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第12話 ゴディバの市(1) 上層界情景

 カナセがジゴバ領を離れ、ラッツ村へ向かっていた頃、クレア・リエルとその仲間達はゴディバの大地に降り立っていた。

 そこは今のロータス共和国の首都あり、同時にウラ鉄に完全支配された鋼鉄都市でもあった。

 どこも往来はウラ鉄を讃える看板や張り紙が掲げられ、その前を軍用車両が途切れる事無く往来する。

 ウラ鉄の権勢が大手を振って闊歩し周囲の民間の人々を威圧していた。

 一方、通りの中に、みすぼらしい小さな建物があった。

 それはロータス共和国の首相官邸だった。

 だがその官邸に本来居るべき主は居ない。居るのは執政官代行と呼ばれるウラ鉄から出向して来た社員だけだった。

 それどころか今のロータス共和国は政府の体すら成していない。

 国民に選ばれた首相もいなければ議会も停止されていた。現在は只の行政機関、はっきり言えばウラ鉄の下部組織の一つに成り下がっていた。

 そんな首都ゴディバも深夜に見た灯りの絢爛さに反して、昼間はどこも陰気臭く、どんよりとした重苦しい空気が街全体を覆っていた。

 闇を照らしていた部屋の照明や街灯、ネオンの灯りも消え失せ、代わりに太陽の日の下に晒されれば積み木で出来たような画一的な味気ないコンクリート製のビルの群像が姿を現す。

