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第5話 戦災の都(3) マギアギア

 警戒の為、カナセが窓の外を覗き込んだ。

 何にしても敵が居れば先に発見する必要はある。

 すると通りの向こうから一両の大型車両がやってきた。

 車両は少し離れた通りに停車する。

「おい、あれもウラ鉄の兵器か?」

 外の気配でクレアも窓の隙間から外を同じ様に覗き見る。

 車両は四輪駆動の大きなタイヤの上に機関銃を搭載した小さな砲塔が乗っており、上方に取り付けられたハッチからカーキ色の戦闘服を着た兵士が身を乗り出して周囲を監視していた。

「ウラ鉄の偵察車両だわ」

「ハンターの仲間か?」

「多分、そうね。厄介だわ、もう包囲されてるみたい……」

 クレアはハンター部隊に包囲された事に頭を抱える。

 そのハンターの攻撃に今まで幾人もの仲間が倒されているのだ。

「ところであれはさっきの戦車より強いのか?」

 カナセがまた尋ねて来た。

「軽戦車よりは弱いわ。でもスピードはあっちの方が早いし、あの天辺の機関銃はとても危険だわ」

「何人くらい乗ってる?」

「多分、三人か四人って所かしら……」

 しかしクレアはカナセの質問に違和感を覚える。

「もしかして攻撃するつもり?」

 もしやと思い、今度はクレアが問い質す。

「奴の懐まで近づければ何とかいけるんじゃないかな? もちろん君の協力が必要だけど」

 カナセは顎を擦りながら答えた。その言い方にクレアは目を丸くする。

「そんな武器も無いのに?! 悪いけど戦車より弱いからって私の炎じゃ鋼鉄には歯が立たないわよ」

「大丈夫。攻撃は俺に任せてくれ。君は囮をお願いするよ」

「囮?」

「まあ、後は仕上げを御覧じろってね」

 そう言いながらカナセはクレアに向かって片目を瞑った。

 偵察車両は相変わらず通りから動こうとしなかった。どうも彼等の任務は追跡ではなく通りの閉鎖らしい。

 そんな彼等の前に囮を言い渡されたクレアが辻角から姿を現す。

「は、は~い♡」

 クレアは手を振りながら偵察車両の前で愛想を振りまいた。全てカナセの指示通りだ。

「は~い♡」

 一方、突然現れた金髪の美少女に向かって砲塔の上の兵士も身を乗り出しながら陽気な笑顔で返事を返す……という様な事は無かった。

「止まれ! 動くな!」

 兵士は機関銃の銃口を少女に向けた。

 険しい表情で油断なく身構える彼等にクレアの笑顔は引きつる。

 今、機関銃で撃たれても彼女に逃げ場はない。

 そんな中、暗い脇道から通りに向かってカナセが駆け出した。

 通りを挟んで偵察車両までの距離30m、相手がクレアに気を取られている間に一気に横断する。

 そして車両の下に潜り込むと両手で車体下のフレームを掴んだ。

 カナセは車体と石畳に挟まれながら呪文を詠唱する。

「ああ、勇ましきかな闘神マルケルスよ。我の骨となり肉となりその身で百鬼羅刹を討ち滅ぼせ……」

 しかしその詠唱中に偵察車両が動き出した。

