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第11話 月の宴

 その夜、カナセは州都ジゴバードに連れていかれた。

 州都と言ってもどこにでもある田畑に囲まれた地方都市だ。

 その街の郊外にジゴバ一家の邸宅がある。

 だが邸宅と言っても周囲を櫓のある塀で囲まれた城の様な大豪邸だ。

 しかも建屋の様式が独特でヨシュアともラッツ村の物とも違っていた。

 あえて答えるなら和風建築、屋根には厚手の本瓦が乗せられ床には畳が敷かれ部屋は襖や障子で仕切られ外縁には縁側が張り巡らされてた。

 それだけ見ても、ジゴバ領という土地が他とは違う文化で成立している事は見て取れる。

 その屋敷の広大さと重厚さを見るだけでかつてジゴバ一家がこの地で誇っていた隆盛の凄まじさが伺える。

そのジゴバ一家の邸宅で豪勢なサバトの祝宴が開かれていた。

 流石は年に一度の例祭だけあって参加者も数千人を軽く超えていた。

 ジゴバ家の親戚や配下の戦士達、地元を支える名士達に街の住人、それに彼の家族も大勢いた。

 玄関でホルン・ジゴバの出迎えを受けた後、その下の弟妹に年老いた祖父も紹介された。

 そしてここでもエリザベス・アムンヘルムの名前が出ると、参加者一同からどよめきが起こり、カナセは何の疑問も無く上座に座らされた。

 やはりここでも師匠の威光が衰える事はない。

 祭りは料理や酒だけでなく多くの余興も催された。

 その中で五人ほど少女達が音楽に合わせながら舞台の上で二本のサーベルを振るいながら剣舞を舞っていた。

 二刀流の細身の湾島は鮮やかな剣捌きで少女達の腕の中で美しい高速回転を繰り返す。

 その中でひと際、舞台の上を軽やかに舞う少女が居た。

 小麦色の肌で豊かな黒髪も見事な十歳位の美少女だ。

「どうだ、妹のコリンだ。可愛いもんだろ?」

 ジゴバが得意げに妹を指差す。

 確かに親分自慢の妹だけあって美しさは他の少女達から抜きんでていた。

「コリン・ジゴバ? 兄貴に全然、似てないな」

「ああ、だが血は繋がってるぜ。お弟子様の嫁にどうだ?」

 酒を酌み交わすジゴバが愉快そうに訊ねた。

「いい子みたいだけど遠慮するよ」

 カナセが丁重に断るとジゴバが口を尖らせる。

「何だ? 気に入らないか? 気は強いが悪くないと思うぜ……。それとも、もうその歳で嫁が居るのか」

「一応、予定はあるんだ。ヨシュアに居る魔女なんだけどね」

「そいつは何処の誰だ?」

「名前はクレア・リエルって言うんだ」

「クレア・リエル? はて、どこかで聞いた事、ある様な、無い様な……」

 ジゴバは頭を捻ると傍に居た傍使いにメイヴィスを呼びに行かせた。

 下座でホルンから酌を受けていたメイヴィスがやって来ると、ジゴバは盃を彼女に渡しながら訊ねる。

「クレア・リエルですって?」

「ああ、お弟子様の思い人らしいが、どっかで聞いた名だよな?」

「思い人って、カナセ君、あのクレア・リエルと付き合ってたの?!」

 盃を受け取りながらメイヴィスが素っ頓狂な声を上げた。

「何だよ、そんなに美人なのか?」

「確かに美人は美人ですがそれ以外で有名人ですよ、親分」

「ほう、それはどういうお人だい?」

「ヨシュアの空爆の魔女と呼ばれてましたわ。箒から戦車や軍艦に向かって爆弾を落とすとんでもない魔女です」

「おいおい、そんな女傑かよ!」

 メイヴィスの言葉にジゴバが目を丸くする。

「空爆の魔女のクレアと拳の魔女のナタルマ。ヨシュアに行っても触らぬ魔女に祟り無しってくらい……まだ生きてたのね、彼女」

「ははっ、そりゃ凄ぇ。流石にウチのコリンでも立ち討ち出来ねえな」

 そう言って親分は愉快そうに笑った。


 そんなジゴバ領のサバトは深夜まで及んだ。

 そして酒宴が終わった深夜、屋敷の中にある古い櫓の上にカナセとメイヴィスは呼ばれた。櫓の上には盃を持った親分が待って居た。

「ここで飲み直そうやカナセ、メイヴィス」