 そのビルの谷間を路面電車が我が物顔で通り過ぎ、その隙間を車の群れが行き交う。

 更に両端の歩道には暗い灰色のスーツを着た人々が背中を丸めながら行進の様に黙々と目的地へと進んでいた。

「なんか、どいつもこいつも陰気臭ぇな……死んだ魚の群れが泳いでるみてぇだ」

 頭からフードを被ったナタルマが率直に答える。

 確かに街を行き交う市民の表情はどこか虚ろで活力を感じない。

「暗がりと厚化粧は七難隠すとは昔の人もよく言ったものね」

「そんなことわざだったかしら?」

 ガイド役のナナミの冗談にクレアが真に受ける。

 上陸組のメンバーはナナミ、クレア、ナタルマ、トギスの四人だった。

 クレアが街並みの向こうを見上げた。

 青い瞳の向こうにはあのゴディバタワーがそびえ建っていた。

「いつ見ても本当に高いわね……上の方が霞んで見えないわ」

「さながらヴァベルの塔って所ですよね」

 ナナミとトギスが塔を見上げながら思い思いにつぶやく。

 そんな塔の側壁には修理の為の大きな足場が掲げられていた。

 先日のテロで破壊されたとされているが、クレア達はそれがカナセ拉致によって引き起こされた事までは知らない。

「首都上陸の感想はどう、クレア?」

 一緒に塔を見上げながらナナミが訊ねる。

「良い訳ないじゃない。全部、粉微塵に吹き飛ばしてやりたい位よ」

「物騒な事言わないでよ。ウラ警に聞かれでもしたら大変よ」

「しかし、ツマンねぇ町だな。水没都市が陸に上がったみたいで、遊ぶ所は無いのかよ」

 ナタルマが口を尖らせながらぼやく。

「この辺は官庁街やオフィス街だから遊ぶ所なんて無いわ。遊ぶんならここより下層の歓楽街ね」

「ああ、そんな所もちゃんてあるんですね……」

「けど、私達は遊びに来たんじゃないわ。あの塔に捕らわれているカナセ君を救い出すのが目的よ」

「それとリサの野郎とギッタンギッタンにするのもだ!」

 だが意外にもナナミが軽い口調でそれを否定した。

「そうでもないわよ。連絡員との接触は歓楽街で行うから、ここのお酒くらいは飲めるかもしれないわ」

「へへ、そうこなくっちゃな! 戦勝祈願の送り酒ってか」

「全く、いい気なものね……」

 どこか旅行気分のナナミとナタルマにクレアが溜息を吐く。


 そんな時、大通りからサイレンの音が聞えた。

 一行が振り向くと数台の警備車両を先導されながら一台の大型護送車が通り過ぎていく。

 護送車のボディには大きくウラ鉄警備隊のマークが記されている。

「何でしょう? 犯罪者の護送の割にはスピードが遅い様に思えますが」

 トギスがふと漏らすと警備車両の一団は近くの公園広場に停まった。

 暫くして居合わせた市民達が群がり始め、公園の中は黒山の人だかりとなっていく。

「どうする? 行ってみる?」

 ナナミが訊ねる。

「ええ、そうね……」

 クレアが何気なしに答えるとそれが決定事項となった。

 一行は群衆の最後尾に立った。

 しかしここからでは体の小さなナタルマには奥が見えない。

「ちっ、見えねぇなぁ……。トギス、肩貸せ」

「ええ?! 何で僕が?」

「良いから貸すんだよ!」

 そう言った傍からナタルマはトギスの肩に無理やりよじ登り肩車させた。

「痛ててて。もう、本当に強引なんだから……」

「うるせい! ここから動くなよ」

 ナタルマは群衆の向こうの広場に目を凝らした。

 そこには高さ5mほどの長いコンクリートの壁が建てられていた。

 壁は小さな穴だけになってえぐられており、壁に丸環の付いた太い鎖が上から何本もぶら下げられていた。

 その壁に向けて五人ほどの手錠を掛けられた男女がウラ鉄の警備員によって引き連れられてきた。

 そして手錠と鎖の丸環を連結させられると壁に吊るされる形で立たされた。

 よくよく観察すれば壁に立たされた連中は目隠しされ、口には猿轡は嵌められていた。

「おい、あれって公開処刑の現場じゃないか?」

「なんですって?!」

 ナタルマの言葉にクレアが茫然とする。

 果たせるかな壁につるされた連中の前に銃を持ったウラ鉄の警備兵が立ちはだかった。

 その横ではひとりの警備隊士官が彼等の罪をつらつらと読み上げる。

 彼等はファイタスと自称する反乱組織のメンバーだった。罪状は幾つかの破壊工作とそれに伴う一般市民への傷害罪といったものだった。

 そんな彼等をこれからウラ鉄警備隊が公開銃殺刑に処すというのだ。

 士官の合図で銃が構えられる。

 それをクレアが緊張な面持ちで見詰めていた。

 目を逸らす事が出来ない。殺される彼等とは何の所縁もないが同じウラ鉄と戦う者同士だ。出来る事なら助けてやりたい気持ちもある。

 しかし衆人環視と警備隊の数、そしてここは敵の本拠地の目と鼻の先だ。

 事を起こせば自分達にも災厄が降り注ぎカナセの救出どころではなくなる。

 そんな行き場の無いもどかしさに掻き立てられる中、偶然、ひとりのファイタスメンバーの猿轡が外れた。

 彼は僅かな自由を得た瞬間、人々の前で叫んだ。

「皆、聞いてくれ。我々はここで死ぬ! だが我々の肉体がここで朽ち果てようとも、その魂は決して屈しない! その不屈のファイタスの魂が在る限り、必ずロッゾ・カルの薄汚い野望を打ち砕くのだ! ゴディバ市民よ、心あるなら聞いてくれ! いつか、必ず君達が解放される日が訪れる! その日までどうか、ウラ鉄の邪悪な力に屈しない心を持ち続けて……」

 しかし語り終える前に外れた猿轡は再び警備隊員達の手によって嵌め直された。

 口を塞がれた彼の声が聴衆の耳に届く事は二度と無い。

 改めて死刑囚の前に銃が構えられる。

 もはや彼等の命は空前の灯だ。

「お待ちなさい!」

 だが警備隊の奥に控えていた声が突然、銃殺刑を止めた。

 警備員と聴衆の全てがその声の主に注がれる。

 現れたのは長身で裾の長いウラ鉄の法衣をまとった一人の魔煌士だった。

 魔煌士は悠然と歩きだすと、繋がれたファイタスメンバーを背に観衆の前に立った。

 そして勿体ぶった言い回しで語り始める。

「御集りの皆様! ご存知の通り、今、この男にひとつの罪状が追加されました! 我等の偉大なる総帥、ロッゾ・カル様への誹謗中傷! 他の罪は譲歩して温情を付けられるとしても、こればかりは看過できません!」

