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第9話 サバト再び

二時間後、会議は終了した。

 待合室のソファの上でふて寝していたカナセの下にメイヴィスが現れる。

「終わったわよ」

「そうかい……。先生は?」

 ソファに横になったままカナセがメイヴィスに訊ねる。

「これから細かな会議が幾つもあるからここでお別れよ」

「じゃあ、俺達は村に戻るんだな」

「そうよ。ヨシュアとは逆方向だけど……」

 メイヴィスから皮肉が漏れる。

 彼女もカナセが退席した事には呆れている様だ。

 しかしカナセは悪びれる事もなくソファから起き上がると、メイヴィスと共に会議場を後にした。

 そしてラッツ村へと再びバンが向う。

 帰る途中、小さなドライブインで軽食を摂った。

 ホットドッグをかじるカナセの横でメイヴィスが言った。

「全く、子供っぽい人ね」

「何がだよ?」

「会議でのあなたの態度よ。決定が気に入らない事は判ってるわ。だからってそのまま怒って退席するなんて……。知ってる? 会議は途中退席した瞬間、負けが決まるのよ」

「もう俺には関係ない事だ。何しようが勝手だろ?」

「それが子供っぽいっていうのよ。大人の前であんな態度を取って、あなたの師匠が見たらどう思うかしらね」

「さあな、師匠は何時だって俺に好きな方を選ばしてくれたからな」

「嘆かわしいわね。高名なロータスの魔女も弟子の教育は上手くいかなかったみたいね」「……」

「ちょっと、馬鹿にしてるんだからもっと怒ってみせなさいよ! くやしくないの?」

「そんな雑な煽りで怒るとでも思ってるのか?」

「可愛げのない人」

 カナセの態度にメイヴィスは溜息を漏らした。

 食事を済ませた二人はドライブインを出ると、停めてあったバンに乗った。

 しかしメイヴィスが再びバンを走らせようとした時、突然、現れた一団に行く手を遮られる。

 バンの目の前にはひとりの男が仁王立ちしていた。

 カナセもメイヴィスもその男の顔を知っている。

 男の正体はあの会議室で見たゼー・ジゴバだった。

 しかしスキンヘッドの偉丈夫はバンの前で立ち尽くすとその場から微動だにしない。

「何か御用かしら? ジゴバ親分」

 メイヴィスがハンドルを握ったまま窓から頭を出す。

 口調は穏やかだがメイヴィスの心臓が緊張で激しく脈打つ。

 しかし親分は無言のままだ。

「何だよ、通せんぼかよ」

 カナセはハンドルに手を伸ばすと二、三度クラクションを鳴らした。

「止めなさいよ! 相手はファイタスのリーダーのひとりよ」