 カナセがジゴバの横に座るとメイヴィスがふたりの盃に酒を注いでくれた。

 メイヴィスの衣装は何時もの男装ではなくここで借り受けた晴れの日の衣装だった。

 勿論、女性用で彼女の長い黒髪と相まって月下の櫓で華を添える。

「凄ぇ別嬪さんだ……」

「ああ。大したもんだ、メイヴィス。男装なんてさせておくのが勿体ないくらいだ」

 その美しさにジゴバも息を飲む。

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 賞賛の声にメイヴィスも微笑む。

「けど、何で普段は男みたいな恰好なんだ? 謂われでもあるの?」

「謂われ?」

「例えば昔付き合っていた男に操を立てて着ているとか?」

 カナセが無粋にも訊ねてみるとメイヴィスが笑って答えた。

「そんな色っぽい話は無いわ。ただ単に動きやすいからそうしているだけよ。別に女を捨てた訳じゃないから」

「そりゃ、良かった。もうこれで見納めかと思ってヒヤヒヤしてたんだ」

 そう言ってジゴバも冗談交じりに笑った。

 酒が進む中、三人は櫓の上から月明かりの下を望む。

「お弟子様、アンタの目にはここから何が見える」

 ジゴバが訊ねる。

「街と田んぼが見える……」

 カナセが答えた通り、ジゴバードの街の向こうにはどこまでも田畑が広がっていた。

 それも手入れが行き届いた美田だ。水を囲む畔には一本の雑草も伸びていない。

 それが地平の彼方まで続いていたのだ。

「この辺りの全てがウチの田んぼだ。先祖から受け継ぎ、代々守り抜いている。しかし昼間見た荒れ果てた田んぼもウチの物だ。ボロボロになったって愛すべき我等の土地なんだ。だから取り返す。命を懸けて取り戻す」

「そして取り戻した土地はあそこみたいに開拓村を作って開拓し直してるって訳か」

「その通りだ」

 ジゴバが自信を込めて大きくうなづいた。

 そこにはジゴバの深い郷土愛が込められている。

「立派だな……」

 カナセがぽつりとつぶやく。

 だがそんなジゴバにカナセが言った。

「その割に変な意地を張ってる様に思えるけどな……」

「意地だと?」

 ジゴバが問い返す。

「メイヴィスに聞いたよ。ファイタスの軍事作戦に参加せず勝手に戦ってるらしいよな」

「そりゃそうさ。これは俺達の戦いだからな」

「そうじゃなくって、一緒に戦った方が良いとは思わないのか? ウラ鉄はそんな甘い連中じゃないぜ」

「お弟子様もゴッペルの爺さんと同じ事を言うんだな……」

 親分は面白くなさそうにつぶやくと盃の中の酒を空にする。

「正直、俺は今のファイタスのやり方が気に入らない。ウラ鉄ほどではなくてもな」

「どうして?」

 カナセが問い質す。それをメイヴィスもじっと聞き入る。

「長い話になるぜ」

 ジゴバが自分で盃に酒を注ぐ。

「聞かせてくれ。お月様と一緒に聞こうじゃないか」

「ふふん……」

 ジゴバが微かに鼻で笑った。しかしその瞳は真剣だ。

「まずウラ鉄が解放村と呼んでる集団農場の事は知ってるか? 戦場の遥か向こう側、田畑の脇に牛舎の様な家が並んでやがる奴だ」

解放村は遠目でだが実際に見た事がある。まるで機械的に区画された村で、進んで住みたいという気分にはなれない代物だった。

「あれがどんなものか具体的に判るか?」

 そう問われてカナセは首を横に振る。

「じゃあ、説明してやる」

 ジゴバが言うにはこういう理屈だった。

 鉄道による拡大政策を支える為、ウラ鉄は農産業の合理化を名目に全ての農地を公有化し、そこに農民達とその家族を集中的に住まわせ農作業に従事させた。

 それが彼等の言う解放村だ。

 農場内には私有財産が存在せず土地から住まいはおろかトラクターから鍬一本に至るまで個人の物はない。

 全てがウラ鉄の所有物なのだ。

 更に村の中には自由も権利もない。人々にとって自分の命ですら自分の物ではない。ただ農民達は農場から出る事も許されず厳しい監視の下、異常に高い生産目標にによる容赦ない年貢米の取り立てを受けながら、終わりの無い過酷な労働を強いられる。