 そう言って男は公園の石畳の上を靴の裏で叩き鳴らすと、最後にこう付け加えた。

「よって、この者どもには更なる刑罰を科す事をこの私、ウラ鉄警備隊弐號隊の隊長 デューク・ストレインが宣言致します!」

 宣言が終わると隊長と名乗ったデュークという男が魔煌士の証である法衣のフードを頭から外した。

 だがその素顔が白日の下に曝された瞬間、クレア達は仰天する。

その中でも激しく取り乱したのはクレア本人だった。

「キャアアアアアアアア!!」

 クレアは思わす甲高い悲鳴を上げた。

 上げずには居られなかった。なぜならフードの下から現れたのは皮も毛も無い本物の骸骨だったからだ。

 その禍々しい骸骨を目の当たりにしてクレアはナナミの背に慌てて隠れた。

 そんなクレアの悲鳴を耳にし周囲の視線が一斉に向けられる。

 こんな敵地で注目を浴びるのは危険だ。

ナナミの中で緊張が走る。

 しかしゴディバの市民もウラ警の隊員達もクレアを見るなり厭らしそうな眼付で眺めながらニヤニヤを笑うだけだ。

「クレア、大丈夫?」

 ナナミが平静を取り戻すと今度はクレアに声を掛ける。

「ええ、何とか……」

「けど、顔が真っ青よ」

 親友同志が懸命に手を取り合う。しかしクレアの震えは止まらない。

「けど何なのよ、あれ?……」

 一方でナナミも思わずつぶやく。死霊が目の前に居る現実が未だに信じられない。骨だけの死霊が人の言葉をしゃべり、更にウラ警の隊長として居座っている。まるで悪い夢でも見ている様だ。