「けど一匹オオカミなんだろ? もう轢いちまっても良いんじゃないか?」

「そんな事、出来る訳無いじゃない!」

「でもあの親分さんは何でこんな所につっ立ってるんだ?」

「それは……」

 恐らく用事があるとすればカナセ自身だ。

「ちょっと行ってくる」

 判断に迷うばかりで動こうとしないメイヴィスを見てカナセが痺れを切らした。

「行ってくるって? 止めなさい! まだ相手の目的が何かは……」

「そんなモン、聞いてみりゃ一発だ」

 カナセは早速、バンから降りるとゼー・ジゴバと真正面から向き合った。

カナセが立ち会うと、周囲から数十人の人影が現れカナセを囲んだ。腰には拳銃やマチェットが下げられていた。

 間違いなくゼー・ジゴバの配下の連中だ。

「もう、どうなっても知らないから……」

 と、言いつつメイヴィスも気が気でならない。

 三下共が囲い終えるとジゴバは一歩歩み出て厳かに一礼した。

「議場では愛想なしだったが、ここで改めて挨拶させてもらう」

 ジゴバがよく通る声で挨拶の口上を述べ始めた。

「自分はゼー・ジゴバ。生まれはロータス共和国、ニライカ州、州都ジゴバート。渡世にて百姓を営んでる」

ジゴバの挨拶は簡潔な物だった。しかし百姓と聞いて違和感を覚える。

「百姓だって? 鍬や鋤よりドスかヤッパって所だろ?……」

 口にはしないがカナセの本音はそんな所だ。

 そして親分の挨拶が終わると今度はカナセが返す番だ。

「俺の名はカナセ・コウヤ。ここではエリザベス・アムンヘルムの弟子って言えば通りがいいみたいだが、正式にはヨシュア魔導組合の会員及びヨシュア水軍特務曹長をやっていた。悪いけど渡世って奴の流儀は全然、知らないんだ。失礼があるかもしれないがこれで挨拶に代えさせてもらう」

「ご丁寧な挨拶、痛み入る。こちらは見かけ通りの武骨者だ。以後お見知り置きを願う」

 気持ちが通じたのかゼー・ジゴバはカナセの前でもう一度深く頭を下げた。

「それで親分さんが俺なんかに何の用だ?」

 カナセが物怖じせずにジゴバに問い掛けた。

ゼー・ジゴバはニヤリと笑う。

「いやなに、明日の晩、ウチの村でサバトが開かれるんだ。それにそちら様を招待しようと思ってな」

「サバト?」

 サバトとは魔女の例祭の事だ。

 ヨシュアでは魔女が魂を鎮める鎮魂祭として執り行われるが、今年は国奉隊のタモン・エニールによって潰された事が記憶にも新しい。

「こっちでもサバトがあるって言うのか?」

「そうよ、せっかく祭りの日に世紀の大魔女エリザベス・アムンヘルムのお弟子様がわざわざ遠くヨシュアから御帰還なされたって言うんだ。これは盛大に振舞わなきゃあと思ってな」

