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第14話 ゴディバの市(2) ドブ板通り騒動

 カナセが意識を失ったその日の深夜、クレア達はゴディバの上層界の真下、下層界にある歓楽街と呼ばれる地区に来ていた。

 歓楽街はぐつぐつと煮込まれた魔女の釜の中の様な異様な熱気に満たされていた。

 ばけばしい魔煌ネオンで溢れるどぶ板通りを幾人もの酔っ払い達が千鳥足で行き交う。

 すれ違う通行人の顔はアルコールで赤く染まり、時折、呂律の回らない歌声が聞こえる。

 それを狙うかの様に店の前に出た客引きが言葉巧みに引き留める。

 それは一見、どこの飲み屋街でも見られる光景だった。

 だが一歩、暗い裏道に入れば如何わしい男女が抱き合いながら舌を絡み合わせたり、陰気な男が囁き声で得体の知れぬ薬を他人に売ったりもしている。

 そして時折聞こえる喧嘩による騒然とした叫び声。

 とても昼間にあの忌まわしい処刑があった同じ国だとは思えない。

 それどころかここは今も東に浮かぶ多くの国々と戦争を続けているのだ。

 ここは戦場から隔離された別世界。

 そんな厚化粧の歓楽街の周囲をチラ見しながらクレアが眉を顰める。

「酷い所ね……」

 そうフードの下からつぶやくと持ってきた箒の柄をお守り代わりに強く握り締めた。

 まだリードヒルが健在だった頃にもここと似た様な歓楽街は存在した。とは言え、魔女の学校の優等生にとって爛れた大人の社交場など縁も所縁もない場所だった。

 しかし思っていた以上にここは汚い。どぶ板の下ではネズミが走れば、所々で腐った下水と吐しゃ物が入り混じり泥となって異臭を放つ。

 そしてネズミ以上に不愉快なのが、建物の隙間を這い回るゴキブリの群れだ。

「キャアっ!」

 ゴキブリを見た瞬間、クレアとナナミが同時に悲鳴を上げる。

 正直、二人とも昼間の処刑現場からまだ完全には立ち直れていない。

 はっきり言えばこのゴディバの街の敷地から一刻も早く離れたいのが本音だった。

 それでもカナセの為にここは耐えて、前に進まなければいけない。

「でも、こんな汚い所に来て何が楽しいのかしら!……」

 正直、周りの光景には不快感を通り越して眩暈すら覚える。

 用事でも無ければ寄り付きたくもない類の場所だった。

 そんな時、後ろの方で声が聞こえた。

「ちょと、そこの兄さん。寄ってかない?」

「へっ? あ、あの……それって僕の事?」

 トギスが客引きの女に捕まった。

「そうよ、遊んで行ってよ。安くしとくからさ~」

「そ、そんな事言われても……」

 客引きの女に袖を引かれたトギスがドギマギする。

「何やってんだ、トギス! 遊びに来たんじゃ無ぇぞ!」

 しかし並んで歩いていたナタルマが危うくカモにされそうになったトギスの腕を強引に引っ張った。

「はわわわわわ~」

 トギスはオドオドしながら女から離れていく。

「帰りに寄ってね~」

 女は袖にされても愛想を忘れない。

「やっぱ、こいつ連れて来たのは失敗だったんじゃねぇのか?」

 落着きの無いトギスの手を引きながらナタルマが溜息を吐く。

「そんな事、言わないの。こんな場所だから男手があった方が良いと思って連れて来たんだからさ」

 先頭を歩くナナミがトギスを擁護した。

 だがこんな場所に四人で訪れたのは勿論、目的があっての事だ。

 この下層界に居るヨシュアの息の掛かったスパイと接触する為だ。

ただスパイに会うだけならヨシュアの情報部から依頼を受けたナナミが行くだけで済む話なのだが今回ばかりはそのスパイからカナセの事を聞き出さねばならない。

 そうなるとクレアも同行する必要が出て来る。

「それでそのスパイってどんな人よ?」

 ドブ板の上を歩きながらクレアが聞く。

「ガーリックっていう名前のオッサンよ」

「変な名前……」

「偽名よ。何回も会ってるけど、今回で顔が変わってるかもね」

「それってどういう意味よ」

「スパイだから何があっても不思議じゃないって事」

 そんな言われ方をされればクレアも不安になる。

「ちょっと、本当に大丈夫なんでしょうね?」

「まあ、大丈夫だと思うけどさ。それよりクレア、ここはもう少し愛想良くしておいてよ。せっかくの美人が台無しよ」

「警戒させるなって事でしょ。そんな事くらい判ってるわよ」

 四人がドブ板通りをそのまま進んでいくと、所々途切れた安いネオン管の看板が見えた。

 看板にはスナック・ローレルと店名が記されている。

 ナナミが扉を開けると店は狭くカウンター席だけだった。

 中に客は居らず店長らしき太った厚化粧のオバサンがカウンター越しに一人立っていただけだった。

「やぁ、ママ。久しぶり」

「今日はもう終いだよ、とっとと帰んな。それにここは女子供が来る様な所じゃ無いよ」

 ナナミが軽く挨拶をするとオバサンが乱暴に追い返そうとする。

 しかしナナミは特に気にする事も無くこう返した。

「何だよ、釣れないなぁ~。姪っ子のシルバ・パンパスが久しぶり寄ったっていうのに。悪いけど葦束百束の買い手を探してるんだ。今すぐ探してきてよ」

 それを聞くとオバサンは店の奥の扉を顎で指した。

 ナナミが背後の三人に目で合図をすると皆で店の奥へと入っていく。

 そして小さな扉に立った。

 だが扉は店の内装に似つかわしくないほど頑丈で重く作られていた。恐らく中に鉄板でも仕込まれているのだ。

「ちょっとここで待ってて。私の仕事を済ませて来るから」

 そういうと最初にナナミだけが重い扉を開け奥に入っていった。

 待って居る間、クレアは何気なくママの方を見る。

 あの人もヨシュアの工作員のひとりなのか?