 殺気だった敵に危険を感じたクレアがカナセを置いて逃げ出すと、彼女を追う為に敵も移動を開始したのだ。

「待て! そこの女!」

「待てる訳ないでしょ!」

 クレアがその場から離れた途端、偵察車両が威嚇射撃を行った。

「お、おい! ちょっと待った……」

 動き出した偵察車両を逃さまいとカナセは鋼鉄のフレームにしがみ付いく。

 お陰でカナセは石畳の上で引き擦られる羽目となる。

「痛っでででででででで!……」

 走り出した車体の下で背中を削られながらカナセが悲鳴を上げた。

「クレア! 逃げるのが早いよ!」

 その声が心に届いたのかクレアも逃げながら叫ぶ。

「そんな事、言ったって無理よ! 相手は撃って来るのよ、キャアアアアア!」

 隘路を逃げ続ける魔女の頭の上を威嚇射撃がかすめた。

 追い回される側はまるで生きた心地がしない。

 やはり魔法の使いえない魔女は普通の女の子と何ら変わりないのだ。

「だから、お色気作戦なんて通じないって言ったのに!」

 その一方でカナセは決死の覚悟で詠唱を続けた。

 グズグズしているとクレアが見殺しになる。

「た、立ち上がれ……。マルケルス・ヴァイハーン!」

 詠唱を終えた途端、偵察車両に劇的な変化が訪れた。石畳の上を急停止したかと思うと、カナセの両手から幾つもの青い稲妻が走り車体全体を包み込んでいく。

「な、何だ!」

 車両内の兵士達に動揺が走る。ブレーキも踏んでいないのに車両が急に止まり、ハンドルもアクセルも効かない。ただグズグズとコアモーターの作動音が車内に反響するだけだ。

 そして異変は不審な女を狙っていた機関銃にも及ぶ。幾ら引き金を引いても弾が出ないのだ。

「なに?! こんな時に弾詰まりか!」

 砲塔の兵士が必死にコッキングレバーを引く。だが銃弾は射手の手によって二度とクレアが撃たれる事は無い。

 そんな中、偵察車両は次なる変異を起こした。稲妻を浴びながら装甲板の分割され原生生物の様に脈動する。

「ぎゃああああ~!」

 異変を感じた兵士たちが我先に偵察車両から飛び降りた。

 お陰で車両は無人になる。

 しかし変異はそれで収まる事なく更に形を変えてゆき、元の偵察車両から人の形へと変形していった。

「ちょと、あれってモーフィング・マギアじゃない?!」

 形を変えていく装甲車両を前にクレアも息を飲む。

 そして脳裏に浮かんだのが意識が朦朧とする中で見たあの淡海の巨人の姿だった。

「マルケルスの闘神……」

 やがて変形を終えた偵察車両は完全な人型となって起き上がった。

 それは鋼鉄の甲冑を纏った身の丈5mの異形の闘神。まさしく淡海でリサ・マキーナと一太刀まみえたあの二本の角の鉄巨人だった。

「マ、マギアギアだぁ!」

 兵士達が叫びながら通りの向こうへと逃げていく。

 闘神は立ち上がると二本の足でゆっくりと前進した。だが頭部以外は淡海で現れた時と大きさと形が違う。

「よーし……良い調子だ!」

 闘神の中でカナセがニヤつく。

 偵察車両はウラ鉄の兵士達が居なくなると、入れ違いにカナセを体内に取り込み、一心同体の関係になっていた。


 しかし事態は闘神の周囲でも急変する。