「じゃあ、親分さん所で何か食わせてくれるって訳?」

「勿論、そりゃ腹いっぱいになるまでな。その様子じゃあ、気の毒に解放戦線の連中、御帰還の祝宴も上げてないんじゃねえか?」

 そう言ってジゴバはバンの中のメイヴィスの顔を見ると彼女は一目散に瞳を背けた。

 それを見てジゴバは「図星だろ?」とメイヴィスを腹の中で笑う。

「それによ、ここでの美味いもんがタンチュイーの串焼きだけかと思われたら地元の人間としては癪だからな。酒だって良い物がある。どうだい?」

「そりゃ有難たい!」

 カナセは両手を叩いて喜ぶ。

「聞いたか、メイヴィス。これから親分さんがサバトで御馳走してくれるってよ」

「そんなの認められる訳ないじゃない!」

 これは流石に堪らないと、メイヴィスがバンから降りてジゴバを止めに入った。

「ジゴバ親分、そんな勝手は困ります。そういう事はゴッペル先生にまずお話と通して頂かないと!」

「良いじゃねえか。硬ぇ事言うなよ、メイヴィス。じゃあ何か? こっちはカナセ・コウヤ様が動くたびに解放戦線に許可を取らなきゃなんねぇって事か?」

「現状ではそうです。昨日の会議でも彼の保護は解放戦線が行うと決まったはずです」

「だがこのお弟子様の自由は保障されているはずなんだろ? だったら良いじゃねぇか。兄ちゃんが行くって言ってるんだから問題ないよな」

「しかし、それでは……」

「ならメイヴィス、お前がこれ以上強情を張るっていうならこっちにも考えってもんがある。ジゴバ一家は今日から二度と解放戦線からの要求は受け付けん。それでいいな」

「そんな無茶苦茶な!」

 ジゴバの一言にメイヴィスが困惑する。

「当然だ。断られた途端、こっちは面子を潰されるんだ。だったらそれ相応の態度を取らせてもらう!」

「ですが、それとこれとは……」

 親分の言い方にメイヴィスは困り果てる。自分との迂闊なやり取りでだけで解放戦線とジゴバとの関係を悪化させてはならない。

「メイヴィス。良いじゃないか。飲ませてもらうだけなんだからさ」

 そこへカナセの助け舟に入った。

「親分、連れて行っておくんなまし。それに彼女も一緒で良いだろ?」

「ちょっと、カナセ君!」

「勿論、大歓迎だ。それがメイヴィスみたいな美人とくりゃ断る理由なんか無ぇ」

 カナセの申し出を前にジゴバは嬉しそうに笑った。

「じゃあ、これで話は終わり。後は皆で楽しく飲もうや。車も用意してある」

 そうジゴバが答えると目の前に金持ちが乗る黒光りの高級リムジンが停まった。

「凄ぇ。こりゃ本当に御大尽様だな」

 だが乗り込む前に背後から袖をメイヴィスが引いた。

「ちょっと、本気で乗って行く気なの? アンタ、バカでしょ」

 メイヴィスが小声で窘める。

「ここまで来たら乗るしかないじゃないか。それに前に俺は言ったよな。もっとここの事が知りたいって」

「それなら他に方法があるでしょ? それと、言っとくけど、あの人はアンタが考えてるよりもずっと怖い人なんだから」

「怖い?」

「ああ見えて彼は大勢の軍団を束ねる戦士よ。オマケにマギライダーの力を持つ戦闘魔煌士でもあるんだから」

「戦闘魔煌士だって?」

「その能力も一級品でウラ鉄のマギアギアを今までに何機も倒しているわ。とにかく油断ならない相手なのよ」

「油断ならぬ……成程、どうりで、強面な訳だ」

 そう聞き終えたカナセはジゴバの車に乗り込もうとする。

「ちょっと、私の話を聞いてたでしょ!」

「ちゃんと聞いてたよ。大丈夫、取って食われる様なヘマはしないって。でもメイヴィスの話を聞いてみると益々、興味が湧いて来た」

「何、言ってるの! ダメって言ってるのに!」

 メイヴィスは青い顔をしながらカナセを引き留めようとする。しかしカナセは掴み掛かった彼女の腕を軽く払い除けた。

「全く、メイヴィスは心配性だな。まるでクレアと話してるみたいだ」