「何だよ、じろじろ見て! 何か用かい?!」

 目が合うといきなりママから罵声が飛ぶ。

 クレアは慌ててオバサンから目を逸らした。

 そして三十分ほど待っていると再び奥の扉が開いた。

「クレア、入って。話を聞いてくれるって……」

 扉から顔を出したナナミが手招きする。

「判ったわ。私達も入りましょう」

 そう言ってクレアが二人を連れて中に入ろうとした。

 しかしナタルマが歩き出そうとするトギスの肩を掴む。

「トギス、お前、ここで見張ってろ」

「ええ?! 僕一人でですか? 嫌ですよ! こんなところで独りぼっちなんてウラ警のガサ入れでも入ってきたらどうするんですか?」

「その為にお前がここに立ってるんだよ。いいから待ってろ! ここから一歩でも離れたら承知しねぇぞ!」

「ひえええええ……」

 ナタルマが拳を振り上げるとトギスが震えあがった。

 そんな彼を見て隣に居たクレアは流石に居た堪れなくなる。

「トギスさんっ……。ご迷惑お掛けします」

 クレアはトギスに向かって慌てて取り繕った。

 しかしトギスは溜息を吐きながら首を横に振る。

「気にしないで下さい、クレアさん。この人は何時だって僕にこうなんです……」

 そして傍にあった丸椅子に腰を落とした。

「そうですよ。見張ってりゃ良いんでしょ……。それで僕だけ独りぼっちになれば世界は丸く収まるんでしょ。世界が平和になるんだ……」

 そうブツブツと愚痴を零しながら扉の横でいじけて丸くなっていった。

 扉の向こうに入るとクレアはナタルマを窘める。

「ちょっと、ナタルマ」

「何だよ」

「トギスさんには、もっとやさしくして上げなさい。あれじゃあ可哀そうよ」

「いいんだよ、あいつは。これ位しとかねぇとすぐサボる事、考えやがる。つけ上がらせちゃ駄目なんだ」

 ナタルマはクレアの助言に耳を傾ける事はない。昔と変わらないままだ。

「結局、この子はこれで出来上がっちゃったのよね」

 それを思うと溜息が出るばかりだった。

 部屋の中は中央をパーテーションで区切られていた。

 間仕切りの向こうの様子は伺えない。

 クレアはナタルマを置いて間仕切りの奥へと入っていく。

 奥には小さなテーブルがありナナミとハンチング帽を被った中年の男が座っていた。

 男は一人で酒を飲んでいる。

 クレアがナナミの横に座った。

「あなたがガーリックさんね?」

 クレアが訊ねるとガーリックと呼ばれた男は機嫌よくグラスを掲げる。

「よう、嬢ちゃん。こりゃエライ別嬪さんを連れて来たもんだなぁ」

 ガーリックがナナミに言う。機嫌が良いのか声のトーンも高い。

「でもその代わり、良い話を聞かせてもらうわよ」

「ならその前にそっちの金髪の別嬪さんに酌をしてもらいたいなぁ。挨拶代わりによ」

「クレア、注いで上げて」

「いいわよ……」

 クレアは傍に在った酒瓶を持ち上げるとガーリックの為に注いだ。

「おっと、悪いね……。ところで別嬪さんは年齢はいくつ?」

「初対面の人間にいきなり年齢を訊ねるのは失礼ではありません?」

「うへ、こりゃ失敬。けど、もうそろそろ脂が乗って食い頃って感じか、ケヘヘヘ……」

 ガーリックが下品な薄ら笑いにクレアが眉を歪ませる。

「ちょっと、本当に大丈夫なの? このおじさん……」

「大丈夫。おちゃらけて相手の出方を見るのがこのオッサンの何時もの手だから……」

 正直、クレアには目の前の中年の男がヨシュアの息の掛かった諜報員には見えない。

 だがこのスパイがもし期待外れならクレアはカナセへの手掛かりを失う事になる。

 気が気でならない。

「それで何が知りたい?」

 ガーリックが摘みの煎り豆をかじりながらナナミに尋ねた。

「それならこっちの別嬪さんが教えてくれるよ」

「そういや名前を聞いて無かったな」

「クレアよ。魔女をやってるわ」

「ふーん、魔女のクレアさんか。聞いた事ある様な無いような……それで?」

「ウラ鉄に一人の魔煌士が最近、連行されて来たと思うの。名前はカナセ・コウヤ。聞き覚えは無いかしら?」

 しかしカナセの名前を聞いた途端、ガーリックはグラスに残っていた酒を飲み干しながら別の事を言い始めた。

「カナセ・コウヤ? そりゃ、カナルカナの船長の名前だな……」

 ガーリックの言葉にクレアが戸惑いを覚える。それはナナミも同じだった。

「何よ? カナルカナって」

「箱舟だよ。ヨシュアにもあるだろ?」

「そりゃあるけど……」

「しかもカナセ・コウヤってのは伝説のロータスの箱舟、カナルカナ・ヴァイハーンって舟の船長の名前だよ」

「ヴァイハーンですって?」

 その呼び名にははっきりと聞き覚えがある。カナセが操るマギアギアの名前だ。

「まあ、月並みに言えば英雄だった人だ。ロータス建国時のな。そして最後には首相になった。だが今はウラ鉄の歴史改竄によって消されちまった人物でもある。挙句、この国の偉人だって事実をほとんどの連中が忘れちまってるさ」

