第6話 小さな作戦会議
カナセが到着したその日の夜にゴディバの塔の側面にはその滑らかな表面に醜い穴が開けられた。
しかし被害は建物以外の方が深刻だった。
襲撃が原因でグレンとリサが重症を負ったのだ。
103の隊長と副隊長の負傷。その事実はウラ鉄の本部内を騒然とさせた。
そんな渦中の二人は回収された後、直ちに緊急治療が施された。
グレンは人間用の集中治療室でリサは専用の魔煌工房でそれぞれ治療が行われた。
懸命な治療の結果、グレンは一命を取り留め現在は病室で療養を取っていた。
一方、リサの損傷は酷く今も修理が続いている。
そして現在、ゴディバ全域はウラ鉄警備隊とロータス警察によって非常線が張られ襲撃犯の行方を懸命に追っていた。
だが上層界には既にその姿は無く逃走犯の行方は掴めないままとなっていた。
そんな状況の中、一夜が明けると医療用ベッドで寝ていたグレンの下に一組の見舞が訪れた。
「ニャニャニャ~! にゃづ~けて、ウラ鉄警備隊~♪」
廊下から聞こえてくる騒々しい歌声がノックもせずに病室に飛び込んできた。
グレンは見舞人の顔を見るなりわき机に置いていた獅子仮面を素早く被った。
「誰かと思えばカッツェ姉妹か……」
グレンが溜息を吐くと見舞人に訪れた二人組が口を尖らす。
「何なんニャ、その残念そうな言い方は?」
「そうニャ。せっかくウラ鉄警備隊のきゃわいい、きゃわいい、ダブルエース二人が嗤いにきてニャったというのに……」
目の前にはグレンの素顔を見てはしゃぐ亜麻色髪の双子の美少女達が立っていた。
二人は顔立ちもそっくりで違うところと言えばその長い髪の束ね方だった。
長い髪をサイドへ回して流している。右に纏めているのが姉のベール・カッツェ、左に纏めているのが妹のパール・カッツェ。
「ニャンでウチ等が入ってきて顔を隠すのニャ」
「そうニャ。そんな綺麗な顔を隠すなんて勿体ないニャ」
「うるさいから帰ってくれ。ああ、別に見舞いの品も渡さなくていい」
「ニャ、ニャ、ニャ! 酷い言い方ニャ!」
「そうニャ! 誰のせいでウラ警が昨日の深夜から迷惑してると思ってるにや!」
そう言われては東征號の隊長も立つ瀬がない。
仕方なくグレンは付けていた仮面を外した。
「これで良いかい?」
「みゃあ~~~~~~~~~~~!」
グレンの素顔を前に姉妹が歓声を上げる。
「良いニャ、良いニャ。最初から素直にそうしていれば良いのにニャ!」
「いつ見てもカッコいいニャ!」
ふたりはアイドルを目の前にした女の子の様にはしゃいだ。
こう見えても姉妹はウラ鉄警備隊、通称ウラ警に所属するマギライダーだった。
ウラ警とはゴディバシティを中心にこのロータス国内に敷かれた路線全域を反乱軍のゲリラ攻撃から守る、いわばウラ鉄の公安部隊だった。
その八號まで存在する隊の中でも特にカッツェ姉妹の所属する壱號隊は最強を誇り、更に姉妹はその隊内のトップエースだった。
そして何より、昨夜、二両の装甲気動車によってカナセ達を追跡し、攻撃したのもこの美人姉妹だった。
そんな二人揃っての連携攻撃は当に一級品で、グレンもその能力は素直に認めている。
だが二人とも性格は勤め人としては難ありで、マイペースな上に気まぐれで度々命令違反やサボタージュを繰り返す問題児でもあった。
一時期、103に配属された事もあったが、まるで猫の様な放埓な性格と行動にはグレンもほとほと手を焼かされた経験がある。
「でもウチ等は何もグレンの見舞いだけにここに来たわけじゃないニャ」
「と、言うと?」