「クレアって、何でそこでヨシュアの魔女の名前が出てくるの?」

 結局、メイヴィスの制止も届かず、カナセはジゴバ領のサバトに赴く事になった。

 カナセが乗り込んだリムジンの後ろをメイヴィスのバンが付いていく。

「もう、どうなっても知らないんだから!」

 ハンドルを握りながらメイヴィスは毒吐いた。

 リムジンは何事もなく田舎道を走り続けると、大河川を越えた所で、『ここよりニライカ州』の標識が目に入った。

 しかしそれで景色が極端に変わる事はなく、幾つもの水路に区切られた広大な田畑が干拓地の中で続いていく。

「それで親分さんの領地ってのはまだか?」

「いいや、もう入ってる。さっきの標識からこっちだ」

「凄ぇ、本当に大地主なんだな。まだパーティー会場までは遠いのか?」

「ああ、まだ小一時間走り続けなきゃなんねぇ」

「なんとまあ、こりゃ端から端までひと畝耕すのに一体、何日掛るんだ?」

 そうカナセが冗談を言うとジゴバも笑った。

「でもな、お弟子様。これでもウラ鉄の奴等が来る前まではウチの耕作面積はこの倍以上あったんだ」

「ウラ鉄の奴等に無理やり買い叩かれたって聞いたけど」

「その通りさ。俺らジゴバ一家の屈辱の歴史さ」

「それを取り戻す為の戦いか?」

「判るか? お弟子様にこの気持ちが?」

「判るさ。俺だって奴等に一度、家を燃やされたんだ。まあ、ここと比べりゃ芥子粒みたいなもんだけどな」

 やがて弟子と親分を乗せたリムジンは停まった。

 しかしそこは想像していたパーティーが開催される屋敷の前ではなく田畑に挟まれた公道の真っただ中だった。

 そしてどこから涌いて出たのか大勢の人だかりが道の両脇の路肩で並びながら集まっていた。

「何の集まりだろう?」

 そんな事をカナセが考えているとジゴバが車から降りた。

「さあ、お弟子様。降りた降りた。もう随分と観客を待たせているからな」

「観客?」

 カナセも急かされるままリムジンを降りると親分は群衆の中へと入っていった。

「皆、待たせたな! もうすぐ奉納の儀を執り行う」

 そうジゴバが宣言すると観客達の歓声が沸き上がった。

 皆、小さな酒瓶と摘みの煎り豆を手にしながら騒ぎ立てる。

 そんな公道の中央には十五人ほどの男達が立っていた。

 男達の脇にはモーターバイクが一人一台つづ割り当てられている

「準備は出来てるか?」

 ゼー・ジゴバが声を掛けるとバイクをいじっていた整備士が答える。

「へぇ、バッチリでさぁ。ご指示通り一台追加しておりやす」

 ジゴバは最後尾のモーターバイクの脇に立った。

 そのジゴバの横にもう一台、人の居ないバイクが並んでいる。

 そんな祭りの喧騒を見ていると、これから何が起きるのかカナセでも想像がつく。

「何だい、親分。パーティーの前にレースでもおっぱじめようっていうのかい?」

 カナセが笑いながらバイクに跨るジゴバに聞いた。

「察しが良くて助かるぜ。流石はお弟子様だ」

 そうジゴバは答えると、アクセルを豪快に空ぶかしした。バイクに仕込まれたコア・モーターが甲高い駆動音を周囲に轟かせる。

「こいつぁ、列記としたサバトの前祭だ。村の戦士が集まって、神に自分達の勇気を奉納する神事だ」

「へぇ~。所変われば、ヨシュアのサバトとは全然、違うんだな」

「昔は馬だったが今はコイツだ。勿論、参加するよな。お弟子様?」

「いいねぇ。俺も乗せられてばっかで体が訛ってたんだ」

 カナセが無人のバイクの横に立つと嬉しそうにハンドルを握ろうとする。

 それを見ていたジゴバが観客達に向けて大声を放った。

「皆、聞いてくれ! 今年のレースは飛び入りでもう一人参加する。ここの居わすお方こそ、あのロータスの魔女、エリザベス・アムンヘルムの直弟子、カナセ・コウヤ様だ!」

「おおおおおおおお~!」