 生まれたばかりの闘神目掛けて三連射の砲弾が飛んできたのだ。だが照準が甘かったのか、砲弾は全て闘神を避け周囲の廃墟に命中した。

「通りの南! ハンターの軽戦車よ!」

 クレアの叫び声を聞いた途端、闘神は砲撃のあった方角に体を向ける。

 そこには一両の軽戦車がこちらに砲口を向けていた。

「来やがったな、ハンターめ!」

 しかしここは戦場だ。そのくらいの事はカナセにとっても予想の範疇だった。

 カナセが闘神の体内にあったクラッチを左足で蹴飛ばすと、ギアを一速に入れアクセルペダルを踏んだ。

「行くぞ、ヴァイハーン!」

 ヴァイハーンと呼ばれた闘神は主人の意思に答えようと二本の足を動かしながら突進を開始した。

 鉄の闘神はカナセの手足となって自在に動く。

「喰らえ!」

 ヴァイハーンは軽戦車に近づくと右腕に搭載された機関銃を発射した。

「これでイチコロよ!」

 しかし予想に反して命中した銃弾は軽戦車の装甲の前で次々と弾き返されていった。

「ありゃ! 効かない?」

「軽戦車に機関銃は効かないわ。もっと大きな武器を使って!」

 辻道の影からクレアが叫ぶ。

「そういう事はもっと早く!」

 一方、軽戦車が反撃の為、再び砲塔を向けた。

「逃げて! この車の装甲じゃ防ぎ切れない!」

 だがクレアの声も空しく、既に軽戦車は次弾を発砲していた。

 三発の35㎜機関砲弾が闘神の胸元で炸裂した。

 閃光を前にクレアが思わず顔を背ける。続け様に放たれた徹甲弾は装甲板を貫通し、中のカナセにまで貫いたはずだからだ。

 着弾の衝撃を受けた闘神が瓦礫で埋まった石畳の上に転倒した。

「カナセ君!」

 クレアが少年の名を初めて呼んだ。しかし倒れたヴァイハーンから返事は返って来ない。

「ああ……」

 クレアは愕然となった。

 この日、初めて出会った少年が命を落としたかと思うと言葉も出ない。

 一方で、勝ち残った軽戦車が今一度、倒れたヴァイハーンに照準を向ける。

 搭乗員達はまだ闘神の中に居る魔煌士が死んだとは思っていなかった。ハンターとしての本能が獲物にトドメを刺す事を欲していた。

 再び徹甲弾の三連射が放たれるとクレアはもう見て居られないと瞳を瞑った。

 だが命中する直前、闘神が不意に立ち上がり左に跳んだ。

三発の砲弾は標的を見失い空しく地面を弾く。

「ええっ?!」

 闘神が砲弾を避けた事にクレアが声を上げた。先ほど間違いなく致命的な直撃を受けたはずだった。しかし胸板を改めて見てみると貫通痕は一か所もない。

「どういう事?」

 クレアが目の前の光景に不審がる。

 しかしある事を発見した。

 闘神の体全体を極薄の青白い光の被膜が覆っていたのだ。

「魔煌障壁ですって?!」

 彼女にはその光の被膜が自分が使う魔煌障壁と同じ様に見えた。だが実際は彼女が使う魔煌障壁とは少し違う物だった。

 闘神は変形に際して形を保つ為、バラバラに分割した部品を強引にでもつなぎ留める必要がある。その保持力を支えるのがクレアの見た青い被膜の正体であり、魔煌技の詠唱後、自動的に展開される必須の機能だった。

