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第15話 ロータス散策

 次の日の明朝、カナセは自室のベッドの上で目覚めた。

 昨夜のクレア達と違って穏やかな朝……。

 記憶は桟橋の上でまっ白になった所で途切れている。

「村の人に助けられたのか?」

 ならば後で礼を言いに回らなければならない。

 カナセは食堂に赴いた。調理室では保育士のオバサン達が朝食の準備を行っている。

 だが朝食にはまだ時間が早い。

「あら、おはよう。もう起きて良いの?」

 オバサンのひとりが体調を聞いて来る。昨日、突然倒れて気を失った事に気を遣わせているのだ。

「うん、もう一晩寝たらスッキリ回復したよ。ゴメン、迷惑かけただろ?」

「そんな事、気にしないで。でもエルマが呼びに来た時はびっくりしたわよ。突然、倒れたって言うから村に残っていたおじいさん達に運んでもらったのよ」

「誰に運んでもらったか判る? お礼を言わなきゃ」

「そんなに気を使わなくて良いわよ。また会った時に頭だけ下げときゃそれで」

「ああ、うん……それでいいなら、そうするよ」

「それよりも、あんな事はよくあるの?」

「いや、突然、倒れたなんて初めてさ」

「今日ならお医者が呼べるわよ」

「いいよ、そこまでしなくても。けどまた今度、倒れたらお願いするよ」

 そう言いながらカナセはテーブルの上に置いてあった朝刊を広げた。

 新聞はウラ鉄の勢力圏から発行されているものだった。

「へえ、ここでも新聞は当日のが来るんだ……」

 紙面にはゴディバ市内の公園でファイタスの工作員が公開処刑されていた事が大きく掲載されていた。

 それに引き換え、ゴディバタワーが襲撃された続報は極めて小さく伝えるだけだった。

 ギップフェル島の記事は影も形もない。

 暫くして子供達が起きてきて席に座り始めた。

 その中に弟を背負ったエルマの姿もあった。

「おはよう、エルマ。昨日はありがとう」

「おはようございます、カナセさん。もう大丈夫なんですか?」

「ああ、順調、順調」

「なら良いんですけど、何があったんです?」

「ええっと、よく判らないや……」

 カナセはそう言って頭を掻いた。だが実際に自分でも判らない。子守歌を歌っている最中に猛烈な眩暈が襲ってきたのだ。

 それに今はその眩暈の痕跡も無い。

「それとなんですど……」

 エルマが弟にミルクを与えながら言った。

「カナセさん、持っていた魔煌書はどうしました?」

「魔煌書?」

 そう言えば昨日まで手元に在ったミスラ写本が無い。

「桟橋に置いたままみたいだ……」

「実はそう思って、カナセさんが運ばれた後、気になって桟橋に行ってみたんですけど」

「ああ、エルマが回収してくれたんだ」

「いいえ、桟橋に戻ってもありませんでした」

「無かったって?!」

 エルマの返答にカナセが驚いてみせた。そうなれば、眩暈を起こした拍子に海に落としたかのもしれない。

「そりゃ、大変だ。後で拾いに行ってくるよ」

「その方が良いと思います」

 エルマが弟にミルクを与えている横でカナセは朝食を済ませると早速、干潟の桟橋へと向かった。

 桟橋の上には魔導書もなく潮の引いた干潟の上にも見当たらない。

「こりゃ、沖に流されたか……」

 カナセは沖合を眺めながら落胆する。

「不味いな、あれって借り物なのに……」

 直弟子が高名な師匠の記した魔煌書を無くしたとなっては名折れも良い所だ。

「クレアが知ったら何て言うだろう?……まあ、ベス先生の魔導書を海に落としたですって?! 本当にあなたって人は!」

 当分、何かに付け口酸っぱくお説教するはずだ。

 とにかく無くしてしまった物は戻らない。

「弁償して返すしかないか……」

 カナセは孤児院に戻るとオバサンに理由を話した。

「悪いね、オバサン。魔煌書は俺が弁償して返すよ」

「そうしてくれるのかい? 一応、孤児院の備品だしね」