「でもどうしてカナセ君の名前がそんな……」

「さあな、名付け親に聞いてみなけりゃ知り様もないさ」

「それでどうなのさ。拉致されたカナセ・コウヤの方は?」

「ああ、聞いた事あるよ……」

 そう言うとガーリックはグラスをテーブルに置いて手を離した。

「近頃、ウラ鉄の本部で爆発があったんだが知ってるかい?」

「知ってるわ。昨日の昼間、ゴディバタワーを見た時、黒焦げで壊れてたもの」

「あれはファイタスの奴らがやらかした事だ」

「それ位、判るわ。このロータスであんな真似の出来るのは彼等くらいでしょうしね」

「じゃあ、ファイタスは何でそんな事をしたかは?」

「そこまでは……」

 クレアもナナミを肩を竦める。そんな二人にガーリックは答えた。

「あのバカ高い塔からそのカナセ・コウヤを奪い取る為さ」

「ちょっと何よ、それ?……」

「それって本当なの?!」

「本当も本当。嬢ちゃんだから教えるけどなんせその現場に俺も居合わせたんだからな」

「それって、どういう意味よ?」

「俺もその作戦チームの一人だったのさ。最も俺はある諜報員から貰い受けた情報を実行部隊に渡すだけの仕事で、それからはトンズラしちまったから後の事はよく知ねぇけどよ。実行部隊がその人物の奪取に成功した事は確かだ」

「その奪取された人物がカナセ君っていう証拠は?」

「後でそんな名前だってのを聞かされたよ。作戦中はただ王子様って呼ばれてたけどな」

「ちょっと! ちょっと待って、ガーリックさん! 一つ聞いて良い?」

「何だい別嬪さん?」

「どうしてヨシュアの諜報員のあなたがファイタスの作戦に加わってるの?」

「そこは、まあ仕事上の機密事項って事で……」

「お願い、教えて」

「まあ、ちょっとだけ種明かしとするとだな、俺達はファイタスと機密同盟を結んで協力し合ってる。同じ穴のムジナ。ウラ鉄と戦うために持ちつ持たれつの関係さ。こんなモンでいいかい?」