 なので光の被膜はカナセが意識して発動させた訳ではない。

 だが被膜には充分な余力があり魔煌障壁と同じ機能がある。それは闘神が元の機械兵器と比べて防御力が向上する事を意味した。

 その光の障壁の恩恵によって闘神は砲弾の貫通を防いだのだ。

 ヴァイハーンとハンターの戦闘はこれからが本番だった。

 相対したまま軽戦車が何度目かの三連射をヴァイハーンに放つ。

「こなくそ!」

 攻撃中、カナセはヴァイハーンを走らせ前転回避を取った。

 予想を超えた素早い動きに回避が成功すると、今度は逆にヴァイハーンが軽戦車目掛けて駆け出した。

「吶喊!」

 荒れ果てた石畳の上をものともせず全長5mの闘神は軽戦車に接敵すると、そのまま肩から体当たりを敢行した。

「喰らえ!」

 二つの戦闘機械がぶつかり合い、荒廃したリードヒルで激しい衝突音が響き渡る。

 しかし吹き飛ばされたのはヴァイハーンの方だった。

「うわああああ」

 カナセを乗せたままヴァイハーンが跳ね上がり、石畳の上で再び転倒する。

 二倍の重量差と路上にしっかりと接した履帯が衝突の際でも軽戦車を微動だにさせなかった。

「何だってんだ! どこが軽い戦車なんだよ!」

 カナセが毒吐く。軽戦車は横転するはずだったのに再び訪れる想定外。

 一方で倒れたヴァイハーンに向かって今度は軽戦車の機関銃が火を吹いた。

 集中豪雨の様な凄まじい命中音がヴァイハーンを打ち叩く。

 だが障壁と偵察車両が本来持つ装甲防御力のお陰で貫通は免れ事なきを得た。

 しかしこれが次の砲撃に対する繋ぎならば安堵している暇は無い。

「早く逃げて! 敵は次を撃って来るわ!」

「そんな事、言われなくたって……」

 クレアの警告にカナセが呻く。

 しかしぼやぼやしている暇は無い。

 先ほどは障壁がカナセを守ってくれたが、度重なる攻撃で大量に消耗した。

 今度、同じ様な直撃を受ければ恐らく貫通は免れない。

 だがそれ以上に悩ましいのはこちらの攻撃がまるで相手に通じない事実だ。

「撃っても駄目、ぶつかっても駄目……じゃあどうすれば」

 そうこう考えている内に敵の機関銃攻撃が偵察車両の装備品を破壊し始めた。

 ライトやミラー、取り付けられていたマットやスコップが次々とはぎ取られていく。

 それは明らかに障壁が弱っている証拠だ。

 更に、銃撃の衝撃で周囲の覗き窓の防弾ガラスが割れると破片の一部がカナセを頬を切った。

「うわぁ!」

 湿った痛みと同時に頬から一筋の鮮血が滴り落ちる。

「くそったれ……」

 敵の容赦ない攻撃にカナセは苛立ちを覚える。

「こうなったら破れかぶれだ!」

 カナセはヴァイハーンを再び走らせた。幸い闘神の四肢は正常に動く。駆動系の損傷が皆無な証だ。

「いける、まだ行けるぞ!」

 しかし先ほどとは走行方式が違う。両脚を使うのを止め、踵に装着された4本のタイヤを駆動させた。

 二本の足を使うより、タイヤを回転させる方が速度が速く、効率も良い。

 その良い事尽くめの走行能力を駆使してヴァイハーンは石畳の上を滑走した。そして奔逸するかの様に反転すると軽戦車とは逆方向に走って距離を取った。

 逃がすものか、と軽戦車の車長は追跡を開始した。

 闘神の後ろをハンターが追い回す。だが実際はそうはなかなかった。距離を取ったヴァイハーンは通りの中で立っていた電灯を見つけるとそれに掴み掛かりながら急激なUターンを試みた。

 電灯は遠心力の負荷に負け根元から引きちぎられたが目論みは成功し、ヴァイハーンは反転後、速力を倍増にして再び軽戦車に向かって突進した。

「何をしているのよ! 早く逃げなさい!」

 クレアが顔色を真っ青に変えながら叫ぶ。

 しかし闘神は突進を止めない。

 再び向き合う両者、圧倒的に有利なのは軽戦車の方だ。

 戦車は道の半ばで急停止し迫って来る闘神を待つ。後は狙いを済ませて機関砲の引き金を引くだけだ。

 間合いを見計らって三連射が放たれた。

「キャアアア!」

 もう見て居られない。クレアが恐怖の余り悲鳴を上げながら顔を両手で塞いだ。待ち受けるのは胸板に風穴を開けられた無残な闘神の屍だ。

 だが砲撃はヴァイハーンの脇を擦り抜け、市街地の方へと吸い込まれる。

「思った通りだ!」

 カナセは度重なる攻撃の中である事実に気付かされた。砲身の向いている方向を注意深く観察すれば至近弾を避けるのは意外と容易い事に。砲口が真円になったと同時に一瞬、早くヴァイハーンを反応させれば紙一重で砲撃の軸線を外し回避する事ができる。