ベールの言葉をグレンが聞き返すと姉妹は交互に答えた。
「オマエにひとつ聞きたい事があるからここに来たニャ」
「聞きたい事?」
「まずは昨日の襲撃の事ニャ」
「そうニャ。奴等、いったい何を狙って襲撃したニャ?」
「それを調べても捜査の途中でウチのヒゲオヤジから待ったが掛かるニャ」
ヒゲオヤジとはウラ警のトップ、シラッセル隊長の事だ。現在、カナセ・コウヤの存在はウラ鉄内でも一部の者にしか知らされていない最高機密だった。
要するに彼女達はファイタスが何を持ち去ったのか判らないまま捜索をさせられる嵌めになっていた。
「けど、昨日の襲撃地点にはオマエが居たニャ」
「だったら、グレン・ハルバルトにゃら何か知ってるかもしれにゃいニャ」
そう言いながら姉妹はベッドの上のグレンを指差す。
「だから私にそれを聞きに来たと……」
「そうニャ。教えるニャ!」
「ヒゲオヤジでは埒が明かないニャ」
「だがシラッセル隊長が教えられない事を私の口から出すのは……」
グレンはカナセの存在を出し渋る。
「ニャら、壱號隊は犯人とその一行を見つけ次第、皆殺しにするけどそれでいいニャ?」
「奴等が本部から何を持ち去ったのは判らないけど。それも丸ごとぶっ壊すけどそれでいいニャ?」
「ああ、判った。教えよう。君等には相変わらず敵わないな……」
結局、グレンはカナセ・コウヤについての情報を姉妹に提供する事にした。
「うにゃ~、そんな事があったにゃ~」
「そんなエラいお弟子が来てたのニャ~」
しかし先ほどとは一転、姉妹はカナセ・コウヤの存在を聞かされてもぼんやりとした反応しか返さない。
ふたりの独特の気まぐれからか、今一つ関心が湧かないらしい。
そんな姉妹の顔を見てグレンも流石に溜息を吐く。
「おいおい、二人とも話したからにはしっかりやってくれよ」
「でも、そんにゃ事、言われてもにゃ~」
「難しい話は判んにゃいにゃ~」
「にゃんか、話を聞いただけで満足したニャ~」
それでは困る。ウラ警の壱號隊がこの調子ではカナセ・コウヤには淡海の果てまで逃げられてしまう。グレンは一計を案じた。
「だが、もし一番最初にカナセ・コウヤを捕まえた者には総裁から特別報奨金が出るという噂だ」
「報奨金?」
「臨時特別ボーナスの事だよ」
「ニャ! それは本当かニャ?」
ボーナスの一言で姉妹の目の色が変わる。
「それもとんでもない額って噂だ」
「とんでもにゃい額……アイスクリームいっぱい食べられるかニャ?!」
「アイスクリームならバケツ百杯食べてもおつりが来るんじゃないか?」
「ニャ! にゃらがんばるニャ!」
「がんばってカナセ・コウヤを捕まえるニャ!」
報奨金の話に姉妹は目を輝かせる。
「しかし失敗したら逆に総裁から大目玉だ」
「ニャー! 大目玉は嫌にゃー!」
「お仕置きは嫌ニャー」
そして大目玉と聞いて今度は逆に震えあがる。
「だったら一刻も早く、カナセ・コウヤを見付ける事だ。他の部署よりもな」
「判ったニャ! がんばるニャ!」
「他の奴等に負けてられないニャ!」
グレンによる如何わしい飴と鞭の話を前に姉妹は気持ちを入れ替え張り切ってみせた。
「それでカナセ・コウヤ追跡の進捗は?」
「それが全然、判らないニャ」
「最下層にまで逃げた事は判ってるニャ。けど、そこからがプッツリで判らないニャ」
「もう街の外に出たかもしれないニャ」
「なら今からどれだけ探しても見つかる事はないか……」
グレンは落胆の溜息を吐く。
すると今度は姉妹がある疑問を呈す。
「けど、こんなに簡単に足取りが判らなくなるのは変ニャ」