 エリザベス・アムンヘルムの直弟子の一言で群衆が大きくどよめく。

「ちょ、ちょっと待って!」

 後を追い掛けて来たメイヴィスがそれを聞くなり慌ててジゴバの前に詰め寄ろうとする。

 だがそれを周囲の男達が壁になって前を遮る。

「ちょっと、あなた達退きなさいよ!」

 しかしカナセにはメイヴィスが言いたい事は大方、判る。

「メイヴィス、大丈夫だよ。軽く一位を取るだけだから。そこで気楽に待っていてくれ」

 そう言いながらカナセは男達の壁の隙間から彼女に向かって手を振った。

すると今度は観客と参加者の男達の間から一斉に笑い声が上がった。

「おい、聞いたか? 軽く一位を取る立ってよ!」

「やっぱお弟子様は言う事が違うねぇ~」

「よ! 弟子のあんちゃん! 本当に優勝したら一杯奢らせてもらうよ!」

「へへへ……その言葉、忘れんなよ!」

 しかしそんな嘲笑をカナセも軽口で返してみせた。

 その後、レースの運営委員らしき青年からカナセに簡単なレースの説明があった。

 青年は色白で痩身の中々の美男子だった。

 しかしカナセの目を引いたのは彼の容姿ではなく、膝下から組み込まれた金属製の義足だった。

 恐らく、彼も戦争の被害者だ。

 カナセは彼の義足を見ない様に心掛けた。

「コースはこの長い田舎道を三周。道端に記された矢印に沿って走って下さい。魔煌技の使用は可能ですが、相手への直接攻撃による妨害は禁止です。説明はこんな所です」

「お弟子様、怖くて降りるんなら今のうちだぜ」

 ジゴバがニヤニヤ笑いながらカナセをおちょくる。

「まさか! こんな面白そうな事、降りられるもんか」

「上等!」

 やがて、全員がスタートラインに着いた。あと一分ほどでスタートだ。

 スタート前にカナセは横に居るジゴバに聞く。

「なんで親分さんは最後尾なんだ?」

「ああ、去年の優勝者はケツから走るって決まってるんだ。後、転がす単車もクジ引きで決まる。どれが調子良いかは神様次第」

「なるほど、何でも平等に出来てるって訳か」

「勝つんなら正々堂々が一番だからな」

「同感だ」

 カナセはその一言でゼー・ジゴバを見直した。

 最初はただのお山の大将かと思ったが予想以上に真面な人物の様だ。

 義足の青年によってレースの始まりを知らせる旗が振られた。

 全車一斉に走り出す。

 参加者は十六人、その最後尾にカナセとゼー・ジゴバが居た。

 親分がアクセルを回す。バイクの足は想像よりも早い。その後をカナセが追う。

 現在のカナセの順位は暫く最下位が続いた。

 しかし表情から慌てている素振りは見えない。

「最初はこっちの出方とコースの具合を確かめるって寸法か。案外、慎重だな……。若さに任せて最初から全力かと思ったが、娑婆で相当痛い目に遭って来たか?」

 サイドミラー越しにカナセの動向を確かめながら親分は感心する。

 十五台のバイクは同時に風を掻き分け、真っ直ぐな田舎道を駆け抜けていく。

 その道の両脇には延々と観戦者の列が連なり競技者に向かって「がんばれ」と懸命に声援を送っていた。

 だがその応援のほとんどがジゴバ親分へのものだ。

 ジゴバは彼等に軽く手を翳し余裕を見せた。

 すると後ろからカナセが叫んだ。

「へえ、愛想いいじゃないか。強面で通しているかと思ってたけど」

「大将ってのは常に周りの期待に全力で答えなくちゃならねぇ。だから、何時だって手は抜けねぇのさ。だがこっからが本気だ。お弟子様が俺の走りに付いて来れるかな?」

「ふん、言ったな! 一回目の追い抜きでそのままぶっちぎってやらぁ!」

 それが合図となって双方がアクセルをいっぱいにまで回した。

 両者のモーターバイクが更に速度を上げると前方の他の参加者を抜きに掛かる。

 最初はジゴバが先行し、他の競技者を追い抜いていくと、それにカナセもピタリと付いていく。