「ええ、ありがとう……。それでカナセ君は今どこに?」

「それは俺にも判らない。最も、ファイタスが危険を冒してまで奪取した人間だ。それほどの重要人物の所在なんて知ってたって教える訳には……」

 そうガーリックが答えていた最中だった。扉の外で激しい物音がした。

 幾つもの銃声が轟き部屋の中で緊張が走る。

「う、ウラ警のガサ入れだぁ!」

 店に居たトギスが真っ青な顔をしながら部屋の中に飛び込んできた。

 その直後、ドア越しに銃弾でハチの巣になった店のオバサンの遺体と、分厚い甲冑を纏った兵士達の姿が一瞬、目に映る。

 ナタルマが扉を閉めながらトギスの体たらくを叱る。

「トギス! 手前ぇが盾にならなくてどうするんだ!」

「そんな殺生な!」

 閉った扉を叩く音が聞こえた。店に居る重装歩兵が瞬く間に押し寄せてきたのだ。

「ちいっ!」

 ナタルマは舌打ちしながら扉を開け、重装歩兵の中へと飛び込んでいく。

 彼女の手には失った魔煌の籠手の代わりに小さなコアが一つ握り締められていた。

 狭い店内は拳の魔女と重装歩兵と乱闘場に変わる。

 甲冑の兵士達は身の丈ほどの大きな盾を翳しながら集団で押し寄せて来る。

 無論、その盾からは強力な障壁が展開されていた。

「喰らえ!」

 ナタルマは脈煌侃流によって力の増大した魔煌の拳を撃ち放つ。

 すると先頭の兵士が盾と一緒に吹き飛ばされた。

 しかしすぐに別の兵士が体制を立て直し再びナタルマの前に迫りくる。

「大勢で押し掛けやがって!、手前ぇ等卑怯だぞ!」

「ナタルマ、一旦こっちにまで下がりなさい! こんな量の重装歩兵なんて、今のあなたひとりじゃ無理よ!」

「でもよ、クレア!」

 ナタルマが異を唱えようとした瞬間、重装歩兵が装備していたサブマシンガンを発砲した。

「ぎゃあ!」

 無数の銃弾が命中すると、ナタルマの体はクレア達の居る奥の部屋にまで弾き飛ばされ、そのまま押し込められる。

 それを見計らってナナミが強引に部屋の扉を閉め鍵を掛けた。

「ナタルマ!」

「心配無ぇ、障壁は張ってある……でも、ちょっと痛ぇぞ」

「診せてみなさい」

 クレアはナタルマが被弾した胸元を触診した。

「痛っ!」

「酷い打ち身ね。肋骨までいってるかも……」

「アンタ、無茶意思すぎよ」

「だってよ!」

 事態は急転直下、一行は危機的状態に陥った。

「みゃ~っ、みゃーっ……感度良好~。こちらはウラ鉄警備隊ニャ!」

 扉の向こうから拡声器に拠る独特な訛りのある少女の声が聞こえた。

「お前達は完全に包囲されているニャ。無駄な抵抗は止めて大人しく出てくるニャ!」

 聞くまでも無く店内はおろか裏口から屋根の上まで、店はクレア達の居る奥の部屋以外は全てウラ鉄警備隊壱號隊によって包囲されていた。

「でも、何でウラ鉄の連中がこんな所に?」

「ガーリック! うんにゃ、フィリップ・ギヒンス! おみぁをウラ鉄に対する破壊工作の容疑で逮捕するニャ!」

「なによ、アンタ! ツけられてたんじゃない!」

 ナナミが後ろを振り向きながらガーリックを叱咤する。

 しかし先ほどまで座って飲んでいたはずの男の姿は、いつの間にかテーブルから消えると、床下にあった脱出口に潜り込んでいた。

「じゃあ嬢ちゃん達、俺はここまでだ。お互い運があったらまた会おうや」

「ちょっと、ガーリック! アンタひとりで逃げる気?!」

「悪いが食うか食われるかが今のロータス、悪く思わんでくれ。あとこれはサービスだ。カナセ・コウヤの事が知れたければ最下層の端に居るゴッペルって医者の所に会ってみな。そこに行けば何か判るはずだ。じゃあな、アディオス」

