得できずにいた。



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