 コアの番数は6番、全てのバイクが同じ性能だった。

 しかしあちら側には地の利がある。

「きっと、あっちは走り慣れた田舎道だ。そのコースの中にある最短最速のルートを通るはずだ……」

 それをカナセは見極めようと必死にコースを頭の中に叩きこむ。

 一方、カナセにもジゴバに比べ圧倒的に優位な点があった。それは体格の小ささとそれに伴う体重の軽さだ。

 ジゴバは大男だ。体のサイズはカナセに比べ二回り近く大きい。ならば少なく見積もっても20㎏以上の体重差があるはずだ。

 モーターレースによるその体重差は大きなハンデとなる。

 親分がどんなにテクニックを駆使してもこの優位だけはどうしても覆せないはずだ。

 そして集団は一週目を回り切り、二周目へと入っていった。

 その頃にはジゴバのバイクは集団の中ほどを走り、その後ろをカナセが付く。

「じゃあ様子見も済んだ事だし、早速、千切らせてもらうぜ、親分!」

 他の参加者と一緒に二台が緩やかなコーナーに差し掛かる。

 するとジゴバのバイクが遠心力で外側に膨らんだ。

 その隙にカナセがジゴバの内側に潜り込むとそのままハンドルをきつく内側に切った。

 呆気ないほどにカナセの前をジゴバの巨体が通り過ぎていく。

「どうだ、親分!」

 カナセは笑いながらジゴバを抜き去るとそのまま次の直線でスピードを上げた。

 幸い、目の前は緩やかだが長い上り坂になっており更に体重差がモノを言う。

 カナセとジゴバとの距離は時間が経つにつれどんどん開いていく。

「よーし、このまま残りの奴等も抜いて、一気にトップだ!」

 カナセは坂道が終わった後もスピードを上げ続けた。

 そして前に居た競技者をひとりひとり抜きながらレースは中盤に差し掛かる。

「あと少しでトップだ……」

 アクセルを全開にしながらカナセはほくそ笑む。

 先行する他の競技者は大して問題にならなかった。

 流石に前に行けば行くほど競技者の腕は上がり抜き辛くはあったがカナセの腕で追い抜く事は可能だった。

 そもそも、モーターバイクのスピードが思ったほど早くない。それでも砂利塗れの田舎道を時速100㎞以上で飛ばしているのだから転倒すればそれだけで大惨事だ。

 しかしカナセに速度に対する恐怖はない。

 かつて水上でケルピーを時速300㎞以上で走らせていたのだ。

「あの時と比べりゃ、バイクなんて止まってる様なもんよ!」

 カナセは風を浴びながら軽口を叩く。

「さて二週目が終わる前に全員ぶち抜いてやる!」

 そして言葉通り二周目が終わる前に先頭に立っていた競技者を抜き去っていく。

 遂にカナセはトップに躍り出た。そしてそのまま最終周に入る。

「どうだ、ジゴバ一家め! 恐れ入ったか!」

 カナセは得意げになる。

 後、残り一周だ。カナセの勝利は確実かと思えた。

 だが直後に背中から凄まじいコアモーターの駆動音が聞こえた。

 音は瞬く間にカナセの背後に迫るとそのまま横に並んだ。

 何だ? 何が近づいて来る? カナセが慌てて横に振り向いた。

 最初に目に飛び込んできたのは不適に微笑むジゴバの顔だった。

「なっ?!」

 カナセは思わず言葉に詰まった。

 何故ならジゴバの乗っていたバイクが既にカナセの知っている形では無い。

 バイクは低姿勢に変わり、その上に大男がしがみ付いている。

 その姿はまるで地を這う魚雷だ。

 だがその低姿勢が余分な空気抵抗を抑え、カナセとの体重差を物ともしない驚異的な速度を生み出していた。

 それはモーフィング・マギアによってバイクを変形させ高速形態に最適化させる驚異の魔煌技術だ。

「そんな……人型以外の物に変形させるなんて……」

 そこには既視感がある。あのトラスニークの戦いで潜航艇のマギアギアの両腕が鉄槌に変わった時だ。

 だが親分がやった事はそれ以上だ。