 そう答えた直後、床下の脱出口は閉ざされ鍵まで掛けられた。

 部屋の中の四人は完全に逃げ道を塞がれ、袋のねずみと化した。

 ガーリックの冷たい仕打ちにナナミは歯ぎしりする。

「あの、野郎……何がアディオスよ! もう金輪際、スパイなんて信じてやるもんか!」

 ナナミが地団駄を踏む一方で分厚い扉の向こうから幾度となく叩く音が聞こえる。

「皆、扉と家具でバリケードを!」

 クレアが皆に指示を出すと先ほどまで座っていた椅子とテーブルが扉に立てかけられた。

 しかしこの程度の防壁など警備隊の手に掛かれば突破されるのも時間の問題だ。

「ニャ? あいつら何のつもりニャ?」

「立て籠って歯向かうつもりニャ」

 包囲された店を前でウラ鉄警備隊壱號隊のダブルエース、カッツェ姉妹が様子を伺っていた。

「でも、そんなの無駄な抵抗ニャ。時間の無駄ニャ。にゃのにどうしてそんな無駄をするのかニャ?」

 姉のベール・カッツェが頭を捻る。

「そんなの簡単ニャ。あいつ等はそれを偉いと勘違いしてるニャ。それが追い詰められたネズミの心理って奴ニャ!」

 すると姉の疑問に妹のパール・カッツェがサイドテールの亜麻色の髪を指にクルクルと絡ませながら答える。

「ニャ、妹者は賢いニャ」

「ニャニャニャ! もっと褒めるニャ!」

「エライニャ! エライニャ!」

「ゴロニャ~ン」

 そう言ってベールはパールの頭を撫で回した。姉に褒められた妹は御満悦だ。

「でも、時間の無駄は資源の浪費ニャ」

「そうニャ。だから資源の浪費を止めさせるニャ」

「それにはどうするニャ?」

「そんなの決まってるニャ。一刻も早く希望を絶望に変えるだけニャ」

「でも具体的にどうするニャ?」

「爆弾を使って扉を吹っ飛ばすニャ!」

「それは名案ニャ! 隠れたネズミを燻り出すニャ!」

 カッツェ姉妹は早速、部下に命じて奥の部屋の鉄扉の前に大量の爆弾を仕掛けさせた。

 その様子は扉の向こうのクレア達にも知れ渡る。

「どうする? あいつら爆薬でこの扉を店ごと吹き飛ばすつもりよ!」

 鍵穴から外の様子を伺っていたナナミが声を上げる。

「それって僕達を扉と一緒に木っ端微塵って事じゃないですか! いやあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 青い顔をしたトギスが頭の髪を掻きむしりながら錯乱する。