 同時にヴァイハーンの姿が搭乗員の視界から消えた。

 その光景に軽戦車の乗員全員が我が目を疑う。

 しかしヴァイハーンは何処にも消えてはいなかった。

 三連射が廃墟の壁を空しく穿った時、ヴァイハーンは戦車の真上に居た。

 砲撃を避けた瞬間、タイミングを見計らって大きく跳躍したのだ。

「エヤアアアアアアアアアア!!」

 天高く蒼穹で躍るヴァイハーンの中でカナセが雄叫びを上げる。

 その直後、頂点に達したヴァイハーンの身体が降下しながら膝を立てた。

 渾身の膝落としが軽戦車を襲う。狙いは車体の上の砲塔だ。

「マルケルス奥義! 跳撃落膝弾!」

 闘神の片膝が防盾と呼ばれる一番装甲の分厚い部分に直撃した。

鋼と鋼がぶつかり合う鈍い音が瓦礫と化した市街地の中で響き渡る。

 だが防盾は闘神の膝落とし程度ではビクともしない。

 一方、防盾から突き出た機関砲の砲身はそうかいかなかい。

 片膝落としの一撃は防盾から長く伸びた戦車砲の砲身を根元からへし折った。

 この瞬間、ハンターは最大火力を失う事になる。

 敵の攻撃を断ち切ったヴァイハーンが軽戦車の眼前に着地する。

 今度は更に闘神の右脚から鋭い回し蹴りが飛ぶ。

「これはさっきのお返しだ!」

 再び鐘の音の様な金属音が響き出す。それも二度、三度と幾重にも繰り返し、ヴァイハーンは撃ちこむ事を止めない。

「この! この! この! この!」

 軽戦車は成すがままヴァイハーンに蹴打で打ちのめされる。

 しかし中の兵士達は軽戦車の装甲によって守られた。

 結局、激しい矛と盾のせめぎ合いにヴァイハーンは勝ち切れない。

「この……往生際が悪いぞ!」

 カナセは足技で倒す事を諦めると、軽戦車の車体側面にヴァイハーンを密着させた。

 そして左右のレバーを操作しながら履帯に指を掛けるとアクセルといっぱいに踏んだ。

「どっせい!」

 カナセの掛け声と共にヴァイハーンが軽戦車を側面から持ち上げ始める。

 その甲斐あって軽戦車の片輪が少しずつ浮き上がり傾き始める。

「そうりゃあああああああああああ!」

 カナセは渾身の力を込める。

 傾斜は留まる事を知らず、やがて軽戦車は通りの中で横倒しとなった。

 こうなってはゲリラから恐れられていたハンターも陸に上がったドン亀だ。

「うわあああ!」

 車内から悲鳴が上がるのと同時に軽戦車のハッチが開いた。

 後は先ほどの偵察車両の時と同じ状況の再現だ。

 そこから三人の搭乗員達が這い出ると、慌ててこの場から逃げ去った。

 搭乗員に捨てられた軽戦車は二度と動く事は無い。

 戦いはヴァイハーンに軍配が上がった。

 カナセは逃げた兵士達を無理には追い掛けようとはせず、逆に辻角で隠れていたクレアに向かって言った。

「クレア、こいつで逃げるぞ!」

 魔女の前で闘神が元の偵察車両に姿を戻す。

 クレアも言われるがまま搭乗口から乗り込むとカナセは偵察車両を走らせた。

 横倒しになった軽戦車は何も出来ずに背後で小さくなっていく。

「もう大丈夫だよな」

「でも乗員が戻ってきたら、無線で連絡を取るはずよ」

「じゃあ、もう少しスピードを上げなくちゃな!」

 そうカナセが答えた途端、装甲車を包んでいた装甲板が割れ、バラバラになって落ちていった。

 装甲車は骨の様なフレームとコアを搭載したマギアモータだけとなり、その隙間にカナセとクレアが押し込められていた。

「これで軽くなった。スピードを上げるぞ!」