 それはメイヴィスの言っていた通り、親分が優秀なマギライダーだという証だった。

「ははははっ! 糠喜びだったな、お弟子様!」

 茫然とするカナセの横でジゴバの高笑いが聞こえる。

「そんな、コアの番数は互角はずなのに……」

 しかし速度はジゴバのマシンの方が段違いに速い。

「これがチャンピオンの力か……」

「おいおい、びっくりしすぎて余所見なんかしてて良いのかい?」

「えっ?」

 そうジゴバから指摘された直後、カナセが慌てて前を見た。

 その瞬間、二人のマシンが急激なコーナーに差し掛かった事を知る。

「やべっ!」

 カナセが慌ててハンドルを切った。

 しかし間に合わない。

 カナセの体が慣性の法則に従ってバイクと一緒にコースアウトしていく。

 そして田舎道の小さな轍にタイヤを取られると、カナセの体はそのまま大きく跳躍した。

「うわっ!」

 路傍へと突っ込んでいくカナセを見て周囲の観客が慌てて逃げていく。

 しかも観客が居なくなったコースの外は大きな沼地があった。

 カナセの体が飛び跳ねたバイクと一緒に沼の中に落ちていく。

 その直後、ドボンという音と共に汚い水柱がひとつ立った。

 一方、ジゴバの魚雷バイクは低重心の恩恵によって急なコーナーも安定して乗り切りっていった。

「悪いが先に行かせてもらうぜ、ハハハハ」

 ジゴバが高笑いを上げながら目の前を去っていく。

 逆に追い抜い抜かれたカナセは沼地の中で泥だらけになりながら顔を出した。

「ぺっぺ!」

 落ちた拍子に噛んだ泥をカナセは必死に吐き出そうとする。

 するとその横を先ほど追い抜いたはずの競技者達までもが通り過ぎていった。

「お先に~」

「そこで、じっとしてな!」

「後で迎えをよこしてやるよ、ハハハハ」

 皆、泥だらけのカナセを見るなり笑いながら去っていく。

 そして再び最下位になった頃になって、カナセはやっと沼の中から這い出て来た。

「おい、大丈夫か?」

「何なら、運営に連絡しようか?」

 周囲の観客達が親切に声を掛けてくれる。

 そして人伝に事態を耳にしたメイヴィスのバンがカナセの前に到着した。

「全く! ホント、言わんこっちゃない!」

 泥の中から這い上がるエリザベス・アムンヘルムの弟子を前にメイヴィスが声を上げた。

「別にどうって事無ぇよ。ちょっとしくじっただけさ」

 そう強がってみせながらカナセは沼に落ちていたバイクを泥の中から引き上げた。

「それより、怪我は? どこか痛くない?」

「泥がクッションになったお陰でピンピンしてらぁ」

 泥まみれになったカナセが再びバイクのコアモーターを始動させた。

「ちょっと! そんなになってまでまだ走る気?」

「当り前だ! このまま負けで終わらせられるかよ!」

 カナセは再びモーターバイクで走り出した。

「ちょっと、待ちなさい!」

 メイヴィスが慌ててカナセを止めようとする。

 しかし彼女の制止も聞かず、泥だらけのカナセは先行するジゴバの後を追った。

 そこにはロータスの魔女の弟子たるスマートさは微塵にも無い。

「なんて子なの。負けず嫌いにも程があるわ……」

 カナセの気質にメイヴィスも呆れる他ない。

 一方、沼に落ちていた間にジゴバとの差は大きく開いてしまっていた。

 それに駆動系が泥を噛んだせいか速力が思う様に上がらない。

「クソッ! あれは最初からわざと調子付かせて抜かせやがったんだ!」

 そして後になって自分のマギライダーとしての能力を見せつけながら悠々と抜き返す。

 カナセをエリザベス・アムンヘルムの不肖の弟子と嘲笑いながら……。

「クソッ、クソッ、クソォ! 余裕、ぶっコキやがって!」

 しかしカナセもマギライダーとしての意地がある。今までも幾つもの死地を潜り抜けて来た戦士の誇りもある。こんなド田舎のヤクザ者に負けてたまるか!