「いやああああああああ! こんな所で死ぬのいやあああああああああああああ!」

「トギスさん、ちょっと静かになさい!」

 クレアがトギスを叱り飛ばす。

 クレアは床下の脱出口の前で開錠の呪文を唱えていた。しかし扉の封印魔煌技が強力なせいで中々思う様に捗らない。

「早くして! もう時間が……」

「判ってるから!」

 イライラが募りナナミとクレアが声を荒げる。

 一方で扉の向こうでは壱號隊によって爆破の準備が完了していた。

 扉一枚挟んで大量の爆薬が山積みにされている。

「爆破用意ニャ!」

「全員、建物から退避ニャ!」

「秒読み開始ニャ!」

「9!、8!、7!……」

 外から秒読みの声が聞こえるとナナミとトギスの思考が停止する。

「ああ! もう開いて!」

 床の上でクレアがヒステリックに叫ぶ。しかしどう足掻いても秒読み中に脱出口は開きそうにない。

 そんな中、ナタルマが先ほど受けた散弾の衝撃から何とか立ち上がった。

「ちょっと、ナタルマ! アンタ何するつもり?」

「外の奴等と戦う……。外に爆弾があるってんなら吹っ飛ばしてやる」

「馬鹿言ってんじゃないわよ! 怪我人は寝てなさいよ!」

 ナナミがナタルマを止めようとする。

「こんな時に寝てられっか! オイラが外の連中を片付けてやる……」

「4!、3!、2!」

 しかしナタルマはナナミの制止を振り切ると、今度は右腕に最大限の煌気を集めた。

「拳魂一擲! バリスティック・ナックル!」

 ナタルマが渾身の力で目の前の扉を叩いた。

 拳の先から放たれた凄まじい破動が、外に積まれていた爆薬ごと扉を吹き飛ばす。

「1!、ゼロ!」

 一瞬、遅れて爆発が起こった。

 だが爆発力はナタルマの一撃によって押し返され、店内を粉砕しながら逆にウラ鉄警備隊の居る路上へと吐き出される。

 爆発の最高点は店の入り口当たりだった。

 爆圧で飽和した空気の塊が店の前に居たカッツェ姉妹を含むウラ鉄警備隊を巻き込んでいく。

「ニャアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「ウミャアアアアアアアアァアアアアアアアア!」

 ドブ板通り全体に激震が走った。

 真正面を陣取っていたウラ警は吹き飛ばされ、通りに居た酔っ払いや客引き達も騒然となった。

 衝撃が収まると被害の全容が人々の前に曝された。

 スナック・ローレルの店構えは全壊し、上層の床に向け黒煙が立ち昇る。

「うみゃみゃみゃみゃみゃああ~ああ~」

 爆発の衝撃を浴びたカッツェ姉妹は仲良くドブ板の上に転がり、目を回していた。

 店の前に居たウラ警の隊員達もほとんどが失神している。分厚い鎧と盾を装備していた重装歩兵ですら衝撃で動けなくなる様な有様だ。

 だがその煙の中から上層に向けて何かが飛び出した。

「みゃあ!」

 それに最初に気付いたのは倒れたまま上向きになっていたベール・カッツェだった。

「ニャ! 何か飛んでるニャ!」

「ニャ? 何が飛んでるニャ?」

 妹のパールが聞き返すとベールは下層界の人工の空に向かって指差した。

「魔女が飛んでるニャ?」

「ニャ? 魔女?!」

 ウラ警の全員が上を見上げると空飛ぶ箒がフラフラしながら飛んでいた。箒には四人の人影が必死の形相でしがみ付いている。