 もしかしたら人間そのものがウラ鉄の所有物ではないか? そう錯覚させられる。

 あるのは機械にされた様なこの世の生き地獄だけだ。実際にその高いノルマのせいで自分達が食べる分まで搾取され大量の餓死者も出ている。

「俺達は線路の砂利石じゃねぇ。そんな外道に変えられちゃ堪らない。だから俺達は命を懸けて戦う」

 親分が答える。

 だがそれだけではジゴバはカナセの疑問に答えた事にはならない。

「けど、その解放村とファイタスが気に食わないとのどういう関係があるんだ?」

「ファイタスの連中は……特にゴッペルの爺さんはその農民達の解放を大義名分に上げている。そして解放した農民には漏れなく解放村から分捕った土地をプレゼントし私有地として保障する。そんな大盤振る舞いもやっていやがる。そうだよな、メイヴィス」

「その通りです。ファイタスは人々の真の解放を謳っています」

 メイヴィスはファイタスの一員として肯定した。

「成程、結構な事じゃないのか。人々は自由と食い扶持を手に入れるって事だろ?」

 カナセのファイタスの解放策に同意する。

 しかしジゴバはそうは思わない。

「そりゃ、解放された連中にしてみればそうだ。しかし実際は言葉通りに上手くはいかねぇ。分捕った土地がどれもちゃんとしたもんだとは限らねえ。戦争で砲弾が落ちれば瑕疵だって出てくる。最悪、与えられた土地に爆弾が埋まっていて鍬を入れた途端ドカンなんて事もあるからな。オマケに最近はウラ鉄から亡命して来た農民までそこに加わっている。そいつらもここで働きたいから土地を分けてくれって言ってやがる」

「ふむ……」

「けどよ、土地も無限にある訳じゃねえ。勢力圏内にある所有者不在の休耕田を買い取るって手もあるがそれでも足りねぇ。そんでファイタスの奴等も自分達の看板を下ろす訳にはいかねえ。人々を解放し自立出来る経済力を与えるのが奴等の正義だからな」

「だが話を聞いてると実際に土地は足りてないんだろ? じゃあゴッペル先生はどうするつもりだ?」

「なら逆に訊ねるが、こんな時、お弟子様ならどうする?」

「新しい干拓地を開発する」

「バーカ。もっと考えろ。そんな大事業をする金、どこにあるってんだ? しかもウラ鉄の妨害を受けずに出来ると思うか?」

 そう言いながらジゴバは空になった盃を塗り三宝の上に置いた。

 それを見たメイヴィスが親分の盃に再び酌をする。

 真っ向から自分の意見を否定されカナセは黙り込む。恐らくジゴバはカナセの回答を最初から予測していたのだ。

 そんなジゴバがカナセに言った。

「何も難しい事じゃないさ。爺さん達はこのジゴバ一家の土地に目を付けやがった。奴等、農地改革って名目でウチの土地を安値で買い叩いてそれを解放農民に分配しようとしてやがるんだ。要はウラ鉄にやられた事をファイタスにもされるって事だ」

 ジゴバの出した答えにカナセは息を飲む。

 そして一旦、メイヴィスの顔を見て真意を確かめる。

 メイヴィスは否定せず、一度だけ大きなため息を吐いて肯定した。

「それが新しいロータスを築く為の痛みを伴った改革だとよ」

 ジゴバは面白くなさそうに答えた。

 ウラ鉄からも土地を奪われファイタスからも土地を取られる。

 どちらにしてもジゴバ一家からしたら損しかない。

 だがこれでジゴバがファイタス抜きで戦う理由は氷解した。

「そうだよな……。土地は自分の財産だ。どんな理由であれ、失うってなれば、納得できないよな」

 ジゴバの心情は充分に理解できる。

 もしクレアが聞いたならカナセ以上に納得するはずだ。

 それが血を流して守り続けた場所ならなおさらだ。

「それに爺さん、最近、またおかしな事、考えてるって噂だ」

「おかしな事? 何だいそりゃ」

「やっぱり爺さんからまだ聞かされてないか……。なら言っといてやる。カナセ・コウヤ、お前さん、このままこのロータスに居続けるとそのうち、ファイタスの総司令官として担ぎ上げられるぜ」