「それで本屋は何処?」

「本屋ならペンネって村にあるけど。村を出て道沿いを南に行った所よ」

「遠いのかい?」

「今からなら歩きで昼前には着くよ…。それより勝手に村を出て大丈夫かい? メイヴィスには駄目だって言われてるんだろ?」

「平気平気。彼女は今、村に居ないし。俺もすぐ帰って来るよ」

 そう言ってカナセは外に出ると孤児院の裏に回った。

 そこにはスクラップの小さな山があり、一台の壊れたバイクが捨ててあった。

 カナセはマーケットで買った中古の3番コアをバイクに嵌め込むと魔煌技を発動させた。

 バイクはたちどころに修復され走行状態になる。ジゴバ領で乗り回した物と比べれば小さなバイクだったが村から村の移動に使う分には何の問題も無い。

「さて、ペンネの村に向けて出発!」

アクセルを吹かすとバイクは軽快に走り出した。

 バイクはカナセを乗せて、村を出ると島の堤防を越え、干拓地の水田に挟まれた真っ直ぐな道を南へと走り続けた。

 朝の日差しの中、乾いた風が気持ちいい。

 久しぶりの解放感。このままジャンプして大空を飛びたいくらいだ。

「一人旅ってのも久しぶりかな?」

 カナセは笑いながらつぶやく。

 やがて小さなバイクはペンネの村に辿り着いた。

 村は干拓地の南岸側にあり沖にはファイタスのガンボートが巡回している。

 カナセはそのまま村の中へと入っていった。

 村といってもラッツ村よりも格段に大きく人通りも賑やかだった。

 しかし所々に着弾による更地がある。恐らくウラ鉄の艦隊によって淡海から砲撃されたか水上機での爆撃によるものだ。

 カナセは教えられた道順に従って本屋へと辿り着いた。

 しかし店の前に立った途端、唖然とした。

「酷え……」

 店は砲撃を受けたのか、崩れた屋根には防水性の帆布が被せられていた。

 弾は店内まで突き抜けたのか無茶苦茶に破壊され商売が出来る状態ではない。

「これじゃあ、本を買うところじゃないな……」

 ミスラ写本を取り寄せる手段を失ったカナセが肩を落とす。

「やれやれ、どうするかな? 無理を頼んで店を開けて貰うか?」

 カナセはバイクから降りると店の奥に向かって試しに叫んだ。

「すいませーん」

「なんじゃい!」

「うわっ!」

 カナセが呼んだすぐ横から声が聞こえた。

 声は店の奥からではない。隣の金物屋の店先からだ。

 店先には一人の老翁が椅子に座っていた。

「なんじゃい、さっきから叫んだり、驚いたり。そうで無うてもお前さんのうるさいバイクのせいでおちおち昼寝も出来ん!」

 老翁は怒りながらカナセの体を杖の先で小突いた。

 しかしカナセは杖を軽く掌で払うと老翁に聞いた。

「なあ、爺さん。ここの店の人か?」

「違うわい。隣の店主じゃ。もっとも店は息子に譲っとるがな」

「この本屋の店の人を知らないかい?」

「本屋なら店番の婆さんがおるじゃろう」

「いや、誰もいないよ」

「居ったらどうする気じゃ?」

「店を開けて貰おうと思ってるんだけど……」

「店なら開いておるじゃろうが」

「いや開いてる事は開いてるけど、お婆さんなんか居ないよ?」

「そんな事、無かろう。待っておれ、儂が呼んでみてやろう……」

 老翁は椅子を引き摺ると座ったまま本屋の奥に向かって叫んだ。店の中が無茶苦茶でも気にする素振りも見せない。

「おい、メリーア! メリーアはどうした?! 居らんのか!」

 老翁は店の奥に向かって何度も叫んだ。しかし店番をしているらしい老婆の姿は一向に現れる気配はない。

「メリーアの奴は何しとるんじゃ? 昼寝でもしとるんか?」

「なあ、爺さん。この町に別の本屋はないか?」

 カナセは既にこの店で本を買う事を諦めていた。

「本屋ならここにあるじゃろうが。メリーア! メリーア!」

 老翁は何度も繰り返し叫び続ける。

 しかし店番の老婆は出て来ない。出て来ないのならここに居ても埒が明かない。

「じゃあ、他の街に本屋は無いのか?」