 それはコメット3で空を飛ぶヨシュアの面々の姿だった。

「ニャニャ! あいつらを打ち落とすニャ!」

「絶対逃がすニャ! 発砲を許可するニャ!」

 姉妹が倒れたままで命令すると、ウラ鉄の警備員達が各自で銃撃を始めた。

 しかし爆発による衝撃で誰もが多かれ少なかれ負傷し真面な照準が行えない。

 一方、銃弾がかすめ飛ぶ中でクレアも箒の操作に難儀していた。

「もう、真っ直ぐ飛びなさい! コメット3!」

 空飛ぶ箒も四人も乗せるのは流石に定員オーバーだ。飛行は安定せずスピードを出すどころか上昇すらおぼつかない。

「せっかく煙に紛れて脱出出来たってのに、このままじゃ下から良い的ですよ!」

「判ってるわよ! ちょっと黙ってて!」

 箒の柄にぶら下がりながらトギスがぼやくとクレアが思わず言い返す。

「出力最大!」

 クレアは飛行を安定させようと箒に精神を集中させた。

 だが今度は箒の穂先から煌気の放出過多が起きる。

 箒は明後日の方向に向け急上昇と急加速を繰り返し、制御不能に陥った。

「キャアアアアアア!」

 乾いた銃声が聞こえる中、四人が同時に悲鳴を上げた。

 一方、急上昇する箒はそのまま下層界の天井、すなわち上層界の床に急接近する。

「ぶつかるわ!」

「ぎゅあああああああああああああああああああああああ!!」

 制御を失った箒の上でナナミが顔を蒼白にさせ、トギスが錯乱する。

「ティ!」

 しかし気合一発、ナタルマが身を乗り出して天井を蹴った。箒は衝突を免れ、同時に僅かばかりの安定性を取り戻す。

「ナタルマ、お手柄!」

 クレアがナタルマを褒めた。

「そんな事より、オイラ達いつまで飛んでりゃ良いんだ?」

 ナタルマの問いにナナミが折りたたんだ地図を見ながら答える。

「ク、クレア! このまま最下層まで降りて南西に飛ぶのよ! そこにガーリックの言っていたゴッペルってお医者の診療所があるはず」

「そこまで飛べばいいのね!」

 クレアは箒の柄を南西に向けた。

 箒は下層界の街並みの中をユラユラと飛びながらも下に居るウラ鉄警備隊を置いて離れていく。クレア達は脱出に成功したのだ。

「逃がすニャ! 絶対に捕まえるニャ!」

 一方でベール・カッツェが部下達を叱咤する。しかし皆、先ほどの爆発の負傷によって追跡どころではない。

 そんな中、姉を妹のパールが窘めた。

「ちょっと落ち着くニャ。それよりもこいつを見るニャ」

 すると気を失った一人の男が数人の警備員達によって引きずりながら連れて来られた。

 目の前に押し出された男を見て姉は不思議そうな顔をする。

「ニャ? 誰ニャ、このオッサン?」

 ベールが訊ねると隊員のひとりが説明した。

「先ほど、裏通りで開いてたマンホールの傍で気を失っていた所を発見しました。恐らく穴から出た直後に爆発に巻き込まれたと思われます」

「それで誰ニャ?!」

 じれったい隊員の説明にベールが聞き返す。

 すると今度は隊員の代わりに妹が答えた。

「フィリップ・ギヒンスにゃ。姉者」

 それはウラ警がわざわざ下層界まで追い駆けて来た男の名前だった。


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