「な、何だって!」

 ジゴバの言葉を前に、カナセは飛び上がった。

「メイヴィス! その話本当か? 俺をリーダーにするって……」

 カナセはジゴバではなくメイヴィスの顔を見た。

 するとメイヴィスも観念したかの様に答える。

「そうよ。まだ66委員会にも上げてないけど、解放戦線の中では本決まりになりつつある。カナセ君、あなたにはファイタスのリーダーとしてロータスの為に戦ってもうわ」

「それが俺をロータスに引き留めている本当の理由か……」

 解放戦線の魂胆にカナセは茫然とする。

 一方で、それを耳にしたジゴバは皮肉っぽく笑った。

「ふん、判らねぇ話でも無いな。エリザベス・アムンヘルムの弟子って看板を使えば、バラバラのファイタスを一つに纏められる。確かに上手いやり方ではある」

 ジゴバが何回目かの杯を飲み干す。

「カナセ・コウヤ。最初に断っとくぜ。俺はお前さんの事は好きだ。気に入ってる。だがそれでもだ。それでも俺はお前の様な若造の下で働くのは御免だ。更にその下で自分の弟たちや部下たちを戦わせるのはもっと御免だ!」

「……」

 ジゴバのはっきりとした言葉にカナセは言葉も出ない。

「それで、お前さんはどうする? 爺さん達に頼まれたら引き受けるか」

「冗談じゃない!」

 カナセは声を上げた。全く冗談ではなかった。

 確かに自分の目標は一角の人物として成り上がる事だ。

 それが一個の巨大な抵抗勢力の総司令官というのなら申し分ない。

 しかしそれは実力によって勝ち取った物でなければ何の意味もないはずだ。

 お前のお師匠様は偉かった。そんな理由だけで高い地位を与えられて何が嬉しかろうか?!