 カナセは風を浴びながらアクセルをいっぱいに踏んだ。

 偵察車両の車輪は砂を捲き上げながら通りの中を抜けていく。

 一方、カナセの横顔を見ながらクレアはつぶやく。

「モーフィング・マギナ……」

 それはコアの力を使って乗り物の形を人の形へと変える高度な魔煌技だった。

「それに魔煌技での車の運転も上手く安定させている。すごい、彼って本当に掘り出し物かも……」

 クレアの視線が熱いものに変わる。胸の高揚が抑えきれない。

「何だよ? そんな真っ赤な顔して。熱でも有るのか?」

「えっ別に真っ赤になんて……」

 カナセの言葉にクレアは慌てて顔を背けた。

 しかし却ってそれがカナセには面白く映る。

「そうか、俺のカッコイイ所見て本格的に惚れちまったな?」

「バカな事、言わないで! そんな訳、無いでしょ!」

「そんなに照れなくて良いよ」

「照れてなんて居ません!」

「じゃあ、次いでに祝福のキスを頼むよ」

「はぁ?!」

 余りにも唐突な要求にクレアは思わず声を上げた。

「そ、そんな事、出来る訳ないじゃない! ちょっと上手く行った位で自惚れてんじゃないわよ!」

「そんな事、言わずにさぁ。頼むよクレア~。俺、頑張ったんだよ~」

 そう言いながらカナセは振り向くと口を漫画のタコの様に尖らせた。

 キスをしようとするカナセの顔がクレアの方に強引に迫って来る。

「もう、イヤよ! 止めて、気持ち悪い!」

「むちゅううううう~」

「嫌ぁ~!」

 迫り来るカナセの両頬をクレアが両手で押さえつける。

「痛てててててててっ……」

「そんな事よりも前を見て! 余所見運転事故の素よ!」

「そんなの大丈夫だよ。目隠しでケンケンしてても安全運転で行けらぁ」

「そんな事、言って……。それとさっきから気になってた事があるんだけど」

「気になってた事?」

「体中の傷。気付いてないの?」

 そう言われたカナセは頬を自分の指先で触ってみせた。

「ちょっと、切れてるでしょ」

「さっき飛んできたガラスの破片で切った所だ」

「他に痛い所は?」

「それなら背中が痛い……」

「でしょうね、凄く血が滲んでる」

 カナセの背中を観察すると血の染みついたシャツの穴から大きな擦り傷が見えた。

「でもどうしてこんな所を擦ってるの?」

「ちょっと色々が色々重なったんだ……」

「よく判んないけど、治療するわ。シャツを脱いで」

「今、運転で手が離せない」

「じゃあ、どこかで止まって頂戴。破傷風にでもなったら大変よ。悪化する前に治療を済ませなきゃ」

 クレアがそう指示するとカナセは偵察車両を辻道の隙間へと押し込んだ。

 二人は廃墟の中で身を屈めながら座った。

「さあ、服を脱いで」

 カナセは言われるまま上着を脱いだ。そのついでにズボンにも手を掛ける。

「足も怪我してるの?」

「君と会ってからずっと股間が痛いんだ。そっちも治療してもらおうかなって……」

「じゃあ、脱いでいいわよ。ハサミでちょん切って上げるから」

「冗談だよ。あんまりおっかない事、言うなよ……」

 カナセが戦々恐々しながら上半身だけを晒すと魔女に背中を向けた。

 クレアは身に着けていた水筒を取り出し呪文を唱えた。

「竈神ウェスタよ、今一度、水霊の御霊をここに呼び願い奉る……」

 すると不思議な事に水筒の飲み口から水が泉の様に湧き上がり、カナセの背中に注がれていった。更に水筒の水はまるで原生生物の様にカナセの背中を這いまわると、傷口の汚れを綺麗に清めていく。