「ああ? それなら東のノルンの町にもあるはずじゃがの」

「町は遠いのか?」

「いいや、それほどでもない。歩いてすぐじゃ」

「判った。ありがとうな、爺さん。そのノルンって町に行ってみるよ」

「そんな事、せんでもここの婆さんを呼んでやるから待っておれ。メリーア、メリーア」

 そう言って老翁はカナセに取り合う事もなく何時までもメリーアという老婆の名を叫び続けていた。

 カナセはそんな老翁の後ろをそっと離れていくとそのままペンネの村を離れていった。


 今度は老翁の言っていたノルンの町へと急いだ。

 しかしそこでカナセは思わぬ難儀に直面した。

「何だよ、あの爺さん! それほどでもないって無茶苦茶遠いじゃないか!」

 既に東へと向かう道を一時間以上走り続けている。

「このまま行くと、ウラ鉄の勢力圏に行っちまうんじゃあ……」

 そしてカナセの予想は的中した。

 バイクが辿り着いた先には広い大河川があり、その向こうの対岸に大きな町あった。

 大河川には一本の壊れた橋が架かっていた。

 橋の入り口には「これより先にノルン」の折れた看板が立っていた。

 カナセは堤防から大河川を見渡す。堤防の少し北に向かったところにファイタスの観測所が見える。そしてその対岸にも同じ様にウラ鉄の観測所があった。

 どちらの観測所にも大勢の兵士が詰めており、双方が臨戦態勢で睨み合っている。

「さてどうしたものか……」

 メイヴィスが渡った時の様に対岸の観測所がファイタスに乗っ取られているのなら突破も可能だが、その状況は望み薄だ。

 しかしここまで来たからにはミスラ写本は何としても手に入れたい。

「なら実行あるのみ!」

 カナセはバイクからコアを抜き取るとそのまま懐にしまい込み河岸に身を潜めた。

 河岸にはヨシュアと同じ様に葦原が生い茂り身を隠すには好都合だ。

「問題はどうやって向こう岸にまでバレずに渡るかだけど……」

 すると川の上流から一本の流木が流れてくるのが見えた。

「あれが手ごろかな」

 カナセは水の中に入るとそのまま流木にまで素潜りで辿り着いた。

 そして観測所の方から流木で身を隠すと川を横断していく。

 しかし川を横切る流木の不審な動きはすぐにウラ鉄側の知るところとなった。

 小型の巡視艇がカナセが掴まる流木に向かって近づいて来る。

「やっぱり来やがったな……」

 しかし巡視艇の到来は想定内だ。むしろ見つかる方が好都合だ。

 やがて巡視艇が到着するとカナセは水の中へと潜った。

 巡視艇の上では警備員達が装備されていた竹竿を取り出した。

 その間にカナセは巡視艇の船底の下を潜るとそのまま反対側の水面に顔を出し様子を伺った。

 思った通り、警備員達は皆、流木の調査に夢中で反対側の水面に居るカナセに気付く者は居ない。

 もし見つかれば手にしていた3番コアで攻撃を仕掛けるつもりでいた。

 警備員達はひたすら竹竿で流木を小突き回す。皆、肩に自動小銃を掛けている。

「銃を使うかな?……」

 撃たない。どうやら対岸のファイタスの観測所を刺激したくない様だ。

 やがて流木の調査が終わると巡視艇はその場から離れていった。

 カナセが再び流木に取りつく頃には、もう流木の存在に注意を向ける者は誰一人として居なかった。

 カナセはそのまま大河川を泳ぎ切るとウラ鉄側の対岸へと上陸した。

 そして濡れたままの体でノルンの市街地に潜入した。

 カナセは街の情景に息を飲む。

 町全体がウラ鉄による開発事業の最中だった。

 古い木造の家屋が重機で解体されると、更地にされる傍から灰色のコンクリート造られた六階建てのアパートが建築されていく。

 そして潰された瓦礫は沿岸に運ばれ埋め立て地の資材にされていった。

 それはウラ鉄による死と再生の儀式の現場だった。

「これがウラ鉄の解放村政策の一環って奴か……」

 その剛毅な力の前にカナセは息を飲む。

 その後もカナセは新しく出来上がった街並みの中を歩き続けた。