「クソッ! 小馬鹿にしやがって!」

「人の上に立って旗を振るのは嫌かい?」

「お飾りの大将なんか御免だ!」

「成程、判る話だ」

 プライドを傷付けられたカナセの怒りにジゴバが頷く。

「メイヴィス!」

 カナセは思い余って叫んだ。

「その事で言いたい事があるのなら、先生に言って頂戴。私はただの戦士よ。幹部じゃ無いもの」

 メイヴィスはそう言って議論を避けた。

 だがそれではどうしてもカナセの気持ちが収まらない。

「絶対に突っぱねてやるからな!……」

「好きにすれば良いわ。それでゴッペル先生が諦めるとは思えないけど。あの先生、しつこいわよ」

「……」

 メイヴィスの言い方にカナセは怒りに震えながら黙然とする。

「まあ、何にしてもジゴバ一家の意向は伝えたぜ。お弟子様。これが俺の気に入らない理由だ」

 そう言いながらジゴバは最後に手酌で自分の盃に酒を注ぐと悠々と飲み干した。

 その嬉しそうな様は偉大なる魔女の弟子が困惑する様を肴に楽しんでいる様に見えた。


 そしてカナセと同じ月を見ながらラムサール号が遂にロータス上空に到着した。

「艇長、今、港湾から連絡が入りました。港の第三ふ頭へ向かわれたし」

 カカーンの報告を耳にしてナナミが頷く。

「予定通りね。偽造した書類が上手く行ったみたい。皆、ここからラムサールはヨシュアからロータスの属国のキンバイ船籍に変わるわよ。船名はテリーゼ」

「了解」

「さてと、後はお客さんの方ね。みんな、もうそろそろ起きて頂戴」

「もう起きてるわ」

 ナナミ伝声管に口を当てるとすぐにクレアの声が返ってきた。

「クレア、長旅、ご苦労様。ちゃんと眠れた?」

「心配しないで。睡眠は取れたわ。そんな事より本当にロータスに着いたの?」

「ええ、外を見て見なさい」

 そうナナミが答えるとクレアは窓から前方を眺めた。

するとラムサール号の前方から徐々にゴディバ湾の灯りが見えてきた。

 それが時間が経つにつれて正面を覆い尽くすほどの光の洪水に変わっていく。

 それはカナセが見た物と同じロータスの首都、ゴディバシティの灯だった。

「あそこにカナセ君が居るのね……」

 その大都市の街並みを前にクレアが息を飲む。

 だがあの光の中からカナセを見つけねばならないと思うと正直、気が滅入りそうだ。

 やがてラムサール号はゴディバ湾の沖合に着水した。

 水面をゆっくりと進む中、後部貨物室に居たクレアが声を上げた。

「ナタルマ、トギスさんドアを開けて! 闇夜に紛れて洋上偵察に出るわ」

「おう、まかせとけ! おいトギス!」

「は、はい……」

 クレアの指示に従って同乗者の二人が搭乗口ハッチを開けた。

 ハッチの前にはゴディバの街の明かりが今も煌々と放たれていた。

 かつてヨシュアの首都のリードヒルも深夜はこんなに明るくはなかった。

 それはウーラシア淡水海の西半分を支配するウラ鉄、ゴディバシティの隆盛を物語っている。

 だがクレアはその明るさに圧倒されるよりも馬鹿馬鹿しさを感じる。

 あれだけの煌量を放つには一体どれだけのコアが毎日、無駄に消費されているのか?

「リードヒルを焼いておいて、自分達は無駄遣いって何様なの!」

 クレアにはウラ鉄の何もかもが面白くない。

 クレアはコメット3を持ち出すとそのままハッチの前に立つ。

 夜に紛れてロータスに上陸するつもりでいた。

 だがそれを見たナナミがクレアを止める。

「クレア、ちょっと待って。洋上から上陸は中止よ」

「中止って何かあったの?」

「いいえ、別に何もないわ。何も無いから中止しようって言ってるの」

「じゃあ、どうするつもり?」 

 ナナミの言葉にクレアは困惑する。親友の言っている意味が判らない。

 するとナナミはこう答えた。

「だから、ここは思い切って昼間、真正面から堂々と入って行こうと思うの。ここまで来て大丈夫なら、もう観光客の振りをして入り込んでもバレないはずよ」

 そんなナナミの説明にクレアが眉をひそめる。

「本当に大丈夫?」

「大丈夫よ。ここは私に任せなさい」

 そう言って最後にナナミは親友に向かってウインクしてみせた。


 ジゴバ領での一夜が明け、カナセも中州の漁村へと帰る時が来た。

 たった一晩の滞在だったがエリザベス・アムンヘルムの弟子との別れを州都の人達は皆、惜しんでくれた。

 そして別れ際にジゴバがカナセに言ってくれた。

「困った事があったら相談に乗るぜ。お前はもう俺の友達だ、カナセ・コウヤ」

 親分の心強い言葉にカナセの胸の奥が透く様な気分になる。

「ありがとう、ゼー・ジゴバ。また会おう」

 その後、カナセを乗せたメイヴィスのバンがジゴバ家の人々の前から離れていった。

 皆、見えなくなるまでカナセに手を振り続けてくれた。

 ラッツ村へと続く道の上でカナセは窓の外を見ていた。

 時折、ジゴバ領で働く農民達とすれ違う。

 既にサバトの喧騒は過去の物となり、皆、畑仕事に精を出す。

 だがどこか疲れている様に見えて鍬持つ背中も頼りなく思える。

「ここの人達も辛そうだな……」

「戦争が長引けばどこだってこんな物よ……」

「終わるのかな、この戦争は……」

 カナセがいつになる弱気な態度でつぶやく。

 しかし心ここにあらずといった雰囲気だ。

 それがメイヴィスにも伝わってくる。

「ファイタスのリーダーに担ぎ上げられる事、そんなに気になる?」

 メイヴィスが訊ねるとカナセが頷いた。

 いつかゴッペル先生と再会すれば決断を迫られるはずだ。

 しかしカナセの気持ちは決まっている。

「でも結局、断る気でしょ?」

「ああ、ファイタスのリーダーに収まる気なんて更々無いね。メイヴィスだって迷惑だろ? 俺みたいな奴の下で戦うなんて……」

 カナセが苦笑しながら問い質す。

「いいえ、そうでも無いわ」

 するとメイヴィスから意外な答えが返ってきた。 

「そうでもないって、俺がリーダーになってもいいのか?」

「あなたこそ自信無いの?」

「自信って……俺の思っているやり方じゃないのが気に食わないだけさ……」

「そんな言い訳。まるで子供ね」

「子供だって?!」

「相手は強大な敵よ。本気で倒す気あるの?」

「あるさ! それに……その、やっぱり、ジゴバの言っていた様に俺にはそんな大勢の人の上に立てるような資格がない……。まだ俺自身が人として器不足なのは判ってる。悔しいけどな」