「どうする? ここから離れようか?」

 ナナミがクレアを気遣う。

「何だ、クレア。手前ぇ、気分悪いのか?」

「この子、ああいうオバケが苦手なのよ」

 ナタルマが無神経に問い質すとナナミがクレアの不調の理由を答えた。

 クレアは昔から幽霊やバケモノの怪談の類が苦手だった。

 それをカナセに揶揄われた事もある。

 理由は正統な魔女が持つ土着の精霊信仰が肌身に染みている為で、死霊の祟りや怨念の恐怖心があった。

 転じて彼女が鎮魂の儀を個人で執り行っていたのにはそんな裏事情もあった。

 そしてこのロータスで正真正銘のバケモノを目の当たりにしてしまったのだ。

 しかしナタルマはそんな弱気な先輩を端で嗤う。

「けっ! だらしねぇなぁ。そんな怖がりでよく、今までやってこれたもんだぜ」

「クレアは普通の女の子なの! アンタみたいな何もかもが雑に出来ている人間と一緒にするんじゃないわよ!」

「何だと、ナナミ! 今のは聞き捨てならねぇ! もういっぺん言ってみろ!」

「ちょっと皆さん、こんな所で騒がないで下さい。周りの目に付き過ぎます!」

 珍しくトギスが喧嘩に割って入って建設的な意見を述べる。

 だが二人の喧嘩が収まる前に、刑場の方では髑髏が呪文を唱え出した。

「ああ、我が偉大なる守護神クルムハンよ! 我の声に答え、その偉大なる力を分け与え給え!」

 すると街の地下を通る下水管のマンホールの蓋がガタガタと動き出した。音は次第に大きくなっていくと蓋と穴の僅かな隙間から黒い流体が溢れ出す。

 流体は周囲に点在するマンホールから川の様に流れ出すと、やがて処刑場へと集まっていった。

 その流れの一筋がクレア達の傍まで流れ込むと、肩車から降りたナタルマが興味深げにひとつ摘まみ上げた。

「おい、クレア。これってゴキブリの群れだぞ」

 それは間違いなく約二億九千万年前のジオの地で誕生し、アイスインパクトの脅威すら乗り越えた茶色い扁平形の憎い奴、不快害虫殿堂入りのあの「虫」だった。

 そのナタルマが何気なしに吐いた一言にクレアとナナミ、そしてトギスが顔面を蒼白に変える。

「ご、ご……」

 今度はナナミが言葉を失った。髑髏の次は目の前でゴキブリの大群が大移動している。そのおぞましい光景に少女達は卒倒寸前だ。

 ナナミは既に気を失い、トギスの肩に寄りかかる。

「ナナミさん!」

 思わすトギスが気を失ったナナミを抱き起す。

 その横では支えを失ったクレアが堪え切れず公園の土の上にしゃがみ込んだ。

「ううっ!……」

 髑髏とゴキブリ。そのふたつの異なる存在からの不快感を前にクレアは思わず吐きそうになる。

「なんだよ、三人ともびびりっやがって。ただの虫じゃねぇか……」

 四人の中でナタルマだけが素手で掴んでも平然としていた。

 そんな時、処刑場の方から呻く様な悲鳴が聞こえる。

 それは猿轡をされてもなお、絞り出す断末魔の叫び声だった。

 ナタルマは手にしていたゴキブリを捨てると、跳躍を繰り返しながら処刑場の方を凝視する。

「こりゃ凄ぇな。死刑囚の体にゴキブリの大群が群がって、立て掛けられた丸太みたいになってやがる」

 そんなナタルマの実況が聞こえた途端、クレアは慌てて耳と目を塞ぐ。

 まさしく狂気の沙汰、思い描くのもおぞましい。

 もうこの場に居る事自体が耐えられない。

 あの髑髏の警備隊隊長は魔煌技で下水道に生息するゴキブリを支配すると刑場にかき集め、囚人達の体に這わせているのだ。

 そして刑を執行した魔煌士も今の状況に御満悦だった。

「はははははは……。どうです! 我が神技の力。そして思い知りなさい! ウラ鉄に歯向かった者がどのような末路を辿るかを!」

 罪人の体がゴキブリの小さな顎で蝕まれていく中、骸骨の高笑いが木魂する。

 やがて悲鳴も聞こえなくなる。恐らくゴキブリに体中を貪り荒らされる地獄に生きる気力を喪失したのだ。

「しかし、腹を食い破られて内臓が飛び出るかと思ったけど、血も出てねぇし案外綺麗なもんなんだな。何十万匹っていう数が肉片と血を一滴残らず啜っていやがるんだ」

 ナタルマの実況が続く中、死霊が執り行う凄惨な虫葬は尚も続く。

 デューク・ストレインは狂人の死霊だ。魔煌技の技能としては一流であっても、これは人智の所業ではない。天から偉大なる農神クルムハンの嘆きが今にも聞こえてきそうだ。

 やがて騒然としていた処刑場の空気が変わった。

 ゴキブリ達による処刑が完了したのだ。

 今まで囚人達に群がっていた数十万の大群が来た道を引き返しマンホールの中へと帰っていく。

 ナタルマはゴキブリが立ち去った「跡」を注視する。

「うへ~。食った後も骨と服しか残ってないや。綺麗なもんだ……」

 しきりに感心するナタルマの実況もこれで終わりを告げた。

 一方、死刑を執行し終えたデュークはフードを被り直すと悠然と処刑場を後にした。

 その皮膚の無い頭蓋にはどこか仕事をやり終えた達成感に満ち溢れている。

「クレアさん、ナナミさん、大丈夫ですか?」

 茫然としたままのふたりをトギスが介抱する。しかしナナミは当分、目を醒ます事はなく、クレアも立ち直れそうにない。

 そんな時だった。

 通り過ぎていく群衆の会話が偶然、耳に飛び込む。

「やっぱデューク様のゴキブリ刑は見応えあるよな……」

「ゴキブリは唇や肛門周りの柔らかい肉から喰い始めるらしいぜ」

「けどやっぱり、俺は機関銃の銃殺刑の方が好きかなぁ」

 クレアはその声を聴いた途端、絶句した。

 ゴディバの市民は当に今の処刑現場をショーとして楽しんでいたのだ。

 その魂の堕落にクレアは眩暈を起こす。

 そしてその場で嗚咽を漏らす。

「なんだ、クレア。お前、泣いてるのか?」

 膝を突くクレアを見てナタルマが聞く。

 そんなナタルマに向かってクレアは涙を流しながら訊ねた。

「ナタルマ……。あなた、今の見て平気なの?」

「別に大した事無ぇよ。けど、もう少し面白いモンかと思ったけど、イマイチだったかな……」

 そう詰まらなそうに答え、既に興味を失っていた。

 だがそう答えたナタルマの言葉にクレアは少なからず安堵した。

「この子はゴディバの市民とは違う。まだ人の死をおもちゃにする事に悦びを感じていないんだわ……」

 そんなナタルマの正気だけがクレアにとっては救いだった。


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