「凄いな……。竈神の魔法ってこんな事も出来るんだ」

「ウェスタ様は九曜神の中でも特に万能の神様って謂われてる方よ。次は薬を塗るわ」

 魔法の水がカナセの背中から離れると今度は小さな薬瓶から塗り薬を指で掬い出し傷口に塗布していった。

「痛てっ! 滲みる……」

「少し我慢して。我が屋に伝わる薬だからこれ位の傷、すぐに治るわ」

「飲み薬とかないの?」

「あるにはあるけど、買ってみる? 凄い高価よ」

「いや、塗り薬で良いよ。効果は同じなんだろ?」

「この程度の傷ならねこれで充分ね」

 やがて背中の傷に薬を塗り終えるとクレアは薬瓶をポーチに仕舞った。

「さて、これで治療は終わり。言っとくけど傷口のほったらかしは駄目よ」

「我が屋ってクレアの家って医者か薬屋か何かなの?」

「その両方の家系だったけど、どちらかと言えば今は薬屋さんね」

「さっきのクソ不味い飴も?」

「失礼ね。不味いは余計よ。そんな事よりもカナセ君、マギアギアって、あなたマギライダーだったのね」

「ああ、そうだよ。あ~あ……一張羅がボロボロだ……」

 カナセが破けたシャツに袖を通しながら肯定した。

 マギアギア、または煌装騎とはカナセが魔煌技で生み出した機械の闘神の総称であり、それを生み出す魔煌技の事をモーフィング・マギアと呼ぶ。そしてそのモーフィング・マギアを行使できる魔煌士の事を特別にマギライダーと呼んだ。

「マギライダーって言えばインドラ系神技よね?」

 クレアが再び尋ねる。魔煌技は九曜神技と呼ばれる九つの大系に大別されていた。

 クレアの魔煌技は竈神ウェスタの加護を受けた神技で、その特徴は本人の言う様に幅広い汎用性だった。回復魔法から治療魔法、モトブルームによる飛行技術、そして火や水の様な相反する性質の元素すら操る融通性まで持ち合わせていた。

 一方で雷神インドラ系神技は九曜神技の中で戦いの為に作られたいわゆる戦闘魔煌技の系譜だった。故に多くの軍隊で正式採用され戦闘魔煌技の世界標準として扱われている。

 だがそれをカナセは否定した。

「いいや、俺のはマルケルス戦闘神技だ」

「ええ? 本当に?!」

 カナセの答えにクレアは驚いてみせる。

「でもマルケルス系なんてもう使える人は居ないって学校で習ったけど……」

「他所の事なんて知らないよ」

「もしかしてコアの位置を見つけられるのも?」

「一応、師匠から教わったマルケルス神技のはずだよ」

 闘神マルケルス系戦闘神技も九曜神技の一つではある。その歴史はインドラ系よりも更に古く、マハ系、ミスラ系に並ぶ三大神技の一つとされていた。

 その特徴はインドラ系よりも遥かに強力な魔煌技を使える事だ。

 だがその一方で術式構造が複雑難解で扱い難く種類も少ないと言われていた。

 その為、魔煌士の間ではマルケルス系ひとつを覚える位ならウェスタ系とインドラ系を併せて学んだ方がマシだと言われていた。

 結果、マルケルス系の魔煌技の継承者は極端に少なくなり、九曜神技のひとつにも関わらず失われた幻の神技とさえ言われていた。

 事実、クレアでさえマルケルス系神技の事は学校で習った知識の中でしか知らない。

「でもそれをカナセ君が使えたなんて……」

 しかも彼は戦闘中に使用できるほど素早く魔煌技を発動させられた。

 クレアはその事実に驚きを禁じ得ない。

「いったいどんな人だったの?……カナセ君の師匠って人は……」

 クレアにとってカナセは今もって謎多き少年である事には変わりなかった。

 暫くしてクレアは休養させていた箒の具合を確かめた。

 箒は再び飛べる様になるまで回復していた。

「乗って、もう飛べそうだわ」

 クレアが箒に跨るとカナセを手招きした。

「もう良いのか?」

「大丈夫よ。それにタイヤで行くより空を飛んだ方が揺れなくて安全でしょ?」

 クレアはカナセが箒に跨った事を確認すると、こう言った。

「このまま地上から安全地帯に帰るつもりだったけど箒が回復したから予定変更よ」

「どこに行くの?」

「最初に言ってたヨシュア方面軍の司令本部のある所」

「敵の本拠地って訳か?……」

「ええ、そして私達、ヨシュアの人間にとって最大最悪の屈辱の地よ」


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