「そうなの?」

「俺だって、ヨシュアに来てからこっち、世間の中で自分がどれくらいの度量の人間だって事は判って来たつもりさ。逆に世間に出たばっかの頃なら何も考えずホイホイ受けていたかもしれないけどな」

「ふ~ん……以外と現実が見えてるのね。けど、それってどうなのかしら?」

「どうって、どういう意味だよ」

 メイヴィスの意味不明な返しにカナセは戸惑う。

「人の上に立つのにカナセ君の言う資格なんて必要なのかって事」

「そんなの……」

 当たり前なはずだ。人の上に立つには高い志とそれを支える能力が必要なはずだ。

 だがメイヴィスの考え方は違う。

「例えば、あのロッゾ・カル。奴はウラ鉄なんていう、それこそ何百万人っていう組織の頂点に立っているわ。組織の内実は充分に機能し、世界中との戦争を可能にしている。それはロッゾ・カルがリーダーとして優秀な証よ。けど奴にその組織の頂点たる資格があると思う?」

「そんな物は!……」

 無いに決まっている! 

 奴は稀代の大悪党だ。人の上に立つ資格なんて微塵にもないはずだ。

 しかし現実は違う。ロッゾ・カルは平然と巨大組織の長として君臨している。

 ならカナセが思うリーダーの資格とはそれ自体、何なのか?

 カナセはメイヴィスからの謎掛けの前に戸惑うばかりだ。

 だがそんなカナセを横目で見ながらメイヴィスははっきりと言った。

「正直に言うとね、私はカナセ君にはファイタスのリーダーになってもらっても良いって思ってるの」

 その言葉にカナセは目を見開く。

「おい、メイヴィス。本気で言っているのか?」

「勿論、本気よ。でもね。それ位、今のファイタスの現状は辛い物なの。戦力はいつだって不足しているし、逆に敵はいつも数も装備もこちらを上回っている。せっかく国内に拠点を作っても昨日みたいに装甲列車がやってきて潰される事が当たり前みたいにあるの。けど、もしカナセ君の様な人がトップになって少しでもファイタスの置かれた状況が良くなるのなら、私なら喜んで受け入れるわ」

 カナセはメイヴィス言葉に声を失う。

 正直に言うと困惑していた。

「けど、俺にそんな事……」

「でも結局、決めるのはカナセ君本人よね。あなたが嫌なら私だって無理強いもしない。けどこれだけは知っておいて。私以外にもあなたをファイタスのリーダーとして望んでいる人達は大勢いる。皆、あなたには期待しているのよ。そしてあなたはあなたで居る限り、ウラ鉄はどこまでもあなたを追いかけて来る。決して逃げられないわ。でもそんな時、あなたにとってどんな状況が一番、ベストで居られるか。その事をしっかり考えといてね」

 それはメイヴィスからの宿題だった。

 気持ちはどうあれメイヴィスはカナセがファイタスのリーダーになる事を望んでいるとここではっきりと明言した。

 それほどまでにファイタスの戦いには困難が伴っていたのだ。

 そして彼女が最後に言ったカナセの置かれた状況。

 確かにカナセにとってロッゾ・カルとの対決は不可避だった。

 同時に孤高の中で戦って勝てる相手ではない。

 もしここでウラ鉄と本気で戦う気ならファイタスの協力は不可欠だった。

 ならば彼等が望むならカナセはファイタスのリーダーとして立つしかない。

 もはや自分の思いがどうかなど問題では無かった。

 それでもカナセは思い悩む。

「俺なんかが本当に人の上に立って良いのか?……」

 少年の中で踏ん切りがつかない。

 そして己とロッゾ・カルの格の違いを思い知らされる。

 自分にはロッゾ・カルと違い肝心な物が欠けていたからだ。

 そのロッゾ・カルに有ってカナセ・コウヤに無い物。即ち、幾万もの命の上に立ち、預かりながら、時には目的に対して惜しみなく投げ出すその覚悟。

 その覚悟がカナセには無い。

 それがカナセを躊躇わせる物の正体だった。

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