「そうニャ。変ニャ!」
「それに反乱軍の攻撃も塔に対してピンポイントで攻撃して来た事ニャ」
「そして何の迷いもなくアッサリと目的を達成していったニャ」
「おまけにウチ等のハンター六台がぶっ壊されたニャ!」
「やっぱり、これって何か変ニャ」
「言いたい事は判る。余りにも相手の仕事運びが上手すぎるって言いたいんだろ? そしてその原因はこちら側の情報が洩れていると」
「ウチ等は内通者が居ると思っているニャ」
「そいつを先に捕まえないと、カナセ・コウヤはいつまで経っても捕まらないニャ」
要はしっかりとした地固めが必要だと姉妹は言いたいのだ。
「悪いが内通者なんて初耳だ。まさかお前達は私を疑っているのか?」
そうグレンが答えると双子の姉妹が揃って首を横に振った。
「別にオマエなんかを疑っている訳じゃないニャ」
「しかし目星ぐらいは付けてるんじゃないか?」
「確かにそうニャ。そしてそれがヨシュアに関係している人間らしい事が判ってるニャ」
「それを誰が言ってる?」
「ウチのヒゲオヤジにゃ。前から何かおかしいって独自に調べていたみたいニャ」
「流石だな、シラッセル隊長。それで誰なんだ? 勿体ぶらずに知ってる事を教えてみてはどうだ?」
「まだ全部は判らないニャ。でも反乱軍の連中からは内通者のリーダーはソフィアと呼ばれているみたいニャ?」
「ソフィアか……」
グレンはその人物の名を噛み締める。
「だからヨシュアに詳しいグレンに聞きに来たにゃ」
「いいや、さっき言った通り、スパイの話自体初耳だよ」
「何も知らないニャ?」
「悪いけどね」
「うみゃ~。それは残念ニャ」
「無駄足だったニャ~」
「だがおそらくそいつがカナセ・コウヤの居所も知っているはずだ。逆に何とか炙り出せないものか……」
その時、病室のドアを再びノックする音が聞こえた。入って来たのは見舞いの花束を持ったラーマ・パトリックだった。
「ご機嫌如何かしら? 隊長さん? 副官さんは災難だったわね」
ラーマは挨拶がてら持ってきた花束を傍にあった花瓶に生けた。
「済まないな、情報部にまで気を使わせて」
「気にしないで。私の方も昨日の件で情報収集の為に来たんだから。あら? 猫姉妹も居たのね」
「ニャ、気付くのが遅いニャ!」
「ワザとだニャ! 相変わらず嫌な女ニャ!」
「嫌いで結構、情報部は嫌われてナンボの商売よ」
「なら丁度いい。ラーマ、これからいう仕事を引き受けてくれないか?」
「仕事? また向こうで? もうヨシュアではもう顔が割れるけど」
「いいや、本国でだ。反乱軍の中からソフィアと呼ばれているスパイを探してほしい」
「ソフィア? 初耳だわ」
「そいつが今回の件の内通者らしいのだ」
「ちょっと待つニャ!」
「これは私等の仕事ニャ! 103は電車ごっこだけやってればいいニャ。それにソフィアの事はウチ等が見つけてきた情報なのに、横取りはズルいニャ!」
「だったらこの際、共同戦線と行こうか。我々の持っている情報も差し出す。ウラ鉄に巣食うネズミを一掃するんだ」
「命令書は頂けるの?」
「これは極秘任務だ。書面は残せない。全て口頭で行う」
「判ったわ。すぐに調べみましょう」
「そして最終的に反乱軍からカナセ・コウヤを奪還する。彼の存在こそがウラ鉄の……。否、世界の存亡にも関わる事態だからな」
「ニャ、任せるニャ!」
「ネズミを捕まえるのは得意中の得意ニャ」
「フフ、ネズミねぇ……さながらゴディバのドブ攫いって所ね」
そう言ってラーマが最後に笑いながら締めた。