 左右に建ち並ぶ幾棟ものアパートは空っぽの無人地帯から次第に人の入った器へと変わっていった。

 だが人が溢れてもコンクリートの躯体から人の温かみを感じる事はない。

 逆にどこか寒気の様な物が伝わって来る。

 例えて言うならば工場の四角い部品棚に生身の人間がパーツの様に押し込められている、そんな感じだった。

「さっさと買い物だけ済ませて町から出た方がいいな……」

 カナセは新しい街並に目を背けつつ本屋を探し始めた。

 町の中には所々に大仰なスローガンを掲げた看板が並べられていた。

 “共に歩もう希望の未来!”や“鉄路で結ぶ世界の輪”などウラ鉄が作る新しい世界の姿を高らかに謳っていた。

 中には“コアの使用は計画的に”や“ぜいたくは敵だ!”の様なお節介な文言も同じ様に並べ立てられている。

 しかし肝心の本屋はいつまで経っても見当たらない。

 そして濡れた服が乾いた頃には、ある施設の前に突き当たった。

 それはノルンの町の鉄道の駅だった。

「第64號ノルン解放町駅……」

 看板にはそう記されている。

「ここに本屋が無いんなら別の町に行くしかないか……」

 当初の思惑と比べ、予想外の大冒険だ。

 しかしカナセには列車の乗り方が判らない。

 路線図と書かれた大きな地図には路線を示す色分けされた線に丸い点毎に地名と数字が記されていた。

 地名が駅名で数字が料金らしいのだが、さてどう買い求めたら良いのか?

「お困りですか?」

 その時、カナセを背後から呼び掛ける声が聞こえた。

 振り向くとそこにはうら若き女性が立っていた。

 女性は長い茶色いの髪を後ろに束ね碧玉色の瞳に眼鏡を掛けた美人だった。

 年齢はクレアよりも上に見える。

 だが女性を見た途端、カナセの背筋に緊張が走る。

 彼女が紺色の制服を着ていたからだ。

「ウラ鉄?」

 もしかしたら巡回中の警備隊かも。ならば相手が女でも油断できない。

 しかし隣から聞こえて来た呼び声でカナセの緊張は杞憂に終わった。

「先生……」

 女性の後ろからひとりの少女が顔を出す。少女はエルマやミリアよりも更に幼く見えた。

 そして女性の腰元にしがみ付く。

 少女は小さいが女性と同じデザインの制服を来ていた。

 だが先生の一言で目の前の二人は教師と生徒の関係らしいのは想像できる。

「ウラ鉄学徒勤労隊の者です。何かお困りでしょうか?」

 女性は聞き返す。

「学徒勤労隊?」

 するとカナセも同じ様に聞き返す。

「ウラ鉄の運営協力を補佐する学生の奉仕団体です。鉄道関係でお困りならばお話を伺いますが……」

 今ひとつ理解できないが、どうやら同じ色の紺色の制服を着ていても『鉄道公安機動軍』とは別組織である様だ。

「あの……本屋を探しに来たんだけど、この町には見当たらなくて。別の街に列車で行こうと思ったんだけど……その、今度は列車の乗り方が判らなくて」

 カナセが理由を答える。答えてしまったのには理由があった。彼女は悪人ではない。彼女を小さな女の子が母親の様に慕っていたからだ。

 そんなカナセの直感が当たったのか先生は素敵な笑顔で答える。

「なら私がご案内いたしましょう。丁度、私も駅前に書店のある大きな町に向かう途中だったのです」

「ああ、そうですか……。ですが迷惑ではありませんか?」

「お気になさらないで。学徒勤労隊として鉄道の事でお困りの方をお助けするのは本分ですから」

「なら、案内してもらおうかな……」

 カナセも親切な美人を前に嫌な気はしない。

「では責任をもってご案内いたしますわ。私、リーナ・ミルデと申します」

「俺は、カナセ・コウヤ」

 リーナは清々しい人だった。

お陰でカナセは彼女がウラ鉄関係者であるにも関わらず本名で名乗ってしまった。

そして彼女の好意に甘えることにした。

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