「俺の声に答えろ、ヴァイハーン!」

 カナセは脈煌侃流で魔煌技を唱えるとモーターバイクに訴えかける。

 そんなカナセの呼びかけに答えたモーターバイクが車体を青白く光らせると隙間に詰まっていた泥を全て吐き出させ、状態を完璧なものに戻した。

 ヴァイハーンの速力は元に戻り砂利道を削り飛ばす。

 しかし前を行く連中とはかなりの差が既に付いている。

 ジゴバに追いつくどころかゴールに辿り着く前に最下位は確実だ。

「いいや、まだだ!」

 しかしカナセは諦めない。確かに今のままのやり方では追い付けない。ならジゴバと同じ様にやり方を代えるだけだ。

 カナセは復帰して最初のコーナーに差し掛かったところでハンドルを切った。

 しかしアクセルは回したままの完全なノーブレーキ状態、このまま行けばカナセはヴァイハーンと一緒にコーナーを曲がり切れず先ほどと同様に道路の外へと吹っ飛ばされる。

「行けええええ!!」

 しかしカナセはバイクの重心をいっぱいまで内側に倒すとそのまま駆動中の両輪を横滑りさせた。

 バイクは転倒直前のバランスの中、ギリギリで制御されていく。

 それはダート走行と呼ばれるコーナリングテクニックだった。

 ヴァイハーンは速力を殺されないままコーナーを曲がり切ると車輪が乾いた土埃の尾を引いた。

「うわぁああああああああ! ゴホッゴホッ……」

 その土煙を両脇の観客に浴びせててもお構いなしだ。

 カナセはコーナー毎にダート走法を繰り返しながら先頭集団との差をすこしづつ詰めていく。

 だが曲がり続けながらカナセのは舌打ちする。

「駄目だ! コーナーを少しくらい早く回ったって追い付けない!」

 もっと根本的な解決方法を……。常識に囚われないスピードアップが必要だ。

「スピードを……。スピードを上げる……早く飛ぶには……」

 そう問い詰める瞬間、頭に浮かんだのは空を飛ぶクレアの姿だった。

 大空をコメット3によって全速力で飛ぶ薬の魔女……。

 あんなに速く飛べたなら……。

「そうだ! 煌気の流れを脈煌侃流でコントロール出来れば……」

 カナセは咄嗟にペダルから足を外すと両脚をシートの上に乗せた。

 そしてシートの上でうつ伏せに寝ると体を真っ直ぐに伸ばす。

 俗に言うスーパーマン乗りや仮面ライダー乗りと言われる乗り方だ。

 カナセは脈煌侃流で風と炎の魔煌技を唱えた。

「足の裏に集中、足の裏に集中、足の裏に集中! 彗脚煌焔渦!」

 詠唱と同時に体内を巡る煌気が答える。

 魔煌の力がカナセの指先ではなく足裏から風と炎の細い渦が発生し、後ろへと力強く吐き出された。

 高温で青白く光る炎の噴射がまるで箒星の尾の様に長く伸びるとカナセの乗るモーターバイクに強力な推力を与えた。

「いくぞ、ゼー・ジゴバ! 目にもの見せてやる!」

 魔煌の推進力は直線で時速200㎞を超え、瞬く間に前を走る他の競技者達との距離を詰めていく。

 その姿はまるで地上を走るロケットだ。翼を付けたらそのまま飛んで行きそうだった。

 韋駄天の如く抜き去っていくカナセを前に観客達も呆気に取られる。

「オイッ! 今の何だよ!」

「あっという間に、追い抜いて行きやがった!」

「冗談だろ、あれ……」

 そして先行する他の競技者達を次々と抜き去っていった。

 唖然とする競技者達、追い抜かれた者の中でカナセを抜き返せる者はひとりも居ない。

 そしてそのまま猛追し続けると遂にゴール目前のジゴバの背中を捕えた。

 ミラー越しに後ろの様子を眺めながらジゴバは息を飲む。

「ハハハハ、こいつぁ、面白くなってきやがった!」

 エリザベス・アムンヘルムの弟子と言ってもただのガキじゃないか? 最初に見た時はそう思ったが、なかなかどうして思っていた以上にガッツがある。

 ジゴバは笑いながらアクセルを回し魚雷バイクの速力を更に上げる。

 しかし加速に余力のあるカナセの彗星バイクが遂にジゴバに追いつき二人は並んだ。

「これでレースは振り出しだ!」

「おうよ! 勝負はこうでなくっちゃな!」

 二人は火花を散らしながら不敵に笑い合う。

 ゴールまで間近に迫る。

 そしてジゴバ領の奉納の儀はこの瞬間、本当の佳境を迎えようとしていた。

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